第54話:対魔王軍(2)
不思議と、ゴブリン達の攻撃が止まっているように見えた。
実際には止まっているわけじゃないんだが、それほどまでに、俺の目にはゴブリン達の動きが異常に遅く見えた。
振り下ろされる剣はまるで避けてくれとでも言っているようだったし、単調に攻撃を仕掛けてくるゴブリン達の動きも攻撃を予測して反撃してくれとでも言っているようだった。
それだけじゃない。
俺の目には、憤るゴブリン達の呼吸に伴って奴らの胸の筋肉が上下するのが見えたし、腕の筋肉の収縮が皮膚に伝達するのも見えた。
なんとも不思議な体験だった。
2体を倒してすぐ、俺は自分めがけて駆けてくるゴブリン達に向かい、走った。
左手に最低限の力を入れてゴブリンから奪い取った長剣を持ち、立ち向かってくるゴブリンめがけて走りながらに空いた右手で支給品の短剣を投擲する。
俺には狙った位置に的確に短剣を投げるような技術はない。
だから、単純な脅し目的の投擲だった。
投げた短剣は不格好にくるくると縦に回転しながら飛んで行き、ゴブリン達はその短剣を目で追う。
偶然短剣の投擲線上にいたゴブリンは、慌てることなく短剣を避け、少しだけ得意げな表情になる。
その一瞬があれば十分だった。
短剣に視線を奪われ、短剣を避ける仲間に視線を奪われるゴブリン達。
その中の一番手前側にいた2体の素っ首を、両手でしっかりと握った長剣を振り抜き、切り落とす。
右腕が上段で伸びきった腕。
腕は伸びきったまま、手首を少しだけひねって左腕を上段に差し替える。
踏み出していた右足にほぼ全ての重心をかけて左足で地面を蹴る。
すると、自然と体は前に進んだ。
つい数秒前とは対照的な形になるように、俺は左足を踏み出し、それを軸に先ほどとは逆方向に剣を振り抜く。
すると、さっきは2体だったけど次は3体の首やら胸部から上やらを切り落とすことができた。
斬り伏せたゴブリンの死体から真赤な血が溢れ出し、自分の周辺が過剰なほどの鉄の匂いに包まれる。
地面を侵食するゴブリンの血液は明るい朝日に照らされ、てらてらと艶かしく輝く。
胸のあたりで上下に切り分けられたゴブリンの死体の断面から、内臓がちらりと姿を見せていて、ちと同様に日の光を受けて妖しく煌めく。
切り口から血を異常に流し脈動する気持ちの悪い球体みたいなものは心臓だろうか。
自分が創り上げた状況を見て、頬の上部、目の下あたりの筋肉が痙攣するようにヒクつくのを感じる。
喉仏のあたりに圧迫するような感覚がじわじわと湧いてきて、鎖骨のあたりから野太い何かが喉を登ってくるような錯覚を覚える。
「くそッ」
先に進まなければおかしくなってしまうと思った。
足を止めずにゴブリンを切り続けなければ、死んでしまうとも思った。
だから俺は進んだ。重い足を持ち上げ、本来はそこまで動かないはずの体を無理に動かして戦った。
同じような戦略で、次はゴブリンから奪い取った長剣を投げながら奇襲紛いの攻撃を仕掛けていった。
剣の長さや威力が違う分、短剣を投げた時とは違って投げた長剣で偶然ゴブリンを殺すこともできた。
進めば進むほどゴブリンの数は増え、俺へと向けられる敵意も増大する。
けれど、敵陣に突っ込んで危機的状況になればなるほど、偶然ながらも倒すことができると言うビギナーズラックのような恩恵も受けることができた。
そうやって、まぐれを交えながらも俺は斬った。
切って。伐って。斬って。
斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って。
死に物狂いでゴブリンを斬り続けた。
それこそ、頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられなくなるほど。
どれほどの間、そんな泥臭い戦いを続けただろうか。
ふとした時、
「あと80もない!」
レオが残りのゴブリンの数を叫んだ。
気がつけば広場には足の踏み場もないほどにゴブリンの死体が転がっていて、その数は生きている個体の数よりもはるかに多くなっていた。
そして戦いの終わりが見えてきたと俺が安堵した瞬間、カレンの叫び声が聞こえてきた。
「ケイタ! 危ない!」
なんのことかと重い、カレンの声がした方を見たところで俺は思い出した。
その瞬間、俺のすぐ目の前に大剣のような蛮刀を振り下ろそうとしている状態のオークがいたからだ。
純粋に、俺の不注意だった。
オークがいることを忘れていたわけじゃない。
けど、ゴブリンと戦うことに必死になりすぎ、オークがいるという事実が頭の片隅からこぼれ落ちていた。
そういえばオークだけじゃなくて竜種もいるじゃねぇかと思ったが、不思議なことに竜種は器用に後ろ足を折り、おとなしく座っていた。
俺の肉を断とうと振り下ろされたオークの蛮刀を間一髪で避け、バックステップで距離を置く。
オークは俺を斬れなかったことに首をかしげ、不思議そうに地面に刺さった蛮刀を見つめる。
(……チャンスだ!)
オークに背を向けてキャロルの死体の元まで走り、キャロルが使っていた銃を拾う。
銃を拾うと、俺は振り向いて見よう見まねで構えた。
左膝を立ててしゃがみ、膝の上に同じ側の肘を置き、それを軸に銃を構えて銃の上部に取り付けられたくぼみを利用してオークを狙う。
「ヴォォォォォォォォォオオオ!!!!!」
オークが吠え、地面を揺らしながら俺をめがけて走ってくる。
圧迫感のあるその巨体が迫る中、俺はなるべく冷静でいるように意識しながらオークの目を狙った。
巨体の中でダメージを与えることができ、動きを制止させることができる場所は目しかないと思ったから目を狙った。
呼吸をオークの足音に合わせる形で整え、引き金に触れる人差し指に何度か僅かな力を入れてみる。
そうやって気持ちも整え、オークの歩幅で俺とオークの距離があと3歩となったところで、俺は引き金を引いた。
ぱしゅんと言う間抜けな銃声が響き、細身の銃口から銃弾が飛ぶ。
銃弾は逸れることなく真っ直ぐ飛び、狙った通りにオークの右目へ直撃する。
「グァァァァァアアアアアア!!!」
蛮刀を落とし、両手で撃たれた目を抑えて悶えるオーク。
銃弾は目に当たったが頭を貫通することはなかったようで、オークはかなり苦しそうにしている。
ゴロゴロと地面を転がりながら悶えるゴブリンの目からは茶褐色の液体がドバドバと溢れ出る。
(オークの血の色は茶褐色か……)
「……やったか?」
立ち上がり、借りた銃を放り投げて長剣を持ち直すと、悶えるオークへと歩み寄った。
ゴブリンと同じように頭を切り落としてやろうと思ったのだ。
「オーク相手に油断しない!」
悶えるオークを見下し、剣を振り上げた俺に、叱咤の声がかけられた。
声のした食堂の方を見ると、抜き身の剣を持ったホノカが立っていた。
当然といっていいのかはわからないけど、ホノカの剣はニコラウスの剣と全く同じ形の長剣だった。
「どいて!」
ホノカの張り上げた声に、俺はついつい従ってしまう。
振り上げていた腕を下ろし、オークから離れる。
俺がオークから離れたのを確認すると、ホノカは真剣な表情で剣を構えてオークへ向かって歩き出す。
そんな暇はないだろうに、ゆっくりと、時間を噛み締めるように一歩一歩を踏みしめる。
歩く中、ホノカは剣の柄を両手で握り、右手は固定したまま左手で柄をひねった。
ガチリと、歯車が噛み合うような音がした。
次いで剣先を下げる。
すると、刃部の中央のくぼみに柄の側から茶褐色の液体が流れ出す。
液体が剣先まで行き届き、1滴2滴と地面に滴ると、ホノカは剣先を持ち上げて柄の部分をさっきひねった方向とは逆の方向にひねった。
再び歯車が噛み合うような音がして、あたりに灯油のような刺激臭が漂う。
よくよく見ると剣には中央に伸びる一直線のくぼみだけじゃなく、そこから枝分かれするような微細なくぼみがあるようで、茶褐色の液体は剣全体のくぼみへとじわじわと広がってゆく。
そうしてオークの元にホノカがたどり着いた時には、茶褐色の液体が剣全体に広がりきっていて、剣は太陽光に照らされて通常とは違った色で輝く。
「いい? こいつらオークは生命力と再生能力が高いの。だから、普通の剣で切っただけじゃあ死なないし、場合によってはすぐに回復して襲いかかってくる。だから……」
長剣を振り上げ、握る手にグッと力を入れるホノカ。
瞬間、カチリと言うスイッチを押すような音がして、ホノカの振り上げる長剣の刃部が灼熱の炎に包まれた。
「こういう風に!」
燃える長剣を悶えるオークの首目掛けて容赦なく振り下ろす。
スパンと、オークの頭は体からあっさり切り離されてしまう。
「________!」
体から離れたオークの頭部が悲鳴にならない悲鳴をあげる。
額に血管を浮かび上がらせ、必死になって歯をくいしばる。
そんなオークの様子をホノカは冷めた目で見下す。
「こういう風に、燃える剣で切れば傷口が焼かれて塞がれるから修復できなくなるの。逆に言えば」
あなたにはオークは倒せない。
だから手は出さないでほしい。
オークは自分とニコラが全て倒すから。
あなたは雑魚だけを相手していればいい。
そう吐き捨て、ホノカはニコラウスの元へと駆けて行った。




