第53話:対魔王軍(1)
刃の中央に柄から剣先にかけて不自然な一直線のくぼみがある長剣。
それが、ニコラウスの剣の特徴だった。
ニコラウスは片手で剣を握り構え、俺達へ指示を出す。
「レオくんとカレンちゃんはゴブリンの相手をしてくれ。ケイタくんとポーラちゃんはホノカを安全な場所に」
「あんたはどうすんだよニコラ」
「僕はオークを叩く」
返答を待たずに剣を構えたまま走り出すニコラウス。
「あ! おい待てよ!」
レオとカレンは慌てて武器を構え、ニコラウスを追った。
足の速い2人はあっという間にニコラウスを追い越す。
どうやらニコラウスの進行の邪魔になるゴブリンを2人が先行して倒し、道を開けるという作戦なようだ。
よくこの短時間でろくに話し合わせもせずに作戦を立てれるな。
「邪魔にならないように俺たちはここから離れるぞ」
「はい!」
半ば放心状態で涙を流し続けるホノカに肩を貸し、ポーラと一緒に割れた窓から宿へと入っていく。
この時、すでに日は3割ほど姿を現してきて外はかなり明るくなっていた。
ホノカを俺が使っていた部屋まで運び、俺の荷物鞄をポーラへと預ける。
「その中にはいろいろな道具が入っている。もしもの時は使え」
透明な瓶が火炎瓶で叩き割れば火を作れる。
青みがかった瓶が毒性の強いガスが発生する簡易爆弾だ。叩き割れば小爆発とともにガスを発生させて敵を足止めすることができる。使う時は必ず荷物鞄に入れてある防護マスクをつけるように。
電球の形をしたくぐもったガラス瓶は弱性の閃光爆弾だ。使う時は目をつぶって耳を塞いで投げろ。
「あ、あの!」
急ぐようにポーラに渡した俺の鞄の中身の説明をしていると、「どうしてですか!」とポーラが俺の話を遮った。
「……何が?」
「どうして今、ケイタ……さんの鞄の中身の説明を私にするんですか」
どうして私に鞄を渡したんですか。
どうしてですか?
不安そうな表情でポーラは聞いてくるが、その意味合いがわかっていないはずがない。
「俺はレオ達の元へ戻る」
「でも!」
そこで、ポーラは黙り込んでしまう。
わかっている。彼女が何を言いたいのか、俺は充分に理解できる。
いったところで何ができるんだ。
お前は自分と同じで、弱い部類の人間じゃないか。
戦えない人間じゃないか。
そう言いたいのだろう。
……随分と、バカにしてくれるじゃねぇかよ。
「俺は強くならなきゃダメなんだ。だからあいつらの元へ戻る」
ポーラは何かを言いたそうにしていたけど、俺はそんなポーラを無視してレオ達が魔王軍と戦う広場へと戻っていった。
ホノカを部屋へと運ぶ際に鞘に収めた短剣を、今一度抜き取る。
なんだかんだで使い慣れてしまった支給品の短剣。
何の特徴もない、シンプルな鉄製の短剣。
ついつい、その短剣を握る手に力がこもってしまう。
柄の部分の布は随分とすり減っていて、所々で最下層の金属部がむき出しになっている。
それほどまでに使い込んだ。
短い期間ではあるが、それほどまでに握り続けた。
けど、俺は未だに弱いままだ。
「強くなりてぇ」
呼吸に紛れて吐き出した言葉を、誰も拾ってくれはしない。
奥歯を強く噛み締め、悔しさをこらえる。
そのまま、俺は食堂の割れた縦長の窓から広場へと飛び出した。
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「いいとこに来たなケイタ! 手伝ってくれ!」
広場では、レオ達が予想よりも苦戦していた。
当然といえば当然だ。
今までにないほどの量のゴブリンを相手にたった3人で戦っているわけだし、敵にはオークも竜種もいるわけだ。
苦戦しないほうがおかしい。
けど、最初にニコラウスが出していた指示の通りの役割分担をした戦闘っていうのができていないあたりは俺の予想外だ。
ニコラウスの計画ではレオとカレンがゴブリンの相手をして、ニコラウスがオークの相手をするはずだった。
竜種に関しては頭絡がつけられている以上は勝手に動いたりとかはしないだろうと言う判断の末の作戦だろう。
けど、その作戦すらまともに為せていない。
その理由も単純明快だ。
ゴブリンの数があまりにも多すぎて、ニコラウスがオークとの戦闘にたどり着けない。
そこにたどり着くよりも前にゴブリン達に邪魔をされてしまっている。
剣を振り下ろして攻撃してくるゴブリン達。
半永続的に続く単発であったり同時であったり連撃であったりするゴブリン達の攻めを、ニコラウスは身をよじって躱したり剣で弾いて攻撃を逸らしたりしてやり過ごす。
ただ、ニコラウスは攻撃を流すことができているだけで反撃と呼べるような反撃は全くできていなかった。
見ると、レオとカレンも同じような感じで、反撃をできている分だけ2人はニコラウスよりもよく戦えていた。
けど、よく戦えているとはいえ2人はあくまでも自分に立ち向かってくるゴブリンを倒すことができているだけ。
ニコラウスの加勢に行けているわけではなかった。
「何をすればいい!?」
「何でもいい! 手近な奴から殺せ! 大丈夫だ、お前ならいける。死にたくねぇと思って死に物狂いで剣を振り回せ」
いやいや。何だよそれ。限度があるぞ。
でもまぁそんな文句は言ってられないよな。
「ギャハハハ! 死ネ!」
3人に襲いかかっていたゴブリン達のうち何体かが俺に気づき、剣を振りかぶって襲いかかってくる。
振り下ろされた剣を逆手に持った短剣で受け止める。
ズシンとした思い衝撃が手を伝い、肘が少しだけ悲鳴をあげる。
とてもゴブリンだとは思えない力だ。
見ると、俺が攻撃を受け止めているゴブリンの後ろからも別のゴブリンが剣を構えて寄ってきている。
このまま無駄な鍔迫り合いを続けても消耗するだけだし、追加での攻撃を受け止められずに負傷するだけだ。
これ以上、今ぶつかり合っている個体の剣を受け続けてはいられない。
どうする?
どうすればいい?
逆手で握った短剣で敵の剣を受け止めているこんな状況、どうすればいい?
弾き返せるか?
いや、無理だ。
ゴブリンの力は予想以上に強くて俺が押されている。
弾きかえすことはできない。
……だったら!
逆手に握った短剣の剣先を下げ、拳の側を持ち上げる。
すると、体の中央に重心を置いて受け止めていた相手の剣が俺の体の外側へとスライドしていく。
そのまま相手の剣が自然と体の外側へ流れていく力を利用し、剣を去なす方向と逆方向へと体を倒し、1歩踏み出す。
たったそれだけのことで、ゴブリンは前方にガクッと重心を崩すことになる。
そして、力を込めて振り下ろしていた剣が伝えられた通りの力で地面まで振り下ろされ、切っ先が広場の硬い地面へと刺さる。
俺はそのチャンスを見逃すほどバカじゃない。
ゴブリンとすれ違うような形になった俺は、そのすれ違い様にゴブリンの首を短剣で切りつける。
本当に偶然だったけど、長くはない刃のほぼ全体がキレイにゴブリンの首の皮膚を切り裂き、肉に深くめり込んだ。
そのまま刃が首を通り過ぎて頭と体を分離させるように、空いている左手でゴブリンの頭を押さえ、短剣を握る右手を振り抜く。
「うぁ”っ」
人間の声にも聞こえる声でゴブリンが苦悶の声をあげ、頭の取れた首から真っ赤な血を大量に噴出してゴブリンは地面に崩れ落ちた。
「よくも! よくもぉぉぉぉぉぉ!」
こちらに駆け寄ってきていたゴブリンが人語で叫びながら剣を振り下ろしてくる。
その形相はまさに鬼と呼ぶにふさわしい。
俺はその攻撃を避け、倒したばかりのゴブリンの手から長剣を奪い取って冷静さを欠いているゴブリンの両腕を手首の位置で切り落とす。
「うあぁぁぁ! 痛ぇ! 痛ぇよ!」
当然のように人語を話す魔王軍のゴブリン。
ウィークとは違って特に何かの役割を与えられているようには見えない。
「やめてくれよ。助けてくれよ」
人語で助けを請うゴブリンの様子はあまりにも不気味で、俺はこみ上げた言いえぬ恐怖を紛らわすためにも、目の前で助けを求めているゴブリンの首を奪い取った長剣で切り落とした。




