第20話:第二次革命未遂事件(11)
こういうのは良くないかも知れないですが、書いておきます。
人によってゴブリンを匹と数えたり体と数えたり、数え方に差があります。
それは誤字とかではなくワザとそうしてあるものであり、ちゃんと意味があるものです。
いわば伏線です。
ですので、その辺りを意識して読むと、また面白い事に気づくかも知れませんね〜。
何度もなんども、ウィークは執拗にレオの頭を踏みつける。
その度にレオの額が地面にこすりつけられ、伴う形でレオが苦しそうな声を上げる。
「どうして俺たちが負ける事を前提に言うんだ?」
ウィークが言っているのは、レオが魔王軍による今回の襲撃を革命未遂事件だと言った事に対し、どうして革命が未遂に終わるんだ? 失敗する事を前提にしているんだ? と言うことだろう。
少し前まで飄飄とした様子…どこかケビンと似た雰囲気だったのに、たかだか襲撃が失敗に終わると言われただけでここまでキレるものなのか?
それじゃあまるで、自分でも失敗が前提であることを確信してしまっているようじゃないか。
図星を突かれた人間がキレるのと同じようなもんじゃないか。
「それは…。お前たち…が、魔族だからだ」
レオは頭を魔王軍幹部のゴブリンであるウィークに踏まれたまま、何かを堪えるように言った。
堪えるようにと言うのは、剣を持っていない左手を力強く握りしめていて、吐く声が震えていたから俺が勝手に解釈しただけだ。だから勘違いかもしれない。
「魔族だと負けるのか?」
「そうだ。魔族は負けるものだ」
「へぇ。そりゃ面白い事を聞いたな。だったらさ、勇者が負けたらそいつは魔族って事になるのか?」
「いけない!」
薄ら寒い空気を感じ、カレンが焦ったように長剣を振り上げた。
「動くな」
冷え切ったウィークの声は脅しとしては十分に効果を発揮して、「動くな」と言うたった一言でカレンは剣を振り上げた状態のまま静止せずには居られなかった。
当然、俺も革製収納袋の短剣を抜き取ろうとする途中で静止した。
「大丈夫だって。俺は武器を持ってきてねぇんだ。今ここでコイツを殺すようなことをしねぇよ。俺はな」
俺は今お前たちの勇者を殺すようなことはしない。
ウィークの口から放たれたその言葉に俺は違和感を感じた。
………‘俺は’?
まるで俺は殺さないが別の誰かが殺すみたいな言い方じゃねぇかよ。
そして、俺の解釈は不幸なことにも正しかった。
「俺はお前たち候補勇者を殺すようなことはしねぇよ!」
ウィークが笑いを堪えながら言う。
ただ、口角が上がっていたり小さく息が漏れていたりと、笑いを完全には堪えきれていない。
「なにせ、俺が殺さなくてもお前たちはここで死ぬわけだからなぁああ!!」
汚い声で高笑いするウィークに呼応するように、俺たちのすぐ近くにあった民家を破壊しながらソレは姿を現した。
「な…なんで……」
爬虫類のような独特な鱗質の肌と切れ長の目。
四肢は樹木の如き猛々《たけだけ》しさで、体躯は俺たち人間の3倍近くの大きさを誇っている。
爪やら牙やらは鋭く尖っていて、俺たち人間を貫き殺すなどソレにとっては容易であることを分からされる。
ソレを見た俺は足が震えた。
ビビってんのかとバカにしたいならすればいい。
けど、腰を抜かさなかっただけよく頑張ったと褒めて欲しいものだね。
ソレに恐怖を感じるのは人間として当然のことだ。むしろ、恐怖を感じない方がどうかしている。
だから俺の足が震えるのは間違いでは無いし、恥ずべきことでも無い。
仕方ないだろう?
人間はソレに…竜種に抗う術など持っていないのだから。
「いいか? よく聞けよ候補勇者。俺は少しだけだがお前らのことが気に入りそうだ」
「ハッ! 何が‘気に入りそうだ’だ。願いさげだね」
「黙れよ。俺が喋ってんだ」
「ぐぁっ!」
再び、ウィークがレオの頭を踏みつけた。
見ればレオは額から血を流している。
「そこでだ。お前たちにチャンスをやる」
「…チャンスってなんだ?」
レオに代わって俺が問う。
「今から、その竜種と戦って勝てたのなら、お前たちを殺さずに見逃してやるぜ」
は? 何言ってんだコイツ。
俺たちにソレと…、竜種と戦えって言ってるのか?
何をバカなこと言ってんだ。俺たち人間は弱い生き物なんだ。
竜種と戦う術なんて持っていない。
そんなの…無理だとわかりきってるじゃねぇかよ。
今度こそ俺は地面にへたり込んでしまった。
見るとカレンは剣を鞘に収めており、その顔は青ざめている。
俺と形は違えど彼女も戦意が失せているようだ。
目の前に現れた理不尽。それと戦えと言う理不尽。
屈せずに居られるわけがない。
普通なら心が折れてしまうものだ。が、一人だけ例外が居た。
「その場合は殺さないじゃなくて殺せないんだろ?」
レオが笑いながら言う。
いつも通りの犬歯をむき出しにした獰猛な笑みだ。
「まぁそうなるな」
レオの頭から足を離し、ウィークは竜種の元へと歩み寄る。
「紹介するぜ、こいつは試作型の邪竜事象だ」
腹を唸らせ、バカみたいな量の息を鼻から吐き出す竜種の足を手のひらでパンパンと二度叩き、ウィークは自慢げに語る。
「きっとお前たち無知な候補勇者は邪竜事象がなんなのかとか、試作とはどういう事かとか、色々いろ聞きたい事があるだろう。けどな、その辺の疑問を今は我慢して欲しい」
「‘今は’って事はいつか知る事ができるのかよ」
剣を地面に突き立て、額から血を流したままレオがふらふらと立ち上がる。
「そうだ。この場を生き延びて魔王城に来る事ができたのなら、お前たちは全てを知る機会を得る事ができる。そうすれば邪竜事象やら‘試作’やらについても詳しく知る事ができるぜ」
「なるほどな。じゃあとりあえず今はこの場を生き延びないとって事かよ」
「ああ。そうなるな」
「そういう事なら話が早いな」
嬉しそうな表情で、レオが剣を構えた。
その様子を見て、ウィークも嬉しそうな表情になる。
「じゃあ頑張れよ。俺はどこかで見物させてもらう」
次の瞬間、ウィークは俺のすぐ目の前に居た。
さっきと同じ瞬間移動だ。
ウィークは俺の胸ぐらを掴んで引っ張ると、耳打ちをしてきた。
「早く倒さねぇとお前たちはどんどん苦しむ事になる」
空いた方の手で街の中心方向を指差す。
苔色の皺だらけの手で米国王城がある街の中央を指差す。
「ほら。増援だ」
ニタリと卑しく笑うウィーク。
彼の指差す方を見て、今度こそ戦意が完全消滅した。
と思ったのだが、あまりの危機に消滅したはずの戦意が戻ってきた。
一周回ったという感覚だ。
人間の生存本能とかその辺りが原因だろう。
ウィークの手を払いのけ、立ち上がる。
「お前たちはさっき、100人越えのゴブリンたちを倒したわけだ。じゃあ、100機越えの小竜が相手で同じように行くかな?」
視界の遥か先に、こちらに向かって飛ぶ竜種の群れが映っている。
俺たちのすぐそばにいる邪竜事象よりもいくらか小ぶりで、肉付きが悪いと言うか、骨ばった感じの体つきをしている。
言ってしまえば邪竜事象よりも弱そうなのだが、それでも竜種だ。
しかも、ウィークの言葉が正しければ100匹以上いるワケで、それほどの量の竜種がこちらに向かって飛んできているとなると、命の最後の瞬間を悟らずにはいられなかった。
「…何よ、あれ」
いつものような自信に満ちた表情などとっくに剥がれ落ちてしまっているカレンは、泣きそうな声で言う。俺と入れ替わるような形で、今度はカレンがへたり込んだ。
それを見たウィークはより一層、笑みを歪める。。
「アハハハハ! 何って、言ったろ? 増援だよ増援」
「もう…無理じゃない」
「無理じゃねぇよ。何をらしくない事言ってんだ」
レオがカレンに呼びかける。
…俺も乗っておくか。
「そうだぞ。レオの言う通りだ。カレンはそんな弱気な人間じゃねぇだろ」
「立てよカレン。そして剣を握れ。構えろ。お前よりも弱いケイタがまだ折れてねぇんだ。だったらお前が折れる道理はないだろ」
何それ。その理論めちゃくちゃじゃん。
俺の戦意が消失していないなら俺よりも強いやつが戦意消失するはずないって事だろ?
全っ然理に適ってないじゃねぇかよ。
てか、当然のように俺を弱いって言うんじゃねぇよ。
まぁ事実として俺は弱いんだけどさ。
「もうすぐポーラがケビンやアリスを呼んできてくれる。だからそれまで耐えれば何とかなるはずだ。けどな、俺とレオじゃあどうしても役者不足だ。だからカレンにも戦ってもらう必要がある。言い方を変えればカレンが戦ってくれれば俺たちは全員がほぼ確実に生き残る事ができるんだ」
「ポーラがってのは本当?」
「ああ。本当だ」
「だったら尚更、ここで立って戦わなきゃならねぇよな」
「…ええ。そうよね。ポーラが戦っているんだもの。私も戦わないと‥‥!」
立ち上がり、身の丈よりも遥かに長い片刃の長剣を鞘から抜き取るカレン。
額の血を拭い、右手で剣を構えたまま、左手で近くに落ちている盾を拾うレオ。
…俺も、戦闘態勢に入るか。
レオを見習って近くに落ちていた盾(ゴブリンが使っていた奴)を拾おうかと思ったが、それを拾ったところで盾で自分の身を守りながら戦うとかいう器用な事はできない。
だからおとなしく両手で剣を握って姿勢を低くし、構えた。
「で、茶番は終わったのか?」
燃えるものが燃えきった事で炎が姿を消した街の中。
ウィークは燃えずに残っていた民家の屋根へといつの間にか移動していた。
また、瞬間移動を使ったのだろう。
「ああ。ママゴトは終わったぜ。来いよ」
魔族さながらの表情でレオが獰猛に笑う。
「じゃあ始めようか。今回の襲撃最後の戦いだ。せいぜい死ぬなよ?」
それだけ言うと、ウィークは姿を消した。
瞬きの合間に姿が消えた。
「ハッ!死なねぇさ。だって、俺は勇者なんだからな」
「候補勇者な」
「候補勇者の勇者役ね」
「そこは別に指摘しなくていいだろ」
俺たち3人は互いに顔を見合わせて小さく笑った。
リラックスできている証拠だ。
いい傾向だな。
邪竜事象を倒せるのかはわからないが、この雰囲気ならそれなりに善戦はできるだろう。
そしたら、どこかのタイミングで逃げるチャンスも来るかもしれない。
とにかく戦ってみない事にはわからない。
「よっしゃ行くぜ! 作戦は特に無しだ! 好き勝手にやれ!」
「ええ!」
「わかった」
レオが真っ先に走り出し、それを合図に俺とカレンも走り出す。
手のひらには自分でも驚くほど汗が滲んでいた。
崩壊した街並みに、邪竜事象の低い咆哮が轟いた。




