第2話:候補勇者(2)
初めて入る王城の中は外見とは裏腹にもの凄く豪勢な作りになっていた。床は大理石でできていて、天井には宝石がつけられた豪華な室内灯が複数ぶら下がっていた。廊下などでは傍に高そうな壷やら甲冑やらが並べられていて、まるで物語に出てくるままの誰もが想像するような装いだった。
見回す限り、内装に木材は使われていなかった。おそらく、石や鉄などを基本材料に城を作り、外装だけ木材を使用したのだろう。
一階部分の廊下の突き当たりに行くと、左手に昇降機があって、俺たちはそれに乗り込んだ。
ケビンが最上階のボタンを押すと、昇降機は静かに動き始めた。
最上階の13階へと登る間、ケビンは確認をするように俺に聞いた。
「ケイタ様、勇者ルールについてはどの程度を知っておられますか?」
その低い声には俺を品定めするような色がにじみ出ていた。
「大体の事は知っている。けれど、正しいのかはわからない」
俺がそう言うと、ケビンはいぶかしむような顔をして「と、言うと?」と言葉の続きを促してきた。
「いや、だから、俺は勇者ルールの知識はあるけれど正しいのかはわからないから知識の擦り合わせをさせてくれ」
少し苛立つように言い捨てると、ケビンは「なるほど」と噛み締めるように言い、まるで物語を語るかのように両腕を広げて口を開いた。
「勇者ルール。より正確に言うのであれば、魔王討伐のための徴兵法ですね。西暦2066年の魔王出現の際、歴史が西暦から皇帝期へと切り替わる際に魔王軍からの初撃を生き残る事ができた国々が話し合って決めたと言われています。その内容はシンプルで、現存する20の国々は毎年、仲春の頃合いに自国の中で14歳から18歳の少年少女を合計4名候補勇者として、それぞれ勇者、魔法使い、剣士、治療師のどれかの役職に当てはめて選任をする。そして、選ばれた少年少女は認定後およそひと月の研修期間の後にトリガーと呼ばれるスタート地点の特殊国家へと輸送され、その国から各国の代表勇者チームとして旅立ちます」
と、そこでケビンは話すのをやめた。昇降機が動きを止め、目的の階層に着いたことを知らせる甲高い音が狭い箱の中に鳴り響いたからだ。
「おっと、もう着いた」
やれやれとスーツの型を整え、ケビンは昇降機の扉を開けるボタンを押した。
ケビンが話した内容は学校教育の過程で皆が学ぶことだった。皆が公平な抽選の果てに候補勇者に選ばれて徴兵される可能性があり、選ばれた人間は国のために命を差し出さなければならない。
それはとても光栄なことであり、魔王を倒して候補勇者から勇者へ成るとさらなる名誉がもたらされる。6歳から14歳までの8年間の教育過程で施される世界史の基本事項だ。
自分の頭に入っていた知識と正確な知識が一致していて、俺は少しばかり安心した。
昇降機から降りるとそこはだだっ広い空間で、奥の方に豪華な椅子みたいなのが置かれていることからこの場所が国王の部屋であることがわかった。椅子の奥に扉のようなものが見えるけれど、今は多分関係がない。なにせ、椅子の前に俺と同い年くらいの男と女が一人ずつ、俺と同じような護衛をつけて立っているのだ。
きっと彼らも俺と同じ候補勇者に選任された奴らで、この場に立っているということは、ここで待機するように言われているのだ。
ならば扉の奥にあると思われるこの部屋ではない別の部屋は今からの出来事には関係ないのだろう。
ケビンに誘導されて二人の間に行くと、もう直ぐ国王が来るからこの場で待ってくれと言ってケビンは他の二人の付き人と同様に担当勇者−ケビンの場合は俺−の左後ろ3歩ほどの位置に立ち構えた。
横目でチラリと左右の少年少女を見る。
右側に立っているのは長い黒髪を後ろで束ねた少女だ。あまり高くはない鼻筋や堀の浅い顔立ちを見るからに、俺と同じように元はアメリカに住んでいたわけではない一族の人間なのだろう。
一方で俺の左側にもの凄く胸を張って立っている男は俺よりも結構身長がでかい。多分180センチ以上はあるだろう。短く切り揃えた赤髪が特徴的だった。見ただけでわかるほどガタイがいい。腕も筋肉がすごくてリンゴとか握りつぶしたりできそうだ。
女の方はあまり使えなさそうだけれど男の方は戦力的に信頼してもいいだろう。
5分ほど待つと、奥の扉が開いて高そうな服を着た国王が出てきた。口ひげも顎鬚も豪快に生え揃わせ、それらに隠れて口が見えない。何か食べるときにヒゲが邪魔にならないのだろうか。
ゆっくりとした歩調で優雅に歩く国王の後に続いて、俺たちよりも少しばかり子供っぽい金髪の少女が恥ずかしそうに歩いてきた。その少女のことを俺は知っている。少女は有名人だった。
国王は俺たちの前まで歩いてくると、「そんなに気を張らないでいいよ」と言って椅子に腰を下ろした。
彼の後についてきた少女は付き添いとしてやって来たものだと俺は思った。なにせ少女は国王の一人娘だ。同じ金髪で、タレ気味の目尻とのほほんとした雰囲気が二人は凄く似ている。
だから国王について来た少女はのちに後継する際の勉強のために付き添いに来たものだと俺は思い込んでいた。
しかし、少女は俺たちの付き人と同じように国王の脇後ろに立つことはせず、横になって並ぶ俺たち三人の方へと歩いてきた。
「え?」
と言ったのは俺の右側にいたポニーテールの少女だった。正直、俺も驚きで声が出そうだった。
俺を含めた少年少女三人の視線が金髪の少女へと向く。ポニーテールの少女のさらに右側、国王の娘である金髪の少女はそこで立ち止まり、くるりと回って国王の方を向いた。
そう。つまりは金髪の少女は俺たちと同様に候補勇者の列に並んだのだ。
国王の娘だと思われる少女が候補勇者として国王と向かい合う。
ふと国王を見ると、彼は悲しそうな顔をして一生懸命に自身の娘から目を逸らしていた。
今一度少女を見ると、少女は肩を小さく震わせていた。
国王は深呼吸をして「よし」と呟くと、先ほどまでの弱々しい顔とは打って変わり、眉を吊り上げて両目を見開き、ヒゲに隠れていた口を開けて声を張り上げた。
「よくぞ来てくれた少年少女よ!お前たちは勇者に選ばれた!突如として現れ、我々人類を蹂躙した忌々しい魔王とその手下共を滅ぼすため、お前たちは勇者に選ばれたのだ!これは神からのお告げだ。ここにいるお前たちは神に選ばれたのだ!残されたわずかな人類を代表して、魔王を討伐に向かうのだ!お前たちにはその才能がある。だからこそ選ばれた!」
その言葉の一つ一つにおよそ人間の心と呼べるものは全くと言っていいほど込められていなかった。
それこそ、台本を読んでいるような言葉の羅列という表現がふさわしいほどに。
「レオ・ガラード!」
「はい!」
俺の左側にいた背の高い少年が元気良く返事をした。レオと言う名前らしい。
男らしい低い声をしていた。
その声にはどこか相手を威圧しようとするような色がにじみ出ていた。
「お前は勇者だ!勇者に選ばれたのだ!米国を代表し、魔王討伐に向かう未成熟な英雄達のリーダーに選ばれたのだ!」
隣でレオが唾を飲むのがわかった。
「お前は勇者としてこの場にいる仲間たちを率いて魔王を倒せ!神話の再現をするのだ!かつていくつも語られた物語たちのように、長い旅路を経て経験を積み、力でもって魔王を倒せ!それが神からお前にあたえられたお告げだ!」
レオは笑っていた。口をだらしなく少しだけ開いて、そこから犬歯をチラつかせて自分自身を鼓舞するように笑っていた。
「わかった…任せてくれ」
「貴様!言葉遣いに気をつけろ!」
震える声で国王に言葉を返したレオに彼の付き人が声を荒げて注意する。
「いい。別に言葉遣いなどを縛るつもりはない。好きに答えろ」
国王はそう言うと、乱れた話をすぐさま戻した。
「次だ。カレン・コノエ」
「はい」
ポニーテールの少女が静かに返事をした。
「お前は勇者の成す事に最も尽力をする者に選ばれた。お前は剣士だ。勇者や我々国民の剣となり、盾となる人間としてお前が選ばれたのだ」
レオが勇者だとわかった時点でカレンは剣士なのだろうと何となくわかっていた。
俺が魔法使いである以上、残る二人の少女の中で剣士に該当すると思われるのはポニーテールの少女、カレンだけだったから。
「お前は成し遂げる事ができるか?」
試すように国王はカレンへ問いかけた。何をとは言わなかった。ただ、お前はやれるのか。最後まで剣を振るう事ができるのか、そう聞いた。
カレンは頷き、「私ならば」と答えた。
その細い体躯のどこから自信が湧き出てくるのだろうか。
国王は満足そうに頷き、話を続ける。
「ポーラ。ポーラ・アクター」
名を呼ばれ、金髪の少女が無言で頷く。
「お前は治療師だ。…やれるか?」
先ほどまでと違って言葉に演技がかった棘のようなものは含まれていなかった。
単純に、ただ心配しているといった不安の気持ちが混ざっていた。
金髪の少女、ポーラは再び頷くと、「大丈夫です」と口を開いた。
「私は候補勇者に選ばれたのです。例外など認められません。最後までやりきって見せます」
少女の語る最後と言う言葉が一体どの瞬間を指しているのか。きっと、この少女は死ぬ事を前提に動いている。あたりまえだ。俺も死ぬ前提でこの場に来ているのだから。
魔王が突如現れ、人間の世界を壊し始めてからもうかなりの年月が経っている。それでも未だに毎年のように候補勇者が選ばれ旅立っているという事は、魔王は健在と言う事だ。
長い月日が流れる中で、魔王を倒す事などできていないと言う事だ。
ならば、これまで旅立っていった勇者たちはどうなったのか。考えるまでもない。
レオとカレンは悔しそうに大理石の床を見つめていた。
二人が俺と同じ事を考えているであろう事はなんとなく理解できた。
「…そうか。がんばれよ」
国王はまるで自分に言い聞かせるように頑張れと言った。そして、咳払いをしてなおも話を続ける。そのあたりはやっぱり国王だと思った。気持ちの切り替えに慣れている。
「最後。ケイタ・ニシゾノ」
俺は頷くことも返事をする事もしなかった。後ろでケビンが「マジかよ」と小さく笑うのがわかった。
「お前は魔法使いだ」
そう言うと、国王はまるで古い記憶をあさるかのように椅子に深く背を預け、天井の室内灯を見つめた。
「皮肉なものだな。お前が魔法使いに選ばれるとは」
不思議そうに他の三人がこちらに視線を向けてくるのが感覚でわかった。
「お前は魔法使いに選ばれてしまった以上、必要以上に国民の期待を浴びる事になってしまう。大丈夫か?」
「…何がだよ」
変に気遣うような王の言葉。
一体何に気を遣っているというのだろうか。
そもそも、王の言葉は気遣いの象徴なのか。憐憫ではないのか。
「ははっ。‘何が’なんて、聞く必要はないだろう。お前さんはあの‘大魔法使い’の孫だ。世界史の教科書にも載っているあの魔法使いの孫だ。国民からすればそんな人間が候補勇者に選ばれ、ましてや祖父と同じように魔法使いに選ばれた以上は、‘それなりの結果’を望むだろう。お前はその期待に応える事ができるか?」
無理に決まっている。
なにせ、俺は‘魔法を使えない’。使えないように大魔法使いの祖父に教育された。
そんな人間が魔法使いとしての結果を求められたところで、期待になど答えられない。
並べられた条件情報に反応する形で苛立ちがこみ上げてくる。そのどうしようもない負の感覚を奥歯を噛み締めて堪える。
「約束はできない。期待は裏切る」
嫌味のつもりで言うと、国王は顎鬚を撫でながら満足そうに頷いた。
「いい意味で期待を裏切ってくれる事を願っているよ」
国王は嫌味を返してきやがった。
「さて、これにて、君たちは晴れて候補勇者に認定された!」
両手を合わせて軽快な音を響かせながら、先ほどまでと同じように国王は声をはりあげる。先ほどとは違って台本のような心のこもっていない言葉ではなく、国王の優しさがこもった言葉を吐き出しながら声をはりあげる。
「君たちには明日からひと月、この城にて生活してもらう。その間に知識をたたき込み、最低限の技術特訓をするのだ。そうしてひと月後、門出の儀式を経て君たちは本格的に旅立ってもらう。どうか、君たちの未来を光が照らし続けてくれる事を願っているよ」
それだけを言い終えると、国王は深く息を吐いて最初の時のように気の抜けたようなのほほんとした表情に戻った。
「あ〜つかれた。誰も見てないんだからこんなにしっかりする必要ないんじゃない?」
どうなの?とこの場の全員に問うように国王は言った。
「ダメですよ。娘さんもいるんですからカッコイイところ見せないと」
ケビンが少しだけ弾んだ語調で国王に返す。
「あなたは腐っても国王なんですから、しっかりしておかないと国がダメになりますよ」
カレンの付き添いの女性が叱りつけるように言う。
「腐ってもって君ね〜。これでも頑張っている方なんだって」
叱られた国王はと言うと、口を尖らせてすねるような表情を作って見せた。いい大人が気持ちの悪い表情をしていて、威厳と呼ばれるようなものはそこにはなかった。
「まぁとにかく、君たちは明日から頑張ればいいから、今日は早めに身支度を済ませてゆっくり休んでね。明日の朝も今朝と同じように護衛がそれぞれの家へ迎えに行くから」
それだけ言うと、国王は再び奥の部屋へと戻っていった。
「俺たちも今日は帰ろう」
とケビンが言うと、他の護衛者たちも彼に賛成をして、各々の護衛対象と一緒に順に昇降機で1階へと降りていった。
なんだかんだで俺とケビンが取り残された。
昇降機が昇ってくるのを待つ間、何故かポーラが俺たちをじっと見つめてきた。
その様子が少しだけ気になりつつも、俺は到着した昇降機に乗り込んで帰路に着いた。