第31話:解体作業
お待たせしました。
新章のスタートです。
息を切らしながら、木々の隙間を駆け抜ける。
足を挫きそうになりながらも、道無き道を走り抜ける。
前方を走る非武装のゴブリンを追うように、俺は走る。
「ハァ…ハァ…ハァ…」
不規則な自分の呼吸音が耳に届いてきて、それが疲労感をより一層際立てる。
もうかれこれ10分近くも全力で走り続けている。
しかも、舗装もされていない凸凹の道をだ。
木々も雑草も生い茂っているせいで足を捕られるし、普通の道を走るよりもかなり体力を消耗する。
正直言ってキツイ。
「オラ!死ね!」
俺が追う非武装の野生のゴブリンを目掛け、先回りしていたレオが両刃の長剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣はゴブリンの頭を側部から切り裂いた。
ぐちゃりというポップな音がして、ゴブリンの側頭部から真っ赤な血が飛び散る。
「チッ。こいつは赤色かよ。胸糞悪りぃな」
飛散し、頬についたゴブリンの血を袖で拭い、レオは嫌悪の表情をその顔に浮かべた。
「ケイタ! 後ろ! そのまま剣を振って!」
焦るようなカレンの声が聞こえ、俺は振り向きながら、促されるままに逆手で短剣を持っていた右腕を思い切り振るった。
そして、俺の振るった右腕は…その手に逆手に握っていた短剣は、歪な口を大きく広げて飛びかかってきていたゴブリンの右頬を貫き、刃先が左目のすぐ下から姿を見せるほどに深く突き刺さった。
「ガ…グ……ェ」
そのまま腕を振り抜くと、ゴブリンは軽々と吹っ飛んだ。
ヒクヒクと震え、苦しそうに唸るゴブリン。
俺の短剣が突き刺さり、引き抜かれた頬はパックリと裂けていて、そこからはゴブリンの肌と同じような色合いの苔色の液体が止めどなく溢れる。
「…今度は緑色かよ」
あまりの気持ち悪さに呟くと、ゴブリンは震えを止めて左右の手で血の溢れる右頬と左目のあたりをそれぞれ押さえながら俺を睨みつけてきた。
「チッ。何だよ」
悪態を付くが、目の前で血を流すゴブリンは幹部じゃない。
当然、俺の言葉を理解することなく、獣のように「グルルル」とうなり声を返してくる。
そのまま互いを警戒してゴブリンと俺がにらみ合っていると。
「死ねェ!」
と言う叫び声をあげながら、レオがゴブリンの首を後方から切り落とした。
何でわざわざ気づかれないように背後に迫ったのに最後の最後で叫ぶんだと思ったけど、馬鹿はこういうやつだ。仕方ない。
切り落とされた頭が地面に落ち、切り口から大量に血を噴出するゴブリンを眺めながら俺は深く息を吐いた。
「これで全部か?」
確認するようにレオを見る。
「ああ。今回は最初から20しか居なかったし、俺とお前で殺したのが14でカレンが殺したのが6だ。合計20だから全部殺したって考えて大丈夫だろ」
全てがレオの目測だったが、こいつの目測は結構信用できる。
瞬間的な数の計上だとか大雑把なサイズだとかの測定だとか、そういうものがレオは得意だ。
しかも目測と言ってはいるがかなり正確だ。
初日に200メートルくらい離れた位置で寝ていた大蜥蜴の大きさを寸分たがわず言い当てて見せたほどだ。
その出来事があったからこそ、俺たちはレオの目測を信用している。
まぁ、その時に俺はレオとちょっとした賭けをして負けたわけだからたとえこいつの目測が間違っていたとしても文句は言えないんだけどな。
「よし。俺は赤いほうの解体と採取をする。ケイタは緑色の方。ポーラとカレンはそれ以外の奴らの解体と採取をしてくれ」
指示を出すなり、レオは戦闘用の長剣を鞘に収て剝ぎ取りに使う用の長剣を代わりに鞘から抜き取った。
剥ぎ取り用とは言ってるけど、国王から支給品として配られた両刃の長剣をレオが「コレ、使いづらいから剥ぎ取りような!」と言って剥ぎ取り用として扱っているだけだ。
レオは赤い血を流すゴブリンの死体に近づくと、抜き取った剥ぎ取り用の長剣で言葉の通り、ゴブリンの皮を剥ぎ取り始めた。
そんなレオの様子を見て、カレンは当然といった表情で、ポーラは嫌悪を前面に押し出した表情で同じようにそれぞれ、支給された長剣と短剣でゴブリンの死体の皮を剥ぎ取り始めた。
二人が剥ぎ取っているゴブリンの死体もレオによって首が落とされていて、レオが剥ぎ取っているゴブリンと違う点といえば傷口から流れ出る血が赤ではなく青紫であったり茶褐色であったりしているという点ぐらいだ。
俺は3人とは違い、苔色の血を流すゴブリンの剥ぎ取りを始める。
原初の魔物であるゴブリンの剥ぎ取りはまぁ簡単だ。
けど、面倒くさい。
まず、死体をうつ伏せの状態にして項の辺りに刃物を突き刺す。これは短剣でも長剣でもナイフでも何でもいい。
次に項から背骨に沿う形で、尾てい骨のあたりまで刃をスライドさせる。
途中、背骨から伸びる肋骨に刃先が当たることがあるけど、肋骨に当たらない程度の深さで刃を入れるのが重要なポイントだったりする。
尾てい骨のあたりまでまっすぐに切り込みを入れたら、切れ目からめくるように思い切り皮膚を引っ張り上げる。皮膚と肉はぴったりと張り付いているわけだから、かなり力が必要だ。
ブチブチッと言う筋繊維のちぎれる音がして、ゴブリンの皮膚が肉から剥がれる。
この時に注意しなきゃならないのは皮膚はゴブリンの皮なわけで、剥ぎ取る時にはなるべく大きな一つの塊になるように剥ぎ取らなきゃならないって事だ。
そうしないと価値が落ちる。
ひたすら皮剥ぎを続け、全ての皮膚を剥ぎ取ったら次の工程だ。
次は筋繊維に沿って刃物を入れ、背部の肉を骨から剥がすように切り取る。
肩甲骨周辺の肉。腰部の肉。臀部の肉。
そして、背部の肉を切り落として背骨や肋骨が姿を見せたところでまた次の工程へ移る。
次は四肢を胴体から切り離す工程だ。
その際のコツは、無理に骨を砕き切るんじゃなくて関節のあたりを狙って刃物を入れ、骨と骨の接続部を丁寧に切り離すイメージだ。
骨を無理に砕かない理由は骨を砕くと肉に骨片が混ざってしまうってのと、砕けた骨は価値が下がるっていう二つの理油がある。
無事に皮を剥ぎ、背部の肉を削ぎ、だるま状にできたなら次はゴブリンの死体をうつ伏せから仰向けへの状態へ変える。
うつ伏せの状態にしたら、廃部と同じように胸部の肉と腹部の肉を筋繊維に沿う形で骨から剥がすように切り取る。
胸部の肉の切り取りは、刃物をとりあえずは肋骨に当たるまで刺し込み、そこからは刃先が骨に触れているのを確認するように骨に沿って剥ぎ取ればいい。
けど、腹部は同様にはいかない。
腹部には骨がなく、下手したらすぐに内臓を傷つけてしまうからだ。
だから、とりあえず胸部の肉を剥ぎ取り、その後に胸部の骨の位置を目印として、それ以上深くに刃を入れないように気を張りながら腹部の肉を筋繊維に沿って削ぎ取る。
そこまでやったならあとの工程は僅かだ。
次は左胸の肋骨の上から3本目と4本目の間のあたりを刃物で丁寧に穿って行き、心臓が見えるまで掘り進める。
「あ〜クッソ。‘ハズレ’かよ」
イライラした口調で、レオは解体途中のゴブリンの心臓を剥ぎ取り用の長剣で刺し貫く。
俺もレオと同様に、手に持っている短剣で自分が解体していたゴブリンのむき出しの心臓を刺し貫いた。
「ケイタ! そっちは?」
荒れた声の様子で聞いてくる。
「ハズレだ」
溜め息混じりに俺は答える。
この溜め息は心の底からの溜め息だ。
「チッ。またかよ」
「そうイライラすんなよ。他のは分かんねぇだろ」
レオをなだめるように言うと、レオは「分かってる」と吐き捨てて別の死体へと歩み寄った。
それからも他の死体の解体を続けたけど、それら全てがハズレだった。
「どうだった?」
と、レオが俺の元に歩み寄る。
「ダメだ」
「だよなぁ」
俺たちは互いに顔を見合わせ、深く溜め息をついた。
肩を落とす俺とレオの元に、ポーラとカレンが駆け寄ってくる。
二人の両手は血に濡れている。
当然だ。ゴブリンを解体していたんだから血で手が汚れないわけがない。
「私の方はダメだったわ」
「私のも…です」
二人の言葉に俺とレオはさらに深い溜め息をついた。
「なんか、森に入ってからずっとだな」
「心なしか、進むにつれてハズレの比率も増えてる気がするわ」
「それは俺も思った。ケイタ、何か知ってるか?」
いや、何かって何だよ。
「何かって?」
「進むにつれてハズレが多くなる理由だっつの」
そんあ当たり前だろみたいなテンションで話されても知らねぇよ。
イライラしてるからって俺に当たるなよ。
「いや、知らねぇ」
「だよな。俺が知らねぇのにお前が知ってるハズないよな」
は?
なにその言い方うっざ。
「それにしてもさ」
と、レオは木々の葉の隙間から見える青空を見上げる。
「何つーか。思っていたよりも生きるっていうのは難しいんだな」
しみじみといった様子でレオがこぼした感情の吐露に、カレンは吹き出して笑った。
「何だよ。なにがおかしいんだよ」
「いや、今更だなって思っただけよ」
「悪かったな」
「悪くなんてないわよ。事実だもの」
カレンの言葉に俺とポーラは賛同するように頷く。
そうだ。カレンの言葉は正しい。レオの言葉も正しい。
生きるのは難しい事なんだ。
これまでは塀の内側にある平和な町で暮らしていて、食べ物も衣類も商店で買えた。
寝る時は心ゆくままに寝れたわけだし。
とにかく、俺たちはこうやって塀に囲まれた街から旅立つまでは命の危機なんて感じずに簡単に生きる事ができた。
けど、それらすべてはお膳立てされたものであって、生きるという事は実際には難しくてそう簡単にはやり遂げられない事なんだ。
旅に出て初めて気づかされた。
食べ物をはじめとした何から何までもを全て1から自分で手に入れなきゃダメだっていうこの状況で生きる事は本当に難しい事なんだと。
そう気づかされた。
「俺たち、この調子で魔王なんか倒せるのかよ」
解体され、ボロボロになったゴブリンの死体を眺めながら、俺は思っていた事をぽつりと口に出した。
これが旅立ってから6日目の話だ。




