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第1章1-7

1-7


イチイの木陰に身を潜める私の横を通り過ぎ、周りにいた人達は次々に教会の中へ入っていく。あの人達と同じく私も礼拝に来たのだったが、恥ずかしくて一緒に入ることは出来なかった。

(あの人たちになんて思われたんだろう?人けのない早朝の教会で、愛を誓いあう恋人同士?・・・・・・あぁぁ!!)

もうこれからは誰もいない時を狙って礼拝に来るしかない。そう思った。


しかし今は礼拝の事はいい。

(神さまごめんなさい)

私はそっと、彼の様子をうかがった。


地面に置かれた帽子を拾い上げ何かつぶやいているようだけど、さすがに離れすぎていて良く聞こえない。声を聞こうと耳に神経を集中させる。

「一緒に旅をしてくれる・・・・・・いいんだが・・・・・・」

(一緒に旅を!?)

微かにそう聞こえた!


(ハイッ!!お供します!一生ついていきますっ!)

勢いよく手を挙げ返事をしそうになった私は、その手で代わりに口を押えた。

(まだダメ!軽率すぎる)

告白の返事は決まっていたが、もう少し彼の事を知ってから返事をしよう、そう思いとどまった。

(今、返事をする必要はないはずよ)


木陰に隠れる私の事には気付かず、彼は教会の方へと歩いていった。

(勇者だ!あんな目立つことした後なのに、あの中へ入れるというの?)

私も彼の後を静かについていく。


私がすぐ後ろにいることを彼は気づいていないようだった。

気付いて欲しいような、はずかしいような、まだ耳は真っ赤なはずだ。


彼は教会の入り口までくると立ち止まり、外から中の様子を覗きはじめた。

きっと私の事を探しているのだろう。

(私はここですよー)

ちょっと意地悪かと思ったが、今度は教会の脇に身を隠した。

隠れながら耳を澄ます。


「なな・・・・・・ヨ・・・・・・カ・・・・・・」

何かつぶやいているのは聞こえるが、何を言っているのかまでは分からない。


(今のうちに、)

彼が私を探している間に、身だしなみを整えよう。そう思い、バックから練り香水を取り出した。

薬指に少量クリームを取り、手首や首筋に塗り広げていく。お気に入りのローズの香りが高ぶった気持ちを鎮めてくれる。


モンスター狩りの際は一日中モンスターを求めて歩き回る。戦闘ともなれば、汗びっしょりだ。汗の匂いを和らげるため、私は休憩中や昼食の際にこの練り香水を塗っている。

こまめに塗っても、練り香水はクリームが体温で徐々に溶けて香りを発するので匂いはきつくない。相手を不快にさせることはないはずだ。


肌に塗り終え、最後は髪へ。

さっきは恥ずかしさのあまり、思わず帽子を勢いよくかぶったせいで髪が乱れてしまった。

その髪を直しながら、練り香水を揉み込むようにして髪をとかす。


手ぐしをしながら、誰かが言っていた言葉を思い出した。「出会いは突然なんだから、いつも可愛くあるべきよ」誰の言葉だったのだろう?母?それとも何かの本で読んだ言葉だったか?忘れてしまったが、私はその言葉を信じて実践してきたつもりだった。

(本当に出会いは突然ね。よかった~、バック持ってきて)

礼拝を済ませてすぐ宿に戻るつもりだったから、バックも部屋に置いていこうかと一瞬迷ったのだ。


髪をとかし終えた私は、ふんわりと帽子を頭にのせ、よし!と心の中で気合いを入れた。

(まずは自己紹介よ。まだ名前すら知らないんだから)

名前も知らないのに告白するなんて非常識にも程がある。しかし、こんな劇的な出会いを私は望んでいたのかもしれない。


さっきの告白の時に見せた彼の嬉しそうな顔を思い出すと、こちらも顔がほころんでしまう。

あんな笑顔の出来る人が、悪い人であるはずがない。私の直感がそう言っている。


何を言おうか一通りのシュミュレーションをしてから、私は彼がいる教会の入口へと向かった。

しかし・・・・・・

「あれ?いない」

彼の姿はそこになかった。中へ入っていったのだろうか?私は入り口から中の様子をうかがった。


人混みの中を一人づつくまなく見渡しても、礼拝堂にはいなかった。

(いない!!)

彼がどこに行ったか知らないか、シスターに聞くため教会に入りかけたところで、私は踏み止まった。


(そうだった!あんな恥ずかしい事があった後だったんだ!)

さっきの口説き文句が頭をよぎる。

麗しいエルフ、麗しいエルフ、麗しいエルフ・・・・・・

彼と目が合った瞬間に感じた胸の高まりが蘇り、また耳が赤く染まる。


私は恥ずかしくなって、踵を返した。

すると、はるか前方で教会の門を丁度出ていく彼の姿が目に入った。

「ウソ!いつの間に!!」

急いで私は教会の石畳を駆け、彼の後を追う。


門を出ると、路地の先にいた彼にはすぐ追いついた。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

息を整えるため、少し距離をとったところで立ち止まる。


彼は通りや路地の1つ1つを見ながら、きょろきょろしていた。

(私の事を探してくれているんだ)

すぐに声をかけるべきだったけど、その一生懸命な彼の姿を見て私の胸はキューっと締め付けられるような、でも嫌ではない感覚を味わった。


(あぁ、私の為にあんなに一生懸命に)

申し訳なく思う気持ちと、うれしいような、はずかしいような気持ちが入り混じった感覚に私は酔ってしまったのだ。

「うふふっ」

彼が一生懸命探し回っている姿を見ていたい。

(もうしばらく後ろをついていこう)

悪いと思いつつ、静かに後を付ける私。


彼は教会の建っていた場所からドンドン坂を下り、住宅街の路地を抜け、階段を降り、中央広場へと向かう大通りにまでやってきた。

私はその間、彼の後ろから着かず離れづの距離で付いて歩いた。


何か考え事をしているのか、彼は不意に立ち止まる。私もピタリと合わせて止まる。きっと教会まで引き返すべきか、考えているのだろう。

その後姿を見ながら私はドキドキしていた。いま引き返せばすぐ後ろにいる私と鉢合わせる。そう心づもりして、待っていたのだが、引き返すことなく彼は更に坂を下っていく。


教会の建っている丘の頂上付近には主に住宅が多い、大通りを過ぎた今は、お店が立ち並ぶ商業地域に入り始めていた。

行きかう馬車や人も増え、混雑してくる。

(私、ここにいるんですけど・・・・・・)

ここまで来ると見つけてくれるのか、私はちょっと心配になりはじめた。

意地悪するつもりなんて無論ないのだけれど、結果的にいらない心配をさせている事に心が痛む。


彼は馬車1台1台も見逃すまいといった感じで目を配らせている。

(さすがに悪い事しちゃったかも)

そう思って、見つけてもらう為に彼のすぐそば、手を伸ばせば捕まえられる距離まで近づくも、意外に気付いてくれない。


行きかう人々の中では、ムリのようだ。

(もう私の方から・・・・・・)

彼に声をかけようとしたところで、また良からぬ考えが頭をよぎった。

今ここで声をかけたら、私がずっと後をつけていたことがバレてしまう。

(なんとか彼の方から見つけてくれないかな)

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