第9話:門出の儀(2)
王城の裏手に建つコロシアムのような建造物。その場所が門出の儀の会場だ。
会場となる建造物は米国王城と同様に13階建てで、その最上階には国王よりも偉い来賓客のための席が用意されている。
下層の一般観客席は競技場などと同様で外気に触れる場所に席が等間隔で取り付けられているが、席は合成樹脂素材の座り心地の悪いものだ。
一方、来賓席は一般観客席と違って外気には触れていない。
最上階はぐるりとほぼ一周まるまるがガラス張りの一つの部屋となっている。
その中には豪勢なソファがいくつも置かれていて、来賓客はその部屋の好きな場所で自分の過ごしやすい形で催し物を見る形になっている。
そして、最上階の米国王城側の一角に、来賓席を遮る形で外気に触れる広いスペースがある。そこは何かしらの催し事の際に王が演説をするためのお立ち台があるスペースだ。
催し事の際に国王が常にいる場所でもある。そのため、演説を行うための台座が置かれている他に、王の座る立派な装飾の施された椅子が置かれている。
言うまでも無い。玉座だ。
しかも、コロシアムに置かれている玉座は王城内の王の部屋に置かれていた玉座とほとんど同じ見た目をしている。
これは今まで知らなかったことだし気づかなかったことでもあるが、実はあの王の部屋とコロシアムの玉座の置かれたスペースは鉄で作られた橋によって繋がっていた。
俺たちは今、橋を渡って玉座のあるスペースに移り、その場所で跪いていた。俺の場合は玉座の脇だ。
玉座のすぐ左脇で右膝を立て、そこに右ひじを置き、左手の拳は地面へつき立てる。この体勢に意味はないが、「とりあえずそうしておけ」と王に言われた。顔も伏せておけと言われた。
一方で、王は玉座から5メートルほど前進した位置にある演説台に乗り、声を張り上げる。
「皆の者。この勇敢な戦士たちに拍手を」
その言葉1つで、コロシアムに訪れていた溢れんばかりの民衆は歓声を大きなものへと変えていく。拍手は歓声を飲み込みそうなほどだ。
王の絶対的な言葉と民衆の盛大な拍手喝采に先導され、儀式はどんどん進んでいく。沸き起こる歓声に囲まれ、俺は顔を歪める。
普通にうるさい。
横目でチラリとレオやカレンを見るが、2人はキリッとした顔つきで床を眺めている。
ポーラは今にも吐きそうな青い顔をしている。それに、どこか上の空な様子だ。
……大丈夫じゃなさそうだな。
ポーラの表情を見ていたら不安感を煽られてきた。
突然、このひと月の時間が脳裏に蘇った。
通達が届き、王城で暮らすことになり、一度学んだ魔族についての知識をより深く学び直し、これまでは必要なかった戦う術や生き残るための術を身につけた。
やれることはやったはずだ。
ケビンに言われるままにゴブリンを殺し、経験を浅いながらも積んだ。
彼はあの悲劇の世代だ。候補勇者が狙われた魔王軍による全世界同時多発襲撃を生き延びた確かな実力者だ。
そんな彼が俺を使い物にするためにあれこれ手を打ってくれたのだ。
俺はそれなりには強くなっているはずだ。
けれど、どこか納得できない自分がいる。
こう…上手く言葉にはできないが、何か嫌な予感がする。
ケビンは胡散臭かった。けれど、あいつは信用に値する人間だ。だからあいつの言う通りに積み重ねたこのひと月の時間は決して間違いではなかったといえる。
けど、やっぱり心の奥底に不安感のようなものがある。
どこかにその不安感を必死に忘れようとしている自分がいる。
本当に、俺は旅立ってもいいのだろうか。
俺だけじゃ無い。俺たちは旅立ってもいいのだろうか。
……そもそも、どうして俺が候補勇者なんだ。
選ばれた以上は本気でやってやろうと思った。つまらない人生に色を差すにもそれが一番いいのだろうと思っていた。けれど、今はそう思えない。
旅立ちたくない。今旅立っても、俺は死ぬのが目に見えている。
そう思えてしまうから旅立ちたくない。俺はまだ死にたくない。
そうこう考えている間にも門出の儀は進んでゆき、玉座に座った王によって今期の候補勇者の中で勇者の役目を担うことになったレオが宣誓に呼ばれる。
名前を呼ばれ、元気に返事をして演説台へと向かうレオ。いつもは自信に満ちた表情をしていたが、今ばかりはその表情に緊張の色が滲んでいる。
勇者様に大抜擢されたレオは、体の芯に直接響いてくるような低い声で意志を主張する。
「私たちは、街の皆を魔王の支配から解放するため、この勇敢な仲間たちとともに‘キノクニ’に住む魔王のもとに向かい、奴を倒します。みなさん、どうか希望を持ってください。平和を願ってください。私たちがそれを叶えましょう!!」
拳を高らかに空へと突き上げ、台本を述べたレオに対し、民衆は再び拍手喝采を浴びせた。声援を浴びながら、レオは満足そうにうなずき戻ってくる。その表情から緊張の色は消えていた。
…どうしてそんな表情ができるんだよ。自信満々で怖いものが無いとでも言うような表情ができるんだよ。おかしいじゃねぇかよ。
だってほら、俺の手はこんなに震えている。
俺とレオの何が違うんだよ。このひと月にどんな差があったんだよ。
何も…わからねぇじゃねぇかよ。
どうしてレオは台本を読んだだけであんなにも清々しく自信に満ちた顔になれたんだ。
少しずつ、手の震えが伝播していく。体の芯の方が震えることで感情が冷めた感覚がした。もう…恐怖に染まってる。
思えばおかしい事だらけだ。観客として門出の儀に参加していた今まではこの光景が普通なのだと思っていた。
けれど、今は違う。
何もかもが歪だ。狂っている。
レオに続き、カレンが演説台へと登る。カレンは自分の剣の腕ならば同行する人間を誰一人として死なせる事はないと大口を叩いた。
なんでまたそんな大口を叩くんだ。
いや、カレンの言葉が台本を読んだだけのものである事は知っている。けど、そんな身の丈に合わないセリフを堂々と発する事は普通できないだろ。
カレンは今この瞬間、何を考えているのだろうか。レオもだ。
俺以外の3人は、この場で跪きながら何を思っているのか。
恐怖は…感じているのだろうか。
ふと横目で見ると、俺の左隣で跪くポーラは震えていた。
よかった。まともなのは俺だけじゃ無い。
カレンが宣誓を終えて元の場所に戻って跪くと、ポーラは緊張の色を顔に表したまま、足をフラつかせながら演説台へと向かった。その様子を国王は複雑な表情で見ていた。
「精一杯頑張ります」
と、控えめに意思表明をすると、ポーラは踵を返して戻ってきた。
は?嘘だろ?絶対それ台本無視してるだろ。
吐きそうな表情で震えを堪えようと歯をくいしばるポーラは、俺と目が合うとこれまでとは違って目をそらす事なく、無理に笑顔を作って見せた。
元の場所に跪くと、震える声でまだ宣誓をしていない俺に声をかけてくる。
「つ、つつつ、つ、次はは君の番ですよ?が、がが、が、頑張ってくださいね?」
「……強がってんじゃねぇよ」
足元に置いてある木製の安っぽい杖を拾いながら、それだけを吐き捨てて立ち上がる。
ポーラが無理に作った笑顔に吐き気がした。
彼女の強がりが俺には刺さった。恐怖を克服しようと頑張るポーラの姿はまるで俺を否定するもののように感じられた。
わずかな距離を前進し、王の前に背を向けて立つ。演説台へと登り、俺は民衆を見下す。
あぁ。やばい。手の震えが止まらない。
相変わらず旅立ちへの恐怖が強まっていってる。
………よし。
深呼吸をして気持ちを整える間、観客たちは不思議そうな目で俺を見ていた。
俺に集められる視線は尊敬だとかそう言った類のものではあったが、それだけではなかった。観客から向けられる視線には見世物だとかを見る好奇のものも多く混ざっていた。
…なるほど。そういう事だったのか。
別段、頭が良く無いはずの俺はこの状況で全てを悟ってしまった。
この門出の儀などという催し物についての全てをだ。
もはや感情が一周回ってしまって清々しさすら覚えた。
もう、恐怖による震えではなく笑いを堪える方が大変だ。
俺は他の三人と同様に暗記した台本を声に出す。
「私は、勇者を助ける魔法使いとして、大魔法使いの弟子として。必ずや、魔王を滅ぼしてみせます。この四人で力を合わせれば、魔王を倒す事は無理な話ではありません。任せてください。私が人の域を超えた力をふんだんに使い、私たち人類を苦しめた敵を残らず消し炭にしてみせましょう!!!」
右手に持つ杖を高く振りかざす。何が起こるわけでもないし、何かを起こそうとしたわけでもない。
ただ、‘やってやるぞ’という意思表示の一環として杖をかざしただけだ。
杖を振りかざしたのはアドリブだ。それに、台本も一部だが改変してやった。
どうだ?これで満足かよケビン。
俺の言葉に相変わらず大げさな拍手喝采が飛んでくる。そんなクソ野郎どもの過剰反応に、思わず口角が上がってしまう。自然と笑みを浮かべてしまう。
あぁ。いけないいけない。堪えないと。
俺が気づいている事は誰にも気づかせてはダメだ。
耳が壊れそうなほどに大きな歓声から逃げるため、俺は踵を返した。
「ママー。あれ何?」
観客に背を向けた時、小さな女の子の声がどこからともなく聞こえてきた。
拍手喝采の中で、なぜかハッキリと耳に届いてきた。
そして、小さな女の子の声に引っ張られるようにして、花火が空高く飛んで行く時のような甲高い空を切る音が聞こえてきた。
静まり始めた拍手喝采を切り裂くように、
「なんだあれ!」
と、またもや観客席から声がした。今度は男の声だった。
思わず振り返ると、俺たちとは反対側にある客席の8階層に空を指差す男が見えた。
他の観客たちも少しずつ、男が指差す方を見て騒ぎ始める。
そんな雑踏を蹂躙するように、空を切る甲高い音は次第に大きくなっていく。
「全員!頭を守って伏せろ!」
どこかから焦るケビンの怒鳴り声が聞こえてきた。
瞬間、世界は眩い光に包まれた。




