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世界再編と犠牲の勇者譚  作者: 人生依存
或る魔法使いの物語 第1章 前日譚編

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第3話:前日譚(1)

 翌朝起きると、家のリビングでケビンが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。


「お前、何やってんの?」


「見てのとおり、コーヒー飲んでんだよ」


 ケビンはマグカップを小さく持ち上げて見せた。


「その新聞は?」


「郵便物はポストから取ってきておいたぜ?」


 机の端に置かれた郵便物を指差しながら、ケビンは得意げにいった。


「いや、そうじゃねぇだろ!その新聞ウチが取ってるやつかよ!」


「大丈夫だ。コーヒーもお前ん家のやつだから」


 どっちにしろダメじゃねぇかよ。そう言いたかったが、朝から声を荒げるような元気を俺は持っていない。気にしたら負けだ。


「で、お前、どうやって家の中に入ってきたんだよ」


 昨夜寝る前に戸締りはしたはずだ。それこそ、いつ魔物が街に現れても大丈夫なように。

 いくら街が巨大なへいで囲まれているとはいえ、塀の内側に魔物が一切いないワケではない。だから、少したりとも気をぬいてはいけない。

 俺は家全体の戸締まりをしたはずだぞと言葉を付け足すと、ケビンは新聞を読みながら興味がないとでも行った様子で「企業秘密だ」と答えた。


 こいつ、本当に勇者認定課こうむいんなのかよ。


「本当に勇者認定課こうむいんなのかよ」


「ああそうだぜ。俺は公務員様だ。国に雇われた正当な人間だぞ」


 何を馬鹿言っているんだとケビンは笑った。

 心の声が漏れていたようだ。


「お前、国に雇われた人間の割には胡散臭いな。詐欺師じゃねぇの?」


「バッカ。俺ほど信用できる人間は居ねぇっての」


 その言葉でケビンの胡散臭さは一つレベルがアップした。




 支度を終えてケビンとともに王城へ向かうと、すでにカレンとレオは到着していた。

 二人とも結構な荷物を持ってきていて、旅行かばんに衣類だけ突っ込んできた俺は少しだけ恥ずかしさを覚えた。

 昨日と同様に昇降機エレベーターで最上階へあがると既に国王とポーラが待っていて、二人の前には簡素な折りたたみ式の机があった。そして、机の上には幾つかの衣類や武器が置かれていた。


「さて、君たちは武器や防具を持っているか?」


 腑抜けた顔で聞いてきた国王の言葉に、レオとカレンは頷いた。

 いや。二人とも武器を持ってるのかよ。

 レオは荷物の中から鞘に収まった長剣を取り出し、カレンは持っていた長い大きな二つの布袋を持って見せた。

 国王はマジかぁみたいな顔を一瞬したけれど、すぐにその色を消して見せた。


「まぁ、すでに武具を持っている人間もいるが、勇者ルールによって、私たち国家は勇者へと初期装備のようなものを支給しなければならないという決まりになっている。君たちには今から順に支給品の装備を渡して行くから、これから一月でその扱いを覚えてくれ」


 まずに配られたのは安っぽい勇者服いしょうと、金属製の胸当て肩当、手の甲だけを守る薄い鉄板だった。甲冑かっちゅうと呼ぶにはあまりに心もとない名前だけの防具だった。


 皆が同一のものを配られた防具とは違い、武器はそれぞれの役職にあったものを配られた。レオとカレンは長剣。俺は魔法を使う触媒としての杖、もしもの時の短剣、ポーラは応急処置の道具の他に、短剣と小さな拳銃が支給された。

 こうして初期装備の支給が行き渡り、俺たちの長いようで短すぎる候補勇者の研修期間が始まった。



_________




「今日からお前を一月で使える人間にしていくわけだが、何か質問はあるか?」


 そう言いながら、ケビンは俺に与えられた自室のような場所に白板ホワイトボードを持ち込んできた。 


「じゃあいくつか」


「ああ。答えられる限りで答えてやるぜ」


 ケビンは眼鏡を中指でクイッと押し上げ、嬉しそうにいった。


「まず、お前眼鏡なんてかけてたか?」


「おいおい。おまえとかねぇだろ。これでも俺は25だぜ?年上なんだから敬えよ。あと、眼鏡は伊達だ。似合ってるだろ?」


 自慢げに眼鏡を指差すが、正直似合ってはいない。


「次にそれだ。おまえ、最初は敬語だったのに随分と急に性格が変わったな」


 つまらないことを言うなよとでも言うようにケビンはやれやれとジェスチャーをした。


「俺の仕事はもう終わったんだよ。メッセンジャーとしてのつまんねぇ仕事はさ。だから別にペコペコと頭を下げて‘作る’必要がなくなったんだ。それだけさ」


「……」


「おいおい。なんでそんなに疑うような目で見てくるんだよ。何も嘘はついてねぇぞ」


 心外だなと言いながら、ケビンはニヤリと笑った。

 ケビンの胡散臭さがまた一つレベルアップした。


「聞きたいことはこれだけか?」


「いや、まだある」


 これだけは如何しても聞かなければならないと思っていた。

 とても重要なことだ。

 魔法使い役に割り振られた俺を使える人間にするとケビンは言っていた。

 ならば、これは確認をするべきだ。


「お前は魔法使いなのか?」


 ケビンは魔法を使えるのか。それを確認しなければならない。

 問われたケビンは一瞬キョトンとした表情になったが、すぐさま口を大きく開いて高笑いをした。


「はは…ははははははは!」


「なんだよ。何がおかしい」


「いやいや。随分とつまんねぇ質問しかしねぇんだなと思ってさ」


 ケビンは身支度をはじめた。そして、少ししてから思い出したといった様子で、持ってきていたカバンから1冊の本を取り出して渡してきた。


「これは?」


「教科書だよ。今日と明日で熟読しろ。授業をやるのはそれからだ。じゃあな」


 それだけ言うと、ケビンは結局使っていない白板を引っ張りながら、部屋から出ていくために扉を開けた。


「あぁ。そうだ。お前、俺の役職が知りたいのか」


「……」


「そう睨むなよ。つまんねぇ男だな」


 ケビンは哀れむように俺から目をそらし、言葉を吐き捨てて部屋を後にした。


「俺は勇者の成り損ないだ」


 質問に対して噛み合っていないそんな言葉を俺へと投げつけ、ケビンは今度こそ部屋から出て行った。


 静寂と冷気が満ちた部屋の中、ケビンに渡された本を読み進めていると、或るページにケビンの顔写真が貼られているのを見つけた。

 その項目は歴代の候補勇者の中でも何かしらの結果を残した人々が紹介されている場所だった。


今とは違って栗色の髪の毛を下ろして写真に写っているケビン。多分、注意して見なかったら彼だと気づくことはなかった。

そして、そこに書かれていた名前はケビン・メッセンジャーなんて胡散臭い名前ではなく、栗原くりはら優吾ゆうごという或る地域ではよく見られるような名前だった。


 彼は9年前の…9期前の候補勇者で、その際の役職は勇者だった。

 生き残りがほとんどいないと言われる悲劇の世代の数少ない生き残りの中の一人だった。




「よう坊主。準備は万端か?」


 ケビンに教科書とやらを渡された二日後の朝、目がさめると俺の部屋にケビンがいた。

 いつぞやと同じようにコーヒーをすすりながら新聞を飲むケビンに「どうやって入った?」と聞くと、ケビンは着ていたスーツの胸ポッケから一本の鍵を取り出してみせた。


「俺たちはアクターのおっさんからお前らの管理を任されてんだ。そりゃあ合鍵の一つや二つぐらいは持っているさ」


「一つや二つって…」


「それよりも、お前さん教科書はちゃんと読んだか?」


 試すようにこちらを見るケビンに、俺は枕元に置いてあった教科書を見せる。いくつも付箋が貼ってあり、二日で読んだとは思えないほどにヨレヨレになった教科書を。

ケビンはそれをみて、嬉しそうにうなずいた。


「よしよし。じゃあ予習は完璧だな」


「予習?」


「あれ?言ってなかったか?」


 おかしいなとでも言うようにケビンが首をかしげる。


「それを使うのは二週目から始まる国王直々の筆記授業だぞ。俺の授業では使わない」


 ケビンはそんなこと一言も言っていなかった。


「あぁ、悪い。誤解がありそうだな。正確には、俺の授業でそれを使うことはないが、前提知識が必要だからどっちにしろ読む必要はあるぞ」


「じゃあお前の授業で何をやるんだ?魔法でも教えてくれるのかよ」


 寝起きで機嫌の悪い俺がぼんやりする頭で頑張って嫌味を言うと、ケビンはキョトンとしてからワハハと声をあげて笑った後、ニヤリと厭らしい笑みを作った。


「おいおい。俺の役職は勇者だぜ?」


 今更気づいたが、楽しそうに言葉を放ったケビンはワックスで髪の毛をオールバックに固めてはおらず、教科書の写真のようにその栗色の髪の毛をおろしていた。




 とりあえず外に出ようかと言うケビンに連れられ、俺は塀をくぐって街の外に出た。


 街を取り囲む塀の外側は何もない空間だった。


 何もないといえば語弊がある。

 正確には、木々のような遮蔽物がまったくない綺麗な草原が広がっていた。

 


「まぁ、練習といっても、俺は基礎を丁寧に教えてやれるほど器用じゃねぇし、そもそも基礎から叩き込むような時間的余裕もない。と、いうわけで」


 無限に広がっているような錯覚を覚えるほど広大な草原をある程度歩き進めたところで、ケビンは突然立ち止まって視界の先の方を指差した。


「あそこに魔物がいるわけだからさっそく戦ってみろ。俺は習うより慣れろ信者だからそれぐらいしかできない」


 行って来いとケビンに背を押され、俺は嫌々ながら歩を進めた。

 視界に映るモノの中で、魔物だと思われるものは一つしかなかった。


「なぁ。あれ、どうやって倒すんだ?」


「それを慣れで覚えろって言ってんだよ。初めて見る敵の倒し方を模索するのも候補勇者に必要な能力だぞ」


「マジで言ってんのかよ」


 その物質とは戦いたくなかった。なにせ、それはあまりにも不気味な巨大な液体の塊だったからだ。


 液体というには語弊があるかもしれない。粘着質で固形でもあるそれはまるでアメーバのようなもので、無脊椎身体非保護種族むせきついしんたいひほごしゅぞくという部類に分けられるその生物ははるか昔から‘スライム’と呼ばれていた。


 広い何も無い場所でかなり遅い速度で悠悠自適ゆうゆうじてきに移動するその生物に近づいて貰った短剣を切りつけてみる。


 −ぺちゃり。


 そんな可愛らしい水音のようなものが聞こえたと思うと、次の瞬間スライムは沸騰しているかのようにその身を振動させ、無数の触手のようなものを作って襲いかかってきた。


「は?」


 少しでもリアクションが取れただけマシだと思った。

 スライムの動きは先ほどまでとは違って目で追えないほど早く、鞭のようにしなりながら迫ってきた触手たちは俺をあっという間に拘束し、俺の身をスライムへと引き寄せた。


 そこから何があったのかは言うまでもない。俺はスライムの体に取り込まれ、そこから逃げ出そうと通じない攻撃を繰り返したのちに、水の中で呼吸ができるわけでも無いわけだから酸欠に陥って意識が飛んだ。


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