第5話:前日譚(3)
朝、目がさめると自室にケビンがいた。
「なんで俺の部屋に居んだよ」
「いいじゃねぇかよ。いつもの事だろ」
確かに、あと3日で門出の儀式が執り行われる今となっては朝起きた時に国王から割り振られた自室に当然のようにケビンがいるのは日課となっていた。
さらに言えば、毎朝俺の部屋で椅子に腰掛けて朝食を食べながら新聞を読むケビンに「なんで俺の部屋に居んだよ」と聞くまでが毎日の日課となっている。
「で、どうだ?3日後には儀式で4日後には旅立つことになるわけだが、準備は万端か?」
「んなワケねぇだろ。むしろ準備不足が酷いくらいだ」
「まぁそんなもんだろ」
このおよそひと月、俺は旅立ちに際して必要な知識を学んだ。
国王からは魔物の種類やそれらの特徴、戦う際に留意することを教え込まれ、旅立ってから目指すべき場所や旅立ってからの食いつなぐ方法、金の稼ぎ方を学んだ。
ケビンは俺に戦い方を教えてくれた。
動きの鈍い敵意の無いゴブリンを的にして、短剣をはじめとした剣類全般の基礎的な扱い、弓や銃、それだけで無く棍や槍の使い方も基礎だけだが教えてくれた。
そして、徒手での戦い方もケビンは俺に教え込んだ。
ケビンが俺に教え込んだ武器の扱い方には型のようなものは無かった。昔の人類がやっていたゲームやら昔の本にはよく〜流のように武器の扱いには流派と言う型のようなものがあった。だから、てっきりケビンもそんな形で堅苦しい武器の扱いを教えてくれるもんだと思っていた。
「型とかはねぇのか?」
「あ?要らねぇだろそんなもの」
「そういうものなのか?」
「ああ。必要なのは戦いの型じゃあない。死にたくねぇって気持ちだけだ」
それだけがお前を強くする。そう言ってケビンは俺に基礎しか教えてくれなかった。
それも、引き金を引けば銃弾が飛び出す。剣を持った手を持ち上げ、そのまま振り下ろせば対象を切ることができる。弓は弦の中心地点に矢を番え、左手で弓を持ち、右手で弦を持って引き、標準を定めて右手を離すことで対象を射ることができる。
この程度のことばかりだ。言っては悪いが誰でもわかるような基礎的な情報しかケビンは教えてくれなかった。
では、ケビンが俺に何を落とし込んだのか。
基礎の無い状態でどれだけ本能で戦えるかだ。
ケビンは基礎だけ教え、俺にゴブリンをなぶり殺すように言う。そして、ある程度その武器を使うことに慣れた頃合いで、ケビンは言うのだ。
「俺は今からお前を殺す。5分生き残れ」
意味は言葉のとおりだ。ケビンは5分間、俺を全力で攻撃する。一方の俺は与えられた武器をうまく使ってケビンを牽制するなりケビンの攻撃をいなすなりして意地でも生き残る。
どうせ俺を殺しやしないだろと思っていたら最初期の頃に肩肉を削がれた。
死ぬかと思うほど痛かった。
それ以来、俺は型など考えずにひたすら武器を振り回してケビンの攻撃を凌ぎつづけた。
4日後には旅立ちだと言う今まで生き残れた以上、きっと、俺は旅立ってからしばらくは生き残ることができるだろう。それこそ、明確に敵意を持って攻撃をしてくる敵が出てくるまでだが、すぐに意味も無くくたばるようなことは無いはずだ。
だが、たとえ生き残る術を少しなりだが身につけることができているとはいえ、一つだけ問題がある。重要な問題だ。
ケビンは俺に魔法の使い方を教えてはくれなかった。
俺の役職は魔法使いなのに。
「どうせお前、魔法は教えてくれねぇのかよとか思ってんだろ」
コーヒーを飲んでいたケビンが俺の不満そうな表情を目ざとく拾った。
「ああ。思ってるね。俺は魔法使いなんだから少しぐらい教えてくれてもいいだろ」
「まぁ本当は教えてやりたいんだけどな、それができねぇんだよ。お前もそんくらいは分かってるだろ?あの大魔法使いの孫なんだからよ」
言い聞かせるようなケビンの言葉を否定することなど俺にはできなかった。ケビンの言う通りだからだ。
俺はケビンが俺に魔法を教えられない理由を知っている。
それはケビンが魔法使い役では無くあくまでも元勇者役だからか?
違う。そうじゃ無い。もっと単純な話だ。
この世界に魔法など存在しないからだ。
世界は嫌になる程合理的にできていて、根拠の無い飛躍した技術などは存在しない。だから、魔族の法則を利用すると言われる魔法などこの世には存在しない。
それは論理的では無い技術で、階段を最下段から最上段まで一歩で登りきってしまうような超常的な現実的では無いものだ。
だから、世界には魔法を使う方法などはない。
大魔法使いの祖父はそう言っていた。
「じゃあ代わりに「それは無理だ」」
俺の考えることがバレていたようだった。
「残念ながら俺は勇者としてしか旅をしてこなかった。‘魔術’を使うことはできない」
「ほんの少しも使えないのか?」
「使えないね。俺が磨いたのは生き抜く術だ。魔族の法を擬似的ながらに使う術なんかは磨いてない」
俺の生きるこの世界は合理的な世界だ。
剣やら弓やら拳銃やらの戦うための武器は存在している。けれど、魔法のような論理が不明瞭な戦うための武器は存在していない。
魔法とはその言葉の通り、魔族の法の元での力だ。
人間には魔法を使うことができない。
だが、人間は魔法を擬似的に再現することができる。
例えば、魔族は虚空から火を生み出すことができるが人間はそれができない。しかし、人間が火を生み出せないわけでは無い。特殊な液体や打ち石など、道具を整えれば火を生み出すことができる。
このように、魔法によって生み出される結果と同様の結果を人間の技術によって生み出すことを魔術と言う。
魔法を擬似的に扱う術。魔法を人間が扱う術ともいう。
それを俺の祖父は‘魔術’と呼んだ。
「お前こそ大魔法使いの祖父から何も教わらなかったのか?」
ケビンの顔は興味の色に染まっていた。
「あのクソ野郎は俺に何も教えてくれなかった」
「おいおい。英雄に向かってクソ野郎はねぇだろ」
「いいんだよ。あいつはクソ野郎だ」
俺に諦めしか与えてくれなかったから。
昔は祖父のことが好きだった。
大魔法使いで、人間にはできないハズのことがたくさんできて、何でも知っていて国民から尊敬されている。そんな祖父のことが大好きだった。誇らしかった。
だから俺も祖父のような立派な魔法使いになりたいと夢を見るようになった。
けれど、そんな俺の綺麗な感情はこの世界の教育課程と祖父によって蹂躙されてしまった。
教育課程に於いて、学校では勇者を目指すことが美徳とされた。皆が皆、勇者になりたいと語るようになり、魔法使いになりたいなどと語るものなら虐げられた。
だから自然と教育課程で魔法使いを諦め、勇者を目指すようになった。
同時系列に於いて、祖父は俺に言った。
「いいかい、ケイタ。この世界に魔法使いなんて存在しないんだ」
幼少期。そうやって諭すように俺に言葉を投げかけたのは‘大好きだった’祖父だ。祖父は困ったように笑顔を作り、俺が不機嫌にならないように優しく言葉を選んでくれた。
「だからね、この世界で生き抜いていくためには、実用的な知識を身につけたほうがいいんだよ。例えば‘剣術’だとかはどうだろう。格好いいじゃないか」
でも、そんな祖父が不器用に選んだ言葉は、まっすぐに俺を否定した。
俺が憧れたのは魔法使いだ。年頃の他の少年達のように剣を達者に扱うことに憧れたわけでも、世界を救う勇者に憧れたわけでもない。俺が憧れたのは魔法使いだった。
祖父のような魔法使いだった。
「そんな顔をしないでくれよ。私はね、ケイタに生きて欲しいだけなんだ。生きて、生きて、生きて、生き抜いて欲しい。それだけが願いなんだよ」
けれど、祖父は俺を拒絶した。俺に魔法を教えてなどくれなかった。
大好きな尊敬する祖父に突き放される。これほど俺を壊すに値する出来事は他になかった。
祖父に拒絶された事実は学校教育の洗脳と相まって俺を蝕んだ。
「俺は将来、勇者になってじいちゃんと一緒に魔王と戦います」
将来は何になりたいかと言う教師の質問に対し、こんな大層なことをぬかしていたニシゾノケイタと言う少年の言葉は紛れもない偽物だ。
祖父とともに戦いたい。これはきっと心のどこかで抱いていた願いだ。
だが、俺が憧れたのは魔法使いだ。
俺が憧れたのは魔法使いだが、その憧れの背を押してくれる人はいなかった。
俺の憧れは鈍っていった。
結果として、俺は魔法使いへの憧れを失った。そして、相変わらず勇者に対しての憧れを抱くことなどできていなくて、俺という人間が出来上がってしまった。
勇者に憧れを抱くことができず、魔法使いへの憧れを失ってしまった面白みの無い人間。
その人間に残された感情は、魔族に対しての憎しみなどでは無く自分を否定した勇者ルールへの憎しみだ。
俺は、候補勇者になどなりたくなかった。
そして、魔法使いなど二度と目指したくなかった。
なのに勇者ルールは候補勇者の枷を俺に取り付けた。
俺は一体、何を目的として候補勇者の魔法使い役として旅立てばいいのだろうか。
「何悩んでんだ。今日も剣の練習だぞ。まともに戦いの練習ができるのは今日と明日だけなんだ。時間を無駄にすんな」
ケビンに急かされるように身支度を整えた。
悶々とした感情を抱えながら、俺はこの日もケビンの攻撃を凌いだ。