第3章3-10
3-10
・ピコのターン
「粗相の無いようにの」
こちらを見下ろしながら如何にも高圧的に彼女は言った。
(子供じゃあるまいし)
何か言い返そうかと思ったが、やめた。彼女は威圧する態度を取ってくる、そういう人なのだ。
私は馬車に揺られてエルフ達の住むシエルボの街まで来ていた。
日も暮れかけていたが到着したその足でエルフの長が住む屋敷へ向かったのだった。
正直あまりエルフの長に会いに行くのは気が進まない。と言っても長と気が合わない訳ではない。気が進まないその理由は長の奥さんだ。
目の前で私の事を見下ろしてくる、そのエルフが苦手だった。
彼女は他のエルフとは違った見た目の特徴を持っている。それは、髪が黒い事。
エルフの多くは金髪だ。金髪といっても、茶色がかったものや灰色がかったもの、赤みがかったものや中にはプラチナブロンドとよばれる透き通るような美しいブロンドの髪を持ったエルフまでいるが、黒髪は珍しい。
彼女の場合その整った顔立ちや容姿はエルフそのものだ。けど、しなやかなストレートの長い黒い髪はエルフの中にあって際立って異質に映る。
その上、全身を黒い衣服で身を固めているため、更に異彩を放っていた。
エルフの長の妻だからかもしれない。エルフ達の間で彼女の悪い噂は聞いたことが無い。しかし、他の種族からはその異彩を放つ黒一色の見た目からダークエルフなどと影で呼ばれている。
見た目だけの判断で人からあれこれ言われるのはたまったものじゃない。それは小さな体のピコ族である私にはよく分かる。
だから私は最初、彼女が周りにひがみを抱いているのだろうと思っていたが、それは違った。彼女は他を寄せ付けない事を望んでいるような、あえて受け入れているようなそんな気概を持っている。
孤高と呼ばれているピコ族の私から見てもなぜそこまで意地を張らなければいけないのか不思議に思うほどに。
私は黒い彼女に促されエルフの長がいる客間へと入った。
その部屋は木の空間だ。床や壁、天井も板張りで、その板は掃除によって良く磨かれ黒光りし高級な雰囲気を醸し出している。
家具やテーブルも木製品で、同じように使い込まれたことで出る味わいが、部屋の雰囲気にマッチしていた。
何度来てもこの客間の落ち着いた雰囲気が私は好きだ。
この部屋が一見、格式が高そうにみえて実は落ち着く空間となっているのは全て木製品で統一されているからだろう。
さすが森の民と呼ばれるエルフの長の屋敷だと言ったところだ。
ソファーに座って待っていた長は私が入ると立ち上がり出迎えてくれた。
「さあ、掛けてください」
私をソファーへ座るように促す。
長の正面に座るとそれを待っていたように、タイミングよくお茶が運ばれてきた。
執事がカップにお茶を注ぎ始める。
キリッとした立ち姿でお茶を注いでくれる彼は、執事の様に振る舞っているけれども長の一番上の息子だ。長のサポートをしてこの屋敷で働いていると聞いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
目の前へ静かにカップをサーブしてくれたその立ち振る舞いは、女性なら一瞬でときめいてしまうような雰囲気をまとっている。
(こんな所にいないで外に出ればいいのに、もったいない)
お節介な事を思いながら注いでくれたお茶をすする。
(すっぱ!)
声には出さなかったが私がカップに注がれている真っ赤な液体をしげしげと眺めていたのを見てか、執事の彼が説明してくれた。
「町に着いてすぐこちらに寄られたようでしたので、お疲れかと思い疲労回復効果のあるハイビスカスのハーブティーにしてみました。酸味が強いと感じるようなら、これをどうぞ」
彼はそう言って、小さな器に取り分けられたジャムを私の前に置いた。
長は慣れたようにジャムをスプーンですくい、ちびちび口に含みながらお茶をすする。
私もそれにならってジャムを少しすくって口に含み、お茶をすすった。ジャムの甘みで酸味は和らぎ、いくぶん飲みやすい。
それに、彼が言った様に酸味のおかげか体がスッキリした気がする。
(さすが、エルフの長の屋敷ね)
出てきたお茶がハーブティーとはシャレている。
このシエルボの地ではエルフ達が様々な植物を長の指示の元に栽培し生活の糧としている。こういったハーブティーもそのうちの1つだ。
(・・・・・はいびすかす?)
聞きなれないお茶の名前だった。きっとまた冒険者から珍しい植物でも買い取って育てたものだろう。
長はありとあらゆる植物を集めるのが趣味だ。いや、趣味というより憑りつかれていると言ってもいい熱の入れようだ。
カップを揺らしてその真っ赤なお茶を眺める。白い磁器の肌に透き通るような赤い雫がまとわりついて綺麗だ。コッレへでも持っていけは見た目のキレイさも手伝って流行りそうに思う。
そんな事を考えながら、私が黙ってカップを見つめているので、長が気を利かせてくれた。
「もう、下がっていいですよ」
その言葉を聞き、執事は下がっていったが、奥さんは黙ったまま入り口付近で立っている。
「さあ、あなたも」
長に直接言われては留まる訳にはいかず、彼女も部屋を出ていった。私は目を合わさなかったが、睨んでこちらを見ているのだろうなという事が容易に想像できる。
人払いをしてくれたことで、ようやく二人でゆっくり話すことが出来るようになった。
「久しぶりですね」
「そうね、パパ」




