第57話:対魔王軍(5)
「いやぁ、凄いなぁ〜。ここにいるのは有名人ばかりじゃないか!」
くねくねと奇怪に体をよじらせて人語を話す竜種。
心底嬉しそうな様子で、前足を片方だけ持ち上げて俺を器用に指差す。
「君、あの大魔法使いの孫なんだって?」
(……何でそんなことを知ってる?)
不審に思ったが、考えてみれば大魔法使いである祖父は有名人だ。
その家族の情報が世間に出回っていないハズがないし、当然、魔王軍も祖父の存在を知らないハズがない。
なにせ、祖父は原初の勇者達の1人だ。
魔王軍にとっての数少ない天敵の1人だ。
当然、世間に出回っている情報程度の情報を魔王軍も持っているだろう。
「……だったら何だ」
「ふふふ。君とはまた別の機会にお話ししたいね」
「俺はお前と話しなんかしたくない」
「あっちゃ〜ふられちゃったか〜」
竜種の口から発せられる人語は実に滑らかで違和感のないものだが、その声質には本能的に嫌悪感を感じる雑音みたいなものが混ざっていた。
確か、その雑音をケビンは前にノイズと呼んでいた。
「けどあれだよね、君を人質にすれば大魔法使いは姿を表すだろうね。隠り世を探すだなんて馬鹿げた夢を語って姿を消したあの大魔法使いは」
その言葉に身の危険を感じた。
だって、竜種の言葉は大魔法使いを探していると言う裏返しだったし、そのために俺を襲うこともありえると言う事実の裏返しでもあった。
現に竜種の雰囲気が瞬間的にガラッと変わった。
つい一瞬前までは友人と話す時のような雰囲気だったのに、一気に緊張した殺気にも似た雰囲気を放ち始めた。
身の危険を感じ、剣を握る手に力が入る。
すると、レオとカレンが俺を守るように俺と竜種の間に臨戦態勢で割り込んだ。
「させねぇよ。お前がケイタをどうこうしようってんなら俺がお前を殺す」
「そうよ。ケイタは私たちの大切な仲間なの。そう簡単に渡してもらえるとでも思ったのかしら?」
2人は剣を構えて姿勢を低くしていて、足首のあたりに力がこもっていることですぐにでも最高速で走り出せるようにと準備をしている。
いつかのケビンのようだ。
戦う気満々の2人を見て、竜種は嬉しそうな声で言う。
「君はあれだねガラードの息子だね?! それにそっちの女の子はあの近衛家の子かい? いやぁ、嬉しいなぁ。短い人生で実際にお目にかかれるなんて」
ガラード? 誰の話をしてるんだ?
それにあのコノエ家って、2人の家は有名な家系なのか?
聞いたことないぞ?
「えーっと、2人とも名前は何ていうの?」
「ハッ! んなもんこれから死ぬ奴に教えるわけねぇだろ」
「同感ね」
「え〜いいじゃんかぁ。私を殺す気なら最後に名前ぐらい教えてよ〜」
ねーねーとしつこく絡む竜種に2人は渋々名乗りをあげる。
まぁ、かなりのダル絡みだから黙らせたかったんだろうな。
「俺はレオだ。レオ・ガラードだ」
「私はカレン。コノエ・カレン」
「ほらやっぱ〜私の思った通りだ〜」
持ち上げていた前足をレオに向ける竜種。
心なしか、その声はノイズがひどくなり始めていた。
ただ、まだ話が聞き取れないほどじゃない。
単に声が濁ったって感じだ。
「レオ君の持つその剣はあれだね? 義剣だね? ガラードからもらったのかな? うふふ〜。正義の剣で義剣なんだって? 頭悪いねぇ〜」
煽るような竜種の言葉に、レオが「あ?」とイラついた声をあげる。
それにしても、義剣をくれたってのがガラードって人間なのか。
確かレオは前にあの剣を父親からもらったって言ってたな。
なら、ガラードってのはレオの父親ってことなんだろうな。
……ガラードか。
どこかで聞いたことがあるような名前だな。
けど、思い出せない。
「カレンちゃんはあれでしょ? 裏切り者の近衛一族の人間でしょ?」
その言葉に、カレンの表情がこわばる。
わずかだけど歯ぎしりの音も聞こえた。
「やったやったぁ〜。嬉しいなぁ。今年の米国候補勇者は有名人揃いだって聞いたからわざわざ見に来た甲斐があったよ〜。うふふふふ。みんな欲しいなぁ。私のものにしたいなぁ」
ああだめだ興奮してきたと、竜種は口からこぼれるよだれを前足で拭いとった。
「本当はアクターの娘も見たかったけどもう時間がないからね。ささっと本題に入らせてもらうよ」
散々煩く喋って時間を使ったくせに何言ってんだと思ったけど、それは特に指摘しないことにした。
目の前にいる魔王軍幹部にさっさと目的を果たしてこの場から去って欲しいとも思っていたからだ。
「今日は君たち有名人を見に来たってのもあるけどね、一番の目的はこの子だよ」
ゆっくりと歩き出してニコラウスの元まで行くと、竜種は四つ足を追って座り込み、うつむくニコラウスに視線を合わせようと頭を下げた。
「ねぇ。君は米国代表候補勇者のニコラ・スミスで間違いない?」
その問いに、ニコラウスは答えない。
てか、あいつニコラ・スミスって名前だったのか? 別人じゃねぇの?
返答が来ないことを気にする様子も見せずに竜種は人語でニコラウスに話しかける。
「まぁ、君がニコラ・スミスってことはもうわかりきってるんだけどね。今日は君を勧誘しに来たんだよ」
そこでようやく、ニコラウスが「え?」と薄い反応を見せた。
「あ! 興味ある? 興味あるよね!? よかったよかった」
じゃあ話が早いやと言い置き、次いで竜種が放った言葉に俺たちは皆、言葉を失った。
言葉を失い、見開いた目でニコラウスを見た。
ニコラウスはと言うと、無言のまま驚いた様子で竜種を見た。
「ニコラ・スミス。君、魔王軍に来ない?」
いや、そんな遊びに誘うみたいに何ってんだこいつ。
そもそもニコラウスは人間だ。魔王軍に入れるはずがねぇだろ。
つーか、入れたとしても入るはずがねぇだろ。
だって、魔王軍って俺たち人類の敵だぜ?
憎むべき相手だぜ?
そいつらの仲間になるなんて絶対にありえねぇ。
「どうかな? 魔王軍に入ってくれるっていうなら、のちに魔王軍の幹部にすることを確約するよ」
ほとんど地面に寝そべるような形で、ニコラウスの顔を覗き込むように見上げて器用に首をかしげると、竜種は「さぁ、どうする?」と返答の催促を促した。
「ぼ……僕は…………」
口をパクパクと何度も開閉し、答えるべきか否かを悩む様子を見せるニコラウス。いや、ニコラ。ん? スミスか?
面倒だからニコラウスでいいや。
「ほらほら! 時間がないんだから早く答えてよ!」
「ぼ、僕は……」
そこでニコラウスが言葉を止める。
どういった返答を返すのが適切か悩んでいるって感じだ。
一向に返答をしないニコラウスに竜種は少しだけイラついた口調で言う。
「あーもう。決断が遅いな君は。そういうとこは直して欲しいな。よし、こうしよう……」
君が魔王軍に来てくれるのなら、3人の命を奪わないであげる。
これでどうかな?
尻上がりの語調が、竜種が笑いをこらえていることを物語る。
随分と人間味のある竜種だと思っていたけれど、やっぱり思想の中心にあるのは魔族の思想なようだ。
考えが腐っている。
クソッタレな二択だ。
竜種は今、ニコラウスに問いかけた。
4人揃ってこの場で死ぬか、魔王軍の仲間になることで全員の命を繋ぐか。
どっちかを選べと竜種は言った。
きっと、その言葉の裏には絶対的な自信みたいなものがあるのだろう。
自分は強い。魔王軍の幹部になるほど強い。
だから負けない。
たかが候補勇者4人に負けるはずがない。
そういった自己評価に基づく自信があるのだろう。
ニコラウスは悔しそうに歯噛みする。
なおも返答を吐き出さないニコラウスを竜種は急かす。
「ほら。あと5秒以内に返事して。5、4、3……」
「ぼ、僕は!」
「うん。君は?」
「僕は……魔王軍に−−−−」
「答える必要はない!!!!」
ニコラウスの言葉を遮り、ハスキーな女性の声が街へ響いた。
その声もまた、今までに会ったことのあるどの女性の声でもなかった。
レオのようなどこか威圧的な印象を受けるハスキーボイス。
声の裏には絶対的な自信が感じ取れる。
腹の底から出しているような、力強い声だからそう思ったのだろう。
声のした方を……街の入口へと続く道の方を見ると、そこには2人の女性が立っていた。
1人はつり目でベリーショートな黒髪が特徴の背の高い女性。灰色のレディーススーツに身を包んだその女性は両足が機械の義足だ。
よくわからないけど、その女性を見て俺はデキる女性だという印象を受けた。
そして、もう1人はシロ。
………………シロ!?
な、なんでこんなとこにいるんだ?
「な、お前なんでこんなところにいるんだ?!」
つい思っていたことが口に出てしまう。
シロは俺の言葉が自分に向けられてのものなのか確認するように、ゆっくりとした動作で自分自身を指差して首をかしげる。
(いや、他に誰がいるんだっつの)
「そうだよ。お前だよ」
すると、シロは気だるそうに視線を空へと向け、少しだけ考えて小さな口を開いた。
「……さぁ?」
シロの返答に少しだけイラっとしていると、義足の女性がシロに「行くぞ」と声をかけて歩き出し、シロは女性のあとをかなりゆっくりな足取りで追った。
その声はさっき聞こえた声と全く同じハスキーな声で、義足の女性がニコラウスと竜種の話を遮った人間であることがわかった。
「なぁなぁなぁ。お前、誰の許可を得てニコラの勧誘してんだよ。あ?」
レオと同じような輩まがいの言葉遣いで義足の女性は竜種へと話しかける。
「え〜っと、久しぶり……かな?」
竜種は義足の女性に確認するように聞くと、義足の女性は鼻で笑いながら「誰だテメェ」と返した。
「え〜。寂しいことをいうなぁ。私だよ私。ピース・ライアーだよ」
「へー。あっそ。残念ながら私の目にはピースなんて奴は写ってない。人語を話す竜種が見えるだけだ」
「相変わらずきつい物言いだなぁ」
どこか嬉しそうな調子で笑う竜種の目の前にたどり着くと、義足の女性はニコラウスの襟首をつかんでグイッと引っ張った。
「ぐぇっ!」
それがニコラウスを竜種から離すためのものであることは容易にわかった。
義足の女性はつかんでいた襟首を離し、顔を上げた竜種にガンを飛ばしながら一歩踏み出した。
ちなみに、シロはと言うと途中で義足の女性を追うのをやめて俺の隣に来た。
いや、なんでやねん。
無言で寄ってくるシロに「どうしたんだ?」って聞いてもシロは「別に」としか返してくれないし。
こいつ何がしたいんだ?
鼻と鼻が触れるほど近くで互いに視線を向ける義足の女性と魔王軍幹部。
2人の無言は2秒と続かなかった。
ピースを睨みつけながら、義足の女性は口を開く。
「今すぐここから消えろ。そしたら殺さずに見逃してやる」
「うへへ。あなたに私が殺せるの? 無理だと思うなぁ〜」
二人の会話は、いつかのケビンとウィークの会話を彷彿とさせた。
「まぁ、殺すことはできないだろうな。けど、今この場で潰すことならできる」
今はそれだけで十分だろう? と、義足の女性は獰猛に笑った。
その女性の笑みを見て、ピースは再び嬉しそうにうへへと笑う。
「まぁまぁ。そんなに脅さなくてもいいじゃない。どっちにしろ君たちがここに来た時点で私たちは時間切れだったからね。すぐに退くつもりだったよ」
危ないから少し離れていてよとピースは義足の女性に言い、その警告に義足の女性は素直に従う。
ピースは義足の女性が自身から数歩離れたのを確認すると、折っていた四つ足を伸ばし、翼を広げてゆっくりと羽ばたかせ始めた。
「ニコラ君。私はいつでも待ってるよ。また次に会った時は返事を聞かせてね」
良い返事を期待しているよと言い残し、ピースは翼をより一層強く羽ばたかせると、力強く地面を蹴って飛翔した。
それに呼応するように、おとなしくしていた他の竜種達も翼を羽ばたかせて空へと飛び上がった。
最初に空に飛び上がったピースが西に向かって移動を始め、それを追うように他の個体も西を目指して飛行する。
太陽の光を遮る竜種の影が地上に映し出され、俺たちは途切れ途切れの影を浴びる。
移動する影の隙間から時折姿を表す日の光に目を細めながら、魔王軍の竜種達が飛び去るのを眺める。
しばらくして、日の光を遮る竜種の影は街一つ残らず無くなった。
それが街での対魔王軍戦の終結の合図だった。
あと3話で二つ目の大きな区切りが終わります。




