第10話:第二次革命未遂事件(1)
眩い閃光を追うように轟音が鳴り響いた。
それらが爆発によるものだと気付いたのは、閃光と轟音に続く形でものすごい熱風が俺の体に襲い掛かったからだ。
「ヤバッ」
身の危険を感じ、無意識に言葉が出た。それと同時に瞼を閉じ、身体を丸めて胸部を守りつつ腕で顔をガードした。
全てが無意識での行動だった。
まさにケビンの組んだひと月の特訓プログラムの成果って感じだな。
ただ、俺の行動は意味がなかった。次の瞬間、体がものすごい浮遊感に襲われた。
クソッ。すっかり忘れていたけど、ここは13階だ。爆発が起きてその衝撃がコロシアムへと伝わったのならコロシアムが崩れるのもおかしな話じゃ無いし、そうなった場合、俺の体が空中へと放り投げられてしまうのも当然の話だ。
閉じた瞼が感じる光が弱くなったのを感じて目を開ける。
視界に映るのは宙に浮かぶ無数の瓦礫とたくさんの人々。
コロシアムがあったはずのその場所から、コロシアムは姿を消していた。
ただ、俺もそんな光景を見ながら現実を噛み締められるような余裕はなかった。なにせコロシアムの13階に居たのだ。その高さから素直に落ちれば命は無い。
だとしても無理だろ。何もできないじゃねぇかよ。
チラリと地上を見るとものすごい速さで迫っているのがわかる。
そして、その地上で悶える何人もの人間へと瓦礫が降り注ぐ。
悲鳴がいくつも響き、見たくも無い光景が広がった。
このままじゃあ俺もあの残酷な光景に仲間入りすることになる。
とはいえ、打つ手が思いつかないのも事実だ。
もう…諦めるしか無いのか。
そう思った時、地面に背を向けた状態で落ちていく俺をめがけてサングラスをかけたケビンが落ちてくるのが見えた。ケビンはポーラを小脇に抱えており、俺よりも速い速度で落ちてきている。
「お前、どうすぐふぇ!」
どうすんだよこの状況と聞こうとした俺のローブの襟首を掴み、ケビンが思いっきり俺を引っ張り上げて肩に担いだ。
普通に首が締まって喉が折れるかと思った。
ポーラを右腕で小脇に抱え、左肩に俺を担いだ状態のケビンはやけに冷静で、ものすごい速さで落ちているというのに動じることなく静かにじっと地面を見つめていた。
担がれた状態でケビンの背中やらケツやらを眺めて死んでいくのは流石に嫌で、顔を持ち上げて「どうすんだよこの状況」と改めて聞き直すと、ケビンは落ち着いた声音で「黙ってろ」と言った。
そのまま落ち続け、地面まで残り3メートルといったところでケビンは無理やり俺とポーラを空めがけて放り投げた。
空めがけて放り投げたとはいえ、俺たちは絶賛落ちている真っ最中で足場もなく不安定な状況だ。
当たり前のように力など入らず、俺たちが投げられたのはせいぜい50センチほど。
ただ、ケビンのその行動は俺とポーラの命を救うには十分すぎるものだった。
実質的に地面から3メートル弱の高さから落ちたことになり、その高さから落ちたところで体へのダメージは知れている。つまり、俺とポーラの命は助かったも同然だ。
いや、違う。俺とポーラは助かるがケビンはどうするんだ。
つい数秒前とは違って弱い浮遊感を感じながらケビンの方を見る。
「ふんっ!」
ケビンは思い切り息を吐きながら上半身を捻り、迫る地面に左手を叩きつけた。
そして、手のひらが地面に触れるなり肘をガクッと折り、そのまま背から倒れこむように地面を転がった。
数秒前までケビンが死ぬ想像をしていた自分が馬鹿みたいだ。
こいつは9年前の事件を生き残った人間だ。だから、そう簡単に死ぬはずが無い。
なんとか地面に着地すると俺のすぐ目の前にポーラが落ちてきて、
「へぐっ」
なんてマヌケな声を出しながら尻で地面に着地した。
うっわぁ。痛そうだな。
ただ、ポーラは尻を打っただけで他の怪我はしていない様子だ。
なら大丈夫だな。
ケビンはどうなのだろうと視線をケビンにスライドさせると、何事もなかったかのように立ち上がってスーツについた砂埃を払っていた。挙げ句には欠けていたサングラスに傷が無いかの確認までしてやがる。
ホント、なんでそんなに落ち着いてんだよ。
「よし、お前ら2人は無事だな」
サングラスを胸ポケットにしまいこみ、いつもよりも真面目な様子でケビンが言う。
ただ、よく見るとケビンの様子は少しだけ変だ。
左腕に……力が入っていない。
ホントにわずかだが、左腕はダラリと垂れ下がっているように見える。
右腕に変に力が入っているのもそれと関係があるのだろう。例えば、折れた左手の痛みに堪えようと自然に無事な部分に力が入ってしまうとか、きっとそんな感じだ。
思えば、スーツについた砂埃を払っていたのも右手だけだったし、サングラスを外してたのも右手だった。
「それ大丈夫なのかよ」
「大丈夫じゃねぇ」
多分折れてると付け足し、ケビンは額に冷や汗をにじませる。
「あ、あの……。えっと…その」
何か言いたい様子のポーラにケビンが作った笑顔を向ける。
……こう、うまく言葉にできないけど、なんかケビンの様子が変だ。腕を怪我しているとかそういうのが関係する様子のおかしさじゃない。もっと違う、何か良く無い違和感みたいなのを感じる。
「ポーラ嬢ちゃん。国王については気にするな。ヒシギが真っ先に保護して今頃は安全な場所まで避難しているはずだ」
「あ、ほ、本当ですか?」
安心したように息を吐いたポーラは「そうじゃなくて」と首を振った。
いや、そうじゃなくてってまるで国王の安否がどうでもいいみたいじゃねぇかよ。言葉選び間違えてるぞ。
「あ、あの…カレン…さんとレオさんは……」
「まだわからないが多分二人とも無事だ」
「てか、レオとカレンは誰が助けに行ったんだ」
ケビンの眉が不自然に動くのがわかった。
「…俺はお前とポーラ嬢ちゃんを助けた。これは前々から割り振られていたもしもの時の役回りじゃあない。前々から決められていたのは、門出の儀の際に魔族及び魔王軍からの襲撃があった場合、ヒシギが国王の救出警護へと向かうことだけだ」
「それって……」
ポーラは言葉に詰まった。けれど、ポーラの気持ちは良くわかる。
ケビンはつまりこう言っているのだ。
俺がお前たち二人を助けたのは完全な俺のアドリブで、レオとカレンの元へは誰も向かっていない。だから、生きているとは思うが、死んでいてもおかしくは無い。覚悟をしておけよ。
ひどく遠まわしで濁された言葉だったが、ケビンの言葉はそう解釈できた。
ポーラの表情は暗いものへとわかりやすく変わった。いや、自覚できていないだけで俺の表情も暗いものになっているはずだ。
「暗い顔をしている場合じゃ無いぜお前さんたち」
ケビンの声から完全にいつもの調子が消えた。
「もう気づいていると思うが、この爆発は魔族の襲撃だ。魔王軍かはわからないが、とにかく魔族が攻撃を仕掛けてきたことだけは断言できる」
「なんでそう断言できるんだよ」
「門出の儀の襲撃が毎年のように起きていて、その初撃が決まって爆弾によるものだからだ」
「何を…言ってるんですか」
目を見開き、震える声でポーラが聞く。
「何をって、今回の爆発が魔族からの爆弾投下によるものだって話だ」
「いえ…いえ。違うんです。違うんですよ。そうじゃ無いんですよ!」
嫌だというように、現実を認めたく無いとでも言うように首を横に振るポーラ。
「あの事件以降、門出の儀の襲撃は起きていないんじゃなかったんですか」
その表情は同情してしまうほどに恐怖の色で染まっていた。
「誰がそんなこと言ったんだ」
「おと…国王が言っていたでは無いですか!」
「それはお前の勘違いだ」
国王の言葉を思い出し、俺はハッとした。
「起きていないのは……革命未遂事件」
正解だケイタ、とケビンは俺を指差す。
「333革命未遂事件は全世界同時多発襲撃だ。それが起きていないわけであって、一国一国への襲撃は毎年のように起きていた」
「その襲撃が今年は米国だった。そういうことか」
「冴えてるじゃねぇかよケイタ。そういうことだ。で、初撃が終わったわけだからこれから本格的な襲撃が始まる。だからお前たちはこの爆心地から逃げて安全な場所でしばらく隠れていろ」
「それは、魔族の目的が俺たち候補勇者を殺すことだからか?」
「おいおいおい。それはお前、魔族を過大評価しすぎだぜ?」
真顔のまま鼻で笑い、ケビンはズボンのポケットからヨレヨレのタバコの箱を取り出してそこから抜き取った一本を口にくわえた。
「教えたろ?魔族は知性のある奴と無い奴が居る。それは同じ種族の魔物であったとしてもだ。
そして、革命未遂事件を起こしたのは知性ある魔物、魔族だった。それに反して毎年の襲撃は知性の無い奴が勝手に暴走して起こしているものだ。
つまり、今回の襲撃は知性の無い雑魚の仕業ってことになる」
ライターでタバコに火をつけようとしているが、ライターが壊れているようでケビンは一向にタバコに火をつけられないでいた。
「あーくそ。最悪だ」
ライターを放り捨て、タバコを箱に戻して控えめに頭を掻き毟ると、代わりにポケットから飴玉を取り出して口に放り込んだ。
「で、革命未遂事件の目的は候補勇者を殺すことだった。その理由は、強くなる前の勇者の卵を殺すことで自分たちにとっての脅威を消すことができるからだ。
だがな、知性の無い雑魚の襲撃はその目的が無い。強いて言うなら本能に従った人類への嫌悪感、それを拭うための人類の蹂躙が目的だ」
「目的が…ない?」
信じられないと言った様子でポーラが呟く。
「まぁとにかく、お前さんたちはこの場所から離れて安全な場所まで逃げろ。お前さんたちも人間である以上、敵に見つかれば襲われる。だから逃げろ。
で、騒ぎが収まったなら街の入り口に向かえ。4人が揃い次第すぐに旅立つんだ」
「お前はどうすんだよ」
「まだ、やるべきことがある」
「その体でかよ」
「体の状態なんか関係無ぇ」
さっさと避難しろよと言い残してケビンが踵を返したとき、遠くの方から鞘に収まった状態の異常に長い剣を持った少女が歩いてきた。