第1章1-8
1-8
(ああ!ほんとっ私のバカ!)
彼の後ろをついて歩きながら、私は後悔していた。
なかなか私に気付いてくれないし、もう待っていてもしょうがないと思い声をかけようとしていたのだけど、完全にタイミングを逃していた。
次に彼が立ち止まったら、次の路地の角を曲がったら、そうこうしているうちに時間が過ぎていく。
時間が経てば経つほど余計に声をかけづらくなる。
彼は目の前にいるのだが、物凄く遠い存在に感じていた。
(次に立ち止まったら必ず!)
そう思って何度目だろう?
変な焦りと緊張感を感じながら後ろをつけているうちに彼の背が人通りの多い路地に吸い込まれた。
(見失う!)
それだけは避けなければと、小走りに彼の後を追う。
(もうこれじゃ私、ストーカーみたいじゃない!)
人ごみの中、私だけ小走りに駆けていると、どうしても目立ってしまう。
行きかう人達の間ををすり抜け、追い越しざまに心の中で言い訳する。
(ちがうから!これは違うんだから!)
彼が向かったのは農家が野菜や畜産物を持ち寄って売っているマルシェだった。
私も何度か利用したことのある場所だ。一番活気のある朝のピーク時と比べれば混雑はしていなかったが、それでも注意していないと人ごみに紛れて彼を見失いそうになる。
露店には色とりどりの野菜やフルーツそしてお肉やチーズなどが並んでいた。忘れていた空腹を感じる。
(そうだ。朝ごはん、まだだった)
しかし、ここは主に生鮮食品を扱うお店が多い。手軽に今食べられる軽食を扱うお店は無さそうだ。
(この路地じゃなくて、もう少し先に行った広場においしいブリトーを出してくれる屋台があるのに・・・・・・)
お腹は減ったが、今は彼を見失わないようにする事が先決だ。
人混みをかき分けながら付いて行くと、彼は1つの露店で立ち止まった。どうやらリンゴを買うらしい。
(彼も朝ごはんまだだったのかな)
いや、かなり歩き回ったからそろそろお昼ご飯でもいいくらいだ。
彼はリンゴを買った。
私もすかさずその露店に寄り、リンゴを買うことにした。
「ハイ、らっしゃい」
「リンゴを1つちょうだい」
「はいよ、50カッパだよ」
バックを開け、財布を探す。
(財布、さいふ・・・・・・ああ!かばんの中がぐちゃぐちゃで財布が出てこない!)
早くしないと彼が行ってしまう!かばんと彼を交互に見ているから余計にもたついてしまう。
(あった!)
かばんの中から引ん剥くように取り出した財布だったが、財布を開けても今度はカッパーが見当たらない。
(50カッパ、50、50、ごじゅう・・・・・・早くしないと、行っちゃう!)
私は目に止まった500シルバを取り出すと店主に渡し、リンゴを奪うように掴んで走り出した。
「お客さん!おつり!!」
「いらないから、とっといて!」
急いで後を追うと、彼が階段を下りていくのが見えた。
私も階段まで駆けより、上から彼の様子を覗く。彼は踊り場にあるベンチに腰掛けるようだ。どうやらここで休憩するらしい。
(今が出ていく絶好のチャンス!)
そう思い階段を下りかけたところで、彼が今買ったばかりのリンゴにかじりつき始めた。
休憩がてらお昼にするらしい。
今、声をかけたらお昼ご飯の邪魔になってしまう。
そう思い留まり、私も階段に腰を下ろすことにした。
(ハァー・・・・・・)
本当は分かっている、声をかけづらいのだ。次に立ち止まったらとか、お昼ご飯の邪魔だからだとか、理由をつけて逃げているだけなんだ。
変な見栄を張ったばかりに完全にきっかけを逃していた。
(なんで告白された時、勢いで返事しなかったんだろう!)
後悔の念が押し寄せてくる。
(も~っ!バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ)
シャク!
彼がリンゴをかじる小気味よい音が聞こえる。
(よし!次こそは絶対、彼があのリンゴを食べ終わったら、必ず!今度こそ!)
決意を固めた私はリンゴを取り出すと勢いよくかぶりついた。
シャク!んぐ、んぐ、んぐ、ゴクリ。
かじったリンゴを見つめる。
(リンゴ1つに500シルバかぁ、高級なリンゴになっちゃった。味わって食べよう・・・・・・)
彼がリンゴをかじる。シャク!
私もリンゴをかじる。シャク!
彼が食べるペースに私が合わせる。
シャク!彼が今、味わっているリンゴと同じものが私の口の中にも入っている。
シャク!同じリンゴの果汁が二人の喉を同時に潤していく。
同じ物を食べ、お互いの体でそれが血となり肉となる。今、リンゴを通して彼と体が同化しているような感覚を私は味わっていた。
(むふふっ)
そんな事を考えたものだから顔が緩んでしまう。だけど、
(もしかして、私って今・・・・・・キモイ?)
「ハッ!!」
変な想像をしているのを誰かに見られているような気がして、私は素早く後ろを確認した。
気のせいだった。人通りはあるが、誰かがこちらを気にしている様子は無い。
気を取りなおしてリンゴにかぶりつこうとし、流石に今の妄想は自分でもちょっとヤバイんじゃないかと反省する。
しかし、今日はいつもの私じゃない。そうよ!全然違うんだから。
(誰だってあんな告白されれば舞い上がるはずよ!)
シャク!大きく口を開けリンゴにかぶりつく。
(このリンゴを食べ終わったら話しかけるんだ・・・・・・うふふっ)
やっぱり今日の私はおかしい。
妄想にニヤケていると、
シャク!シャク!シャク!
急に彼がリンゴを食べる速度を早めたのが聞こえてきたので、私は耳を澄ました。
「よし!スライム退治だ!」
(えっ!?なに??)
彼がベンチから立ち上がるのが見え、私は素早く帽子を深くかぶり直してその場で縮こまった。
(ウソ!!私の事は!?)
サーッと血の気が引いた。私の事は諦めてしまったのだろうか?
彼は軽快に階段を下りていく。
(いやっ!イヤ!待って!!)
口の中にリンゴが残っていて言葉が出なかった。
私は食べかけのリンゴを放り出し、彼の後を追った。
早く追いつかないと!そう思っても階段を早く下るのは難しい。慌てるから足がもつれ転びそうになる。
転げ落ちないよう壁に手を添えながら階段を下り終え、彼の姿を探して辺りを見回した。
(いない!!)
前がよく見えない、私はもう半べそ状態だった。涙を指でぬぐい、もう一度辺りを見回す。
(やだっ、行っちゃう・・・・・・)
さっきまで浮かれていた自分を叱ってやりたい。
(こんな出会いを逃すなんて、バカじゃないの!)
階段の下の路地は分かれていて、それぞれに目を凝らすが彼の後姿は見当たらない。
(でも、なんで急にスライムなんて・・・・・・私の事は!)
きっと彼には彼の事情があるのだ。
私は駆けた。そして、必死に考えを巡らした。
ほぼ毎日教会へ通っている私は今日、彼を見るのが初めてだった。私はあの教会に通っている大体の人の事は、名前は知らなくても顔はなんとなく覚えている。第一、彼のような黒髪は珍しい。見かけていたのなら気に止まるはずだ。
(彼はあの教会へやってくる近所の人ではないはず)
そもそも朝っぱらから教会の敷地内で寝ているのがおかしい。
何かあったから教会を頼って来たに違いない。モンスターに襲われたと考えるのが妥当だ。
しかし、武器は持っていなかったし防具も身につけていなかった。きっと逃げるのに邪魔になったから捨てたのだろう。
(だから荷物も無かったんだわ)
教会に辿りついたところで、疲れ果て寝ていたのかもしれない。
さっきはリンゴを買っていた。
(小銭はあるけど、多くは持ち合わせていないからリンゴくらいしか買えなかった?)
彼はお金に困っている。
一時的に教会へ援助を求めに来たに違いない。
そこで私と出会った。
そういえば、「一緒に旅を」彼はそんな事を言っていた。
きっと彼もソロの冒険者なのだ。一緒に旅をしてくれるパートナーが欲しかったんだ!
(私と同じで出会いを求めていたのよ!)
だから突然告白してきた。
(お互い一目惚れ・・・・・・)
恋というのは場所も時間も関係ない!出会いは突然なのだから。
告白の時の嬉しそうな顔は、私との運命の出会いを喜んでいたのだ。
しかし、私がいらない事をしたせいで彼の時間を奪ってしまった。
教会に助けを求めてやって来たはずなのに、私を探すことに時間を取られてしまった。
もうお昼過ぎだ。お金が無ければ今晩、宿に泊まることもできない。もしかしたら夕飯も事欠く状況だったのかもしれない。
(それでスライムを)
手っ取り早くお金を稼ぐのならモンスター退治が一番だ。
この街では毎日モンスター退治を行う見回り専用の馬車が出ている。
それは危険が伴うため誰もやりたがらない仕事だ。だからいつも人手不足で誰でも日雇いで雇ってくれる。
だとすれば、彼は馬車乗り場だ!
(きっと馬車乗り場に向かったに違いないわ)
見回りの馬車は午前と午後の2回出る。もうお昼だ出発まで時間がない!
私は急いで馬車の発着場となっている広場を目指し走った。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!)
走りながら彼にあやまっていた。
自分が困っている状況であんなにも私の事を探してくれたのだ。
(あぁ!なんて事をさせてしまったのっ!)




