第5章5-1「二人のターン」
5-1
・ユウのターン
「ハッ!! やっべ!」
オレは目が覚めると同時に飛び起きた。寝起き直後で目の前は白くもやがかかり霞む。シバシバする目をこすって、辺りを見回した。
目が慣れてくると、そこは宿屋のオレが泊まっている部屋らしいことが分かった。机の上にオレの装備や帽子が置いてあるのが見える。
(なんで、ベットの上に寝てるんだ?)
ぼーっとする頭を手で押さえながら、記憶をたどってみた。
(確か、酔っ払いに絡まれて、酒を飲まされて・・・・・・)
プルケとかいう酒を飲んだところまでは思い出せる。しかし、その後の事が思い出せない。どうやってこの部屋まで来たのかそれがまったく分からなかった。
(記憶が無くなるほど泥酔したのか?)
酒で記憶が飛ぶなんて初めての事で、うすら寒さを感じる。
気分が悪く、腹をさするとなんだか胃の奥の方が重い。ドロッとしたプルケの喉ごしが蘇り思わず吐き気を催した。息を飲み込み我慢すると喉の奥がヒリヒリとして、酸っぱい。
酔っぱらった状態でどうやって帰ってきたのだろう?宿にいるのだから誰かが運んでくれたに違いない。きっとチェアリーだ。
(だから酒なんて飲まないようにしてたのに)
自分が嫌っている酔っ払いそのままの事をやらかしてしまい情けなくなってくる。
だが、気落ちしている場合ではない。オレはベットから這い出すと窓から外を見た。
(朝か?)
外は日が射しておらず青白く、遠くの方で小鳥のさえずりが聞こえる以外とても静かだった。どうやら早朝のようだ。
(オレ、また夕方からずっと寝てたのか)
しかし、寝すぎたが寝過ごしたわけではない。今日こそはスライムを倒すため、朝から街の外へ狩に出かけなくてはいけないのだ。早く起きれたのだからそれだけでもマシと思うことにした。
(ちょっと早すぎるし、どうするかなぁ)
机の上を見るとオレが羽織っていた大きな布が綺麗に畳んで置かれている。きっとこれもチェアリーが畳んでくれたのだろう。もしくはおかみさんか?
その横に何か黒い布が置かれているのが目に止まった。手に取ってみると、それは黒色のボクサーパンツだった。それが4枚もある。
(ああ、そうだった。チェアリーが買ってきてくれたのか)
あれも、これも、彼女には迷惑をかけっぱなしだ。今日こそは彼女に報いねばいけない。そう誓いながら、そのパンツをありがたく穿かせてもらおうと一枚手に取って思った。
(風呂に入りたいな)
ここ数日、慣れない生活でバタバタしている。何日風呂に入っていないのか指折り数えると、
(教会で泊まって、イチ。二日目はこの宿で、ニイ。そんで、昨日と、サン・・・・・・)
もう、三日も入っていない。
教会に泊めてもらった時には、あつかましい気がして遠慮したが、宿に来てからは早く寝てしまって、風呂に入る事ができていない。
クン、クン・・・・・・
自分の匂いを嗅いでみたが、ちょっと臭い気がする。
まず風呂に入ろうと準備をはじめた。バックから教会で貰ったズボンとシャツを取り出す。
結局、教会の倉庫ではライリーさんから「自由に持っていっていい」と言われたものの、何が必要なのかいまいちピンとこず、数枚の着替えを詰めただけになってしまった。足りないものがあれば、パンツのようにこれから徐々に揃えていけばいいだろう。
着替えを持って風呂場へ向かう。
ここの宿には各部屋に風呂が付いているらしかった。オレの泊まっている部屋にも、狭いがトイレとバスルームが一緒になったスペースが設けられている。
お風呂の浴槽は曲線的なフォルムでアンティーク家具のような脚のデザイン、いわゆる”猫足”のついたバスタブが置かれている。日本の風呂のように浴室と一体型になったユニットバスとは違ってなんだかオシャレだ。
それに小奇麗に片付けられていて清潔な印象を受ける。おかみさんの綺麗好きな人柄が現れているようだ。
(風呂まで完備されているなんて、オレが住んでいた1LDKの部屋とほとんど変わらないよな)
この街は中世ヨーロッパぐらいの文明かと思っていたが、生活自体は近代と言ってもいいくらいだ。
ただ、オレの知っている風呂と違う点がある。どう見てもそのバスタブはお湯を貯める部分が浅そうだった。
首まで浸かろうとすれば足が出るだろうし、足を温めようとすれば胸から上が出てしまいそうだ。
(この世界の人はお湯に浸からないのか?)
というのも、壁にはシャワーのヘッド部分がそのまま埋め込まれていて、シャワーの水受けとしてバスタブが置かれているようにも見える。
(もしくは節水のためか?)
コッレの街は丘の上に建っている。魔法で水が確保できるといっても、やはり水は貴重なのかもしれない。
お湯にゆっくり浸かりたかったが、浅くて入りにくそうだったこともあり、オレは節水も兼ねてシャワーだけで済ませることにした。
服を脱ぎ、シャワーの前に立つ。
ハンドルは青と赤の印の付いたものが二つ。迷わず赤い印のハンドルをひねる。
「つめたっ!」
シャワーから冷たい水が噴き出し、思わず水が掛からないように壁際へ飛びのいた。
しばらく待ってしぶきから湯気が立ち始めたことを確認し、頭からシャワーへ入った。
「あつっ!」
今度は熱すぎて、頭を引っ込める。
青い印のハンドルを回し、適温になるように四苦八苦しながら、なんとかシャワーを浴びた。
(なんで壁に固定するんだよ!)
シャワーヘッドの取り外しが利くのなら冷たい思いも、熱い思いもすることないのにと思ったが、きっとこの世界にはシャワーヘッドを繋ぐホースが無いのだと気付いた。
日本では当たり前の事が、実はとても便利だったという事が身にしみる。
(しっかし、蛇口をひねるだけでお湯が出るなんて・・・・・・きっと魔法のおかげなんだよなぁ)
日本でなら、ガスや電気でも使ってお湯は簡単に沸く。ここのお湯がどうゆう仕組みで沸かしているのかは分からないが、お湯が出るのはありがたい。
こんな身近に魔法が浸透しているとは、異世界らしくて胸が躍る。
だた、魔法自体まだよく分かっていないので困ったこともある。
オレはシャワーのお湯を胸にウケながら天井を見上げた。
小さな四角い天井の真ん中にはガラス製の球体がはめ込まれている。きっと照明設備だと思うのだが・・・・・・
入り口の壁際を見てもその照明を点ける為のスイッチらしきものは見当たらなかった。
ガラスの球体事態にもスイッチらしきものは付いていない。それに、手を伸ばしても簡単には届かない高さにある。
(これも魔法で点いたりするのかな?)
そもそも、スイッチが無いのだから電気で点くものではないはずだ。
そういえばと、教会では夜、明かりはどうしていたのか思い起こしてみるが、気にしていなかったせいでまったく覚えていない。夕食の時、食堂へ案内されると明かりは既に点いていた。
食後、部屋へ案内された時も睡魔に襲われたオレは部屋に明かりを灯すことなく、すぐベットへ倒れ込んだ。
(もっと注意して見てないとダメだな)
どうやって照明を点灯させるのか分からず、今オレは浴室のドアを開け放って室内からのわずかな光を頼りにシャワーを浴びている。窓があったらもう少し明るい中でシャワーを浴びることが出来るかもしれないが、部屋の構造上、浴室に窓は望めない。
薄暗い中、置いてあるものを物色すると、握りこぶし程の大きさの白っぽい石のようなものを見つけた。
それは木製のトレイの上に置かれている。何となく想像は付いたので、匂いを嗅いでみた。
(石けんだ・・・・・・)
石鹸。
異世界転生もののラノベでは時々ネタとして登場する。転生した世界にはまだ石鹸は発明されていなくて、主人公が作り方を教えてあげるとみんなから感謝されるといった話だ。その後、なぜか女性キャラ達との混浴タイムに発展するまでが王道パターン。
(この世界には石鹸はあったかぁ、残念)
そういったラノベを読んできたオレも石鹸の作り方は本から教わった。
まず、オリーブやラードなど植物性でも動物性でもいいから油を温める。
次に木を燃やして出た灰にお湯を注ぎそれを布で濾す。
温めた油の中に灰汁を静かに注ぎながら、長時間良くかき混ぜると、油とアルカリ性の灰汁が化学反応を起こして乳化する。それだけでも液体せっけんとして使えるし、型に流し込んである程度固まったら、風通しのいい所に1ヶ月も置けば固形石鹸が出来る。
こういった知識を活かせばお金儲けができるのではないかと密かに考えているが、とりあえずは普通に生活できるまでの水準に持っていかなくては何も出来ない。やはりスライム退治が最優先だ。
オレは手に取った石鹸を泡立ててみた。
泡立ちはそんなに良くなかったが、ちゃんと使えそうだ。それに香りが良い。
(チェアリーの匂いがする)
彼女が付けていたバラの練り香水と同じような匂いがする。きっとバラのアロマオイルが石鹸に添加されているのだろう。
石鹸の隣には木の柄のブラシも置いてある。
(これで・・・・・・洗うんだよな?)
それは一見するとトイレを掃除するブラシにも見えなくない。それに、浴槽のすぐ隣には便器が設置されている。
クン、クン・・・・・・
念のため匂いを嗅いでみるが臭くはない。ちょっと迷ったが石鹸を手で泡立ててからそれをブラシへこすりつけ体を洗いはじめた。
何かの動物の毛で作られているのか、そのブラシの毛はくすぐったいほど柔らかい。
オレがいつも体を洗うのに使っているナイロン製のボディタオルより洗い心地に物足りなさを感じるものの、洒落たバスタブでシャワーを浴びながら使い慣れないブラシで体を洗うのも悪くない。外国を旅行しているような気分でなんだか楽しい。
シャワーのお湯と共に、泥酔した気持ち悪さが洗い流れていくようだった。




