第51話:胎動
「たぶん、もうこの街に人はいない」
「ここにある死体がそうだっていうのか?」
袋小路で積み上げられた人の死体を眺めるレオは歯噛みしながら言う。
「いいや。そういうことじゃあないんだ」
ただ、ニコラウスはレオの解釈が正しくはないと指摘する。
「死体の数が街の推定人口と合わない」
ニコラウスの言う通り、袋小路に転がっていた人間の死体の数は男女合わせて42で60人前後と予想された人口と比べるとかなり足りない。
ユミをカウントしたとしても、17人は行方が分からなくなっていることになる。
「じゃあ、残りの奴らはこの街のどこかに居るってことか?」
小鬼に刺さったままになっていた短剣を抜き取り、ローブの裾で吹きならが聞く。
「お前は自分の街に魔物が侵入してきてるって状況で家にこもって遊んだりするのか?」
レオの指摘はごもっともだ。
確かに、この場に転がる小鬼の死体は前にニコラウス達が倒した集団よりも数が多い。
「ここ、何体転がってる?」
「180だな」
だそうだ。
180体もの武装した小鬼が街の中に侵入している時点で、危険度で言えばかなり高い。
それだけの規模の魔王軍が攻撃を仕掛けてきているわけだから、呑気に家に居られるわけがない。
きっと、一部の人間は逃げたはずだ。
「じゃあ、残りのやつらは逃げたのか?」
「……だといいんだけどね」
「幹部の姿が見当たらない以上安心はできねぇぞ。残りの人間を連れ去った可能性だってある」
「……そうだね」
いつの間にか、レオの理不尽な怒りは霧散していて、その集中は街と人、それから魔王軍の小鬼たちの死骸へと向けられるようになっていた。
「どうすんだよニコラ。今日はここで夜を越すのか」
さらっとニコラウスをニコラ呼びに帰るレオ。
その心境にどんな変化があったのかはわからないけど、レオも少しはニコラウスを信用したってことだろうか。
「そうだね。もうあと30分も経たないうちに暗くなるし、今日はこの街で過ごさせてもらおうか」
__________
念のため、俺たちは2人1組で別れて狭い街を散策した。
けれどやっぱり人の姿は見当たらず、俺たちは街から人が1人残らずいなくなってしまったことを認識して終わることになった。
レオと街の散策を終え、集合場所に指定してあった広場に行くと、すでに他のみんなは散策を終えて集まっていた。
「よし。レオくんとケイタくんも来たね。じゃあ行こうか」
どこに? なんていう無粋な質問はしなかった。
正直、どこでも良かったからだ。
俺たちはニコラウスの先導で、広場を挟んだ教会の向かい側にある宿へと入った。
当然のように宿の中は無人で、ニコラウスが8人分の宿泊料として幾らかの金を受付に置いた。
「よし、じゃあ2階が女子で1階が男子って分け方で部屋を使おう。本当はダメなんだろうけど、人の気配もないし1人1部屋使うってことで」
ニコラウスの提案を誰も否定しなかった。
部屋はそれぞれが自由に選べばいいと言うニコラウスの言葉に甘え、俺は廊下の一番突き当たりにある部屋を使わせてもらうことにした。
風呂場やトイレ、食堂なんかとは一番真逆の位置にある部屋だ。
人が来ない位置の部屋が良くて、俺はその場所を選んだ。
ずっと背負っていた荷物鞄をベッドに置き、部屋の間取りを確認する。
シングルベッドだけで部屋の4割近くが占領される狭い部屋だ。
ベッドの他には小さなテーブルが1つと2人掛けのソファが2つ。
あとは壁に大きな時計が取り付けられていて、ベッドの足側に窓がある。
他には何も置かれていない。
本当、泊まれるように最低限の家具を揃えただけって感じだ。
まぁ、風呂とトイレが共用で飯も食堂で食えるっていうなら客の泊まる部屋なんかこんなものか。
スティーヴの屋敷もこんな感じだったし。
……よし、とりあえず作業を始めるか。
俺は荷物鞄の中からいくつかの道具を取り出した。
まずは小瓶。それから火打の効果を持つ石。そして細めの縄と灯油。
通常は使う直前に用意するわけだけど、今は状況が違う。
なんとなくだけど、近いうちにまた小鬼たちとの戦闘があるような気がした。
だから、いつどのタイミングでその時が来ても、すぐに対応して敵を分散できるように。
そうしてみんなが小鬼たちを各個撃破できるように。
そのために俺はみんなのサポートの準備をしなきゃならない。
それが魔法使いと言う脇役の役割だからだ。
ただ、俺が使うのは魔法じゃない。魔術だ。
それも、魔術と言う魔法の再現手法の枠組みの、その枠のすれすれにあるような魔術のまがい物。
俺が使うことのできるものは、大魔法使いから与えられた知識は、まがい物のまがい物でしかないただの偽物だ。
きっと、魔法だとか魔術だとかに期待をし過ぎている人間が聞いたら落胆するだろう。
なんだ、魔法を再現する魔術と言うものは、そんなにもくだらないものだったのか。
そう失望するだろう。
けれど仕方がない。
現に魔法なんてものは存在しないわけだし、魔術なんてものも魔法の効果による最終的結果を人の手によって可能な限り再現すると言うものでしかない。
はるか昔の御伽話のような、西暦の時代のゲームのような、そんな夢物語は夢物語でしかないんだ。
だから俺のやっていることは間違っているが正解だ。
夢ではないが現実だ。
受け入れはされないだろうが正しい。
あぁ。ダメだ。
自分で何を考えているのかわからなくなってきた。
いつもそうだ。魔術の準備をしている時はいつもよく分からないことを考えてしまう。
思考に思考を重ねて、自分でも何を考えているのかよく分からなくなって、吐き気がしてくる。
あー。気持ち悪い。
胃のあたりがムカムカする。
側頭部も少しだけ痛くなってきたし。
……少し、休憩するか。
そう思って作業する手を止めた頃には、持ってきていた小瓶6つ分の火炎瓶を作り終えてしまっていた。
「……こんなものが魔術だなんて笑えるよな」
俺はこんなものの作り方なんか知りたくなかった。
そう言いたかったが、生憎と言葉をぶつけるべき相手がいない。
だから、吐き気と共にこみ上げてきた負の感情を苦し紛れに飲み込み、俺は頭を冷やして休憩するためにも部屋から出た。
廊下の窓から外が見えたが、外はすっかり暗くなってしまっていた。
作業への集中も切れたことで意識が改めて現実に引き戻され、それに伴って俺は体が空腹を感じていることに気がついた。
食堂に行くと、ニコラウスが勝手に厨房に入って料理をしていた。
壁に取り付けられた時計を見ると時刻は8時24分。
一体、ニコラウスはこの数時間の間に何をしていたのだろうか。
「なぁ、何作ってんだ?」
声をかけると、ニコラウスはビクっと、わかりやすく驚いた。
「ケイタくんか。驚かさないでほしいな」
「別に驚かしてねぇよ。あんたが勝手にビビったんだろ」
「ははは。まぁ、僕は怖がりだからね」
分かりやすいつくり笑いにイラっとしたが、気にせず聞く。
「で、何作ってんだ?」
「んー? 何をって、ピラフだよ。僕……あ、俺、そんなに料理できないからピラフとかの簡単なものしか作れないんだよ」
「ふーん」
「ケイタくんも食べる?」
思わぬお誘いだ。
「いいのか?」
「うん。1人で食べるには多すぎるぐらい作っちゃったからね」
そんなことを言っていたニコラウスだが、1人で食べると多すぎるどころか、2人で食べても多すぎるほどアホみたいな量のピラフを作っていた。
途中で他の奴らも呼んで8人で分けて食べても少し多かったほどだ。
けどまぁ。ニコラウスの作ったピラフはうまかった。
俺の中で、ニコラウスと言う男の評価が少しだけ上がった。
________
スティーヴの屋敷とは違って男女でちゃんと別れていた風呂に入り、特にすることもないからと布団んい潜り込んだ俺だが、自分で感じている以上に体が疲れていたようで、あっという間に眠りに落ちてしまった。
浅い眠りから深い眠りへと。
心地の良い眠りから無感の眠りへと。
どんどんと眠り眠って行き、頂点に達した頃合いの深夜。
「あの! 起きてください!」
焦った様子のポーラの声によって、俺は眠りの奥底から無理やり引っ張り上げられた。
ぼーっとする頭を何とか稼動させ、ぼやけた視界で周囲を確認すると、ベッドで眠る俺の顔をポーラが覗き込んできていた。
「……は?」
よくよく確認すると、ポーラは俺の顔を覗き込みながら俺の肩を揺すっている。
色々と「何で?」と言う思考が湧き上がってきて、深く落ちていたはずの意識が即座に覚醒する。
「……な! お前、何してんだよ」
「大変なんです! すぐに来てください!」
俺の手を取り、引っ張ってくるポーラ。
そういえばこいつ、前に俺に手を引かれた時に顔を赤くしてテンパってたな。
なのに今は気にする事なく俺の手を握ってる。
つーことは、それだけ意識が別ごとに集中しているって事だな。
「なぁ。何があったんだ?」
「すぐに分かりますから」
そんな具合で何があったのかを教えてもらえないまま、俺はポーラに手を引かれて食堂に行った。
電気を消した状態の真っ暗な食堂には俺とポーラ以外の全員が集まっていた。
「よし、揃ったね」
確認をするようなニコラウスの声はどこか緊張している。
そこで俺は気がついた。
この場にいる皆が武装をしている事に。
見るとポーラも武装している。
短剣用の革製収納袋を以前俺がやっていたように両腕の二の腕あたりに取り付け、腰の革製収納袋には弾の込められた拳銃を収めてある。
治療道具の入った鞄も肩にかけてるし。
「どうしたんだよ皆。何でそんなに戦闘態勢に入ってんだよ」
教えてくれよと、支給品じゃない方の両刃の長剣を抜き身で持つレオに言う。
が、レオは俺の声が聞こえていないようで、いつもの獰猛な笑みで窓の外を眺めている。
何があったんだと、レオと同じように刀を抜き身で持つカレンに聞く。
けれど、カレンも窓の外に視線を固定しており、俺の問いには答えない。
ニコラウス達も銃に弾を込めて構えている。
そして、彼らの視線もまた窓の外に固定されていた。
時計を見て時間を確認すると、時刻は午前4時。
深夜と呼ぶにはふさわしくない時間帯だ。
そんな時間に武装して集まって、外に一体何があるというんだ。
何ひとつ武器を持ってきていない俺は恐る恐る、窓に近づいて外の様子を見る。
けど、日の昇り始めていない時間って事もあり、外は暗くてよく見えない。
だから、窓に可能な限り近づいて外の様子をしっかりと見ようとした。
顔を窓に近づけ、近づけ、近づけ、近づけた。
鼻が外部の冷気を感じるほどにまで、窓に顔を近づけた。
そうして気づく。俺のすぐ目の前に小鬼の顔がある事に。
窓一枚隔てた先に、醜く笑い俺を見つめる小鬼の姿がある事に。
【用語データ(2)】
魔法:魔族の理に則り使用される未知の現象。人間には理解できない理論で超常的な力を行使するもの。
基本的に詠唱を行う事で魔法を使う事ができるが、原則として人間は魔法を使えない
理由は単純で、人間は魔族ではないから。
魔法使い:魔法を多数使える人のこと。
ただ、人間は魔法を使えないため、現在では魔法使いという言葉は候補勇者の魔法使い役を指す事がほとんどになっている。
魔術:魔法を人の手で再現したもの。
より正確には、魔法という超常的手法によって生み出される最終成果物と同様のものを人間の手によって生み出す技術。
例えば火炎瓶などは火を生じさせると言う点では魔術に該当する。
よく世間では魔導書を介して魔法を使う事が魔術に該当すると思われているが、魔道書を介したところで魔法は魔法であり、魔術ではない。
魔術師:魔術と呼ばれる類の手段に関する知識がものすごく多い人を指す。
つまり、物知りな人間であればだいたいは魔術師としての括りに入る事ができる。
冒険者:勇者とは異なる経緯で旅に出ている者たちの総称。
強制的に送り出されるのが勇者であり、何かしらの理由があって自ら旅に出るのが冒険者。
冒険者の目的はさまざまで、魔王討伐を目的とする者もいれば素材を集めて売却して金を稼ぐことが目的の者もおり、単に冒険することを目的とする者もいる。
検閲済 勇者認定課 勇者ルール管理担当 綾瀬優香




