第40話:嘘と本音
「すみませんね。あまり良い印象は受けなかったでしょう?」
俺たちをスティーヴの屋敷にある客室へと案内する中、スティーヴの秘書である初老の男性は申し訳なさそうに言った。
「ハッ。気にするなよ。あんたが謝ることじゃ無い」
「そうはいきませんよ。私の主人ですから」
「……そうか」
そこで一度会話が途切れた。
少しの間、多くの人で騒がしい役場の中を無言で歩き続け、役場から出たところで秘書はおもむろに語り始めた。
「彼は……少し優しすぎるんですよ」
「アイツがかぁ?」
そんなわけ無いだろと言うレオの頭にカレンがゲンコツを落とす。
「痛ぁ!!! お前、何すんだよ!!」
「ちょっと静かにして」
イチャつく2人をチラリと見て、秘書は少しだけ口角を上げる。
「仲が良いんですね」
何気なしに秘書が言った言葉に、レオとカレンは赤くなる。
あー。はいはい。仲がよろしいことで。
話が進まないから控えて欲しいね。
ただ、秘書はイチャつく2人に構うことなく話を続けた。
「彼はですね。この街の誰よりも優しい人間なんです。そして、この街の誰よりも弱い人間でもある」
「弱い? とてもそんな風には見えなかったぞ?」
ぶっきらぼうってのもあるかもしれないし、話し方が無感情で威圧的だったのもあるかもしれない。
それに、俺はスティーヴに薄気味悪さみたいなものを感じていた。
だからどうしてもスティーヴが弱い人間には見えなかった。
「弱く見えないよう、自分を偽っているんです」
優しい口調で秘書は続ける。
「彼は今、両目がほとんど見えていないんです。だからというわけでは無いですが、彼は異常なほどに臆病なんです。見ることができないから怖い。自分の街が壊れてしまいそうで怖い。そんな根拠の無い不安に苛まれているからこそ、彼はこの街を過保護気味に管理しているんです」
だからどうか勘違いしないでくださいと、優しいながらも震える声で秘書は言う。
「街から出て行って欲しいというのは彼の本心ですが、それは彼の優しさと臆病さ……そこから来る弱さ故の言葉なのです。彼はこの街と民を愛していて、守りたいと考えています。ですが、自分の能力では通常の街の運営で守ることができないと痛感していて、だからこそ自分にできるやり方で街と民を守ろうとしています」
「そのやり方が街を勇者ルールに関わらせないという?」
スティーヴの言葉を理解したと言っていたカレンが確認をするように聞く。
そして、秘書はカレンの問いに「その通りです」と返した。
この会話で、俺の中のモヤモヤが一つだけ解消された。
スティーヴの薄気味悪さについてだ。
アイツを最初に見たとき、よく分からない薄気味悪さを感じた。
その理由を探ろうと俺はアイツの目を見て話をしてみた。
けど、アイツは俺たち個々人に瞳を向けはしたが俺たちを見ることはしなかった。
だからこそよく分からない嫌悪感を感じたんだ。
この人は何かがおかしい。だから気持ち悪い。
その嫌悪感が理由となり、‘よく分からないけどなんか嫌’という感覚が薄気味悪さになった。
なんだ。つまりは目の焦点が合ってないってことに気味悪さを感じてたってだけかよ。
ちょっとビビって損したじゃねぇかよ。
……てか、秘書は確かに言ったよな?
スティーヴは‘今’、目が見えていないって。
なら、前は見えていたってことか?
だとしたら、どうして目が見えなくなったんだ?
あー。少し気になるな。
気になるけど聞くほどの話じゃ無いし、今はとても聞けるような雰囲気じゃ無い。
役場を出てから10分ほど東に向かって歩くと、巨大建造物が立ち並ぶ冷たい町並みに突如として木々が現れた。
場所とかを考えると目の前に現れたのは人工的な林だと思われる。
どうせスティーヴの好みで屋敷の周辺に大量の木を植えたとかそんな感じだろ。
とか思っていると、林の中へ伸びる舗装された道へと秘書が歩き進んで行った。
……マジでここの中にスティーヴの屋敷があるのかよ。
「ここが我が主人、スティーヴ・ニュートラルの屋敷です」
人工林の中にある開けた空間。
そこは街の中で唯一、わずかではあるが陽の光が差し込む場所だった。
塀よりも高い建造物が立ち並ぶラスベガスという過剰人工都市。
建物と建物の隙間はほとんどなく、道と呼べる道など街の入り口から役場まで伸びる幅の広い一本道と、役場を囲むように整備された円形の道路。そして、役場を挟んで入り口の逆側へ伸びているスティーヴの屋敷に向かうための道。それだけしか無い。
それはつまり、街の中で空を見上げることができる場所の少なさを意味する。
街の構造上なのか、そんな数少ない空を見上げることのできる場所に陽の光は差し込まない。
黒色の街は全て、建造物から漏れる光や弱めの街灯で灯りを賄っている。
俺たちの故郷とは大きく異なるそんな街……ラスベガスで唯一、陽の光を目にすることができるのがスティーヴの館がある林の中の開けたこの場所だ。
そして、半径400メートルほどで円形に開けた空間に、街の巨大建造物と比較してかなり小さな木造建築物がぽつりと建っている。
せっかくの広い空間を活かしきれていないその建物は、俺たちの故郷でいう一般民家よりも少し大きい程度で、二階建てだ。
「なんつーか、思っていたよりも普通だな」
スティーヴの‘屋敷’を見て、レオが思ったままのことを言う。
嫌味と取られてもおかしく無いレオの言葉を、秘書はにこやかな笑顔で流す。
「こちらが女性のお二人の部屋です」
屋敷に入り、二階に上がってすぐ階段の目の前にあった扉を開け、秘書は言った。
「あら、男女の部屋が分かれているのね」
「ええ。間違いが起きないように部屋は分けさせていただきます」
「私は……そのほうが助かります」
次は男性のお二人の部屋ですと言って秘書は歩き出す。
その背を見て、俺とレオは女子2人に「また後で」と小さく手を振った。
「ここがお二人の部屋です」
と、俺たちが秘書に案内されたのは廊下の突き当たりにある部屋だった。
中に入ると1人掛けのソファが2つ、部屋の中央に向かい合うように置かれていて、その間には木製の丸テーブルが置かれていた。
扉の対象位置に取り付けられた窓の際には2段ベッドが置かれていて、見ると部屋の隅には何かの液体が入った瓶がずらりと並ぶ棚があった。
なんと言えばいいのか、まさに客室って感じの部屋だった。
「浴場は1階のリビングの向かいにありますので、お好きにつかってください。あと、屋敷の中にある飲食物は全て好きに食べていただいて大丈夫です」
ではごゆっくりと言い残し、秘書は一礼して去っていった。
数時間後、レオの提案で外に出ようという話になった。
そして、俺たちは屋敷に閉じ込められた事に気づく。




