第56話:対魔王軍(4)
「やるじゃねぇかよケイタ」
「私達と同じくらいには戦えていたじゃないの」
軽い調子で言いながら2人は俺の背を優しく叩く。
武闘派2人に褒められて思わず頬が綻び、にやけてしまう。
「そんなことはねぇよ。ただのまぐれだ」
とは言うものの、心のどこかで俺ってスゲェんじゃね? みたいな浮ついた感覚があるのも事実で、口から出す声はどこか浮ついていた。
「まぁ、ケイタが強くなるってのは俺は知ってたけどな」
言っただろ? とでも言うようにレオが得意げな表情で拳を突き出してくる。
俺はそんなレオに「言ってろ」と軽口を返し、同じように拳を突き出してレオの拳にぶつける。
「ケイタが戦えたのはかなり大きかったわね。ケイタが来てくれなかったら正直危なかったかもしれないわ」
「おいおい。そんなに煽てても何も出ねぇぞ」
「煽ててなんかいないわよ。事実を言っただけ。けど……」
ヘラヘラした表情から真剣な表情へとパッと切り替え、カレンは視線をニコラウス達へ向けた。
それに促され、俺とレオもオークと戦う2人に視線を向ける。
俺たちがくだらないことを話しているうちにも2人 はオークを順調に倒していたようで、その数は残り5体にまで減っていた。
振り下ろされる蛮刀を避け、オークの左右の目を狙ってたった2発だけ左手に持つ銃を撃つと、右手に持つ炎を纏った剣で蛮刀を握るオークの腕を手首の位置で切り落とし、ニコラウスは声を張り上げながらそのオークの首を斬り落とす。
「ホノカ! 左補助!」
「わかった!」
指示を出されるなり、ニコラウスの左手から迫ってきていたオークにホノカが斬りかかった。
蛮刀を振り下ろされるよりも早く流れるように右脇下の筋肉を斬り、両足の膝裏を斬り、そのまま切り上げるようにして左脇下の筋肉を斬る。
ホノカの振るう炎の剣がオークの肉を斬り裂くたび、‘ジュッ’っという液体の蒸発音を伴って蒸気が昇る。
それが蒸発したオークの体内水分であることはいうまでもない。
斬り裂かれたオークの傷口は炎の剣によって焼き塞がれ、修復することなく血が止まる。
それによって腕の腱を切られたオークの両手に力が入らなくなる。
オークは蛮刀を落として両腕をダラリと下げる。
さらには膝裏の腱も切られていることで、足に力が入らずに崩れ落ちる。
ホノカはそんなオークの首をためらうことなく切り落とし、新たなオークと戦うニコラウスの補助に向かった。
背後から迫り、ニコラウスを叩き切ろうとするオークの目を銃で撃ち抜き、怯ませ、両腕を切り落として首を落とす。
流れるように一連の動作をこなすホノカにニコラウスは安心して背中を預ける。
残るオークも2人はあっという間に倒してしまった。
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剣の纏った炎をどうやって消すのだろうと思っていると、ホノカとニコラウスは炎が纏わり付いたまま剣を鞘に収めた。
「それ、大丈夫なのか?」
指差して聞くと、ニコラウスは微笑みながら「これで炎が消えるんだ」と答えてくれた。
そう。相変わらず微笑みながらだ。
頑なに崩そうとしないその笑みに気味悪さを感じる。
「それにしても、結構疲れちゃったなぁ〜」
ハハハとわざとらしい笑い声をあげながら、ニコラウスは地面に座り込む。
同じようにずっと戦ってたレオとカレンも耐えかねたように座り込んだ。
周辺にはゴブリンやらオークやらの死体があるし、なんならすぐ近くには生きた竜種が9体もいるのに大丈夫なのか?
「そんな座り込んで大丈夫なのかよ。すぐ近くに竜種がいるのにさ」
「え? そんなのは大丈夫よ。だって頭絡が着けられているし魔王軍の竜種だもん」
手綱を握って指示を出すゴブリンなりオークなりがいない限りは襲ってくることはない。そう躾けられているから。
と、ホノカは手近な竜種の元にまで歩み寄ってその太い前足をポンポンと叩いて見せた。
竜種はというと、前足を叩かれたことで少しだけ首を傾げたような動作をしてみせるが、それ以上に動こうとはしなかった。
「ね? 大丈夫でしょ?」
だから戦闘は終わったのと呆れた様子でいい、俺たちの方へと一歩踏み出したホノカ。
次の瞬間、頭が割れそうになるほど不気味で巨大な音が街へと響き渡った。
それが竜種達の鳴き声であるなんて、俺たちはすぐに理解することはできなかった。
耳を突く頭が割れそうなほどの奇怪な音。
その音から耳を保護するため、ホノカは両手で耳をふさぐ。
音を追うように、風圧にも感じる衝撃が俺たちの体を叩く。
そこでようやく、俺たちを襲ったのがすぐ前にいる竜種達の咆哮なのだと気がついた。
いつかの邪竜事象のように、水気を払う犬の身震いに類似した動きで体を震わせる朱皮の竜種達は、体を震わせながら姿勢を低くし、口をパックリと開けて尋常じゃない大きさで咆哮している。
その咆哮のあまりの大きさに、竜種の喉の奥から生まれる空気の振動は息吹さながらの衝撃を生み、俺たちに襲いかかった。
立った状態の俺はつい尻餅をついてしまい、すぐ背後から咆哮を受けたホノカは膝をついて倒れる。
さすがにマズイと思ったのか、ニコラウスとレオとカレンが立ち上がって剣を抜く。
俺も尻餅をついたままじゃ危ないと思い、すぐに立ち上がってゴブリンから奪った長剣を構えた。
「ホノカ! すぐにこっちに!」
届くはずもないのに手を伸ばしながら叫ぶニコラウス。
一方のホノカは、これまた届くはずもないのに地面に膝をついた姿勢のままニコラウスの手を取ろうと手を伸ばした。
わざわざその瞬間を待っていたかのように横並びになっていた竜種達の中央にいた1体以外が俺たちを目指して四つ足で走りだす。
そうちの1体の1歩目が、自然な流れだとでも言うように跪くホノカの背に落とされた。
「い”や”っ!」
歪んだ鈍い悲鳴はすぐに途切れ、ホノカは竜種に踏み潰された。
それはもう、否定のしようがないほどにしっかりと踏み潰された。
一呼吸の間に命を失ったホノカ。
その姿は迫る竜種と土煙に隠され、見えなくなる。
地鳴りのように轟き揺れる広場。
耳が割れそうなほどの咆哮。
迫り来る圧倒的な恐怖に足が震える。
「逃げろ! こいつらから一旦逃げろ!」
レオが叫び、踵を返して走りだす。
俺とカレンもレオに続き、それぞれがばらけた方向に走った。
けど……
「おいニコラ何してんだ! お前も逃げろ!」
ニコラウスは崩れ落ちてしまい、呆然とした様子で竜種を……いや、ホノカの居た場所を見つめる。
レオの声も届いていない様子で、現実を受け入れられないといった様子でホノカの姿を探す。
「そんな……ありえない……そんなことがあるはずない…………」
乾いた笑いを零しながら、なおも笑顔でニコラウスはホノカを探す。
見つかるはずがないのに、生きたホノカを探して虚空をつかもうと手を泳がせる。
「ニコラ! 早く!……くっそ!」
逃げる足を止め、ニコラウスの元へと走る先を変えたレオ。
いくらなんでも無謀すぎる。
竜種がニコラウスの元に辿り着く前にレオが彼の元にたどり着けたとしても、きっとこっちにまでニコラウスを引っ張ってくることはできない。
その前に踏み潰されてホノカの後を追うことになるだろう。
ただ、レオはそんなことを気にする様子はなく、必死になって走った。
走って走ってニコラウスの元にたどり着き、彼の腕を引く。
「逃げるぞニコラ!」
「……いやだ……僕は逃げない」
「バカ野郎! 今逃げないとそれこそ皆の死を無駄にすることになるぞ!」
「ホノカはまだ死んでない!」
食い気味にニコラウスが怒鳴った。
普段のニコラウスからは想像もできないドスのきいた怒声だった。
つい、レオが一瞬ひるむ。
もうその時には竜種達が2人を踏み潰そうとすぐ目の前にまで来ていた。
(これは最悪の展開だな……)
数秒と数えずして視界には見たくもない光景が写り込むのだろうと思い、俺はぎゅっと目を閉じた。
その時、
「……っあ! やっと繋がった! ストップ! 君たち! ストップストーップ!」
と、おちゃらけた様子の女性の声が聞こえた。
今まで会ったことのあるどの人間にも該当しない声だ。
女性にしては低めの酒灼けのひどい嗄れた声。
そんな声で誰かが慌てふためくように叫んでいた。
ただ、慌てふためくとはいえその声の調子には不真面目な様子が混じっていて、だからこそ俺は聞こえた声がおちゃらけた様子だと感じた。
恐る恐る目を開けると、竜種達はレオとニコラウスを踏み潰す直前で静止していた。
あと5センチほど足を下せばニコラウスに触れる。それほど直前の位置だ。
(……何があった?)
状況が理解できず、俺はその場で固まり竜種達を見つめる。
すると、固まる竜種達の後ろから再び嗄れた女性の声が聞こえてきた。
「いやぁ〜危なかった危なかった。間に合ってよかったよ〜」
ごくごく自然な人語。
だけど、その人語が人の口から放たれたものでないことは容易に想像出来る。
なにせその女性の声で竜種達は動きを止めたのだから、声の主はどんな姿をしていようとこちら側ではない。決して。
つまり、今の声の主は魔王軍の何者かの声ということになる。
だからこそ、その嗄れた声の主は人間ではない。
さらに言えば、ウィークのように魔王軍管轄の魔物に指示を出して言うことを聞かせている以上、その何者かは魔王軍の幹部である可能性がある。
その事実に気付いた時、額に汗が滲んだ。
「ほらほら〜戻ってきて〜。こっちだよ〜」
軽い調子の指示に竜種達は素直に従い、唯一動かずに止まっていた個体の元へとゆっくり歩いて戻っていく。
それぞれが元いた場所に戻り、再び竜種達は一列になって胸を張って空を見上げた。
ただ1体を残して。
中央に存在する、ずっと動かないままでいた個体は他の個体が整列したのを確認すると、ゆっくりとその大きな口を開き、‘人語を話した’。
「やぁやぁ。初めましてだね。いや、初めまして? 君たち、魔王軍の幹部の誰に会ったことがある?」
まるで友人に話すような調子で人語を話す個体。
現実離れした光景に、俺は開いた口がふさがらない。
誰一人として問いに答える様子を見せなかったことで、人語を話す個体は「寂しいなぁ」と言葉を零した。
(なんだあれ……どういうことだ? 竜種なのに人間臭いことを言うぞ? どういうことなんだ?)
固まる俺たちを一瞥して「まぁ仕方ないか」と自己完結をすると、人語を話す個体は改めて語り出した。
「じゃあ改めて名乗らせてもらうね。私の名前はピース・ライアー。魔王軍幹部の一人だ。主に……あ、これは言ったらダメなのか! ごめんごめん! 今のは忘れて!」
多量の息を鼻から吐き出しながらカラカラと笑う自称魔王軍幹部の竜種。
その名乗りを聞いて、俺はふと思い出した。
(こいつ、門出の日に国王の話に出てきた奴だ!)
頭の中で情報同士ががっちりと噛み合う感覚がした。
歯車と歯車が噛み合うような気持ちのいい感覚だ。
けど、それと同時に別の歯車がズレるような感覚もした。
わずかに形が違うパズルのピースを無理やりはめ込んだ時、言いえぬ違和感が湧き出るだろう?
あんな感覚だ。
よくわからないけど、俺はピース・ライアーを名乗る竜種を見て何かが違うと思った。




