エピローグ第7話:或る魔法使いの断章(後編)第一節
遅くなっちゃってごめんなさい!
第一部のエピローグはあと2節~3節で終わりです!
テレビをぶつ切りするみたいな終わり方をするので、覚悟しておいてください。
「皆、今日はよく集まってくれた!!!」
魔王城の玉座がある部屋には、俺が白銀と戦う際に通った扉とは反対の側に、奥へと続く扉があった。
その扉をくぐると、少し広めのバルコニーのような場所に繋がっていて、そこからは魔王城の裏側を見通す事ができた。
既視感がある光景ではあるが、玉座のある部屋よりも少しだけ小さな、けれど豪勢な椅子がそのバルコニーにはどーんと置かれていて、俺は今、その玉座と呼んでも誰にも文句を言われないようなキラキラの豪勢な椅子に、偉そうに胸を張って座っている。
そして、今まで聞いたことが無いほど大きな声を張り上げるロウを、俺はぼうっと見つめる。
“キノクニ”の民とロウは面識があるようで、フードを目深に被ったロウの姿を、民衆は当然の様に受け入れている。
俺の中でロウは物静かでミステリアスな奴って印象だったが、“キノクニ”の連中からしたらそうという訳ではないらしい。
声を張り上げるロウの姿を真剣に見上げ、静かに話を聞いている。
「既に知っている者も居るだろうが、白銀様が、“オカミサマ”を退く事と為った。彼女は歴代で最も美しく、最も我々民衆を想ってくれた“オカミサマ”であったが、城に攻め入った外敵との戦闘の際、天災に見舞われて没された」
無駄に長い挨拶を経て、ロウはそう言った。
回りくどく、小難しい言葉を使って良く解らない事を言っているが、ロウが言っていることは事のつまり、真白が戦闘中に天災に見舞われて死んだという事と、故に“キノクニ”の王位を退く事になったという事だ。
玉座に座ったままの俺には、地上にいる“キノクニ”の民の細かな様相は見えないが、直前までと違って、民衆がざわつく。
立ち上がらない事には地上の様子が見えず、今の俺はまだ立ち上がるタイミングではない。
だから地上の様子が確認できないが、少なくとも空気が居心地の悪いものになっているのは確かだった。
「彼女とともに育った者も、彼女に救われた者も、彼女に憧れた者もこの場には居るだろう。だが、彼女は我々よりも一足先に、天へと旅立たれた。我々を導いてくれた白銀様に救いがあるよう、どうか皆、僅かな時間だけ合唱をお願いします」
激しい声音から徐々に穏やかな声音へと変えながら、ロウは言う。
そして、大きなサイズのローブから細い腕を出し、両の掌を合わせてその指先に額を預けるみたいに僅かに頭を下げ、ほんの数秒だけ辞儀をした。
瞬間、ざわつきが収まり、辺りは急にしんと静まり返った。
1秒、2秒、3秒と静かな時間が流れる。
よくよく耳を澄ませば、すすり泣くような声がわずかに聞こえる。
4秒、5秒、6秒と時間が進み、10秒が経つよりも前に、ロウは「ありがとう」と震えた声を零す。
その言葉は、正しくロウの感情だった。
「さて、先の話の通り、白銀様は天災に見舞われ、“オカミサマ”の座を退いた訳だが、彼女が生前に残したお言葉に従い、次の“オカミサマ”を祀る事とする。私の口を介しての言葉ではあるが、これは白銀様のお言葉である。心して聞くように」
諭すように、とは少し違う。どこか威圧感を感じるようなロウの言葉、声。
俺がそう感じているだけかもしれないが、辺りの空気が少しだけピリッとしたものに切り替わったような気がした。
「神使様。こちらをどうぞ」
ふと、俺の背後から一匹の小鬼が姿を現して、ロウへと細長く折りたたまれた紙を手渡した。
ロウは無言で小鬼から紙を受け取ると、徐にそれを開いてみせた。
演劇を見せるように、どこか芝居がかった様子で。
けれど、注意して見ていなければ違和感を感じないような動作で。
「私、白銀が“オカミサマ”の座を退くような事があったら、その時には、最後に私に勝ったことのある人に、後を任せたい。選ぶ事は出来ないけれど、願わくば、その人が優しい人であったら嬉しい」
淡々とした調子で、ロウは読み上げる。
真白が残したという言葉を、広げた紙を読み上げながら。
けれど、その言葉は俺には響かない。
「以上が、白銀様のお言葉だ」
それが真白の言葉ではないのだと、知ってしまっているから。
今この瞬間の為だけにロウが考えた、真白が言いそうな言葉の羅列でしかないから。
「我々は白銀様の残した言葉に従い、ここに、彼女の後を継ぐ者を祀る。彼女は美しい方であったが、それ以上に強い御方だった。そんな彼女と戦い、勝利した最後の御方だが、“時の呪術師”と呼ばれる西園春明を祖父に持つ、こちらの御方が彼女の後を継ぎ、次の“オカミサマ”と成る」
ロウが最後まで紙を読み上げると、魔物たちが大きくざわついた。
何というか、歓声や驚愕が入り混じったような、そんなざわつきだった。
ひどく居心地が悪い空気の中、ロウがこちらへ目配せしてくる。
俺の出番だという合図だ。
すぅ、はぁ、と区切るようにゆっくりと深呼吸をして、俺は立ち上がる。
身に着けた衣装に無駄にくっ付いている装飾同士がぶつかり、ガチャリガチャリと音を立てる。
形で言えば着物に近い、なのに無駄に装飾が取り付けられた豪華な服に身を包む俺は、はち切れそうなほどに暴れる心臓を静かにしようと勤めながら、それを顔に出さないようにしてロウの隣まで歩いていく。
ロウは隣に来た俺へ向けて小さく頷くと、改めて正面を向いて大きく声を張り上げた。
「この御方こそ、白銀様の後を継ぎ、新たに我々を導く“オカミサマ”となる“ウルザルブルン”様だ!!!」
ロウの言葉を合図に、俺は1歩だけ前に出て、眼下の光景を眺めた。
さっきまで玉座に座っていたせいで見ることの出来なかった、民衆の姿を。
「っ…………!!」
その光景は、言葉を失うほどのものだった。
王の言葉を民衆が聞くためだけに作られたような、広さで言えば米国王城が簡単に収まってしまうようなとてつもない広さの広場。
そこに、数えきれないほどの異形の軍勢がいた。
小鬼、小巨人、土人形、生屍体、土悪魔、犬人間といった俺が見たことのある魔物はもちろん、俺が見たことの無いような種の“人型の魔物たち”が、皆、俺を見上げている。
どれだけの数が居るのかは全く想像できない。
規格外の広さの空間に、ぎっちりと、隙間なく魔物たちが押し寄せているからだ。
絶景とはとても言えない光景だが、圧巻の光景であることは確かだった。
よくよく見ると、遠くの方に、人型の魔物たちよりもずっと離れた位置に、大蜥蜴や小竜、竜種のような人型ではない魔物たちも大勢いる。
もちろん、人型ではない魔物たちの中にも、見たことが無いような種類が沢山いる。
「ウルザルブルン様。どうかされましたか?」
俺が言葉を失って固まっていると、ロウが不思議そうに声をかけてきた。
そこでようやく、俺は自分が自らの役割を放棄しそうになっていることに気が付いた。
「悪い。何でもない」
短く言葉を返し、俺は深呼吸をする。
自らの役割を果たすため、せっかく覚えたセリフを恥ずかしくないように読み上げる為。
そうして俺は、名乗りを上げる。
高らかに、与えられた“魔王名”を自らの生来の名だと主張する様に、声を張る。
「俺の名は運命を生み出す者。白銀の意思を継ぐ男だ」
与えられたセリフは、きっとレオぐらいに声が低かったら格好良く聞こえるのだろう。
けれど、俺の声はレオほどは低くないし、格好良い声をしているわけでもない。
だとしても、俺は取り繕わずに、自分の自然な声で言葉を紡ぐ。
「俺がここに立ち、名乗りを上げているという事は、俺が白銀を打ち破った最後の存在である事の何よりもの証拠だ」
これは、俺自身の言葉ではない。
用意された台本を読み上げているだけでしかない。
吐き出しているモノは言の葉と呼ぶには何もかもが足りない、ただの単語の羅列。
だから、俺は思ってもいないことを口にできている。
「そして、白銀はそんな俺に後を託すと、言葉を遺した」
声に出して台本を読み上げるごとに、胸の奥がもやもやとした。
俺は真白に勝っていない。真白は俺に、自らの後を託しては無い。
けれど、台本上の俺は真白に勝ったことになっていて、真白に彼女の後継を託されたことになっている。
この国では、そうした方が良いからだ。
「彼女が望んだのは平和だ。人と外敵の、人と人との争いが起こらぬ穏やかな世界の実現だ。そして、俺は彼女の後継となる……神だ。故に、俺は彼女の意思を継ごう。外敵を退け、人の営みを守り、穏やかな世界を創造するため、お前たちの神と成ろう」
奥歯がごわごわとするような、不思議な感覚がある。
そりゃそうだ。俺は今、思春期のガキですら恥ずかしがるようなセリフを、大真面目な表情を作って、大声で宣っているのだから。
「今一度、ここに告げる。俺が、お前たちの御神様だ」
俺がお前たちの唯一神なのだと告げると、二拍ほど音がやんだ。
風の音すらも聞こえず、辛うじて聞こえるのは俺自身の呼吸音だけ。
本当に時間が止まったかのような瞬間が、確かに一瞬だけあった。
きっと、これは緊張しまくった俺の頭が勝手にそう感じているだけなのだろう。
だとしても、俺の耳は一瞬だけ全く音を拾わなくなった。
と、思ったその時___________
「「「「「「「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」
頭が割れそうになるほどの大歓声が、俺の耳を貫き、鼓膜を叩き、脳を、体を揺らした。
最初、俺はその音が爆発音か何かだと思った。
あまりにも瞬間的に鳴り響いたその轟音は、第二次革命未遂事件の時の、初撃の大爆発を彷彿と…………いや、違う。
今のこの状況、この光景は、どちらかというと第二次革命未遂事件の初撃ではなく、“アレ”に似ている。
王の絶対的な言葉と民衆の盛大な拍手喝采に先導されてどんどん進んでいったあの儀式に。
あの、門出の儀に。
(まさか、俺があの国王の位置に立つことになるなんてな……)
故郷を旅立ったあの日には想像もしなかった。
けれどまぁ、俺の場合は“今だけの役割”だけどな。
あぁ、懐かしい。あの時は何というか、心の奥底に不安感のようなものがあった。
このまま俺たちは旅立って良いのかだとか、そんな感じの不安だった。
それが今となっては…………今となっても、拭えてはいない。
ダメだ。考えるな。心の奥底に巣食っている不安感を意識するな。
せっかく必死に忘れようとしていたのに、その努力を無駄にしてはダメだ。
大丈夫。俺は大丈夫だ。
確かに、なんで俺が勇者なんかに……魔王なんかにって思うけれど、大丈夫だ。
俺は、大丈夫なんだ。
あの時と同じように深呼吸をして気持ちを整えるが、民衆は俺を不思議そうな目で見ることはしない。
どこか期待したような、そんな目で俺を見上げる。
俺は生唾を飲んで不安を誤魔化す。
そして、浅い記憶から引っ張り上げて、あの時みたいに暗記した台本のセリフを声に出す。
「俺はお前たちの御神様だが、お前たちを統率する王という訳ではない。この国を護りはするが、統治はしない。生憎と、俺は政が不得手だ。故に、お前たちにはこの国を営んでいく為の手伝いをしてもらいたい。ここにいる“ロウとクトゥブを筆頭に”、お前たちの中から何名かを指名し、選出した面々を中枢として、俺の代わりにこの国の統治をしてもらう」
ウルザルブルンは人の名前ではありません。
たしか北欧神話か何かに登場する泉の名前です。
ただ運命の女神たちが住んでいる的な話を聞いたことがあったので、運命を生み出す場所として解釈し、転じて運命を生み出す者としてケイタの魔王名に使いました。
ちなみにですが、ケイタの魔法を見た2人のゴブリンが、「あいつは運命を変えて見せた」と証言したことで、こんな魔王名が付けられました。
本当はもっとシンプルだったのに…………
さて、前書きにも書きましたが、もうすぐで第一部はエピローグも終わっちゃいます。
そのあとはちょっとした幕間のお話で、ケイタとポーラのお話をやって、第一部は完全終了となります。
第二部は主人公が別の人間になりますので、お楽しみに。
それでは、残りわずかですが最後までお付き合いください。




