第26話:門出(1)
目覚めると、俺はどこかの部屋の中にいた。
背中やら腹やらにふかふかとした感覚と優しい暖かさを感じる。
「知らない天じょ……知ってる天井じゃん」
そこは、16年も暮らし続けた家の自室だった。
てことは、俺は今自室のベッドで寝ていたということか。
寝起きで視界がぼやけたが、目を細めてピントを合わせると、俺にかけられていた毛布は俺の使い慣れたお気に入りの毛布だった。
…俺は、いつからここで寝ていたんだ?
そもそも、俺は自室まで自分で来た記憶がない。
一体、俺はどういう経緯を経てここで眠るに至ったんだ?
「何アホなこと言ってんだよ」
ベッド脇から呆れたようなケビンの声が聞こえる。
声のする方を見ると、左腕を樹脂製補助固定布で固定したケビンが開いた窓の桟の部分に腰をかけていた。
さっきからやけに寒いと思ったら窓が開けられてたのかよ。
まったく。風邪でもひいたらどうするつもりだったんだ。
開いた窓から風が入り込み、白い薄手のカーテンを控えめに優しく揺らす。
外からは太陽の光が差し込んでいいて、その色合いが淡くい事から今が夕方や真昼ではなく朝早くなのだとわかった。
「俺。どのくらい寝てた?」
「一晩だ」
「そうか」
なら、今日は門出の儀の翌日の朝ということになるな。
……いよいよ旅立ちか。
「なんか。何も準備できてねぇなぁ」
弱い頭痛をこらえながら上半身だけ起き上がる。
そんな俺にケビンが優しく声をかける。
「大丈夫だ。お前はやれるだけの事をやったさ」
だから安心しろと、ケビンは腰を上げて俺の元に歩み寄ってきた。
そして、自由に動く右手で俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
ん? いや、撫でてねぇなこれ。
「何だよ! やめろよ!」
大きめの声で拒絶して見せたが、ケビンに頭をわしゃわしゃとされてあまり悪い気はしなかった。
その理由は何となくだけどわかる。
この胡散臭い栗原優吾という男は、俺の中で、俺にとっての二人目の父親のような存在になりつつあるのだ。
違うな。
こいつは、もう俺にとっては兄みたいな存在になっているんだ。
尊敬できて、俺にいろいろなものを与えてくれて、心を許すことのできる信頼に足る人物。
そんな、血の繋がっていない家族みたいな存在になっているんだ。
あー。忘れよ。
なんか自分の考えている事がものすごく恥ずかしい事のように感じる。
「何でお前赤くなってんだよ」
ニッと笑いながらからかってくるケビンの表情はやっぱり優しくて、慈愛のような感情がケビンから俺へと向けられているのだとわかる。
多分、ケビンも俺の事を家族みたいなものだと思ってるんだな。
……驕りすぎか。
「赤くなってねぇよ」
俺も精一杯に不敵な笑みを作り、未だに俺の頭をわしゃわしゃとし続けているケビンの手を軽く払いのけてみせる。
それをケビンは嬉しそうに、甘んじて受け入れる。
初めて、俺たち師弟が通じ合った瞬間だった。…と、思う。
知らんけど。
てか、俺たち別に師弟関係でもないし。
「さっさと目を覚まして準備しろよ。みんなが待ってるぜ?」
そう言い残し、ケビンは俺の部屋から隣接するリビングへと出て行った。
みんな?
みんなっていうと、みんなか?
そうだよな。ポーラだけだったらみんなとは言わねぇよな!
知らない間に着せられていた寝巻きを脱ぎ捨て、旅立つ時に着て行こうと決めていた服装に着替える。
上下スパッツ生地の服にその上からさらに半袖半ズボンを身につけるという服装は、冒険に旅立つ勇者の服装と言うよりは軽運動のために近所へ走りに行く人の服装って感じだ。
勇者とかスパッツ履かねぇだろうな。
体裁は整わないけどまぁ問題ないか。
俺、同じ候補勇者でも役職は魔法使いだし、別にらしくする必要はないだろ。
……最初に配布された勇者服はどうしようか。
まぁ、どうせ使わないし置いていこう。
「さすがにこの格好はねぇか」
椅子にかけられていた小汚い色合いの新品のローブを手に取り、身につけた服の上からかぶる。
昨日の戦闘で穴が開いて血が染みていたから、ケビンが新しいものに差し替えてくれたんだろうな。
感謝しないと。
「……あれ?」
ローブをかぶったすぐ後、思い出すように気づいた。
慌てて上の服を全て脱ぎ捨て、部屋の隅に置いてある大きな鏡を使って確認する。
「怪我が…治ってる」
矢が刺さって肉がえぐられ、ぽっかりと穴が開いたはずの右肩。
だけど、その場所から怪我やら治療した後やらはなくなっていて、まるで何事もなかったかのように綺麗な状態になっている。
ポーラのあの薬が効いたのか?
だとしたら、アイツもかなり凄いな。
レオとカレンは戦闘能力が高く、ポーラは治療の能力に長けている。
みんな、役職に見合った能力を確かに持っていて、優れた候補勇者だと言えるだろう。
それなのに俺ときたら…
「まだ、魔法使えねぇもんな」
この先、魔法など一生使えないのだとわかっている。
けど、もしかしたら奇跡があるのかもしれないと思って、俺は願うようにつぶやいた。
魔法のような奇跡が起きて、俺に魔法を使う事のできる能力が与えられますようにと願い、俺はつぶやいた。
「おい。早くしろよ。みんな待ってるって言ったろ?」
扉がノックされ、ケビンが急かすように言ってくる。
「ああ。すぐに行く」
それだけ返し、俺は前々からまとめてあった魔術師としての荷物カバンを背負った。
ドアノブに触れ、ふと部屋を見回す。
16年間暮らした家のここ6年くらい使った部屋だ。
思い出せば懐かしいな。
昔…というか、6年7年前あたりに周りの子達の話を聞いて「俺も自分の部屋が欲しい!」って駄々をこねたっけな。
それで、駄々をこね続けた俺に両親はこの部屋をくれたんだっけ。
元々は祖父のものだったこの部屋を。




