第48話:不穏な問い
「あ! 森を抜けるわよ!」
嬉しそうに指差しながら、ホノカが走って行く。
それにつられ、疲れているはずの俺たちも足早になる。
森は相変わらず不規則に木々が生えていて、その木々の隙間には埋め尽くすように雑草が生えていたが、雑草の背丈は基幹都市の周辺とは違ってかなり低くなっていた。
膝下程度までしか高さのない雑草を足で蹴飛ばし、射した光に飛び込むホノカ。
1足遅れ、俺たちも森の向こう側へと広がる草原へ飛び出した。
「眩しっ」
この数日、ラスベガスほどではないにしろほとんど陽が射さない森の中で過ごしていたことで目が光に弱くなっていて、俺は思わず手のひらで顔に影を作る。
少しずつ目を明るさへと慣らし、広がる景色を瞳で捉える。
「あ……あぁ!」
つい、声が漏れてしまった。
目の前に広がるのは草原。
くるぶしよりも低い背丈の草花だけが慎ましやかに咲き生える。
そんな光景がどこまでもどこまでも続いている。
眼前の草原は前回見た時と同様、無限と表現するに相応しかった。
とはいえ、前回とは位置が違うから前回見た景色とは全然違うんだけどな。
視界の遥か向こう側に薄っすらとだけど山みたいなものも見えるし。
まぁ、何はともあれ、無事に森を抜けることができてよかった。
天気も雲が1つも見当たらないレベルでいい天気だし、清々しいね。
青々とした空を眺めながら伸びをすると、俺の隣にニコラウスが歩み寄ってきた。
「3日で森を抜けられたね。予定よりも1日早い」
「いいことじゃないのか?」
「うん。いいことだとは思うけど、それだけ体力を予定よりも多く使ってるって話になるから褒められたことではないよね」
なるほど。そういうものなのか。
けど、予定より早く着いたのは決して無理をしたからでも変に頑張ったからでもない。
「魔物が全く出てこなかったんだから予定より早く進んでるのは普通だろ」
そう。本当に理由がわからないが、あの開けた場所でのニコラウスたちによる一方的なゴブリンの殺戮以降、俺たちは1度として魔物に遭遇しなかった。
大蜥蜴もだし、無脊椎身体非保護種族もだ。
魔物と呼べるべき魔物には遭遇しなかった。
一方で鹿や兎、猪などの野生動物には何度か森の中で遭遇していて、オリジンからラスベガスへの道のりで得た知識の信ぴょう性がかなり薄くなってしまった。
また後で手帳に情報を書き足しておかないとな。
「いやぁ。ほんと、想定外だよね」
声のトーンが少しだけ落ちているが、表情は笑顔のままだ。
内外の感情が一致していない。
「やけに残念がるんだな」
「えっ……」
ニコラウスは驚いた表情で俺を見ながら「どうして……」と濁すように言葉を零した。
どうして分かったのかってことか?
「お前、顔には出ないけど声に出てるぞ」
「……そんなこと、初めて言われたよ」
「かなりわかりやすいぞ」
「……そっか」
そんなこと誰も指摘してくれなかったと、ニコラウスは悲しそうに言う。
俺はニコラウスの言葉を聞き、気づいてしまった。
多分、バクやキャロルは気づかないにしてもホノカがニコラウスの声と表情のズレに気づかないはずがない。
この3日間でわかったことだけど、ホノカはニコラウスが好きだ。異性として。
根拠と言われると困るけど、ホノカはニコラウスに対してだけは他の奴らに向けるのとは違った表情を見せる。
それが恋心によるものじゃないなら何なんだって話だ。
で、ニコラウスが好きで好きでたまらないホノカはびっくりするくらい常にニコラウスを見ている。
それで視線に気づいたニコラウスがホノカを見ると、ホノカは慌ててニコラウスから目をそらす。
ニコラウスがホノカから視線を外すと、ホノカは再びニコラウスを見つめる。
そのくらいホノカはニコラウスが好きでニコラウスを見ているわけで、そんなホノカがニコラウスの様子に違和感を抱かないはずがない。
初対面の俺が気づいたぐらいなんだから、むしろホノカが気づかないって方が不自然だ。
そうなると、ホノカはニコラウスの声に真の感情が滲んでいることに気がついていると判断することができる。
じゃあ、なぜ指摘しない?
簡単なことだ。
それを指摘しまえば精神の拠り所がなくなるからだ。
ニコラウスは物柔らかで、気持ちが悪いくらい常にニコニコしている。
いつだって冷静で、優しい。
そして、それが彼の素なのだとみんなが思っている。
そんな彼の顔が素なんかじゃなくて、無理して作られた仮面なのだとしたら。
彼を頼りにしている人間が、そんな事実を知ってしまったのだとしたら。
ニコラウスと一緒にいることで得られる安心感を失うことになるだろう。
だからきっと、ホノカはニコラウスに指摘しなかった。
だからきっと、ニコラウスは誰にも指摘されなかった。
かつての仲間たちもホノカと同じような判断をしたはずだ。
「すまん。俺の気のせいだ」
ただ一言、それだけを言い残して俺はニコラウスから少し距離を置いた。
これできっとみんなの理想は守られる。
なーんて、心の中で綺麗事を語ってるけど単純に気まずくなって距離を置いただけだ。
あーつかれた。呼吸困難で倒れるかと思ったね。
何で森を抜けるのに体力を使ったのに追加で精神的にも疲れなきゃならないんだ。
「そういえばレオがいないわね」
カレンが草原を見回しながらポツリと言う。
言われてみれば、確かにレオの姿は見当たらなかった。
今、この森から抜けてすぐの場所にいるのは俺とカレンとポーラ、それからニコラウスとその仲間たちだ。
ただ1人、レオの姿だけがなかった。
あの時、あの開けた場所でニコラウスたち先輩候補勇者の戦いを見たレオはその‘残念さ’に腹を立て、怒って1人で森の中に入って行ってしまった。
俺たちはレオの後をすぐに追って森を進んでいったのだが、半日も経つ頃にはレオの姿を見失ってしまった。
あいつは歩きづらい森を歩くのが得意なのか、邪魔するものなんて何もないとでも言うようにスイスイと森を進んでいった。
多分、ラスベガスに向かう時は俺たちに変に気を使ってペースを落としてたんだろうな。
申し訳ない限りだ。
「どうする? レオを探すか?」
「そうね」
「じゃあどう手分けする?」
カレンとレオを捜索する話し合いをしていると、
「ぴゃあ!」
なんていうポーラの間抜けな驚き声が聞こえてきた。
そして、それに反応するように
「……何で俺に驚いてんだよ」
と、不機嫌な調子のレオの声が聞こえてきた。
声のした方を振り返ってみると、木に背を預けて休憩していたポーラは驚いた表情で縮こまっており、その脇にはハムスターのように怯えるポーラを白い目で見下ろすレオが立っていた。
「あぁ、レオくんか。てっきりもっと先に進んだと思ってたよ」
「進んださ。進んだけどあんた達があまりに遅いもんだから迎えに来たんだ」
「それは申し訳ないね」
「別にいい。それよりも聞きたいことがある」
「ん? どうしたんだい?」
何でも聞いてくれよと笑顔を振りまくニコラウスに、レオは相変わらず不機嫌なまま聞いた。
はるか向こうに山がうっすらと見える、目的地である楔国がある方角を指差し、聞いた。
「答えろ。どうして塀の外側に街がある」
レオが指差す方角を見るが、俺の瞳にはただ遮るものがない草原が映るだけだ。
きっと、レオはこの場所からでは肉眼で捉えられないようなもっともっと遠くの場所の話をしているんだろう。
こいつ、どこまで1人で進んだんだ?
ニコラウスへと投げかけられたレオの問いの気味悪さを際立たせるように、1つ、季節外れの生暖かい風が俺たちを叩いた。
【プロフィールファイル(3)】
【名前】近衛 華蓮
【身長】163センチ
【年齢】16歳
【出身国】米国
【職業】候補勇者の剣士
【特技】刀を使った戦闘
【趣味】料理(上手くはないわ)
【チャームポイント】髪。綺麗な黒髪でしょ?
【将来の夢】×××××を魔王から取り返すこと
【勇者ルールに一言】特にないわよ。けど、私と同じように××××だった×は言っていたわ。×××××には×××があるって。××を××××××は××××でしか故郷には帰れないけれど、いざとなったら×を××て×××に××ば××××の××を××できるらしいわ。まぁ、私はそんなことしないけれどね。私はどうしても魔王を倒さなきゃならない。魔王を倒して××の××である××××……いや、××を取り戻さなくちゃならない。だから私は逃げないわ。×とは違い、×××に立ち向かって魔王を倒してやる。そのために私は××にも×××に鍛錬をしてたんだから。
検閲済 勇者認定課 勇者ルール管理担当 綾瀬優香




