第5章5-11
5-11
・ユウのターン
腕まくりで気合いが入ったのか、チェアリーは大胆にウサギのお腹へ手を突っ込み捌いていく。
そしてお腹の中をのぞき込んでいたかと思うと、また不意にこちらへ振り向いて聞いてきた。
「ねぇ、心臓は食べたい?」
(そんな笑顔で、なんてことを聞くんだ・・・・・・)
ウサギのお腹に手を入れながら、日常会話ではまず聞く事の無いようなセリフを言って笑う彼女を見て、オレはまたしても血の気が引きその場に座り込んだ。
ここも断るべきじゃないと思ったオレはうなずいた。
「うん、食べるよ。」
心臓と言っているから生々しく聞こえるのだ。心の中で言い換える。
(心臓じゃないハツ、そう、ハツだ。焼き鳥みたいに岩塩をかけて串焼きにしたら美味しいはず)
自分に焼き鳥のイメージを植えこみ、応えた。
「食べるなら、串焼きがいいんじゃないかな」
パックリ開いたお腹からピンクの塊が切り離され、鍋へ入れられる。
「きっと美味しいよ」
彼女はまた笑った。
内臓を出し終えると、今度はウサギの足先を指でつまんでコリコリと揉み始めた。
(何してるんだ?)
と、思った次の瞬間、摘まんでいた部分にナイフを当て切り落としてしまった。
(あぁぁぁぁっ・・・・・・)
どうやら関節の場所を見定めていたらしい。チェアリーはあまりにあっさり事を進めるので感情が追いつかない。
しかし、自分が狩ってしまった獲物だ。眼をそむけてはいけない気がして我慢する。
見ているうちにも、同様に4本の足の先が全て切り落とされた。彼女は一息つく間もなく今度は太ももの内側にナイフで切れ込みを入れ、お腹の切れ込みと繋げていく。
(はーぁ、そんな風に捌いていくのか)
オレは力が抜けつつも、初めて見る解体に感心した。
(エルフ強ぇ~、メンタル的に)
血を見るのにも少し慣れてきた頃、前後とも足に切れ込みを入れ終わった彼女はまた力が抜けるような事をしてみせた。
おもむろに右手でウサギの足を掴み、左手はその付け根に添えたかと思うと・・・・・・
ゴキュ!
地面に押し付けるようにして足の関節を外したのだ。
(あ、あ、あ、あ、あ、あ、ぁぁぁ)
まるで自分がやられているように感じてしまい痛々しい。
4本の間接を外し終えると、ウサギは意外なほどに平くなった。まるで魚の干物の様に。
次は足の内側に入れた切れ込みからナイフを使って慎重に足の皮を剥いでいく。そして足の皮を全て剥ぎ終わった彼女がウサギを掴んで立ち上がった。
(やっぱりデカイな)
力なく伸びきったウサギは前足の先から後ろ足の先まで1メートル程もあり大きい。
「ユウ、手伝って」
彼女はそう言って持っていたウサギをオレの目の前に差し出した。
「ん?」
「皮を一気に剥ぐから足を持っててほしいの」
今まで足の皮を剥いでいたのは下準備らしい。最後の大仕事をオレにも手伝えと言う。
本当は持つのも嫌だったが、やはりここも断ってはいけない気がしてオレは覚悟を決め差し出された足を握った。
にゅるん。
手にウサギ肉の感触が伝わる。その足はまだ温かい。
「オレはどうすればいい?」
「座ったままでいいから、しっかり持ってて」
言われた通りウサギの足を持つ手に力を込めたが、その表面は血と油でヌルヌルしていて滑る。
(あぁーーーーーぅ、ぅ、ぅ、)
また力が抜けそうになったオレは脇をしめ構え直した。
「温かいうちなら簡単にむけるから、上手くいくと思うけど」
(そんなふかし芋の皮をむくみたいなこと言うなよぉ)
彼女は後ろ足の左右の皮をそれぞれ掴むと、最初は慎重に交互に揺らして皮をめくり始めた。
ズッ、ズッ、ズッ、ズッ、・・・・・・
その動きに肉が持っていかれないよう踏ん張る。
ある程度進んだところで、
「ちゃんと持っててよ!」
一気に剥ぎ取るつもりだろうその言葉にオレは綱引きでもするように地面に足をしっかりつけ、後ろに体重をかけ構えた。
準備が整ったのを見て彼女が力を込める。
ザッ!ザザザザザザザァ!!
意外なほど綺麗に皮と肉とに分かれていく。
ビックリしつつ肉を持っていかれないように踏ん張っていると、いきなり彼女の引っ張る力がプツっと途絶えた。
「キャ!」
短い悲鳴をあげたチェアリーが目の前で豪快に足を広げ尻もちをつく。
「いったーい!」
(また見えた!)
オレは素早く立った。
手に残された肉をとりあえず草の上に置いて、痛がって動けないでいる彼女に手を差し出す。
「ほら、大丈夫?」
「うん・・・・・・だいじょうぶ」
手を取ると、握った手はお互い血と油とでベタベタだ。
照れ笑いしてチェアリーも立ちあがる。
「痛かったぁ・・・・・・うぅー、ぬるぬるするぅ」
広げた手には血糊の膜がてらてらと光り、指の間からは粘り気のある糸がたらーんと伸びている。
その光景に変な想像をしてしまい、こちらが困ってしまう。
「はははっ」
「川に洗いにいこ」
苦笑いで誤魔化すオレとは逆に、チェアリーの笑顔は無垢だ。
彼女は放り投げてしまった皮を拾い上げた。
「頭が取れちゃったんだね」
広げられた皮を見るとウサギの頭が、ぶらん、ぶらんと垂れ下がっている。途中で頭がもげてしまったことで彼女はバランスを崩し尻もちをついてしまったらしい。
揺れているウサギの頭を見て彼女はつぶやいた。
「頭は・・・・・・」
(もしかして、食べるのか!?)
どこを食べるのか想像すると、さすがに気持ち悪くて胃がきゅーっと持ち上がる。
こちらの気分などお構いなしに彼女はナイフで頭を切り落とした。そして、ウサギの口に両指を入れ・・・・・・
ベキッ!
骨を砕く音をさせ、アゴを割り開いた。
「それ・・・・・・どうするの?」
「うん、ちょっとね」
牙の生えていた下アゴを手に、残りは草陰へ捨てる彼女。
どうやら食べずに済んだようだが、あまりに頭をぞんざいに扱うものだから聞いてみた。
「それ、穴に埋めてあげたりしないの?ほら、お墓みたいに」
「え?お墓?だって食べ物にお墓は作らないでしょ、普通」
(うん?まあ・・・・・・そうか)
確かに魚に置き換えて考えてみれば、焼き魚を食べて残った骨をわざわざ埋葬したりしない。ここでは野生動物を狩ることは魚を釣る事と同じくらい身近なのだろう。
「わざわざ埋めなくても、その辺に置いておいた方が他の動物のエサになっていいんだよ」
彼女は上を指さして、そう言う。
見上げるといつの間にか空に大型の鳥がゆっくりと輪を描いて飛んでいた。
(いつの間に)
旋回しているのは、オレ達が早くどこかへ行ってしまわないか待っているように見える。
(命は廻っているんだなぁ・・・・・・)
「ユウはお鍋持ってきてくれる?」
空を見上げたまま呆けているオレをチェアリーが呼ぶ。見ると既に後片付けを終えた彼女がオレの事を待っていた。
「ああ、分かった」
オレは急いでレバーとハツの入った鍋を手に取り、土手を下って行く彼女の背中を追った。
チェアリーは両手に毛皮と生肉を持ち、その背中はまるで戦利品を獲た戦士のようだ。
(エルフ、たくましいな)




