第29話:門出(4)
日付は門出の儀の翌日。旅立ちの日。
時刻は午前の10時過ぎ。旅立ちの約2時間前。
俺たち候補勇者4人は、俺が16年暮らした家のリビングで4人きりになっていた。
ついさっきまで国王やら俺たちそれぞれの付き人やらがいたのだが、皆が皆、理由をつけてこの家から出て行った。
自分が居ては気持ちの整理もまともにできないだろうと、国王はアリスを連れて米国王城へと帰って行き、救援の連絡について話がしたいとケビンがジョージを家の外へと連れて行き、付き人で一人だけ取り残されたヒシギは気まずくなったのか無言で二人を追って外へと出て行った。
そうして俺たちはこのリビングで4人きりとなっている。
まぁ大人たちは何かしらの理由をつけて家から出て行ったが、それが気遣いであると気づけないほど俺たちも子供じゃない。
格好をつけた大人たちの好意に甘え、俺たちは残された最後の平穏を噛み締める。
「あと2時間で出発なのね。なんだか実感がないわ」
時計を眺め、しみじみとした様子でカレンが言う。
「はい…私も、まだ信じられません」
カレンの言葉にポーラが頷く。
「ハッ。あと2時間とか言ってるけど、門出の時間は正午で門出は街の入り口でやるんだからそれを考えたら俺たちはケイタの家を11時には出なきゃなんないんだぜ? だから、あと2時間も残ってねぇよ。強いて言えば1時間だな」
レオの言葉は少しだけ早口で焦立ちみたいな感情が混ざっているのがすぐにわかった。
多分だけど、レオは早く旅立ちたくて仕方がないんだろう。
昔の小説だとかゲームだとかの主人公みたいに冒険に出て魔王を倒す。
早くそれをしたくてたまらない。そんな様子だ。
「あと1時間で出発なのか」
レオの言葉を聞き、なんだか感慨深くなってしまった。
「俺たちもとうとう候補勇者になるんだな」
「正式にはもうなってるだろ」
「そうそう。ひと月前のあの日に認定されたわけだし、昨日の門出の儀で正式な候補勇者として認められたわけだしね」
正式な候補勇者ってなんだよ。
勇者の候補生の時点でもう正式もクソもねぇだろ。
「なんなら俺たち、もう候補勇者としての初陣は果たしてるわけだしな」
「確かにそうね」
レオとカレンが向かい合い、楽しそうに笑う。
はいはい。お二人は随分と仲のよろしいことで。
ちらりとポーラを見ると、ポーラは少し不安そうな表情で自身の手のひらを眺めていた。
俺の手と比べるとかなり小さい柔らかそうな手のひらだ。
「まぁ、確かに実践の戦闘を体験することはできたけどさ、俺たち何もできなかったよな」
「バッカ。それはお前だけだろ。俺は小鬼をしっかりと倒したから何もできなかったってことは無ぇ」
「私もそれなりには戦えたから。……まぁ、ケイタの言いたいこともわかるわよ」
カレンは何がとは言わなかった。
ただ、俺の抱えている不安みたいなものを理解できないわけじゃないとだけ言い、それ以上は口を閉ざした。
…なんだろう。
下手に言えば自分が意識してしまうとでも思っているのだろうか。
自分が恐怖を感じているのだと、自覚してしまってより一層の恐怖を感じることになるとでも思っているのだろうか。
まぁ、俺には関係ないな。
「私は……何もできませんでした」
か弱い力を握り拳に込めながら、噛みしめるようにポーラが言う。
そんなポーラの頭を隣に座っているカレンが優しく撫でる。
「そんなことないわよ。あなたは助けを呼んでくれたでしょ?」
「…それだけしかできていません」
「それでも十分よ。だって、あなたが助けを呼んでくれなかったら私もレオも、最悪ケイタも死んじゃってたんだから。あなたは私たち3人を助けてくれたの。十分な貢献よ」
「ですが…」
「大丈夫。焦る必要はないの。あなたの分まで私が戦うから、あなたは変に気負わないで」
「……」
「いつかあなたにも戦ってもらう時が来るから。その時までにゆっくりと強くなってくれればいいのよ」
ね? とポーラに微笑みかけるカレン。
自身へ向けられた笑みに、ポーラは渋々ながら頷きを返す。
「…わかりました。……その…ありがとう」
納得しきれていないと言う表情ではあるが、ポーラは顔を少しだけ赤くしながら言った。
一連の様子をつまらなさそうな表情で眺めていたレオは口笛を吹いて野次を入れる。
意味のない野次だ。それはこの場の全員がわかっている。
いや、意味がないと言うのは少し冷たく突き放しすぎか。
レオの水をさすような口笛にはしっかりとした小さな意味がある。
少し気まずくなってしまった場の空気を崩す意味合いだ。
けど、それをわざわざ拾ってしまうのはそれこそレオの好意に水をさすことになる。
だから、レオの口笛に意味はない。それでいい。
「俺は…少しだけ不安だ」
言った後にハッとした。
せっかくレオが崩してくれた堅苦しい暗い雰囲気を俺がまた…。
「何が不安なんだ?」
試すようにレオが聞いてくる。
その声音には不機嫌な色が混ざっている。
俺は、どう返答をするべきなのか迷った。
正直に抱える内情を打ち明けるべきなのか。
それとも……。
「この際だからハッキリと言っておくが、俺は魔法が使えない。魔法使いなのにだぜ?」
「それがどうした?」
「俺は足を引っ張る。魔法が使えない上に弱いからな」
「で? それがどうした?」
「不安なんだよ」
「だから、なにが不安なんだ?」
「さっきも言ったけどさ。俺は弱くて、だから今回の襲撃でもまともに戦えなかった」
「……で?」
「そんな状態で旅立っていいのかって思うんだ。旅立ったところですぐに死ぬんじゃねぇかって思うんだ」
「だから不安だって?」
俺は静かに頷く。
「ぷっ……あははははははは!」
突然、レオが吹き出した。次いで高笑いをする。
「な、なんだよ」
「いやいやいや。お前もしかして、そんなことで悩んでて不安だとか言ってたのか?」
レオが俺よりも大きくてゴツい手のひらで力強く俺の背を叩いてくる。
痛ぇよ。
「わ、悪いかよ」
「悪いね」
いつも通りの犬歯をチラつかせた獰猛な笑みをその顔に浮かべ、レオは言う。
「自分が弱いから不安ってバカかよお前」
レオは右手を持ち上げ、親指で自身を指差した。
「安心しろよ。俺がいる」
続けるように勢い良く立ち上がり、今度は手のひらで自身の胸板を力強く叩いた。
バシンッという鈍い音が部屋に響く。
「いいかお前ら。よく聞け。俺たちはもうすぐ旅立つ。候補勇者として魔王を倒す旅に出るんだ。けどな、俺たちはこれまでの人生を普通の国民として過ごしてきたわけで、特別な訓練をしてきたわけじゃない。だから不安になる時もあるだろうな。けど、それは間違いじゃねぇ。不安を感じるのは普通のことだ。むしろ不安に思わねぇ方がおかしい」
珍しくまともな事を言うレオに俺は驚いた。
その表情は相変わらず魔族みたいな獰猛な笑みを浮かべたものだけど、それでも語る言葉は正しく勇者と呼ぶにふさわしいものだ。
カレンもポーラもレオの言葉を真剣な様子で聞いている。
「だから俺はお前たちが不安を感じていても責めない」
いや、さっき責めてたやんけ。
……つい変な口調になった。心の中だけだけど。
「けどな。俺が居る事を忘れんなよ。俺がお前たちの勇者である事を忘れんなよ。お前たちが弱くても関係ない。俺が居るんだ。だから安心しろ」
何言ってんだよほんと。
めちゃくちゃじゃねぇかよ。
「俺もまだまだ弱い。けど、お前らよりは少なくとも強い。勇者役だからな。だから…お前たちが強くなるよりもはるかに早く俺が強くなってやる。だからお前たちが弱くてもお前たちは俺が守る。自分が弱いだとか、だから不安だとか知るかよ。俺を信じろ。俺に背中を預けろ」
レオが言っていることは要領を得てなくてめちゃくちゃだ。
何が言いたいのか、詳しくはわからない。
けど…
「俺がお前たちを守ってやる。だから不安を感じたとしても安心しろ。俺が魔族を…魔王軍をぶっ潰してお前らを守り抜いてみせる」
けど、レオの言葉に、俺はどこか安心を感じていた。
「さぁ、魔王討伐をするぞ」
その自信がどこから湧いているのかという疑問はあるけど、それでも自信満々に語るレオの言葉や表情は不安や疑問という負の感情を払いのけてくれるほど眩しいものだった。
少しだけ、胸の奥のつっかえみたいなものが取れた気がした。
だから俺は…
「なぁみんな。聞いてくれ。話があるんだ」
全てを話すことにした。
俺に話せる俺についての全てを。
「俺について…西園啓太と言う一人の人間についての話だ」
はい。次回で正真正銘、第一部第1章『門出編』が終わります。




