エピローグ第7話:或る魔法使いの断章(後編)第二節
そう。これが今日の俺の役目だ。
新たに魔王と成った俺の、最初で最後の魔王としての役目。
国を統治する役割の放棄と、代理人の指名。
クトゥブがキノクニの王となる為に必要なある種の儀式の遂行が、今日の俺に与えられた役割だった。
どうしてそんなことをする必要があるのか。理由は簡単だ。
例えば自分が魔王軍に所属する身であったとして、若いとは言い切れない年齢の、しかも体を動かし慣れていなさそうな、しかも旧日本人とは明らかに容姿が異なる人間が突然現れて「私が新しい王だ」とか言い出したら、信用できるのか?って話だ。
普通は信用できる筈がない。
だから、まずは昔から神使をやっていたというロウの口から、真白の遺言によって指名された正式な後継であるとして俺を紹介させた後、俺の口から国の運営を別の者に任せるとして、ロウのついでにクトゥブを紹介する。
本当はもう少し年月を掛けてこれらの段階を踏んだ方がより効果的ではあるのだが、今はそんなことは言ってられない状態だ。
やらないよりはやった方がマシだから、この儀式を設けた。
一応、魔王城攻略の際に遭遇した2人の小鬼、コウキとユウトに、真白が他界した話を広めるのに合わせて、“時間を巻き戻す魔法を使って見せた”俺が新しい御神様に成る事と、俺が国の運営を不得手としている事、国を正しく運営していく為に俺が代わりの人員を用意している事、代わりの人員の中には“異国の地の人間”の生き残りが居る事などを噂話として広めてもらった。
たかだか一晩での流布だったからそこまで期待していなかったが、この演説台のような場所から見下ろす限り、民衆は俺の言葉を動揺する事なく真剣な様子で受け入れている。
なるほど。思っていた以上にコウキとユウトによる工作は効果を発揮しているようだ。
「既に知っている者も居るだろうが、今名前を出した者のうち、クトゥブはこの国ではない別の国に住んでいた者の末裔だ。容姿の特徴はこの国に暮らす人々とは大きく異なるが、ロウの旧知の友人で、国を営む為の知識と経験を十分に備えている。どうか、信用してあげてくれ」
そう言って、俺は後ろを振り返って目配せをする。
事前の取り決め通りクトゥブが奥からやってきて、顔を見せる為に俺の横に並び、頭を下げて形上の挨拶をすると、俺の2歩ぐらい引いた斜め後ろの位置に納まった。
何だか、付き人としてクトゥブを連れているみたいで変な感じだ。
「国の統治を手伝って貰う面々については、後日、ここに居るロウとクトゥブから伝達、発表を行う」
それから、俺は台本に用意されたセリフのうち、残ったセリフを順に口にしていった。
ウィークに煽られながら一晩で暗記したセリフだったが、ちょくちょく言葉を間違えたりしながら何とか最後までを言い切り、俺は締めくくりとして台本には無い言葉を口にした。
「改めて、俺が真白の遺志を継ぎ、お前達の新たな御神様と成った運命を生み出す者だ。まぁ、その、俺がこんな事を言うのはおかしいかもしれないが、俺は可能な限りお前たちに力を貸す。だからどうか、お前たちも俺に力を貸してくれ。共に、真し……白銀の遺した夢を叶えよう」
自分の言葉でそれだけを口にして、俺は事前にロウやクトゥブ、ウィークに散々止められていたにも関わらず、眼下の民衆へと頭を下げた。
威厳の為に絶対にするなと言われていたが、つい無意識にそうしてしまっていた。
頭を下げて1秒で、自分がやってはいけない事をしてしまったのだと気づき、慌てて頭を上げる。
すると、再びの大歓声が俺の耳を貫き、鼓膜を叩き、脳を、体を揺らした。
俺はその大歓声を聞いて、民衆が俺を受け入れてくれた事の何よりもの証明のように感じられて、なんだか体がむず痒く感じた。
いや、正直に言うと、民衆がパッと出の俺を受け入れてくれて、少しだけ嬉しかったのだ。
そして、嬉しさを感じた自分自身が少しだけ悲しかった。
俺は込み上げてくる色々な感情を誤魔化すために再び頭を下げてしまいそうになり、慌てて思いとどまる。
代わりに、俺は俺を見上げて大歓声を上げてくれる民衆を今一度見回した。
1人1人の顔なんて覚えられる筈がないのに、今一度、1人1人の顔を確認するみたいにゆっくりと。
「…………は?」
ふと、俺は気が付いた。
気が付いたというよりは、気付いてしまったという方が正確なのかもしれない。
見回す民衆の中に、数えきれないほどの魔物の集団の中に、ぽつりと、“人間の姿をした女の子”が居ることに。
その子の顔に、見覚えは無い。顔立ちとしては俺やカレンと同じで少し淡白なものだから、きっと、元日本人の末裔なのだろう。
カレンほどは長くない綺麗な黒髪を結ぶ事なく泳がせているその少女は、魔物の集団の中に居るというのに、武装をしていなかった。
一瞬だけ魔王軍の人間かもしれないと思ったが、何となく違うと感じた。
何と言えば良いのか、雰囲気が周りとは明らかに違った。
イチフサのものよりも随分と質素で、けれど八幡村の人々に比べたら随分と上等な着物に身を包んでいる少女は、周りにいる魔物たちと同様に、俺を見上げている。
けれど、周りにいる魔物たちとは違って、歓声は上げていない。
代わりに、眉間にシワを寄せて物凄い形相で歯噛みしている。
不思議に思ってその少女をじっと見ていると、不意に少女が口を開いた。
当然、声が届く距離ではない。俺は読唇術が出来るワケでは無いし、出来たとしても唇の動きを読めるような距離でも無い。だから、本来なら少女が何を言ったのか、分かる筈もなかった。
なのに、何故かこの時だけは、遠くに見える少女の微かに見える唇の動きで、少女が何を言っているのか解ってしまった。
頭が割れそうなほどの大歓声の中、少女の音を伴わない透明な言葉が音を貫き、俺に届く。
『殺してやる』
その透明な言葉を、俺の目は確かに捉えてしまった。
前後にも何かを言っていたが、本来は声が聞こえる距離でも唇が読める距離でも無い。
当然、何を言っているのかは分からなかった。
けれど、少女が俺に向けて放った『殺してやる』という言葉だけは、確かに俺に届いた。
ケイタの魔王就任式……戴冠式? のお話はこれで終わりです。
あと一節だけちょっとした後日談をして、急展開の幕間を公開して、第一部は終わりとなります。
幕間はケイタとポーラのお話で、後々にもう一度やる予定のケイタのお話の前準備のお話となります。
彼が始める新しい戦いの、プロローグともいえるお話です。
たぶん、ケイタとポーラは、幸せになるまでの物語としてここからが長いです。
頑張ってほしいですね。




