第5章5-2
5-2
・チェアリーのターン
「ハァー・・・・・・」
私はため息をつき、寝返りを打った。
「ハァー・・・・・・」
寝返りを打った先でまた、ため息を吐く。
彼がささやいてくれた言葉を何度も何度も頭の中で繰り返している。
『チェアリーのために、がんばるから』
繰り返すたびに彼への思いがつのっていく。
「ハァー・・・・・・」
胸の高まりが収まらず、ずっとこの調子で寝付けなかった。それでも明日の為に寝なければいけないと思い目をつむり、うとうとしはじめると彼が耳元でささやいた言葉が夢の中まで響いてくる。
「ユウ・・・・・・んっ」
まどろみの中に漂っていると、不意に彼の手が私の背中をゆっくりさすってくれた感触を思い出し、身悶えしてしまう。
私は妄想に身を焦がしながら、浅い眠りを繰り返していた。
チュン、チュン・・・・・・
早起きな小鳥の声が朝の静寂の中、遠くの方で聞こえる。目を開けると外は白み始めたようで、部屋の中は青白かった。
ゆっくり上体を起こす。ほとんど眠れなかった気がする。
髪をかき上げると、腕は重く、体全体がどんよりとだるい感じがした。しかし、嫌な気分ではない。なんだか切ないような、いとおしいような、夢心地な気分だ。
私は枕を抱きかかえ、ぎゅーっと力を込めた。
「ハァ、」
ため息とともに力を一気に抜き、
バフッ!
またベットへ身をゆだねた。
ぼんやりと部屋の天井を見つめながら思った。
(ユウ、起きたかな?)
彼は深く酔いつぶれてしまったのか、昨日の夕食に起きてはこなかった。これで2日連続だ。夕飯を食べないでいて大丈夫だろうかと少し心配になる。
ユウが起きたか確かめよう。私はベットから這い出し身支度を済ませた。
彼の部屋の前に来て、昨日と同じように耳を澄ます。
シャー・・・・・・
私の良く聞こえる耳が水を流す音をとらえた。
(ユウ、起きてるのかな?)
しばらく耳を澄ましていると、バシャバシャと水の中で動く音も聞こえてきた。
(シャワー浴びてるんだ)
部屋の外まで水の跳ねる音が聞こえるのは、もしかしたら浴室の扉が開いているのかもしれない。
彼が起きているのならと思い、シャワーを浴び終わるまで私は部屋の前で待つことにした。
シャー・・・・・・バシャバシャ・・・・・・
(髪をかき上げたのかな)
扉の前で静かに待っていると、音に意識が集中して彼の動作が手に取るように分かる。
シャー、・・・・・・
水音が単調になり、しばらく動かなくなったと思ったら、
ゴシュ、ゴシュ、ゴシュ、ゴシュ・・・・・・
何かをこするような、くぐもった音が聞こえてきた。
(きっと、体を洗ってるんだ)
彼がブラシを使って体を丹念に磨いている姿を想像したら、私も熱いシャワーを浴びたように体がほてってきた。
「はぁー・・・・・・」
バシャバシャ・・・・・・バシャバシャ・・・・・・
石鹸の泡を洗い落とし始めたのか、水音が大きくなった。
(そろそろ出るかな?)
私は心の準備をした。
今の時間帯ならおかみさんは食堂で仕込みのため忙しいはずだ。昨日のようにベットメイキングで邪魔が入ることはないはず。朝のひと時、二人だけの時間が作れる。
もしかしたらこの後・・・・・・
ごくっ
緊張から喉が鳴る。
彼が浴室から出てくるのを見計らって、扉をノックするため手を構えた。
けど・・・・・・
(これじゃあ、私から押しかけてるみたいじゃない!)
そう思ってしまい、構えていた手を引っ込めた。
出来れば彼の方からお迎えしてほしい。
昨日ユウを部屋へ運び込んだ時も、そう思ったからこそ寸でのところで踏みとどまったのだった。
(だけど、このチャンスを逃したら)
心の中で、恥じらいと欲望がせめぎ合う。
バタン!
浴室のドアを閉めた音だろうか?急に響いたその音にびっくりした私はコソコソと彼の部屋から離れて中庭へ向かった。
一人ベンチに腰掛ける。
「ハァー」
思わずため息が出た。
(ノックさえしていれば・・・・・・)
少し後悔はしたが、焦る必要はないはずだ。遠からず”その時”は自然と迎える事ができるはず。
そう思い直し、悶々とした気分を落ち着ける為、目を閉じゆっくり深呼吸をした。
朝の空気がすがすがしい。そのひんやりした空気が体を清めてくれ、心に溜まったモヤモヤが吐き出されていくようだった。
「チェアリー?」
「ひゃい!!」
自分の世界に入って無心でいたところを、不意に呼びかけられたものだから思わず変な声が出た。
声のした方を見るとユウが宿から中庭へ出てくるところだった。
「早いね」
「ユウの方こそ」
「ああ、早く目が覚めたから、このベンチで君を待っていようかと思って」
そう言って彼は私の隣に腰を下ろした。
座る際に、ふわっと石鹸の優しい香りが鼻をくすぐった。この宿の石鹸は私が好きなバラの香りだ。
しかし、シャワー上がりというのは、ただのいい匂いではない。上気した肌から放たれる香りは石鹸だけの匂いではなく、その奥になんとも言えないセクシーな香りが隠れている。
そのせいで落ち着きかけていた胸の鼓動がまた早まっていく。
ユウの香りにどぎまぎしながら私は聞いた。
「・・・・・・その、もう平気?」
「あー・・・・・・」
(しまった!)
匂いに気を取られていたせいで何も考え無しに、彼にとって聞かれたくないような事を質問してしまっていた。
「なんか・・・・・・色々、ごめん」
ユウがまた謝ってきたので、私は慌てて彼の手に自分の手を添えた。
「いいの。気にしないで」
ベンチを立ち、添えていた彼の手を引っ張り上げ無理やり話を断ち切った。
「ねぇ、朝ごはん食べにいこ」




