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世界再編と犠牲の勇者譚  作者: 人生依存
鬼ノ國二生マレタ少女 プロローグ

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プロローグ:予選決勝

お久しぶりです。

1年か2年ほど空いてしまいましたかね?

ストックが無いのでゆっくりとした更新になりますが、改めてよろしくお願いします。

 手に、持つ刀の重さが伝う。



 右手を上手に、わずかに両腕の力を抜いて弱く握る刀の重さが、柄の刺繍のゴツゴツとした感覚が、より一層はっきりと感じられる。

 それこそ、糸の一本一本の荒さがわかってしまうほどに。


 視線を手元の刀から正面へと持ち上げると、緊張の色など微塵もその顔に浮かべることなく、私と同じように剣を握る男の子がいた。

 私よりも頭二つ分ほど背が高い、細身の男の子。

 女の子の様に長い黒髪を後ろで一つ結びにしている男の子。

 もう、何度も手合わせをした相手だ。


 名前をミナトという。

 字は、湊と書く。


 普段通っているのとは異なる学び舎の、見たことが無いほど広い校庭には、天和(てんな)ノ國に暮らす多くの人々が押しかけている。

 その数は、数十や数百では数えきる事が出来ないだろう。

 それだけの大人数が居るにも関わらず、辺りは静寂に満ちていた。


 どのような歓声も、どのような野次も飛び交わない。

 誰も、私とミナトの邪魔をしない。


 校庭というのだから、当然場所は屋外だ。

 開けた空間とはいえ、これだけの人数が居て野次歓声どころか、雑談の声ひとつすら聞こえてこない様は、少し不気味だ。


 けれど、私にはこの不気味さが心地良い。

 耳には、ただの風の音と、山から流れてくる木々の擦れる音だけが届いてくるだけ。

 その静けさが、私にはひどく居心地が良い。


「これより、御前試合天和(てんな)ノ國予選会、決勝試合を始める。双方共に、準備は良いな?」


 厳粛な声音の審判員の言葉に、私は無言の頷きを返す。

 向かい合うミナトもまた、審判員の言葉に無言で頷く。


「双方構えて……」


 私たちの顔を交互に見て、審判員が大きく息を吸う。

 その音を境に、私の意識から不要な音の全てが消える。


 _____始め!!!


 審判員が声を張り上げると同時、その声は声としての形を失った。

 瞬きすらしていない一瞬のうち、私とミナトの距離は"零になる"。


「っ!」


 声こそ出していないが、ミナトが切れ長の目を見開いて驚いているのが分かった。

 一息に満たない僅かな時間で互いの距離を詰め、首を目掛けて殺すつもりで振るった刀が私に受け止められた事の何に驚く必要があるのだろうか。


 もう何度も何度も、私と君は刃を交えたじゃない。

 いつもと同じなのだから、何も驚くことはないでしょう?


 鍔迫り合う刀を支える両腕のうち、右腕の力を僅かに抜く。

 刀の角度を変え、ミナトの懐に潜り込むようにして、刀を振るう。

 ミナトの刀の刃を滑り、私の刀の刃が彼の手に吸い込まれていく。


「くそっ!」


 普段はそんなこと言わないのに、ミナトは小さく感情を吐き捨てて飛び退く。

 間一髪のところで、私の振るう刀からは無傷で逃げ切ったようだ。

 そう思った瞬間には、ミナトは私へ目掛けて駆けている。


 揺さぶるように左右へ蛇行しながら駆けてくるミナトは、何かを探るように両目をキョロキョロと動かす。

 私はミナトを見失わないよう、彼の動きを目で追いながら、後ろ飛びでミナトとの距離を一定に保つ。


 一歩二歩三歩と下がったところで、ミナトの視線が一瞬だけ私から外れるのが見えた。

 その一瞬で、私はミナトとの距離を零にして、彼の左腕に私の全体重をぶつける。

 私が刀を使わずに体当たりをしてくるとは思っていなかったのか、ミナトはさっきよりも驚いた顔をしながらよろめく。


 左手をパッと伸ばしてミナトの胸倉を掴むと、もっともっと驚いた顔をした。

 胸倉を掴む手に力を籠め、彼の体をグイッと引っ張る。


 その時、ミナトは刀を両手で持つのを辞め、左手を伸ばして私の首を掴んできた。

 さらに、右手に持つ刀を器用に逆手へ持ち替え、ミナトの胸倉を掴む私の左腕を切り落とそうと、私とミナトの間の僅かな隙間を縫うように逆手の刀を振るってきた。

 それこそ、自分自身の左腕も一緒に切り落とすような勢いで。


 私はその場で地を蹴り、体を小さく丸めるみたいにして真上へと飛び上がる。

 より力強く、より地面から高く飛び上がるための工夫だ。


「っ!」


 真上に私が飛び跳ねた事で、刀を持つ手と逆の手で私の胸倉を掴んでいたミナトは、少しだけよろめく。


「甘いよ、ミナト!」


 折りたたんでいた足を勢いよく伸ばし、ミナトの胸を踏みつける。

 ドスンという鈍い音がして、ミナトはさらによろめき、彼の手は私の胸倉を離す。

 体制を整えられるよりも前に距離を詰め、刀を持っていない方の手でミナトの顎を目掛けて掌底を叩き込む。


「舐めるな!!」


 けれど、ミナトはよろめきながらも空いた方の手で私の掌底を何とか払い、往なす。

 嗚呼、やっぱりだ。

 やっぱり私の振るう刀を捌くことができるのは、私の体術に張り合うことができるのは、この國では君しかいない。


 もう少し。もう少しだけ本気を出したらどうなるだろうか?


 君は、いつもみたいに私についてきてくれるだろうか?


 ついてきてくれる筈だ。

 君は強いのだから。

 きっと私と一緒に駆け上がってくれる筈だ。


 だって約束したじゃない。

 ずっとずっと昔に、私と君とで。


 御前試合を勝ち残って、英雄規則の勇者と剣士になって、二人でヒノクニの外に出て、人々を苦しめる鬼王を私たちですべて倒そうって。

 そうして、世界に平和を取り戻そうって。


「ねぇミナト!」


 袈裟斬りの容量で振るった刀も、横薙ぎに振るった刀も、ミナトにあっさりと捌かれてしまう。

 流石だ。やっぱりミナトは凄い。


「どうしたツキナ!」


 私の言葉に応えながら、ミナトは反撃を入れてくる。

 それがどうしようもなく、私にはうれしく思える。


「楽しいね!」


 本心からの言葉だ。

 きっときっと、ミナトには伝わってくれる筈。

 ミナトもきっと、私と同じ気持ちでこの御前試合を楽しんでくれる筈。

 そう信じて、私は刀を振るう。


「楽しい? 楽しいだと?」


 私の振るう刀を捌きながら、私の体術を往なしながら、ミナトは怪訝な表情をする。


「楽しいよ! 私はすっごく楽しい! ミナトは楽しくない?」


 問いながら、刀を振るう。

 どの角度で、どの瞬間で刀を振るってもミナトは私の刀を捌いてくれる。

 どの間合いで掌底を入れても、刀を振るう合間に拳を打ち込んでも、蹴りを飛ばしても、ミナトは私の攻撃の全てを往なしてくれる。


 捌かれる度、往なされる度、次はどう攻めようかと考える。

 その時間が何とも楽しい。

 凄く凄く、この時間が永遠に続いてほしいと思えるほどに楽しい。


 けれど、その楽しい時間に陰りが見える。

 彼の剣筋に少しだけ迷いが見え始め、そのうちミナトから私に攻撃を仕掛けてくることがなくなったのだ。


(なぜ!?)


 胸の内が疑問で埋め尽くされる。

 今までで一度もない事だったから。

 いつも、どんな時でも、私とミナトは互角だった。

 私が刀を振ればミナトはそれを受けて、弾いた。

 ミナトが刀を振るえば私はそれを往なして、再び刀を振るった。


 ずっとずっと、今まではいつでもどんな時でもずっとそうだった。

 私とミナトは対等で、私はミナトと一緒に強くなってきた。

 いつもいつもミナトは隣を駆けてくれていて、私を決して独りにはしなかった。

 でも、たったいま初めて、ミナトは自分から刀を振るってこなくなった。

 自ら仕掛けてくることがなくなった。

 

 隣を駆ける事を放棄した。


 わからない。私の勘違いかもしれない。

 けれど、少なくとも私の目から見て、ミナトは自ら私へ刀を振るうことをしなくなったように見える。

 その瞬間だった。


「危ない!!!!」


 誰かが叫ぶ声がした。

 それは悲鳴にも聞こえる、切羽詰まったような声だった。


 唐突に聞こえてきたその叫び声に、私はびっくりして固まってしまう。

 今にも命が散ってしまいそうな、その瞬間に邂逅してしまった焦りを声にしたような、そんな叫び声だったから。


 だから、まるで私自身がその危機に瀕してしまったかのように、私の体は動かなくなる。

 私の体が動かなくなれば、刀を振るう腕も当然止まる。

 腕が止まったのであれば、刀は振るわれない。たとえ直前に私が振るった刀であろうと、私の腕が止まれば腕と共に刀は止まる。

 何をどこまで斬っていようと、私の腕と共に斬るという本懐を放棄して止まってしまう。


「楽しくなんかあるものか」


 ミナトの声で、体から抜け出た魂が戻って来た。

 私の感覚としては、固まった体と思考のズレが収まったという表現の方がより正確だ。


 ハッとした私の両目は、相対するミナトをハッキリと捉える。

 その素首には、一割ほどの位置にまで刀が喰い込んでいた。


 いや、喰い込んでいたなどと言う表現は、的外れも甚だしい。


 刀が、ミナトの首を一割ほど斬り裂いていた。

 縦に薪を割るようにではなく、丸太を斬り倒すように横に。


 いったい誰の刀が?


 その答えを探すよりも前に、ぬるりとした暖かく湿っぽい感触が私の両手に伝い、ゆっくりと肘のあたりにまで伝播していった。

 感触の正体を探るために手元を見ると、刀を握る私の手から肘にかけて真っ赤な血が小さな小川を作っていて、肘にたどり着いた血は行き場を失ってぽたりぽたりと地面へ滴り落ちていた。

 足元に落ちた地は水溜まりを作ることもなく、地面の砂へと吸い込まれていく。


「お前みたいな圧倒的な才能を見せつけられて、絶対に超える事の出来ない壁に立ち向かい続けて、報われることのない努力を続けて、楽しい筈がないだろう」


 血の出所を探るように、視線を持ち上げる。

 地面から肘、肘から両手、両手からそこに握る刀へと。柄、鍔、刃と流れる血を辿ってゆくと、やがてミナトへとたどり着いた。


 そこでは、私の刀がミナトの首を一割ほど斬り裂いていた。

 まるで木を斬り倒して丸太にするみたいに、ミナトの首を横に。


 あぁ。嗚呼。なんて……どうしてこんな____



「なるほど。お前はこんな時に笑うのか」



 言われて、私は慌ててミナトから刀を引き抜いた。

 その反動でミナトはよろつき、仰向けに倒れる。

 受け身も取らずに、盛大に。まるで人形が倒れるみたいにして。


 一瞬、雨が降る。

 赫く、温かく、にわか雨よりも一瞬で細やかな雨が。


 それだけの細やかな雨なのだ、地面に水溜まりなどできる筈もない。

 ただ、代わりと言って良いのか、地面の茶が次第に黒く染まり始めている。

 そう。ミナトの傷口を中心に。


 黒く黒く黒く、深い闇に落ちていくみたいに、ミナトの周りは陰に侵されていく。

 その陰に溺れるみたいに、ミナトの瞳から光が消えていく。意識が薄れていく。


「この化け物め。お前さえいなければ____」


 それだけ言い残し、ミナトは何も言わなくなった。

 体も、ピクリとも動いていない。ただ、呼吸は浅いが確かに残っていた。


 救護班を、と言いう声がどこかから聞こえてくる。

 遠くで誰かが叫んだその声がやけに近くに聞こえるくらい、辺りには静寂が満ちていた。

 

 試合が始まる直前よりもずっと静かで、圧力のある静寂だ。

 そう。まるで徒手で冬眠前の熊に遭遇してしまった時のような、圧倒的強者に生殺与奪の全てを握られている瞬間のような、心身に負荷がかかるような静寂。

 見てはいけないものを視界に入れてしまった時のような、言葉にできない静寂。

 その中心に、ミナトが居る。


「ミナ__」


「救護班を呼べ! 護衛班は勝者を控室に!」


 私の声は、審査班の長の声によって簡単に掻き消された。

 その声に呼び寄せられて白い装束に身を包んだ救護班が集まってくる。

 担架を持ってくる者、包帯を持ってくる者、消毒液を持ってくる者、簡易な手術道具が納められた医療箱を持ってくる者。

 各々が与えられた役割を果たすため、ミナトを取り囲む。


 私の視界から、ミナトは姿を消した。

 その一連を見てなのか、辺りは失った呼吸を取り戻す。


「これは技量を見せ合うだけの模擬試合なのに、まさか本当に斬るなんて……」


 ポツリと、誰かが言った。

 その言葉を皮切りに、人々は呼吸に次いで言葉を取り戻す。


「あのガキは狂ってるのか?」


「ひ、人死にが出たぞ!」


「アイツはどこの家の娘だ! 親は何をしている?」


 どれもこれも、まともな言葉ではなかった。

 理性を持つ言葉ではなかった。


 どこかから小さな子供の無く声が聞こえてくる。

 それを宥める母親と思われる女性の声も。


 一人が泣き始めると伝播するのか、あちこちから子供の泣きわめく声が上がり始める。

 鳴き声と怒声とがあたりを埋め尽くしていく。

 先程まであたりを蹂躙していた奇妙な沈黙を上塗りするように。


 中には何かから逃げようと周りの人々を掻き分けてこの場から離れようとする人もいた。

 それは決して少ない人数ではなかった。


 悲鳴と怒号が飛び交う中を逃げ惑う人々を見ていると、つい昨年起きた第二次革命未遂事件を思い出す。



 あの出来事からまだ、半年と経っていない。



改めてお久しぶりです。

第二部は鬼の國に生まれた女の子のお話です。


時系列はケイタ達が旅立ってから少しあとのお話です。

ツキナはケイタとは何から何まで真逆の人間として描かれます。

真逆の人間だからこその苦悩のお話を、ぜひお楽しみください。


ラストシーンだけは決めてありますので、ゆっくりとそこまで書ききりたいと思います。

これからも、気長に見守っていただければと。


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