第23話:第二次革命未遂事件(14)
見慣れぬケビンの雰囲気に、筋肉が硬直して金縛りのような感覚に襲われる。
蛇に睨まれたカエルがなるやつと結構近い感覚なんじゃ無いだろうか。
ケビンがウィークの首を掴んでいる左手に入れる力を増し続けているのは、ウィークのうめき声が少しずつ大きくなっていくので察する事ができた。
……ん? 左手?
あいつ、左手大丈夫なのかよ。
着地の時に痛めてたじゃねぇかよ。
そんな俺の心配など意味が無いとでも言うように、ケビンはなおも手に込める力を強めていく。
「ンギィィィィィィ」
ウィークの苦しそうな声は、半音ずらして音が二重で重なっているような不思議な声だった。
「ハッ。小竜の枷を外したところで無駄だぜ? なにせよ−」
ちらりと、ケビンが米国王城の方角を見る。
つられるように俺とポーラ、ウィークもそちらを見る。
その方角は小竜の群れが飛んできている方角だった。だが、
「……ちょっと待てよ。小竜はどこに行ったんだ」
視線の先に、小竜の姿は一つとしてなかった。
ウィークの心情を代弁したような俺の言葉の答えあわせをするように、ニヤリと笑いながらケビンはいう。
「あの小竜どもは俺の頼れる仲間たちが相手をしてくれたんだ。生き残ってるハズがねぇだろ」
自信に満ちたその言葉に、アリスは‘うんうん’と首を縦に振って頷く。
「……! ………!! …!」
何かを言いたげに口をパクパクと動かすが、喉を締め上げるように掴まれているために声など欠片も出る様子が無い。
本格的に焦り出し、ジダバタと暴れるウィークだが、その様子をケビンはやはり憐れむような表情で見ており、溜め息とともに手向けの言葉を吐き出した。
「もう死ねよ」
そんな、手向けなんて言葉が相応しくない感情的かつ非人道的な手向けの言葉だった。
肩の側から順に、ケビンの腕に力が入るのが目視でわかる。
力が伝達していき、首を掴む手のひらに力が到達したところで、ウィークは瞬間移動を使った。
邪竜事象の背に瞬間移動したウィークは、首についていた人間の腕を…銀色の籠手を身につけた肘から先の部分だけの左手を忌々しそうに剥がし、放り捨てた。
バウンドする事なく地に落ちたその腕を、邪竜事象がすかさず食べ、咀嚼する。
…そういえばそうだ。
ウィークは瞬間移動をする事ができたんだ。
なのにどうして今の今まで瞬間移動を使わなかったんだ?
もしかして、使用制限とかそういった感じのものがあるのだろうか。
いや、それよりもだ。さっきウィークの首にくっついていた、肘から先だけの籠手のついた左手は誰のものだ?
そんな答えのわかりきっている疑問を俺は抱いた。
どうして答えがわかりきっているのに、疑問を疑問として脳が処理しているかについては当事者である俺にしか理解できないと思う。
理由は単純明快だ。
信じたく無いからだ。
その事象が虚実ではなく現実であると信じたく無いからだ。
だからほら。左腕の肘から先を失い、その傷口から赤黒い血をドバドバと垂らすケビンの姿から、苦しそうに顔を歪めるケビンの姿から目を逸らしてしまう。
そんなにあっけなく、自分に生き残るための術を教えてくれた師匠のような人物が負けてしまうものなのか。
飄飄とした様子で胡散臭かったが、それでも確かに強かったケビンが倒れてしまう事なのか。
信じたくも無いし考えたくも無い。
と言うか、ウィークはどうやってケビンの左腕の肘から先を切り取ったんだ?
切り取ったかはわからないけど、傷口が歪じゃなく綺麗なことから、切り取ったのだとしか考えられない。
そうじゃなきゃ、傷口があそこまで綺麗なはずが無い。
じゃあどうやって切り取ったのか。
…わからないけど、想像はつく。
俺たちの知らない能力をウィークは持っていて、それでケビンの左腕を切り取ったのだろう。
何にせよ絶望的じゃ無いかよ。
強いはずのケビンが負傷して、敵はさらに力を隠している。
もう、勝てる気がしなくなってきた。
むしろ負けるような気がしてきたほどだ。
ポーラは目の前の光景をどんな風に見ているのかと思い、彼女の方をちらりと見る。
まぁ、だいたい予想どおりだった。
ポーラは両手で頭を抱えながら、繰り返すようにケビンと倒れているカレンの姿を見ていた。
肩は震え、女の子座りで完全にへたり込んでいる。
こんな時でも、街に吹く微風に揺れるポーラの金髪は綺麗だったし、その際に運ばれてくる彼女の香りもいい香りだった。
…なんだこれ。
なんか俺が変態みたいじゃねぇかよ。
「アリス。頼む」
肘から先だけだが、腕が片方無くなったと言うのにケビンは冷静な様子だった。
「本格的な治療はあとでするから。無茶はしないように」
「無茶してこその勇者だろ」
「あんたはもう勇者じゃないでしょ。勇者になれなかった落ちこぼれよ」
「お互い様だろ」
互いに軽口をかわしながらも、アリスはレディーススーツのポケットから布袋を取り出し、中に入れてあった薬の厳選を始める。
「痛みは」
「一周回って何も感じないね」
「そう。何が必要?」
「無くなった腕」
「強化は?」
「必要ねぇ。あれさ、次の日に響くから使いたくねぇんだよ」
「あっそ」
そして、いくつかの錠剤をケビンに渡し、ケビンは渡された錠剤を水なしで飲み込んだ。
「俺はオッケーだぜ」
「じゃあ行くわよ。制限時間は10分だから」
「5分もかからねぇよ」
「流石じゃない」
少し嬉しそうな様子で、アリスは腰に取り付けてあった革製収納袋から不思議な模様が描かれた長方形の紙を一枚取り出した。
なんだあれ。銃用の革製収納袋でも短剣用の革製収納袋でも無いのかよ。
アリスの腰に取り付けられていたのは、ぐるりと腰を一周する革帯に、等間隔で小さな革製の箱のようなものが取り付けられているタイプの革製収納袋だった。
いや、収納袋と言うよりは収納箱の方が表現としては正しいのかもしれない。
合計で8つ取り付けられているその収納箱はどれも同じ形で、アリスが取り出した紙と同じような長方形をしている。
きっと、あの革製収納箱には全部同じようなものが入っているのだろう。
アリスは取り出した一枚の紙を…不思議な模様の描かれた長方形の紙をケビンの傷口へと貼り付けた。
紙は当然、血に濡れてしなしなと赤く染まってゆく。
「起動!」
叫ぶようにアリスが言うと、ケビンの傷口から流れ出る血が止まった。
「……なんだよそれ」
思わず口を挟んでしまった。
けど、ケビンもアリスも答えてはくれない。
目の前で起きた現象を信じられなくて、頭の回転が少し鈍り出す。
あれは一体何をしたんだ?
何が起きてケビンの腕の傷口は血が止まったんだ?
鈍った思考を必死で回転させる俺の目に、さらに衝撃的な出来事が映った。
血の止まったケビンの傷口から赤い泡のようなものが大量に溢れ出てきた。
それが急速増殖をしたケビンの肉である事など、後に聞くまでは理解ができなかった。
泡はどんどん増えて行き、重力などまるで無いものであるかのように手の形を形成する。
次いで大粒な泡が割れ始め、キメの細やかな泡ばかりなったところでケビンは左腕を持ち上げ、思い切り振り下ろした。
真っ赤な泡が剥がれ、飛散する。
「よし、こんなもんか」
ケビンの左腕に、無くなったはずの肘から先の部分があった。
いや、生えてきていたと言う方が正確なのかもしれない。
ただ、俺は目の前で繰り広げられた光景の何一つをも理解できなかった。
どうしてケビンの腕が生えてきたのかだとか、あの紙はなんだったのかだとか、泡の正体だとか。
何一つとして、俺の拙い脳みそはそれらの情報を受け止めなかった。
こんなことはありえないと目の前で起きた出来事を否定した。
仕方の無いことだと思う。
だって、
「そんなの魔法じゃねぇかよ」
愕然とした様子の俺に、アリスが小さく微笑む。
ただ、微笑むだけにとどめてそこから先、何かを語ってくれるわけでは無かった。
「じゃあ行ってくるぜ。アリス。ケイタにあれを飲ませてやってくれ」
それだけ言うと、ケビンは走り出した。




