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世界再編と犠牲の勇者譚  作者: 人生依存
或る魔法使いの物語 第2章 第二次革命未遂事件編

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第24話:第二次革命未遂事件(15)


 レオやカレンも走るのが十分早かったが、ケビンは二人とは比にならないほどだった。

 わずか10メートル弱の距離だが、ほぼ一瞬で駆け抜け、あっという間に邪竜事象ファヴニールの前足を伝い、その背に登ってしまう。

 とても、普通の人間が出せる速さじゃない。


「はい。これ飲んで」


 アリスが同じ形状の錠剤を2錠渡してきた。


「これは?」


「精神安定剤みたいなものよ」


「そうか」


 ありがとうと断りを入れ、その錠剤を口に放り込む。

 味はしなかった。

 水が無くて少しだけ苦戦したけど、何とか飲み込んだ。


 本当に効果があるものなのかはわからないが、精神安定剤だと言われて渡された薬を飲んだことで、気持ちがいくらか落ち着いて冷静になることができた。

 まぁ、そんなにすぐに薬が効くはずないからただの思い込みだってことはわかってるんだけどな。


 革帯ベルトか何かにくくり付ける形で腰に取り付けてあった長剣が収められている鞘を腰から取り外し、右手での部分を握ってゆっくりと長剣を鞘から抜き取るケビン。

 その様子を、ウィークは警戒するように見ている。


 ケビンがかつて使っていたと思われる使い古された様子の長剣は、通常の長剣とさほど長さが変わらず、刃渡りは110センチから130センチほどだった。

 けれど、刃渡りが通常である代わりに刃の幅というか、剣の幅が通常のものよりも狭かった。

 つまりは通常よりも細身の長剣だったというわけだ。


 ウィークが攻撃を仕掛けてこないのを確認し、ケビンは自身から攻撃を仕掛ける為に動いた。


 ケビンは必要の無くなった鞘をウィークに向かって投げつけ、ウィークは何でも無いような顔で鞘を避ける。

 が、その避けると言う動作一つがあればケビンにとっては十分だった。


 一瞬だけ体の力を抜き、僅かな前傾姿勢で重心が前方に移ったタイミングで爪先にぎゅっと力を入れるケビン。

 次いで足の甲からふくらはぎ、太ももへと順に力を入れ、ぱっと見ではほとんどノーモーションの状態で最高速まで加速する。


 飛んできた鞘を避けたウィークは注意が鞘へと向いており、避けたのちにケビンへと注意を戻した時には、文字どおり鼻先の位置にケビンの振り下ろした剣の剣先があった。


 それだけで仕留めることができたと思ってしまうほど、ケビンは慢心をしていない。

 

 剣を振り下ろす動作を続けたまま、地面を…邪竜事象ファヴニールの背を蹴って小さく飛び上がる。

 当然のように、ケビンの手には振り下ろした剣がウィークの頭を切り裂くと言う感覚は伝わってこなかった。

 またウィークが瞬間移動をしたのだ。


 だが、それはケビンの想定どおりだった。


 今はもう金持ちの道楽となった氷上滑走スケートのジャンプのように空中で1回半の回転をすると、着地するなり長剣を投擲した。

 つい一瞬前まで自分が立っていた場所のすぐ背後に当たる位置目掛けてだ。


 その場所には瞬間移動で姿を現したウィークが居て、投げた長剣は攻撃を避けたと思って安心した様子でいるウィークへと襲い掛かる。


「クッソ!」


 間一髪で再び瞬間移動をし、ケビンの攻撃を避けるウィーク。

 剣はカラカラと音を立てて邪竜事象ファヴニールの首根っこの辺りへと転がり落ちる。

 次の移動先は邪竜事象ファヴニールの頭部だった。

 

 さすがに距離が距離なだけあり、ウィークの移動先を予測して瞬時に先回りの攻撃をすると言うことはできないようで、仕方なしにケビンは邪竜事象ファヴニールの頭部を目掛けて走りだす。


切替スイッチ命令コマンド


 ウィークの言葉に反応するように、邪竜事象ファヴニールが低いうなり声をあげる


「暴れてアイツを振り落とせ! アイツが背から落ちたら踏み殺すんだ!」


 再び違和感の無いなめらかな発声に変わったウィークが余裕のなさそうな声で指示を出すと、邪竜事象ファヴニールは「ヴァッ」と短く吠えて返事を返し、暴れ出した。


 戦闘が開始してすぐの頃の動きが嘘であったことを主張するように、ピョンピョンと飛び跳ねてなんども地面を踏みしめながら、時折姿勢を低くして体を震わせてみせる。


 まるで水遊びの後に体についた水滴を払う犬みたいだな。


 肩だか胸部だかを起点に身を震わせ、震えの伝播で水を払う。

 そんな犬がよくやるような動きを邪竜事象ファヴニールは時折みせる。


 あまりの激しい動きに、剣を拾ったばかりのケビンは邪竜事象ファヴニールの背から振るい落とされてしまう。


「危ない!」


「大丈夫よ。ちゃんと見てなさい」


 つい、ケビンの元へ向かおうと体が動いてしまい、アリスに制止される。


「どうして止めんだよ!」


「必要が無いからよ」


 そんなアリスの言葉が正しいとでも証明するように、ケビンはすんなりと地面に着地をする。


「よく見ていなさい。これはケビンがあなたに向けた餞別せんべつみたいなものだから」


「それはどういう…」


「さっきね、ここに向かう直前にケビンが言ってたの。『アイツは才能が無いが、バカじゃない。俺の戦う姿を見せて、正解を示してやらないと』ってね」


「なんだよ…それ……」


「さぁね。私にはケビンがどういうつもりでそんなことを言ったのかわからないし、ケビンが言った言葉の意味も想像できない。けど、ケビンが望んでいたんだから、あなたはケビンの元に向かうんじゃなくてここで彼の戦いぶりをしっかりと見なきゃ」


 あの人、久しぶりに頑張っているんだから。


 そう締めくくられたアリスの言葉はまるで想い人への恋文のようだと思った。

 こう…うまくは言えないけど、ただの友達だとか仲間だとかに向けるものよりも、いくらか言葉の調子が優しかった。


わりぃな! 借りるぜ!」


 と、カレンの元から片刃の長剣を拝借するケビン。

 そのついでに自分の剣を土道つちみちへと突き刺す。


 つーか、カレンはよくあの位置にいて踏まれずにすんでるな。

 あんだけ邪竜事象ファヴニールが暴れてたんだから踏み潰されていてもおかしくは無いだろ。


 ……いや、さすがにそれは不謹慎だな。

 踏み潰されなくてよかったよ。


 ケビンは俺と同じように腹の下にもぐり、胸部の辺りをカレンの長剣で思い切り切りつけた。

 

「無駄ダゼ! 剣ハ通らない!」


 中途半端に片言カタコトで、ウィークがケビンへと吐き捨てる。


「言ってろ」


 煽りを鼻で笑い飛ばし、邪竜事象の皮膚に触れた剣をそのまま振り抜く。

 すると、俺の時とは違ってすんなりと刃が通った。


 胸部が一部だけではあるがパックリと開き、そこから茶褐色の透明がかった液体が大量に噴出する。

 

 あれが竜種ドラゴンの血の色なのか。

 まぁ、もしかしたら邪竜事象ファヴニールだけかもしれないけど。


 降り注ぐ邪竜事象ファヴニールの血を交わし、そのまま右の前足へと駆け寄って同じようにカレンの長剣を振るう。

 すると、次は刃が通ったのになぜか傷がつかなかった。


 まるで、ケビンの振るった剣が邪竜事象ファヴニールの右前足をすり抜けたかのようだった。

 いや、現にあれはすり抜けていた。

 少なくとも俺の目や頭はそう認識していた。

 ケビンの攻撃が邪竜事象ファヴニールをすり抜けたのだと認識していた。


「へ…ハハハ! なんだよソレ! 斬れてないじゃねぇかよ!」


「いいや。斬れてるね」


 ケビンの言葉を裏付けるように、刃がすり抜けたはずの右前足からボキッという鈍い音が響き、邪竜事象ファヴニールは少しバランスを崩し、ふらつく。

 見れば右前足は本来曲がるハズの無い方向に曲がっている。

 内側を斬られて自重を支える事が出来なくなった右前足が、自重に潰される形で関節を無視した方向へと折れ、曲がったのだろう。


「……! 何ヲした」


「ハッ! 斬っただけだぜ?」


 今度は右の後ろ足に向かって走りだす。


 なるほど。

 俺たちが実践しようとしていた作戦をケビンは一人でやってのけようとしてるのか。


「本当…アイツすげぇよな」


「ええ。ケビンは凄いわよ。まったく私たちの参考にならないほどね」


 右後ろ足にたどり着き、剣を構えたケビン。


「……やっべ!」


 だが、ケビンは構え、振り上げた剣を振り下ろすことはせず、動きを中断した。

 そして、バックステップで邪竜事象ファヴニールの右後ろ足から距離をとる。

 何気にウィークも邪竜事象ファヴニールの頭から近くの民家へと移動している。


 …どうしたんだ?

 二人とも様子が変だぞ?


 互いに互いへと向いていたハズの注意が完全に別方向に向いている。

 

 二人の視線を辿るように追うと、二人は邪竜事象ファヴニールの背後を注視している事がわかった。

 が、そこには虚空があるだけで何も無い。


「あれ、何してるんだ?」


「ちょっとマズイかもしれないわね」


「は?」


「ケビン! 二人を連れてそこから離れて!」


 叫ぶアリスの声は焦燥の色に染まっている。


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