第39話:交渉
「それは……どういう事ですか?」
微妙に頬を引きつらせながら、レオがスティーヴの薄気味悪い瞳を見つめる。
睨みつけるんじゃなく、見つめる。
いつものレオなら考えられない動きだが、きっとレオもスティーヴに対して無意識な嫌悪感を抱いているからこそ睨みたいのを堪えて見つめるに抑えたんだろう。
「どうもこうも、言葉の通りの意味だ。君たちには今すぐにでもこの街から……私のラスベガスから出て行ってもらいたい」
「それはどうしてだ?……ですか?」
「変に畏まって話さなくていい」
スティーヴが無機質に吐き捨てた言葉にレオは了解の意を込めて一度だけ頷く。
「どうして……か。まぁ、単純な理由だ。私はこの街を……ラスベガスを愛しているんだ。そして、この街で暮らす人々も愛している。だからこそ君たちにはこの街から出て行ってもらいたい」
これで分かっただろ? とでも言うように満足げに息を吐くスティーヴ。
ただ、スティーヴは話したい事を話したみたいな雰囲気を出しているけれど俺たちは何も理解できていない。
ポーラなんて見るからに頭の上にハテナマークが浮かんでるって感じだ。
だらしなく口を半開きにして小首を傾げている。
「聞いてもいいかしら」
発言の権利を主張するようにカレンが小さく手を挙げる。
「もちろん」
と、スティーヴは真顔のまま返す。
まるで話は聞くが何を言われても動じないという意思表明をしているみたいだ。
そんなスティーヴの様子にカレンは少しだけムッとした表情になり、イラつきを上書きするかのようにハキハキとした声で言った。
「あなたが街を愛している事と私たちがこの街から出て行く事、この二つには一体何の関係があるんですか?」
「そうだぞ。あんたが街を愛してる事と俺たちがこの街から出て行かなきゃならないってのは関係ないだろ」
レオがカレンに加勢して野次を飛ばす。
ついさっきまでが嘘のようにスティーヴに睨みを利かせる2人だが、2人にスティーヴは失笑を突き返した。
「関係がないだと? 随分とふざけた事を言ってくれるじゃないか」
ここにきて、スティーヴが初めて感情をあらわにした。
思えばスティーヴは自己紹介から今に至るまでただずっと冷静だった。
淡々とした声に温みはなく、どこか感情が欠落しているような印象を受けた。
スティーヴの目を見て話していても、スティーヴはなぜか視線を合わせてくる事はしなかったし、まるで俺たちを話の相手としてではなく、雑音を放つ何かだとでも思っていたように感じられる。
良く言えば冷静な、悪く言えば冷めた様子だ。
そんなスティーヴが今、声に力を込めて感情的に言葉を放っている。
だが、見開いた両目は相変わらず俺たちの誰をも捉えていない。
「関係など大いにあるだろう。私たちはこの閉じた塀の中で旧時代の……西暦の時代の延長線上に生きている。君たちみたいに勇者ルールなんてものを盲信した皇帝期時代の生き方はしていないんだ。私たちは平和に生きている。君たちみたいに人類と魔族の無駄な争いを好んでしたくはないんだ」
「待てよ。俺たち人類は別に好き好んで魔族と戦ってるわけじゃねぇ」
かなりイラついた様子でレオは吐き捨てる。
いつもの獰猛な笑みじゃなく、単に敵意だけを表情に表して。
「ああ。別に君たちは好んで争っているわけじゃあないのだろうな」
「そうだ」
「だが、君たちは旅立ち今こうして私の街に居る。勇者ルールを受け入れている証拠だ」
「だとしても!」
食ってかかるレオに不機嫌そうな表情のスティーヴが「ふむ」と声を漏らす。
「話がかみ合わないな」
「あんたのせいだろ」
「私のせいではない。君たちが無知なせいだ」
「あ? 何だって?」
思わず身を乗り出すレオをカレンが手で制止する。
「止めるなよカレン」
「いいから任せて」
「……わかった」
レオがおとなしくソファに座り直すのを横目で見て、カレンは凛とした声でスティーヴとの対話を開始する。
「あなたの言っている事は理解できたわ。だから、私たちは可能な限り早くこの街から出て行くことにする」
「む。そうか」
「ええ。ですが、いくつか条件を出させてもらえるかしら?」
「言ってみろ」
「まず、私たちはもう10日近くも歩き続けていて体力の限界なの、だから数日間だけこの街で療養させてもらいたいわ」
「具体的に何日欲しい」
カレンは指を3本立てて見せる。
「3日あれば」
「2日にしろ」
「助かります」
随分あっさりと街への滞在許可が下りたもんだな。
ここまでの会話からして、てっきり1日もいられないと思ってた。
カレン様々だな。
「あとは滞在に際して宿泊場所と食事の提供をして貰いたいのだけれど」
「……わかった。こちらとしてもその方が都合がいい」
「助かります。あと」
「まだあるのか?」
「ええ。旅立つ私たちに資金援助と物的援助をして欲しいの」
「それは無理だ」
スティーヴはきっぱりと言い放つ。
まぁ、仕方がないだろう。
出て行って欲しいと思っている相手の街への滞在を許可している時点でかなりの譲歩のはずだ。
その上で金も寄越せ物も寄越せなんて受け入れてくれるはずがない。
「私たちは決して裕福なわけではない。金も物もさほど持ってはいない。だからこの2つの援助は受け入れられない」
「だとしたら、人的援助はどうかしら?」
「……何が言いたい」
「実は、私たちはまだ正式に候補勇者として旅立ったわけではなくて、今は候補勇者として旅立つために楔国へと向かって旅をしている段階なの。だから、スタート地点にたどり着くために私たちを護衛してくれる人たちが欲しいと思っているのだけれど」
「それについても申し訳ないが、私の街は武力を保有していない。だから君たちを護衛できるような人間も抱えていない」
スティーヴの言葉を聞いたカレンがわざとらしく「やだなぁ」と言う。
少しだけ、スティーヴの眉がピクリと動いた。
「ラスベガスの人間である必要は無いわ。例えば、この街に他の候補勇者が居るならその人たちを私たちの護衛として街から追い出すのはどうかしら。街に候補勇者を置いておきたくないのよね?」
「ふむ、なるほど。それならちょうどいい奴らが居たな」
人的援助が欲しいという話は受け入れようとスティーヴは言った。
その言葉にカレンは小さくガッツポーズをして不敵に笑った。
犬歯をチラつかせてレオを彷彿とさせる獰猛な笑みでカレンは笑った。
いや、お前レオに似てきてんじゃねぇかよ。




