第30話:門出(5)
門出の時間を目前に、俺たちは街の入り口に来ていた。
塀の一角にある大きな木製の扉の前にだ。
この場にいるのは俺たち4人の候補勇者とそれぞれの付き人。それから国王だ。
国民は誰一人としてこの場所にいない。
国民が門出を祝うのは門出の儀だけだと決まっているかららしい。
なんだか薄情だなと思ったけど、つい昨日に魔族からの襲撃を受けて国民たちも大変なんだろうと思うと別に気にはならなかった。
俺たち候補勇者の準備は万端だ。
レオはダボダボとした服の上から胸当てや籠手などの支給された防具を身につけていて、腰には鞘に収まった状態の長剣を左右で一本ずつぶら下げている。
もちろんそれだけで旅立つわけもなく、手には大きめの布袋を持っている。
綺麗な黒髪を後ろでひとつ結びにしているカレンもレオと同じような服装をしていて、それに加えて異常な長さの片刃の長剣と弓を入れた大きな布袋を持っている。
なんか、いつもは凛とした感じの印象を受けていただけにダボダボの服を着ているのはなんだか間抜…新鮮だ。
ポーラは私服みたいなシャツと膝下までのスカートに身を包み、その上から胸当てなどの防具を身につけている。そして、その上からさらにローブを羽織っている。
俺とは違う純白の高そうなローブだ。金の刺繍も入ってるし。
レオやカレンと比べると些か小さな布袋を担ぎ、それとは別に肩から掛ける形で治療用の道具が入ったカバンを持つカレンの腰には革製収納袋に収められた小さな拳銃が見えた。
多分スカートの下には…太ももには短剣を収めてある革製収納袋が巻き付けられてるんだろうな。
と、思わずポーラのスカートをじっと見てしまった俺だが、そんな俺の視線に気づいたポーラが慌てて両手でスカートを押さえる。
……弁明したいけど弁明のしようがない。
まぁ、いいか。
俺の服装は部屋を出るときから変わっていない。
魔法使いらしくない恥ずかしい格好を隠すようにローブを被っていて、大きな荷物鞄を背負っている。中には人に言えないようなものがびっしりだ。
そして、一応ではあるが腰に短剣をくくりつけてある。
俺たちはこの格好でとりあえずは楔国まで行かなければならない。
なんというか、昔ながらの勇者譚とは大違いだな。
みんなの格好がなんだか不格好でダサい。
「それじゃあ、準備はいいか?」
今度こそ豪華な宝石装飾の付いた衣装に身を包んだ国王は、自慢の髭を弄りながら確認するように言った。
俺たちは国王に無言でうなずき返す。
「まぁ、準備ができていないと言われても何ともできんのだがな」
しみじみといった様子で言葉を零し、国王は目前にそびえ立つ巨大な塀を見上げる。
つられるように、俺たちもおよそ170メートルの高さを誇る塀を見上げた。
街を取り囲む、魔族から人類を守るための塀を。
黒みがかったグレーの塀は驚くべきことに再編よりも後に作られた建造物だ。
文明が壊滅した再編後の世界でどのようにして作ったのかはわからないし、国王曰く同じものを今現在作ろうとすれば建造だけで100年近くかかりかねないらしく、そもそもこんな高度な建造物を作る技術がないためにどちらにせよ今は同じような塀を作ることができないそうだ。
「今から塀の入り口を開ける。街を取り囲むこの塀を出入りすることができる唯一の入り口だ」
ゆっくりと右腕を持ち上げ、国王は塀の方へ向けて手を振った。
すると、継ぎ目の見えない塀に唯一取り付けられている巨大な木製の扉がゆっくりと地鳴りのような音を立てながら開き始めた。
「よく聞け。これは君たちに送る最後の言葉だ」
国王の最後と言う言葉にポーラがビクリと反応する。
「ポーラ。大丈夫よ」
そう優しく囁きながら、ポーラの隣に立つカレンがポーラの手を握る。
ポーラは頬お赤らめながら、カレンに「ありがとう」と小声で返した。
二人の様子を複雑な表情で眺めながらも、国王は話す。
「君たちはこれから旅立つ。この扉をくぐり、塀の外に出てしまえばもう帰ってくることはできない。君たちがこの街に帰ってこれるのは魔王を倒して勇者と成った後だけだ」
「言われなくても分かってるっつの」
呆れたようにレオが言う。
以前ならこういった態度をレオがとった時、ジョージがすかさず叱咤の声を飛ばしていたのだが、今はレオを少し睨みつける程度に抑えていた。
「ハッハッハ! いつも強気だね。君を見てるだけでどこか安心できてしまう自分がいる」
嬉しそうに言う国王に、レオは犬歯を剥き出して獰猛に笑いながら言う。
「当たり前だろ。俺は勇者だ。俺が強気なのも当たり前だし俺を見て安心するのも当たり前だ」
「…君は、何があっても仲間を見捨てることは「くどいぜ!」」
国王の言葉を遮り、レオが吠える。
「俺は勇者だ。それ以上言葉は必要ない。安心して送り出せ」
「……わかった」
完全に開き切った扉へ向かい、国王は歩き出す。
俺たちはケビンに促されて国王を追う。
国王を追う俺たちを追う形で、ケビンとアリス、ジョージとヒシギは付いてきた。
最初の頃、塀は高さがすごいだけでものすごく薄いのだと思っていた。
だから扉をくぐればすぐに外の景色が広がっているのだろうと思っていた。
けど、そんなことはなかった。
俺はひと月の準備期間で魔物を殺す練習のために、ケビンに連れ出されて塀の外へ何度も出た。
だから、本当のところの話を知っている。
まぁそれを差し引いても当たり前の話だけどな。
あれだけの高さ、幅がないと物理法則的に耐えられないだろう。
バランスが取れず、重量の分散をすることができず、全体的に受ける風などの圧力で倒壊しかねない。
だから、厚さがあるのは当たり前か。
扉をくぐると暗いトンネルのような空間がずっと先まで伸びていて、遠くの方に僅かながら光源が見える。
トンネルのような空間は…塀の幅は300メートルほどだ。
実際に歩くときは暗いし光源は遠いしで距離の感覚はよく分からない。
互いのぼんやりとした輪郭が見える程度の薄暗い空間を、国王に先導されて歩き進む。
「君たちはこれから旅に出ることになる」
何かの演劇のように、国王は作った野太い声を張り上げる。
「待っているのは危険だ。君たちを殺そうと躍起になる魔物共だ」
コツコツと、俺たちの靴裏が舗装された地面を叩く音が反響する。
「ここから先に安寧はない。安寧を求めるならば魔王を倒さねばならぬ」
少しずつ、光源が大きくなってゆく。
出口が近づいている証拠だ。
「君たちに泣き言は許されない。勇者だからだ。勇者だから、旅をして魔王を倒さねばならない」
そして、俺たちは塀に開けられたトンネルのような空間を抜けた。
「さぁ! 旅立て勇者たちよ! 魔王を倒す旅にでるのだ! 我々は君たちを心のそこから応援する。賛辞を送る」
両手を広げ、ようこそとでも言うように国王は全身を使って目の前に広がる光景を指し示す。
そこには遥か遠くまで草原が広がっていた。
遮蔽物など一切ない、それこそ木々の一本たりとも生えていない無限な草原が広がっていた。
どこまでもどこまでも続く草原は、春を象徴するかのように薄緑色だ。
これまで、俺は何度も見た光景だ。
空も青く澄み渡っていて、雲は一つとして見当たらない。
昨日、雪が降っていたとは思えないほどの快晴だな。
「門出にふさわしい日だ」
思わず、そんな言葉が溢れた。
誰かが俺の言葉を拾うかもしれないと少しだけ焦ったが、突然吹いた強い風に俺の言葉は飲み込まれ、溶けていった。
皆の視線は目の前に広がる平穏そのものの光景に釘付けになっている。
まぁ、そうだよな。
俺とは違ってみんなは塀の外に出ていなかったんだ。
外の景色がこんなものだなんて思いもしなかったもんな。
…………。
天気もそうだけど風が気持ちいい。
本当に、こんな日に血みどろの旅へと出るのはもったいないと思えてしまうほどだ。
「どうか、君たちに太陽神の御加護がありますように」
ボソリと小さく呟き、国王は塀の中へと戻っていった。
「信じてるぞ」
ジョージが呟き、国王を追う。
「大丈夫。あなたたちは私たちが師匠なんだから」
アリスはそう言い残し、ジョージに続いて塀の内側へと戻って行く。
「カレン。頑張りなさい」
真顔でそう言ったヒシギはアリスの隣へと駆け寄った。
「じゃあ達者でな」
身を翻し、俺たちに背を向けたケビンはそう言った。
俺たちに背を向けたまま、動く方の腕を持ち上げてだらしなく雑に手を振り、塀の中へと戻って行きながらケビンはそう言った。
ケビンが塀のトンネルに入ったのを見計らったように、塀の外側の扉が重い地鳴りのような音を響かせながら閉まる。
今度こそ、俺たちは本当に危険な世界へ俺たち候補勇者だけで取り残された。
今度こそ、俺たちは本当に旅立つ瞬間がやってきた。
青く、遠く、高い空に、鳥が二羽、優雅に飛んでいるのが見えた。
いつか、俺たちにも思うがままに優雅に過ごせる時が来るのだろうか。
空を飛ぶあの鳥のように、平穏に浸り、染まることはできるのだろうか。
それはまぁ、俺たちの頑張り次第か。
世界再編と犠牲の勇者譚
魔法を使えない魔法使いの物語
門出編
終わり
明日の更新は本編ではなく幕間の物語です。




