第5章5-8
5-8
・チェアリーのターン
「ねぇ、教会でお祈りしていっていい?」
宿を出たところで私はユウに聞いた。
「うん・・・・・・いいけど」
その表情は何か言いたげだったけど、彼は教会へ行くことを許してくれた。
中庭で居眠りしてしまった為に、朝の礼拝の時間は過ぎてしまったが簡単なお祈りだけでも済ませておきたい。教会へはほぼ毎日通っているので、行かない日があるとなんだか一日が始まらないようで落ち着かないのだ。
「教会へは毎日行ってるの?」
「大体はね」
「そうなんだ」
私は足しげく通っているが、ユウはそうではないようだ。それは別に構わない。教会でも信心が湧き上がった時に祈りを捧げれば良いと説いている。
だけど、彼が私の為に付き合ってくれるその姿勢が嬉しい。
教会へ入ると、昨日とは違い人は集まっていなかった。朝の礼拝も済んでいたこともあって、まばらに人がいるだけ。
(福音の事は落ち着いたみたいね)
突然街中に鳴り響いた福音は皆の心配事だったけど、もう街の人たちも落ち着きを取り戻したようだ。
私達は空いていたイスに腰かけ、祈りを捧げた。
(神さま、何事も無く今日この場で祈れることに感謝します)
お祈りを済まし教会を出ようとしたところで、ユウが教会の中を振り返った。辺りを見回し誰かを探しているように見える。
「どうしたの?」
「ああ、オレがお世話になった人がいないか探していたんだけど・・・・・・いないなぁ」
「ふーん、その人の名前は?」
私は毎日教会へ通っている。もしかしたら心当たりがあるかと思って聞いてみた。
「ライリーっていう名前なんだけど」
「ライリー?聞いたことないわ。ごめんね」
この教会にいるシスターにライリーという名前は覚えがなかった。
(けど、その名前どこかで聞いたことがあるような・・・・・・)
「いいよ、そのうち会う事もあるだろうし。早く行こう」
そう言って彼は歩いて行ってしまったので、私も後を追いかけた。
ユウは急いでいるのか少し速足に前を歩いて行く。私も遅れないように付いて行く。
ふと、彼が酔っ払った時に言っていたことを思い出した。「がんばるから」もしかしたらユウはスライムを倒すことに固執しているのかもしれない。前をドンドン歩いて行く姿は少し気負っているように見える。
もし彼が私の為にと思っているのなら、それが負担にならなければいいのだけれど・・・・・・
坂をドンドン下って行く彼に付いて行くうちに、マルシェを開いている通りに差し掛かった。
「待って、ユウ。ちょっと寄っていこ」
「何か買いたいものがあるの?」
「うーん、少し見ておきたい」
彼は乗り気じゃないようだけど、私は昨日門が閉まっていた影響が出ていないか気になった。
人の流れにまかせながら彼を連れ立って露店を回る。そこにはいつも通り色とりどりの野菜やお肉などが並んでいた。
(いつもと変わらないか)
門が閉まった事で品物が不足しないか、おかみさんとも話して心配していたのだが、1日閉じていたくらいでは影響はなかったらしい。
それでも私は万が一に備え調味料と、いくつかのドライハーブを買うことにした。もしもの時は数日ぐらいなら調味料さえあれば食材の調達には自信があったし、なんとかなるはずだ。
(後は日持ちのする野菜をいくつか買いたいけど・・・・・・)
野菜まで買ってしまうとかさばってしまう。どうしようか迷っていると、
「昼はおかみさんから貰ったパンだけでいいよ」
彼はお昼の準備をしていると思ったらしい。
「うーん、お昼は大丈夫なんだけど・・・・・・」
私が煮え切らない返事をしながらジャガイモの山積みを眺めていたものだから、彼が気遣ってくれた。
「買うのなら、オレのカバンに入れてもいいよ。重いだろうし」
「いいの?」
「いいよ、どうせ大したものは入ってないから。それより早く行こう」
「うん、」
ジャガイモ、ニンジン、タマネギなど日持ちのする野菜をいくつか買い、彼のカバンへ入れさせてもらう。
(やっぱり、ユウは優しい)
今朝のひざ枕を思い出した。
彼は私を甘やかしてくれ、そして気遣ってくれる。そのことが嬉しくて顔が自然とにやけてしまう。
(フフフッ)
私は気分よくマルシェを後にした。
街を出たところでユウが今日もスライムを探そうと言うので川に向かう。やはり気負っているのかその足取りは早い。
モンスターを狩る時、一体に執着して周りが見えなくなるのは危険だ。ソロでやってきた私にはよく分かる、囲まれた時の危険性を。集中しすぎて他のモンスターに気付かない事態は一番避けなくてはいけない。だから普通はパーティーを組んで協力し合うのだ。
ソロでいるとおのずと無理は出来ないから、大した成果を上げる事は出来ない。私の場合、冒険者をしているのはお金儲けが目的ではなかったから、程々のところで手を引くことが出来たし、結果的に危険を回避する事にも繋がった。
一人で深追いは禁物なのだ。
(今度は私が付いていてあげないと!)
河原に着き彼の提案で一昨日とは反対側の岸を探す事になった。
しかし、ここしばらくモンスターが減っているため上流に向かってかなり歩いても、スライムすら見当たらない。
(やっぱりいないなぁ)
私が狩場にしている川が蛇行した場所も、遠目だったけれどモンスターの姿は無かった。
彼はというとやはり気負っているのかその表情は硬く、少し落ち着きも無い気がする。もしかしたらモンスターに対してトラウマがまだ残っているのかもしれない。
(大丈夫かな・・・・・・)
諦めて下流へと引き返すうちに彼が思いつめた表情で言った。
「あのさ、分かれて探した方が見つかる確率も高くなると思うんだけど・・・・・・」
(やっぱり。)
彼はどこかソワソワして落ち着かない様子だ。スライムにこだわりすぎているのだろう。
何を思ったかユウが土手に向かってスタスタと歩いて行く。
(私がちゃんと付いていてあげなきゃ)
偶然かもしれないけど、ユウは私が見ていないところでトラブルに遭いやすい気がする。スライムにしても、酔っぱらってしまった事にしてもそうだった。
私は彼から離れないようにぴったりと歩いた。
それでも彼は速度を落とすことなく歩いて行く。
「オレが土手の上から探すから、チェアリーは河原を探してて」
そう言うやユウが土手を上がり始めた。
「え、待って!私も一緒に探すからっ」
いけない!彼はモンスターに対するトラウマをよっぽど引きずっていたのだろう。今のユウを一人で行かせるのは心配だ。
私も後を追って土手を登る。
ユウは逃げるように駆け上がっていく。
「大丈夫だから、付いてこなくても」
「でもっ!」
彼の様子が明らかにおかしい。危ないと思い、私も必死になってユウの後を追う。
その彼が急に振り返り、私を見下ろして言った。
「一緒に来られると困るんだよ」
「えっ!?」
信じられない言葉を浴びせられ、私は固まった。あの優しい彼から飛び出した言葉とは思えない。
「なんで・・・・・・わたし、何か気に障る事でも・・・・・・」
思い当たる事など無かった。いや・・・・・・もしかしたら私の為にと知らず知らずのうちにユウを追い詰めてしまっていた?分からない。
急に彼の態度が変わった事に動揺して涙が出そうだ。
私の泣きだしそうな表情を見たためか、ユウが慌てる。
「ちっ、違うっ!」
(何がちがうの?一緒にいられたら困るんでしょ・・・・・・)
言葉にしたら涙が出そうで、私は口を結んで我慢した。
彼がボソッと言う。
「その・・・・・・トイレに行きたかっただけだから」
(トイレ?・・・・・・あああぁぁぁー!!)
早とちりしていたことに気付き、慌てて彼に背中を向けた。
「ご、ごっ、ゴメンナサイ!私、気が利かなくて!!」
私は恥ずかしさから土手を転げる勢いで降りた。
(もう!もう!もう!もう!もう!もう!!)
なんて私は勘違いしやすいのだろう!赤面した顔からは火が吹き出そうだ。
土手を下りきり、帽子で顔を隠すようにしてその場にうずくまる。
(あーもう!・・・・・・でも勘違いでよかった)
恥ずかしさと安堵の混じった複雑な気持ちのまま、私はうずくまって彼が用を足して戻ってくるのを待った。
・・・・・・・・・・
(ちょっと長くない?)
待っている間に落ち着きを取り戻し顔の火照りが冷めても、彼は帰ってこない。気になって土手の方を振り返りそうになったが、また早とちりになるかと思って我慢した。
代わりに耳へ集中する。
ジャバ、ジャバ、ジャバ・・・・・・
聞こえるのは川の流れる音ばかりで、彼の様子は分からない。
しかし・・・・・・
シャリン!
突然、透き通った金属音が響いたのを私の耳が捕らえた。
それは剣を抜いた時に鞘とこすれ合って鳴る、良く通る澄んだ金属音だ!
(うそッ!戦ってる?)
私は急いでユウの元へ、土手を駆け上がった。
(なんで、私がいない時ばっかり!)




