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世界再編と犠牲の勇者譚  作者: 人生依存
或る魔法使いの物語 第1章 前日譚編
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第1話:候補勇者(1)

 その通達が家のポストに入っていたのは年が明けて二ヶ月ほど経った春先のことだった。


 いつものように家先のポストに入っている郵便物を取りに行くと、複数いれられていた茶封筒に紛れ、真っ白な封筒が入れられていた。バラをかたどったシールで封をされ、差出人のところには勇者ヒーロー認定課と書かれていた。今のご時世、学校に通い始めた以上の年齢の人間ならば誰もが知っている名前だった。


 勇者認定課は言葉の通り、勇者を選定して認定する組織だ。それは現存する20の国が協定によって定めた勇者ルールというものに基づいてすべての国が人材を出し合って組織されたものだ。

 認定課によって指名された人間はおよそひと月の期間の後、その年の候補勇者として旅立たなければならない。そういう決まりだ。


 何のために旅立つかなんて無粋な話はする必要ないだろう。

 勇者が旅立つ目的なんて一つしか無い。


 今を生きる人間ならば皆、勇者が旅立つ目的を多少なりだが理解している。

 そもそも勇者とは何なのか。その定義は元の語源を辿ればまた異なる意味を指す事になるのだろうが、西暦が終わりを告げる100年ほど前にその言葉の意味は現在使われる意味合いに確定した。



 勇者。



 それは魔王を倒す存在であり、最も強い人間を指す。より正確には、魔王を倒した人間が勇者として定義される。

 つまり、勇者が旅立つ目的は古くからの定義で言えば魔王を倒すことであり、現在の定義で言えば候補勇者が旅立つのは魔王を倒して勇者になることが目的となる。


 定められた勇者ルールによれば勇者に成る事ができた人間はある程度の安定した生活が保障され、長い歴史に名を刻む事ができるとされている。


 勇者に成る事自体やその副産物にあまり魅力的なものは無い。得られるものと失うもののバランスが対等ではないからだ。けれど、皆が皆、勇者に成る事を夢に見ている。

 それは学校教育という都合の良い場で、皆がそう思うように育てられているからだ。


 だから俺も例外ではなかった。昔、勇者に成った人間と同じチームに居て、勇者と共に魔王を倒したという祖父の話を聞き、俺は勇者というものに興味を持った。憧れの念を持った。もし機会があって、俺が候補勇者として旅立つ事があったのなら、仲間を切り捨ててでも最後まで生き残り、必ず勇者になってやろうと思っていた。

 


 その場でバラのシールを剥がして封筒を開けると、中には金のようなもので装飾が施された厚手の値が張りそうな紙が一枚だけ入っていた。


「は…はははは!」


 そこに書かれていた文字列を見て、俺は笑う事しかできなかった。


 いつか、俺の頭を撫でた祖父の指が足りない歪な手のひらの感覚を思い出した。

 昔は大好きだった、今は憎くて憎くてたまらない祖父の事を思い出した。


『西園啓太様 祝福されるべき事に、あなたは今期の候補勇者に選ばれました。あなたに与えられた役職は‘魔法使い’です。詳細の説明や手続きがありますので、3月2日に米国王城まできてください』


 すぐ明日の事だった。

 きっと、通達がきた他の人間たちはすぐに家族に報告をして、喜びや悲しみを分かち合うのだろう。もしくは、家族が先に通達を見つけて同じような感情を分け合うのだろう。


 けれど、俺はそうではなかった。なにせ、祖母はすでに他界しており、祖父は現在失踪中。両親は雑誌の記事を書くライターをしているため、危険を顧みず全国を飛び回っている。兄弟はいない。


 封筒を持ったまま家の中に戻ると、いつものような静寂が俺を待っていた。

 家の固定電話を使って両親に連絡を入れるべきなのか少し悩んだが、まだ旅立つわけでは無いのだから大丈夫だろうと結論付けた。


 この日、俺は異常に気分が高ぶってまともに寝る事ができなかった。



「おはようございます。ニシゾノケイタ様、お迎えにあがりました」


 朝、いつものように郵便物を取りに出ると、扉を開けたすぐ前に若い男が立っていた。若いと言っては語弊があるかもしれないが、20代半ばだろう。あくまでも、16の俺よりは年上だった。


 男はスーツに身を包み、短い栗色の髪の毛をワックスでオールバックに固めている。男は俺に迎えに来たといい、名刺を差し出してきた。

 勇者認定課米国支部。名刺にはそう書かれていた。

 男の名前はケビンというらしい。ケビン・メッセンジャー。それが名刺に書かれていた彼のフルネームだ。

 もの凄く胡散臭い。胡散臭さの権化のような人間だ。


 ケビンが言うには候補勇者は旅立つ直前まで護衛つきびとがつき、身辺の世話などをしてくれるものらしい。俺の場合はケビンがそれに該当するとケビンが語った。

 そうやって、俺たちには身支度や訓練などに時間を費やし、万全の状態で旅立ってほしいと言うことだそうだ。あと、原則として、間違いが起きないように異性の人間が候補勇者のお付きになる事はないそうだ。


 米国王城に向かう準備をしてくれと言うケビンに急かされるようにして、俺はしぶしぶながらも予定より早く身支度を済ませて家を出た。



 俺が暮らしているのは米国アメリカだ。


 かつて、‘奴ら’の手によって人類は大きな損害を受けた。結果としてそれまで続いていた西暦の人類史は終わりを告げる。


 西暦が終わった以降、1国1都市と言う原則が生まれ、すべての国がそれに従って国の再建を行なった。だが、アメリカと中国は例外的に複数の都市を基盤として再建を行なった。


 この例外が公式的に認められているわけでは無い。現存の国々は認めてはいないものの、口を出して指摘をしない以上は黙認という共通認識になっている。アメリカが抱える都市は5つ、中国は2つだ。だが、そんな事はどうでもいい。

 とにかく、俺が暮らすのはアメリカだ。その中でも、原初に近いとされる場所。原点という意味合いの名前を持つ街、‘オリジン’だ。


 オリジンはラスベガスと呼ばれる現在の基幹都市のはるか南部に位置する都市だ。そして、米国の国王は何故か基幹都市ラスベガスではなくオリジンに居城を構えている。


 俺はケビンの用意した車に乗り込み、廃れて文明と呼ばれるものが失われつつある町並みを眺めながら彼の運転で米国王城へと向かった。


 視界を流れる町並みはどれもこれもが西暦の終わりの頃と比べると劣っている。

 建築物の基本材料は木材であり、昔のようにどこにでも電波が通っていて携帯電話を使う事ができるというわけでは無い。と言うかそもそも、携帯電話などこの街には普及していない。電気は街全体に通っているものの、そもそもその電力の使い道など部屋や街を照らす明かりぐらいだ。


 道路すら整備されておらず、はるか昔のようにガソリンを使って走る車たちはガタガタと大きな音を立てながら不安定に道を行く。

 街並みが流れる奥には街を覆い囲う巨大な塀が見える。塀の高さは成人男性の平均身長を基準に10倍の高さだと聞いた事がある。


 今のご時世、塀は欠かせない。これがなければ魔物にあっさりと街が蹂躙されてしまう。人間なんて弱小な生物よりもはるかに強い力を持った魔物に簡単に殺されてしまう。だからこそ、現存するすべての国々はあのような塀を設けて外部からの進行を防いでいるのだ。



 20分ほど車で走ると、道路は舗装されていない砂道からレンガで申し訳程度に舗装された道へと変化した。それと同じくして、走る車の正面に巨大な木造建造物が見えてきた。米国の王族、アクター家が住んでいる米国王城だ。派手な飾りなどはなく、あまりにも質素な見た目だった。


 もう何度か王城は見た事があったが、王城と呼ぶには物足りないその姿は何度見ても慣れない。

 おぼつかない様子で危なっかしく駐車場に車を止めたケビンに案内をされながら、俺は人生で初めて王城へと足を踏み入れた。


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