エピローグ第6話:或る魔法使いの断章(中編)第四節
異論は無いかというクトゥブの言葉に、ウィークは「無いね」とそっけなく答える。
ロウもウィークに同意するように小さく頷く。
俺はと言うと、否定する理由も持っていないので、2人に倣って頷いて同意しておく。
「無事に大まかな方向性を決める事が出来ましたね。では、これからのより細かな動きについては、また明後日以降に決めていきましょう」
「ああ、そうだな…………って、何で明後日以降なんだ?」
「今日パパッと決めてしまえる事でも無いですし、明日、貴方にはまた別の役割がありますから。諸々の事情を踏まえると、どうしても動き出すのは明後日からになってしまうのです」
また別の役割?諸々の事情?
なんか、変に濁した説明をされている気がするな。
何だかもどかしいぞ。腹が立つなぁ。
「ああ、クトゥブ。その事なんだが、もう今までの勇者ルールは必要ねぇだろ。ニシゾノケイタに人間の国の王が務まるとも思えねぇし、人間側でパチモンの魔王をわざわざ用意する必要もねぇし」
「それは……確かにそうですね」
言われてみればとでも言った様子で、クトゥブは頷く。
俺も、とりあえず頷いておく。
「念のために確認しておきますが、ニシゾノケイタ、君は新たな勇者として人類の王に成ってほしいと頼まれたら、受け入れてくれますか?」
「え、嫌」
「即答じゃねぇかよ」
クトゥブの問いに間髪入れずに返すと、ウィークは子供の茶番を観るみたいにあきれた様子で小さく笑った。
一方のクトゥブは「ですよね」なんて言いながら、コーヒーを口に含む。
ロウは浅くかぶったフードの下で、その顔に虚無を張り付けたみたいな表情をしている。
なんだその表情。
「話の流れ的にこの国の……キノクニの王になれるかって話だと思うけど、ここにはクトゥブもいるしウィークもいるんだ。俺がやる必要ねぇだろ」
「ま、それもそうだな。お前みたいな弱そうなガキが新しい王だって言って、魔物どもが素直に従うワケねぇもんな」
「…………ん?」
今、ウィークの言葉に引っかかる部分があった。
「魔物どもが素直に従うって……魔物はあの7人の元に向かったんじゃねぇのか?」
そう。そこが引っ掛かった。
俺が眠っている間に、魔物たちは7つの地点を、新たな7人の魔王を目指して大移動していたと、確かそういう話だったはずだ。
なら、このキノクニの魔物たちも新たな魔王たちを目指して移動しているはずで……
「あ? それは突如として湧き出てきた魔物どもの話だろ」
短くそれだけを返すと、ウィークとクトゥブとロウはそれぞれ目配せをして、小さく頷き合った。
まるで、何かを確認しているようなその行動が怖い。
「まぁこの際だから言っておくが、魔王軍の魔物は野生の魔物とはまた別モノだ。小鬼なんかが分かりやすいな。お前、この数か月程度の短い旅の中で、魔王軍の小鬼とそうじゃない小鬼の違いには気づいたか?」
突然逸れた話に、俺は少しだけ困惑する。
けれど、少しだけだ。
ウィークの問いに答える為に直ぐに思考を巡らせた。
「魔王軍の小鬼には知性があった」
「どんな部分から知性を感じ取った?」
「武器を使っていて、…………あ」
言葉を紡ぐ途中で、俺は気が付いた。
魔王軍の小鬼と野生の小鬼の決定的な違いを。
それは確かに知性の有無という違いでしかないのだが、重要なのは武器を使っていたりする事じゃない。
もっとずっと、候補勇者として旅立つ最初の頃から俺の中にあった、いつの間にか馴れてしまっていた違和感が……違和感を覚える事象があった。
「お前以外の小鬼も…………“人語”を話していた」
そう。候補勇者として旅立って直ぐの頃から、俺は何度となくその光景を目にした。
最も古い記憶で言うと、門出の儀の日、第二次革命未遂事件の時、オリジンに攻めてきた魔王軍の小鬼たちと戦闘をした際に、斬られた小鬼たちは確かに人語を話していた。
痛い、と。人殺し、と。
新しい記憶だと、魔王城攻略の際に刀を持った2体の小鬼に遭遇している。
アイツ等も、オカミサマだのなんだの言って、人語を話していた。
それも、まるで使い慣れているみたいに流暢に。
「そうだ。お前の言う通り、魔王軍の小鬼どもは皆、一部の例外を除いて人語を話す。それが何故だか分かるか?」
「いや、知性があるからだろ」
「違う。そうじゃない。知性があるから言語を扱うというのは理論として確かに成り立っている。だが、知性があるから人語を話すというのは真っすぐには結び付かない」
間髪入れずに否定され、俺は少しだけ顔を顰める。
「いやいやいや、魔王城があるのはキノクニだろ。人語は元々、キノクニの前身である日本で使われてた言語なんだから、その言語をキノクニで暮らす魔物が話すのは当然じゃないのか?」
「まぁ、そう言われてみればそうかもな。けどな、俺が言いたいのはそんな話じゃねぇ」
「回りくどいんだよ。何が言いたい?」
「魔王軍の小鬼が人語を……日本語を話すのはな、あいつ等が元はこの国に……いや、ヒノクニに暮らす人間だったからだよ」
「……………………」
…………ん?
今、コイツは何って言った?
「すまん。もう一回言ってくれ」
「ああ。何回だって言ってやるよ。魔王軍の小鬼は、かつて日本と呼ばれたこの土地の南側、現在で言うヒノクニに暮らす人間から作られているんだ」
「ハハハッ。面白れぇ話」
何言ってんだコイツ。
魔王軍で人間の敵をしていたせいで、頭がおかしくなったんじゃないのか?
「本当に面白れぇ話なら、俺は魔王軍の幹部になんざァ成りやしなかった。言ったろ? 米国でお前が殺した小鬼にも家族が居たってな」
「……」
確かに言われた。
魔王城の地下で、確かに。
小鬼たちにも名前があって、家庭があるって。
「クトゥブ。今のウィークの話、どこからどこまでが本当だ?」
「そうですね。説明が足りていない部分はありますが、いま彼が語った話についてはすべてが真実です。補足をするのであれば、人を魔物にするという人道に背いた行為を行ったのは、西暦が終わる際の再編を計画していた中枢国たちだけで、直近で言えばアビゲイル・キャンベルただ1人だけです。ですので、魔王軍には元人間の魔物が多く存在していますが、全てがそうという訳ではありません」
「なる……ほど」
念のためにロウへ視線を向けるが、ロウは否定をするわけでも肯定をするわけでもなく、じっと固まっている。
ただ、この状況でクトゥブが無意味な嘘を吐くとも思えない。
ならば、ウィークが語った魔王軍の魔物が元は人間だったというその話は、事実なのだろう。
そしてクトゥブが言っていた、元人間の魔物が多く存在しているが、全てがそうという訳ではないという話もまた、事実なのだろう。
普通に考えて、邪竜事象とか、円柱建造で見た羊頭の化け物なんかが元は人間だったって、無理があるもんな。
ただ、小鬼の中に元は人間だった個体が居るという話は、信じたくはないし、バカみたいな作り話にしか聞こえないけれど、俺は正直、それを完全には否定できない。
人語を使い慣れた言語のように話す個体を何体も見て来たし、魔王城では真白を慕うような様子を見せる、人語を話す小鬼にも遭遇した。
確かに真白は魔王だったのだから自らの王を魔物たちが崇拝するのは分かるが、あの小鬼たちの様子は自らの王に向ける崇拝とは、少し経路が違うようだった。
なんというか、まだ完全に信じる事は出来ていないが、俺は魔王軍の魔物に元人間が多くいるという話をなんとなく受け入れる事が出来ているみたいだ。
「話が逸れたから本筋に戻すが、事のつまりは、魔王軍には元は人間だった奴が多く居て、そいつらは突如現れた魔物どもとは違い、人としての理性を持っている。だからこそ、いきなり現れた魔物どもとは違い、新しい魔王サマ共の元には向かわなかったわけだ」
「なるほど」
どうして魔王軍の魔物に元人間が多く居るだなんて暴露話をしていたのかと思ったが、ウィークがちゃんと話を本筋に戻してくれた。
「魔王軍に居た元人間の奴らは今でも人と同じような暮らしをしている。詳細は後日、お前の頭が落ち着いてから話すが、この旧日本には人間の国と元人間の魔物の国が存在していて、そのどちらの王も勇者が担っていた。魔物ども対しては魔王様として、人間どもに対しては“オカミサマ”として民衆の上に立ち、絶対的な存在として振舞っていたってワケだ」
「はぁ、なるほど。てことは、もし今ここでキノクニの王になるって言ったら、その役割をやらなきゃならないんだろ? なおの事で俺には向いてねぇだろ」
「良く解ってるじゃねぇか。だがまぁ安心しろ。お前に今のこの状況で王をやれって言っても、どうせ断られるだろうって最初から想定している。まぁ、この国はクトゥブが暫く統治して、御家の中から適当な後任を見繕うさ」
ウィークの言葉にクトゥブは同意するように頷く。
「仮に貴方が王に成る事を受け入れたとしても、我々が全力で補助するつもりではありました。貴方には対外的な対応をしていただき、実際の政については私とイヴァンで執り行う、と言った具合に」
念の為の補足といった感じでクトゥブは言ったが、それ、普通に俺が影武者というか……操り人形というか…………とにかく、キノクニの王に成る事を断って判断は間違ってはいなかったな。
「よし、じゃあこの国の王にはクトゥブが就くとして、どちらにせよ明日はお前にやって貰わねぇといけねぇ事がある」
もう何本目か分からない煙草に火を点けながら、ウィークは俺に視線を向けてくる。
「え、俺に?」
「そうだよ。お前だよ」
何をとぼけているのだとでも言いたげなウィークだが、何の話かは全く分からない。
クトゥブがキノクニの王に成るとして、どちらにせよ明日俺がやらなければいけない事?
本当に、何の心当たりもない。
(俺、何をやらされるんだ?)




