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第4章4-5

4-5


・ピコのターン


コウの町まで引き返した馬車から痛めたお尻をさすり降りると、御者と乗客の行商人がもめている声が聞こえてきた。


「コッレの街まで行かなかったんだから乗車賃を全部返してくれ」

「それはできませんよ。コウの町まで来たのだから乗車賃の返却は半額までです。組合の決まりですから」

「それはおかしいだろう。オレはコウの町に用は無いんだから」

「なら、私はこれからシエルボまで戻りますから、一緒に乗ってきてください着いたら組合に申し出れば全額戻ってきますよ」

「いや、そういう事じゃないんだよ」


(さすが、商人ね)

お金の事にはうるさい。不慮の事態を理由に全額返してもらえれば、シエルボからコウまでの乗車賃だけでも浮く。

だが、御者の方は自分の落ち度でもないのに突っかかって来られても迷惑だろう。馬車組合の規則を破る訳にはいかずかわいそうだ。


御者は組合の規則だと一点張りで通し、商人の方は組合を相手にしては不利と見て御者にしつこく粘り付いていた。どちらも引き下がるつもりは無さそうに見える。


彼らを横目にその場を後にした。私も半額分の乗車賃は御者から返してもらえそうだが、あのやり取りではいつ収まるか分からない。

それに、今の私には半額分を返してもらう為にイライラ待つよりも他に興味があった。

辺りには、馬車が行き来する広場を囲うように、多数の屋台が軒を連ねている。


コウの町はコッレや聖都ケイからシエルボへ行くちょうど中間地点にある。多くの馬車はここを中継地点として、休憩や食事、トイレなどに立ち寄る。

そのため、立ち寄った人たち相手に商売をする安くて早く出てくる屋台料理が多く出店しているのだ。


(どこから攻めようかなー・・・・・・ん?)

迷う私をいざなうように揚げ物のいい匂いが漂ってきた!油が高温で発する香ばしい匂い!食欲を掻き立てられ胃がキュルキュルと動きだす。


匂いの元を探すと一軒の屋台が目に止まった。

(タンピュラか)

屋台の上に掲げられた看板にはデカデカとそう書かれている。

(よし、ここにしよ♪)

一品目から揚げ物と言うのも重そうだったが、その香ばしい匂いの誘惑に負け私はタンピュラを食べることにした。


気分も上げ上げで、その屋台に近づいてみたものの・・・・・・近づくほどに私の視界は狭くなる。

(見えない・・・・・・)

揚げ物の屋台とあって油が飛び散らないように仕切り板で中は囲われていて、小さな私の背では屋台の中まで見えない。これじゃあ何を揚げているのか分からない!しかも、店員は背の低い私の事に気付いていない様子。


(これくらいで諦めるもんですか)

私は側に置いてあった簡素な椅子を脚立代わりにして登り、屋台の中を覗いた。

「おや、いらっしゃい!」

こちらに気付いた店員が景気の良い挨拶で迎える。


「何がおすすめ?」

「パールオニオンなんてどうだい?揚げるとトロトロになって甘いよ」

「う~ん」

カウンターの上にはひと口大に切られた具材が目にも鮮やかに色々と並び目移りしてしまう。

「チェリートマトも美味しいよ。果肉がジューシーで」

迷っているそばから店員が別の物をすすめてくる。

(トロトロか、ジューシーか・・・・・・)


迷った時は二つともだ。

「じゃあ、その二つをもらうわ」

「はいよ!」

店員は手慣れた手つきでトマトとオニオンを串へ3つずつ刺していく。白と赤のコロコロとした姿が可愛らしい。その串を今度は小麦粉を溶かした液に付け、油の中へ投入した。


ジュワワワワァァー


揚げ物をする音だけでも胃は刺激され、ぐーっと鳴く。

音に、目に、匂いにそのすべてに食欲が反応する。待っている時間もごちそうだ。


串に火が通り油の表面へ上がってくると、パチパチとはぜる音は細かい高音へと変わる。

待ち切れず私は屋台のカウンターに手をついて乗り出すように眺めた。それを分かってか店員は浮かんでいる串を2、3度箸で油の中へ沈めてじらしてくる。

(お腹が減って倒れそう!)

こちらの腹具合などお構いなしに、じっくり揚げられる串は美味しそうにこんがり焼き色が付いていく。


「はい、お待ちどうさまー。熱いから気を付けて」

揚げたて熱々のタンピュラが皿に乗せられ私の前に置かれた。

「ありがとう」

「塩は3種類。バジルとレモンとガーリックね。お好きなのをどうぞー」

手で指し示しながら私の前に塩の入った容器も並べられる。


(まずはそのまま)

食通ぶるつもりはないが、最初は何も付けないでと思いトマトの串を手に取った。

「いただきます」

ひと口大の小さなトマトを慎重に口の中へ引き抜く。


はふっ、はふっ、


アツアツのトマトを口の中で転がす。

熱さに慣れたところでひと噛みすると、ブシャーっと濃厚なトマトジュースが口の中に広がった。油っぽさはトマトの酸味で打ち消され、さっぱりとした後味だ。

一品目から揚げ物では重いかと思ったが、野菜のタンピュラだからしつこくなくてちょうどいい。

(うん、大成功。選んだ私エラい!)


しかし、

(はぁー、ちょっと熱かった)

トマトを冷ますためひとまず置き、オニオンの串に持ち替えた。

(塩は3種類・・・・・・ガーリックいってみますか)

塩の入っている容器から匙で皿へ移し、ごく少量をオニオンの先端へ付けて頬張る。


はふっ、はふっ、


こちらもアツアツだ。

ひと口大の小さな見た目をしているタマネギ。でも、その味わいは小さな球体にギュッと濃縮されている。それを噛んだ瞬間、口の中で旨味が爆発した。

火を通したことでトロトロになったタマネギが甘みと共に口の中にとろけだす。また、付けた塩が良い働きをしている。タマネギの甘みを引き立て、まるで果物の様に甘い。


ふぅー!ふぅー!


熱々の蒸気を口から逃がす。息をするたびガーリックの風味が鼻を抜け、それがまた食欲をかき立てる。

(ガーリックパワー全開!食べ始めたばかりなのにドンドンお腹が減っていく)

続いて、もう一玉。こちらも塩ガーリックでひと口にたいらげた。


(最後は味変で、)

レモン塩を皿に取る。ほんのり黄色く色付いたその塩は、乾燥させたレモンの皮が細かくすりつぶされ塩の中に入っているらしい。


その綺麗な黄色い塩をオニオンに付けて頬張る。

(うわぁ、なにこれ。お口の中がレモンシャワー!)

口に入れた瞬間、レモンの爽やかな酸味が鼻に抜け、揚げ物の油っぽさを洗い流してくれた。

(いいじゃないの!いいじゃないの!)


調子が出てきたので冷ましておいたトマトの串に再び手を伸ばす。

(今度はバジルで、)

この塩も乾燥させたバジルをすりつぶしたものが混ぜられている。ほんのり緑色の塩を直接串にかけ頬張った。

(トマトとバジルの相性抜群!口の中で二人が抱き合って溶けていく。永遠の恋人確定)


と、至福の時間に浸っている私の隣に別のお客がやって来た。

(この人、デキる!)

ふらりとやって来て迷うことなくカウンターに肘を乗せた姿は、まるでそこが自分の指定席だと言わんばかりだ。きっと常連客だろう。

通い詰めているお客が初めに選ぶ品は一体何か?残った最後1つのトマトを口に運びながら眺める。

「たまご1つね」

「はいよ!」

(え?たまご?)

さっき私が具材を選んでいた時には卵なんて置いてなかったはずだ!


店員は具材置き場とは別の場所から卵を取りだすと、それを油の中へ直接割り入れた。

(え!そのまま!?)

ジュワワワワァァー

タマゴの水分で勢いよく油の中から泡が吹き出す。


驚きつつ眺めていると店員はスプーンを両手に一本ずつ持った。

(スプーン二刀流!)

卵が上にぷかーっと浮かぶ。それを待っていた様に素早く2本のスプーンで油の中に広がった白身を器用に黄身へとまとわせていく。

さらに両手に持ったスプーンを交互に出し入れし、卵を油の中で優しく転がしていく。まるで赤ん坊を産湯に浸けるかの様にやさしく、やさしく。見ているうちにカリッと香ばしそうな色へと変わった白身をまとわせ卵が揚げあがった。


揚がった卵はカップに入れられ、スプーンを添えて客の前へ。

受け取った客は慣れた手つきで塩をたっぷりかけると黄身をためらうことなく潰し、すする様に食べ始めた。絶妙な火加減で揚げられた黄身は半熟トロトロで、見ているだけで喉が鳴る。

(絶対おいしいやつだ!)


私が羨ましそうに見ていたからか、店員がにっこり笑って教えてくれた。

「たまごは裏メニューだよ。タンピュラじゃないからね」

「それ、私も注文して?」

「お嬢ちゃん可愛いから特別だよ?」

お嬢ちゃんという言葉は引っ掛かるが、可愛いと言われたら悪い気はしない。

「お願いします。」

「はいよ!」


そのまま食べてもいいが、とろりと濃厚な黄身にパンを付けて食べたらおいしいはず!

パンが売っていそうな店が無いか、他の屋台を見回すとちょうどおあつらえ向きなパンの屋台が側に出てるじゃないの!

「すぐ戻ってくるから作っておいて!」

卵を揚げはじめた店員に言い残して、私はパンの露店へ駆けた。


場所や種族に捕らわれず幸せでお腹を満たすとき、しばし私はわがままになり解き放たれる。

誰にも口だしされず気ままに美味しいものを食べるという行為が、孤高と呼ばれるピコ族に与えられた最高の癒しといえるのである。


パンを買って戻ってくるとそれを待っていたように、店員が揚げたての卵を出してくれた。

「はいよ!」

早速、黄身を潰す。とろ~っとあふれ出る黄色いソースが食欲をそそる。

(塩は・・・・・・ガーリックでしょう。ここは)

塩ガーリックをたっぷりかけ、準備が整ったところで、買ってきたパンをちぎり、黄色い海へ沈めた。トロトロと、したたり落ちそうになる黄色い雫を舌で迎えに行き、すする様に口に含む。

じゅる!

(最の高!!)


よほど私が嬉しそうに頬張っていたのか、店員が話しかけてきた。

「美味しそうに食べるねぇ、お嬢ちゃん」

もぐもぐと口は動かし、目だけでこの喜びを伝える。


「可愛いからおまけだよ」

皿の上にカボチャのタンピュラが1つ乗せられた。

「んっ・・・・・・ありがとうございます」

小さな見た目もこういう時だけはありがたい。


オマケのカボチャも平らげても、まだまだお腹に余裕があった。ここでお腹を満たすのもいいがせっかくたくさんの屋台が揃っているのだから、次の屋台を目指し席を立った。

「ごちそうさまっ」

一品目から大当たりだ。さい先がいい。


(次はどれにしようかな・・・・・・ん?)

歩き始めたところで、あの御者と商人が揉めている声が聞こえてきた。

「よし!そんなに言うなら直接、組合に談判してやろうじゃないか」

「分かりました。では、シエルボまで付いてきてください」

ずっと押し問答を続けていたのだろうか?ついには行商人を乗せ馬車はシエルボへ引き返して行ってしまった。


呆れてしまう。私はこの時間、幸福に満たされていたというのに。

「時は金なりよ」

小さくなっていく馬車を見送りながら気が付いた。

(あ!半額返してもらうの忘れた・・・・・・)

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