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第3章3-11

3-11


・ピコのターン


「その呼び方はやめてもらえませんか?」

パパと呼ばれることが恥ずかしいのか長はそう言った。その表情はフードの下からでも照れているのがよく分かる。


「フード、脱いだら?」

私は長の言葉を聞き流して、自分もかぶっていたフードを脱いだ。アイオニオン教の教えに習い、外では一日中フードを被っていたがさすがに少し蒸れる。

手ぐしで髪をかき上げて蒸れた湿気を払った。


「エルフは家の中でも被ったままなのですよ」

そう言って長はフードを取ろうとしない。エルフの間では帽子を被ることを厳格に守っている。とはいえ部屋には二人しかいないのだから気にすることないのにと思ったが、きっと奥さんに厳しく言われているのだろう。

その服装もそうだ。長は奥さんと同じ真っ黒なローブを身にまとっている。黒を好む彼女の服の趣味に違いない。


世間ではエルフの長とは名ばかりで、実際のところ実権を握っているのは奥さんなのだとウワサされている。あの気性ではそう思われてもしょうがない。

奥さんからは全て自分の思い通りにしないと気が済まないといった高飛車な印象を受ける。長も肩身の狭い思いをしているのではと、他人事ながら同情してしまう。


髪を整え終えたところで、長が尋ねてきた。

「今回の冒険はどうでした?」

「どうでしたじゃないわよ、聞いてよパパ」

パパと呼ばれまた苦笑いしたが、私はその呼び方をやめるつもりはなかった。


”パパ”とは敬意を込めた呼び方なのだ。長とは血の繋がった実の親子ではないが、それでもパパと呼ぶのはピコ族の習わしだからだ。

守るに値すると認めた者にだけ親しみと敬意を払って自分の親の様に”パパ””ママ”と呼ぶ。これはピコ族の戦士としての誓いみたいなものだ。

だから本当の両親の事は父さん、母さんと呼ぶ。


長とは専属冒険者として契約を交わしている。

一般には専属冒険者の仕事は警護だ。しかし、長の場合は植物採取の為に冒険者を直接雇い各地へ派遣している。

私はピコ族の戦闘能力の高さと、未開の地へ分け入ることのできるサバイバル力の高さを買われて専属となった。一部族の代表の専属となることはとても名誉のあることだ。

本来なら主従関係なのだから、奥さんの言葉ではないが粗相など出来ない相手だ。しかし立場など関係なく娘のように扱ってくれる長を私は気に入っている。


優しくうなづきながら聞いてくれる長に今回の冒険のあらましをひとしきり喋り終えたところで、リュックから革袋を取り出した。袋を開け、小分けにして入れていた紙包みをいくつも取り出す。

それを見て、長が身を乗り出してきた。


「今回の成果よ」

目を輝かせ長は包みを手に取ると、開いて中身を確認しだした。それは私が西の山で集めてきた、木の実や草花の種だ。

植物の事は正直、私にはよく分からない。だけど一つ一つ丁寧にこぼさないよう包みを開けている長の姿を、毎回帰ってくるたびに見るのが私は好きだった。


一通り確認したところで長は顔を上げた。

「がんばりましたね」

嬉しそうに言ってくれるその言葉を聞きたくて、私はプラントハントをしていると言ってもいい。


「今回はそれだけじゃないわよ」

リュックから別の包みを勿体つける様にゆっくり取り出し、それを開いて中の赤い実を見せた。

長の表情が期待へと変わったのが分かる。


2㎝ほどの小さな赤い実を一粒取り、長の表情が今度は真剣なものとなった。

匂いを嗅いでからおもむろに、ほんの少し前歯でかじると舌の先で味わうように細かく噛み砕く。

その様子を見ながら、私も期待に胸を膨らませた。


しかし、長の表情はみるみるうちに曇っていく。

「苦い・・・・・・」

「あぁーあ、今回のも違ったか」

「残念ながら。色形や大きさはそっくりだったんですけどね。探しているものは食べると甘いのですよ」

そう言いながらかじった実を割って見せてくれた。


「種も違いますね。本当なら一つの実に2つの種が入っていますので」

私もその種を見せてもらった。細長く、乳白色をしている種が1つのみだ。

ここに来る前、確認の為に私も実を割って確かめたので知っている。


「2つ入ってないといけないのは知ってるけど、もしかしたらって思って・・・・・・」

「残念でしたね」

長は残念そうに笑った。その言葉は私ではなく自分への慰めだったのかもしれない。


冒険者なら誰もが知っている最高報酬額の依頼。赤い宝石とも呼ばれる実の採取。未だに本物を持ってきた者はいなかった。私も何度もこの屋敷に通って長に直接見てもらってきたが、今回もダメだったようだ。


長はその別物だった赤い実の包みを手に取ると、

「これも買い取らせてもらいますね」

そう言ってくれた。

本来なら利用価値のありそうな物にしか値はつかないのだが、長は何の実とも分からないそれを買い取ってくれるのだと言う。本当に植物が好きなのだろう。


それに、冒険者がどんなに苦労して実を持ち帰ったのかを知っているのだ。長のそういう誠実なところに惹かれ、私はパパと呼ぶことにしたのだった。


私はカップに残っていたお茶をすすった。

「はぁ、」

残念ではあったけど、お茶の酸味が気分をスッキリさせてくれる。


「そういえば、来る途中で面白いものを見かけたわ」

「ほう、」

「コッレの街を出たところに、旅人の木が生えててね。その木になってるオレンジを男の人がピョンピョン跳ねて取ろうとしてたの。まるでウサギのようだったわ」

「ふふっ、それで?」

長にとっても目的の物が手に入らず気落ちしているだろうに、そんな事を思わせるそぶりなど見せず、ニコニコとたわいのない世間話に付き合ってくれる。私は本当の父親にでも話すように語った。


「でね、腰に剣をさしている事に気付かないで一所懸命飛び続けているのよ。剣で払えば簡単に取れるのに。フフフッ」

「集中していると周りは見えなくなるものですからね」

「でも、側にはもう一人、女性もいたのよ。その人も気付かずにボーっと立ってて、フフッ。そうだ、その男の人はね黒髪だったのよ。でね、パパの息子かと思って近くに行って耳を確認したけど、尖がってなかったわ。ヒューマンで黒髪なんて・・・・・・」


話の途中だったが、私は言葉を切った。急に長が立ち上がった為だ。

(気に障ったのかな?)

黒髪という事に気を使っているのかもしれない。


急に立ち上がった事にビックリしている私を見下ろしながら、長は話題を変えてきた。

「最近何か気になった事はありませんでしたか?」

「・・・・・・気になった事って言われても、私ずっと山に籠ってたのよ?ああ、そういえば冒険者達と山の中で出会ったわ。西の山なんて滅多に人を見かけないから何かあったのかと思って山を下りたんだけど、最近モンスターが減っているんですってね。それで・・・・・・」


「ッ!!」

長は何か言いかけたのか手を口で押えた。その表情は明らかに驚いている。

「ど・・・・・・」

どうしたの?そう聞こうとする私に長は自分の口に人差し指を当て”喋るな”とジェスチャーを送ってきた。


「・・・・・・そうですか」

一言いって考え込んでから、

「そんなに冒険者がいるのでは先を越されてしまうかもしれませんよ?あの赤い実がどういった特徴なのか忘れないようにメモを書いてあげましょう」

静かに机へ向かい、引き出しから筆記具を取り出してペンを走らせる。


「まあ、無理はしないでくださいね。何が起こるか分かりませんから」

長は書いたメモを私のコートのポケットへそっと忍ばせた。私の目を見ながらうなずき、私もそれにうなずき返した。


「さあ、お腹も空きましたし夕飯にしましょうか。食べていかれるでしょう?」

「やめておくわ。あなたの奥さんに睨まれながら食べてもおいしくなさそうだし」

苦笑いした長は、私を屋敷の玄関まで見送ってくれた。


外に出てしばらく歩き、周りに誰もいない事を確認して私はポケットからメモ用紙を取り出した。

メモにはこう書かれていた。

『クロカミノ ダンセイヲ ツレテキテ クダサイ』

第3章ー完ー

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