第42話:本棚の上の写真
「よし、じゃあとりあえずこの屋敷を探検しようぜ!」
レオは風呂から出るなりそう言った。
「いや、戦い方を教えてくれるって言ったじゃねぇかよ」
「誰も今すぐ教えるとは言ってないだろ。それに風呂に入ったばかりなんだから汗かきたくねぇ」
とりあえずリビングに併設されたキッチンまで飲み物を探しに行くと言うレオの後を追いながら、諦めの悪い俺は食いさがる事なくしつこく言う。
「俺には時間がねぇんだ」
「なんで時間がねぇんだよ」
「もうすぐ明後日にはこの街から出てかなきゃならない。そしたらまたすぐに魔物と戦闘をしながらの旅が始まる」
「そうだな」
一通りキッチンを探り、飲みたいものがなかったのか結局は水道水をコップに注ぎ、それを喉に流し込むレオ。
「旅が始まったら俺は多分足手まといになる」
「んなもんは今に始まった事じゃねぇ」
「っ……そういう話じゃねぇだろ」
「どういう話だ?」
とりあえず水飲めよとレオは自分が使ったものとは別のコップに水を注いで渡してくる。
俺はそれを素直に受け取って一気に飲み干した。普通にうまかった。
「俺は足手まといのままじゃ嫌なんだ」
「だからすぐにでも戦い方を教えろって?」
「……そうだ」
「ハッ笑わせんじゃねぇよ」
吐き捨てるようにレオは言う。
「今からどうこうして明後日までに強くなれるんだったら、お前はあのひと月でとっくに強くなってるはずだろ」
だから今から慌ててどうこうしたところで、お前は変われねぇよ。
そんなレオの正論を否定できない俺はただ歯嚙みするしかできなかった。
「お前、そんな悔しそうな顔するんだな」
俺の顔をまじまじと見つめながらレオが言ってくる。
やめろよ気持ち悪いな。
「やめろよ気持ち悪いな」
……また、思っていた事が口に出ていた。
「……よし! お前が本気なのはわかった。だから、屋敷の探検に付き合ってくれたらお前の頼みにも付き合ってやるぜ」
「それって」
「ああ。屋敷を探検した後なら戦い方……いや、違うな。強くなる方法を教えてやるよ」
「っ! 本当か!」
「ああ。んな事で嘘なんかつくはずねぇだろ」
そんな会話があって始まったスティーヴ屋敷の探検は建物自体そこまで大きなものではないからかなり地味なものだった。
とりあえず片っ端から扉を開けてどんな部屋があるのかを調べていこうと言う話になり、手近な位置の扉から順に開けていく。
リビングと風呂場を除き、1階には全部で8個の扉があった。
けど、そのうちのほとんどは鍵が閉まっていて開かなかった。
鍵がかかっていなくて開ける事ができた扉はたったの2つだけ。リビングの両隣の部屋だけだった。
ただ、扉を開ける事ができた2つの部屋はどちらも俺とレオが案内された客室と同じような様相で、これといって面白い事は何一つなかった。
「じゃあ次は2階だな」
屋敷の探検をしたいとか言ってた張本人がつまらなさそうに階段を上っていく。
当然、俺はそれについていく。強くなる方法を教えてもらう代わりに探検に付き合うと言ってしまったからだ。
2階に上って扉の数を確認すると、俺達とカレン達の部屋を除いて扉は7個あった。
それを俺達が案内された部屋の真逆の位置にある部屋の扉から順に開けていく。
けど……
「なんか、やっぱりどれも同じ部屋だな」
そう。レオの言う通り、開ける部屋はどれも俺たちが案内された部屋と同じような間取りで、これといって楽しい出来事だとか衝撃的な出来事だとかはなかった。
「もしかして、ここって客室ばっかなのか?」
「もしかしなくてもそうだろ」
やる気のない声でレオがつっかかってくる。
思っていたよりもつまらなかったから少し拗ねてるんだろ。
「なぁ、レオ」
「あ?」
「もしかしてさ、この建物って」
「……だろうな」
との事だ。
俺だけじゃなく、レオも薄々気づき始めている。
どれだけ探しても客室しか見当たらない。
建物内にある飲食物は好きにしていいとかいう自由すぎる話。
無駄に広い風呂場。
そして何より、時刻はもう6時を過ぎていると言うのに、一向に帰って来る様子のないスティーヴ。
この建物がスティーヴの屋敷であるにも関わらずだ。
「スティーヴって確か5時に仕事を終えて帰るって言ってたよな」
念のため、レオに確認する。
「ああ。言ってたぜ」
あの野郎。何か嘘をついてるな?
俺たちがスティーヴが嘘をついている可能性に気付くのと、他の部屋とは異なる様相の部屋を見つけるのはほとんど同時だった。
俺たちが案内された部屋の部屋側から見てすぐ右手にある扉。
その扉を開けた先は、他の部屋とは……客室とは違う部屋だった。
客室と比較して少し狭い部屋。
窓がなく、部屋の隅に寄せるようにデスクと椅子が置かれていて、その隣にシングルベッドが1つ置かれている。
その他には、小さな本棚が1つ扉の脇に置かれているだけだ。
見ると、本棚の上には1枚の写真が写真立てに入れて飾られていて、本棚に並ぶものはどれもこれもがアルバムだった。
「んだよこれ」
小さな本棚の上に置かれていた写真を手に取り、レオが眉を寄せる。
「どうした?」
「見ろよこれ」
レオが俺に見せてきたその写真は……本棚の上に1つだけ大切そうに飾られていたその写真は、見てわかるほどに古いものだった。
だだっ広い草原のど真ん中で、肩を組みながら笑う8人の若い男女。
その全員が少しボロめの服を着ていて、腰には長剣を、背中には銃剣を据えている。
いつもなら銃剣なんて高級品をどうして若者が持っているのか。それも8人とも。
何てことを考えるのだが、今はそれどころじゃなかった。
写真の中央に写る人物に視線が向く。
それは、8人の中では最年少の‘少年’だった。
少年は恥ずかしそうに右隣にいる少女と肩を組んでいる。
そして少年の右隣の少女も少年と同じで8人の中では若い方であり、恥ずかしそうに左隣にいる最年少の少年と肩を組んでいた。
「これ……スティーヴだよな」
「他に誰に見えんだよ」
よかった。俺の目が狂っているわけじゃなくて、写真の最年少の少年はスティーヴで間違い無いようだった。
「けど、なんか今と全然雰囲気違うよな」
「そうだな。何つーか、女々しいい」
いや、女々しいって。
どっちかというと初々しいって表現の方が正しくないか?
なんかめっちゃぎこちない感じで恥ずかしそうに写真撮ってるし。
少年のスティーヴは今のスティーヴとは全然見た目が違う。
髪の毛が短髪ってのもあるかもしれないけど、それを差し引いても全然顔つきが違う。
目元がちょっと似てるってくらいで、ほとんど別人だ。
「飽きた。部屋に戻るぞ」
写真を本棚の上に戻し、スティーヴの部屋から出て行くレオ。
正直、アルバムの中身を見たいって気持ちはあったけど、スティーヴの部屋は何だか居心地が悪くて、俺は慌ててレオの後を追って部屋を出た。
ちょっとキッチンで飲み物と食べ物とってくるから先に部屋に戻ってろ。
そう言って階段を降りて行ったレオの言葉に従い、俺は素直に部屋に戻った。
1人がけのソファに腰掛け、1つ溜め息をつく。
呼吸を整え、気持ちを整え、そして、つい数分前に見た写真を思い出す。
「アイツ……冒険者だったのかよ」
実のところ、俺は写真を見てスティーヴとその仲間と思われる男女が何をする人間なのかすぐに分かった。正確には何をしていた人間なのかだけどそこはまぁいいだろう。
若い男女。ボロボロの服装。高価な銃剣。もしもの時のための長剣。
それは、冒険者と呼ばれる部類の人間たちの基礎的な装備に酷似していた。
だからあの写真に写る8人の男女は冒険者で間違い無いと思う。
冒険者。
それは、俺たち候補勇者とは違い、自らの意思で好き好んで旅に出ている人たちを指す。
冒険者の中にも当然種類はある。
候補勇者と同じように魔王を倒すことを目的として旅をする奴ら。
植物や鉱物などの物を採取して、それを売って金を稼ぐことを目的として旅をする奴ら。
魔物を倒し、その素材を売って金を稼ぐことをを目的として旅をする奴ら。
あとは単純に非日常を味わいたいとか言って旅をする奴ら。
大きく分けるとそんな感じだ。
ちなみに、冒険者は旅の目的ついでに依頼を受けて金を稼いだりもしている。
写真の男女は言ってしまえば冒険者の中でも基礎的な装備をしていた。
ただ、基礎的な装備というのは初期装備みたいなもので、言わば最低限の装備だ。
つまり写真の男女は最低限の装備しかしていないってことになる。
で、最低限の装備で旅をする冒険者は主に2つのパターンが考えられる。
1つが植物採取や鉱物採取を目的としていて、危険が少ないから武器をあまり持たないパターン。
もう1つが、完全な素人で冒険者と言うものを舐め腐っているパターンだ。
「アイツはどっちだったんだろうな」
写真に写る芋っぽい少年がどんな経験をしてああも荒んだ感じというか、真逆の方向を向いた感じの人間になったんだろうな。
本文中に書き忘れていましたが、ここでいう屋敷内の部屋にトイレはカウントされていません。
トイレは風呂場の隣にあります。




