幕間の物語:おはよう
注意)グロッキーな表現や胸糞な部分があるので、苦手な方は読み飛ばしてください。
この幕間は、読まなかった場合でもこの後の物語を読み進めるにあたり、問題はありません。
人造人間に関する情報収集を初めて、早くも2カ月が経過した。
ポーラの体は魔王軍の抱える魔法使いが3人掛かりで腐敗を防いでくれているが、時間を止めたり時間の進みを遅くしたりしている訳ではない。
ただ、冷やし続けて腐敗を遅らせているだけだ。
だから、時間が無限に残されている訳ではない。
この2カ月で俺が得られた人造人間に関しての情報は、多くは無い。
死んだ人間を人造人間の技術で生き返らせる際、対象の体が腐敗してしまっていると、生き返らせることはできないという事。
人造人間の生成方法は、蒸留器に人間の精液と数種類のハーブを入れて、40日密閉し腐敗させた後、形成された物体へと毎日人間の血液を与えて、母胎内と同じ温度で40週間保存するという事。
有力な情報としては、この2つの情報が精々だった。
事のつまり、いまだにポーラを生き返らせる為の確実な情報は、得られていなかった。
早くしないとポーラの体にも限界が来てしまう。
その事実が俺を焦らせたが、そんな俺の元へと、ある日小包が届いた。
小包を空けると中には木箱があって、木箱の蓋を持ち上げると、藁で厳重に保護された小さな瓶が入っていた。
便はコルクで蓋がされていて、中には黄色く濁った固体と液体の中間のようなモノが入れられていた。
何かと思って蓋を開けてみると、どこかで嗅いだ事がある気もする鼻が曲がりそうな程の激臭がして、慌てて蓋を閉めなおした。
よくよく見ると、藁の中に埋もれる形で封筒が入れられており、蝋を剥がして封筒を空けると、俺宛の手紙が入れられていた。
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西園啓太へ
君は今、ポーラ・アクターを生き返らせる為に、ホムンクルスの情報を集めているそうだね。風の噂で聞いたよ。しかも、君はホムンクルスの情報を集める為だけに魔王に成る事を望んだそうじゃないか。その話を聞いたとき、俺は君に親近感を覚えたんだ。俺がわざわざ魔王なんて面倒な役回りについたのも、君と同じ理由だったから。
どうだろう。俺の時がそうだったからそろそろだと思うが、勇者認定課や魔王軍が保持している書物には一通り目を通しただろうか?もしまだ全てには目を通していないのだとしたら、魔王城にある勇者認定課の書庫に、『呪術㉗ 帝』と背表紙に書いてある、手書きの本があるからそれを見てみると良い。そこに、君が求めている情報が記してある。
俺が試行錯誤の結果手に入れた貴重な情報だ。大事に使ってくれ。
それと、どうせ必要になるだろうから送っておくよ。
人造人間技術で人を生き返らせる際に必要となる、ポーラ・アクターを構成する基盤となったものの模造品。彼女の両親の精子と卵子から用意した、腐敗した受精卵だ。
もう手に入る事は無いから、これも大切に使ってくれ。
帝涼介より
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背表紙に『呪術㉗ 帝』と書かれた手書きの本がある事は知っていた。
だが、勇者認定課の管理する書庫にはとてつもない本が貯蔵されていて、その中からポーラを生き返らせる術を見つけ出さなければならない以上、全ての書物の内容を細かく確認していられるような余裕は無かった。
しかも、帝涼介の”研究結果”を示した手書きの本は、それだけで何十冊とある。
最初の10冊ほどに目を通した段階で魔術に関する実験の結果ばかりしか情報が得られず、人造人間に関する情報は何も入手できなかったものだから、俺は帝涼介の手書きの研究書をこれ以上読んだところで時間の無駄になるだけだと判断し、11冊目以降を確認する事はしなかった。
盲点といえば盲点だが、これは単に焦る俺の失態でしかない。
俺は、大きな過ちを犯す前に解を示してくれた帝涼介に僅かな疑問と大きな感謝の念を抱き、勇者認定課の書庫から『呪術㉗ 帝』と背表紙に記された本を直ぐに回収した。
その本には、帝涼介の言葉の通り、人造人間技術に関する帝涼介のあらゆる試行錯誤の記録と、最後に辿り着いた結論が記されていた。
そもそも、今まで俺が集めた人造人間技術の知識がポーラの蘇生と結びつかなかったのは、得た知識の多くが“母胎を介さず、母体を使用せず、人の子を1から生成する”という技術に対する言及であったためだ。
あくまでも、性交を経て母胎内で子を育てるという当たり前の手順を踏むことなく、人の手で人の子を作り出す為の技術でしかなく、その技術をどう人体の蘇生へと転用するのか、その情報が決定的に欠けていた為、俺はポーラを蘇生させる為の確かな情報を得ることが出来なかった。
だが、俺が欲していたその情報が、帝涼介の残した本には記されていた訳だ。
『第一に、死者と生者の決定的な違いは、肉体的な機能の有無ではない』
書き出しは、そんな一文だった。
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第一に、死者と生者の決定的な違いは、肉体的な機能の有無ではない。何故なら、肉体的な機能は電気信号によって齎される筋肉の反応でしかないからだ。では、死者と生者の決定的な違いは何なのか。それは、魂の有無だ。
死者の体に電気信号を流し、生前と同じ動きをするように仕立てたところで、その者に魂が無ければ、どれだけ生前と同じ動きをしても、生者にはならない。動力と歯車によって動く機械装置と何ら変わりないからだ。
魂とは、生者のみに与えられた特権だ。物事を考え、判断するには合理的な思考の選択が出来れば良いが、そこに1滴の私情が入り込んでしまうのが生者であり、その1滴の私情を生み出す器官こそ、魂である。
その昔、とある実験を行った者がいた。死者の体に電流を流し、心臓を強引に再稼働させ、脳に体に血を巡らせ、死者を蘇生するという実験だ。
結果として、この実験は失敗に終わったワケだが、被検体である死体は実験の失敗時、自立呼吸をしていて、人の手を借りなくとも心臓が動いている状態だった。
心臓が動いて呼吸をしていて、体中に血液を介して酸素が行き渡っていて、さらに当時の機械装置で調査した結果、脳も正常に稼働していたらしい。だが、それでも実験は失敗と結論付けられた。
理由は単純だ。その蘇生された死体には、魂が存在していなかったから。
ただ呼吸をして体中に酸素を巡らせるだけの機械装置が出来上がり、そこから先の進展が見込めなかったから。
対象の死体は、生前と何ら変化は無かった。
強いて言うのなら、蘇生実験で人の手を加える前は、身体的な機能が停止している状態だったという点と、何故か生前よりも21グラムだけ体重が軽くなっていたという点ぐらいだ。
そう。この軽くなった21グラムの正体こそ、魂だ。
人が死ぬとその魂は体から失われ、魂の重さ分、体重が軽くなる。
人を蘇生させるにはただ体の機能を取り戻すだけでは足りない。この、失われた魂を補充する必要があるのだ。
では、この魂の補充をどのように行えば良いのか、その模索の記録をここに記す。
全ては、綾瀬優香と再び言葉を交わすため。
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帝涼介から手紙が届き、人造人間技術による人体蘇生の、実験の記録と結論が記された書物に辿り着いてから、数日が経った。
この数日の間、俺は書物に記された情報の通りに材料を集めた。
何の材料かは言うまでもないだろう。
「じゃあ、終わったら呼んでね。呼ばれるまではこの部屋に入らないようにするから」
そう言い残し、だだっ広い実験室のような部屋から、魔王軍幹部のニコラウスは出て行った。
元はアビゲイル・キャンベルが……ニコラウスの前任の魔王軍幹部である、ピース=ライアーが使用していた作業部屋らしいが、俺がポーラの蘇生を実行するための場所を探しているという話を聞いて、ニコラウスが今日だけはと貸してくれた。
ウィーク……いや、イヴァン・メルビスが言うには、アビゲイルが使っていた時代のこの部屋は通常の生活ができないくらいに物が散らかっていて汚かったそうだが、ニコラウスが引き取った後は医療施設の無菌室かと思うぐらい綺麗になっている。
無駄なものは何もないし、薬品や医療器具が多く備え付けられているからなのか、本当に医療施設みたいな匂いがする。
本当は、ポーラの保存をしてくれていた医療施設で彼女の蘇生を実行したかったのだが、医療施設は魔王軍の奴らも使用するものだったから、人目を避けるには少し都合が悪かった。
だから、俺はニコラウスから作業部屋を借りて、城から幹部を除いたすべての人員を追い出して、ポーラの蘇生に臨むことにしたわけだ。
「………………ふぅ~」
ゆっくりと、少しずつ息を吐き、呼吸を整える。
もうすぐでポーラと再会できると思うと、心臓が高鳴った。
何というか、変に緊張した。
少しだけ体の動きがぎこちないように感じた。
やがて息を吐き終えると、今度はゆっくりと息を吸い、俺は両の掌で自らの左右の頬を軽く叩いた。
「よし、やるか」
手を洗い、薄手のゴム手袋を両手に身に着け、俺はポーラと向き合う。
椅子に座らせてあるポーラの体は、体勢は違うものの以前氷の洞窟で見た時のままだ。
死後それなりに月日が経過しているのだから、若干の変色はあるが許容範囲だろう。
強いて言うのなら、彼女の体には心肺蘇生の為の機械が取り付けられている。
だが、これはこの後に必要になるものだから、仕方がない。
本当に、以前に氷の洞窟で見た姿のままだ。
両足や両目の痛々しい縫合痕も含め、何もかも。
ポーラの体の機能が停止している以上、これらの傷は蘇生後にゆっくりと癒してもらう他ない。
きっと……いや、絶対につらいだろうから、俺がポーラを支えないといけないな。
などと、いつの間にか逸れた思考を積み重ねている自分に気が付いた。
今はそんな事をしている暇はないだろうと、俺は自分に言い聞かせる。
言い聞かせて、手元に置いてあった木箱から注射器と小瓶を取り出した。
針の長い鉄製の注射器をはかりに乗せ、注射器そのものの重さを図る。
432グラムだった。
頭骨を貫通させる必要がある為、今回の為だけに特注で作らせた注射器だが、機能を盛り込んだ特注品なだけあって通常の注射器よりもかなり重い。
次に、小瓶の蓋を開けて、小瓶の中に入れられた、白濁した黄緑色の液体と固体の中間ぐらいの物体を、注射器で吸い上げる。
異臭が鼻を突くが、息を止めて堪える。
ある程度を吸い上げたところで、注射器を再度はかりに乗せ、重さを図る。
459グラムだった。
若干量、必要な分量よりも多く吸い上げてしまっていた。
注射器の先を小瓶に差し込み、押子を少しだけ押し込む。
そうして注射器を今一度はかりに乗せると、今度は453グラムだった。
無事、ポーラの体から失われた21グラム分の“魂”を抽出する事が出来たようだ。
そう。この気味の悪い物体こそが、ポーラの蘇生に必要となるモノ。
人造人間技術を転用して生成された、ポーラ・アクターという少女の魂。
正確には、ポーラ・アクターの魂を構成していたものと同様の素材を用いて作成した、彼女の魂の模造品。
帝涼介の言葉を借りるのなら、ポーラの疑似霊素……というモノだ。
俺が見た帝涼介の実験記録には、人の死は肉体機能の停止ではなく、魂の喪失が原因で生じるものと記されていた。
故に、死の原因となった喪失された魂を補填する事で、人は蘇生する事が出来るのだと、帝涼介は仮定し、実験を繰り返し、果てに成功させていた。
帝涼介が生き返らせたのは、彼が愛した綾瀬優香という一人の少女。
その蘇生の際に使用したのが、帝涼介が無数の実験の果てに生成に成功した、少女の疑似霊素だ。
疑似霊素の作成方法は、俺が言って良い事ではないが、非人道的なものだった。
まず、蘇生させたい当人の両親の精子と卵子を回収し、母体外で受精卵にさせる必要があった。
その後、受精卵を37.5度±0.2度以内で40日間保存して腐敗させると、腐敗した固形の受精卵を粉砕機で半液体状に磨り潰す。
そうして出来上がった臭くてドロついた液体に、旧日本で入手できる紫蘇をはじめとした薬草32種を加え、再び粉砕機で磨り潰し、可能な限り液体に近づけたところで、今度は丸2日、37.5度の±0.2度以内で保管する。
それから、いくつかのちょっとした手順を踏んで出来上がるのが、帝涼介が開発に成功した死者蘇生技術。
今、俺の手に握られた注射器の中に詰まっている疑似霊素というものだった。
俺の場合、帝涼介が前半部分を既にやってくれていたから、俺は薬草の収集からやるだけで良かったが、帝涼介はこれらの手順を1から手探りで見つけた訳だ。
きっと、俺が想像もできないぐらいに大変だったのだろうが、そんな大変な試行錯誤の果てに手にした貴重な技術を、こんなにあっさり俺に提供してくれたのはどうしてだろうか。
帝涼介は俺に親近感が沸いたと言っていたが、たったそれだけの理由でこんなに貴重な情報を何の交渉もなしに提供してくれるなんて、普通に考えておかしい。
おかしいけれど、理由を考えたところで帝涼介という生物を理解しきれていない俺には、その理由に辿り着くことができない。
だから、俺は帝涼介が協力してくれた事に対しての、疑問の解を探すのは、後回しにすることに決めた。
「……………………」
作業のしやすさを優先するため、ポーラには椅子に座ってもらう必要があった。
元々仰向けで寝かせていたポーラを椅子に座らせるのは少々苦労したが、ロープやら何やらを使って何とか椅子に座らせた。
注射器を手に持ったまま、項垂れるように椅子に座るポーラの背後に回る。
さっきまで緊張を感じていたが、今は落ち着いている。手も震えていない。
俺は、項垂れた姿勢のポーラのうなじに手を伸ばし、短くなった後ろ髪を持ち上げる。
そして、うなじの付け根のあたりから、脳がある方向へと角度を付けて注射器の針をゆっくりと差し込んだ。
針が肉を押し分けて先に進む感覚がハッキリと手に伝わってくる。
それは、粘土をゆっくりと押しているような感覚に似ていて、気持ち悪くはあったが、現実味の無さが俺を救った。
針を少し押し込んだ段階で、針先が硬いものにぶつかる。
頭骨に当たったのだと直ぐに分かり、俺は注射器を持つ手の人差し指で、注射器に取り付けられた小さなボタンを押した。
すると、注射器が小さく振動し、針が再び先へと進み始めた。
直ぐにボタンから指を離し、針をさらに奥へと押し込んでゆく。
そうして、針の余り具合を見て針先がポーラの小脳に到達したと思われた段階で、針を押し込むのをやめた。
代わりに、押子に親指を宛て、力をぐっと籠める。
押子が注射器の中にじりじりと沈んで行き、中身が減っている事実を俺へ伝える。
やがて、押子は沈み切り、注射器の中身が空になる。
ポーラの後頭部に深々と突き刺さった注射器をゆっくりと引き抜き、注射器を適当な位置に放り投げ、今度は彼女の胸部に取り付けられた機械を稼働させる為、椅子の足元に置かれた機械の稼働ボタンを押す。
_________ズドン!!!!
という爆発音のような音が鼓膜を叩く。
あまりの音に驚く俺の目の前で、ポーラの体が衝撃に跳ねる。
_________ズドン!!!!!
再び轟音が鳴り、ポーラの体が跳ねる。
今使ったのは、電気ショックの機械だ。
再編以降、世界に残された機械類は次々に機能を停止し、何故か使えなくなっていった。
そんな中で何とか残っていたこの電気ショックの機械は、“西暦の遺物”だ。
世界が偽の再編を迎える前の、最も人類の技術が高い水準にあった時代の電気ショック機。
一定間隔で強い電流を流すことで、心臓を叩き、脳に信号を送り、強制的に心臓を脈動させ、脳を稼働させるという代物
そんなモノを、使える状態で勇者認定課が奇跡的に保管していた。
一定間隔で轟音が鳴り、俺の目の前でポーラの体が跳ねる。
それがどれほどの時間繰り返されたのだろうか。
やがて、機械が自動的に止まると、俺はポーラに近づき、彼女の手首に指先を当てた。
「あ…………あぁ……」
指先に伝うトクリトクリという穏やかな脈動に、俺の口からは空気と混ざって緊張が飛び出て言った。
「あぁ……良かった…………」
一言だけ言葉を零し、そうじゃないだろと直ぐに思い直す。
あくまでも電気ショックによって心臓の稼働と脈動を再開させただけで、まだ蘇生に成功した訳ではない。
俺は直ぐにポーラの正面へと回り、項垂れる姿勢のポーラの顔を覗き込んだ。
縫合痕の残る整った顔立ちには、先ほどまでとは異なり、血色が通っている。
わずかに開かれた口に手を寄せてみれば、手の甲に微かにと息がかかった。
あぁ、そうか。とうとう俺は成し遂げたのか。
そう思った瞬間、不意にポーラが物凄い勢いで顔を顰め、目を見開き、顔を持ち上げ__________
「あhじょ;jbz;lj募;ぃうf;hzxぃz;ン;lbl;;l;b;bあjろぁh・bl;っっっ______________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________________!!!!!!!!!!!!!!!!」
人のモノとは思えない奇声を上げた。
幕間ですが、少々長くなってしまったのと、今回公開した部分の先は人によっては見たくない内容だと思ったので、分割での更新とさせていただきます。ただ、現状でこの幕間の後編は公開する予定はありません。
断っておくと、この幕間の後編は皆さんが望んでいる結果にはなりません。
凄く胸糞悪い内容となっていて、読んだら多分後悔します。
そのため、今の予定ではこの幕間の後編は公開しませんが、読みたい方がいましたらコメントください。
数人でも読みたいという方が居ましたら、公開します。
内容としては、ケイタとポーラが壊れてしまうお話です。
【人造人間技術に関する設定の参考著書】
屍者の帝国/著:伊藤計劃・円城塔(河出文庫)




