第1章1-5
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街の出口と思われる場所までやってきた。
階段の踊り場で見た防壁が眼前にそびえたっている。遠くからではそんなに高くないように感じたが側に立って見てみると結構な圧迫感がある。この壁に囲まれるように街はあるようだ。
街の外へ出るには門を通らないといけない。けど、そこには剣を携えた警備の兵と思われる男が2人立っている。
「門番がいるのか・・・・・・」
別にやましい事があるわけではないのだから普通に通り過ぎればいい。しかし万が一、職質でも受けようものならどうにも答えようがない。
正直に日本から飛ばされてきましたなどと言えるわけがないじゃないか。かと言って、適当にごまかすだけのトークスキルをオレは持ち合わせていない。喋るのは苦手だ。
もし話しかけられたら、
「詰む」
とりあえず様子を見る為、オレは門から少し離れた場所に腰を下した。さも(待ち合わせ中ですよー)的な空気を出しつつ、門から出ていく人たちを眺める。
馬車はひっきりなしに通っていくが、人の往来はそんなには無い。
そりゃそうだ。門から一歩外へ踏み出せばそこはモンスターがうごめく世界
モンスターの襲撃を防ぐための防壁なんだろうし、気軽に散歩気分で出ていける場所ではないのだろう。走って逃げるよりは早そうな馬車だけが、唯一モンスターから逃げ切る手段なのかもしれない。
時折、冒険者達が数名まとまって徒歩で出ていくのは確認できた。パーティーを組んでいるのだろうか?これからひと狩りしにいくのかもしれない。
門から出ていく勇ましい後姿を見送るたび、オレの胸は高鳴った!
(おぉ!ゲームの世界そのままだ!)
心が高ぶる!早く外へ出ってみたい!
そんな気持ちを抑えながら、1つ門を突破する作戦を思いついた。
(今度、冒険者の集団が通りかかったら素知らぬ顔で後ろを付いていこう)
上手くいけば冒険者の一員としてやり過ごせるのではないだろうか?
暫く観察したが門を出入りする人や馬車は、誰も呼び止められたり、身体検査や荷物の確認などを受けることなく通過している。
たぶん通ろうと思えばそのまま出られるはずだ。しかし、念のため冒険者になりすまして通る作戦で。
考えをまとめた時、ちょうど4人組の冒険者が目の前を通り門の方へ向かって行った。
(チャンス!)
オレは急ぎ足で冒険者達へ後ろから近づき、適度な距離で歩調を合わせた。
そのまま門に近づいていき・・・・・・通過する・・・・・・と、その瞬間!
「キミ、ちょっと止まりなさい」
その声にドキリとした!きっとオレの事だ。
だが気付かないフリをして通り過ぎようと決めた。
「キミだよ、キミ!」
門番は駆け足でオレに近づいて来る。
前を歩いていた冒険者たちも門番の声に気付き、後ろにいたオレの方へ振り返った。
(ああ!なんでだよ!!)
昔からそうだった。やたらと声をかけられるというか、変な事に巻き込まれやすいというか・・・・・・
例えば駅での事だ。
外人に声をかけられた事がある。その人はどの電車に乗ればいいのか尋ねたかったのだろう。大きな身振り手振りに片言の日本語を織り交ぜつつ、ほぼ英語でオレに詰め寄ってきた。
いや待て!ここは駅だ。オレに聞くより的確に道順を教えてくれる駅員さんがいるだろう!英語は苦手なのに、なぜよりにもよってオレに聞く!
こんなこともあった。
オレが電車の中で出発するのを待っている時、駆け込み乗車をしてきた女性がいた。ほどなく電車は出発したのだが、出発してからその女性はオレに尋ねてきた「この電車、~へ行きますか?」
まて!待て!出発してから聞くな!あなたが乗るべきだったのは向かいの電車ですよ!やめてくれ!次の駅まで気まずいだろ!
更には、声をかけられるのが嫌で電車の中では寝たフリをしていたのに、肩を叩いてわざわざ起こす人もいる始末。
なぜだ!?そんなに人当たりの良い顔つきなのだろうか?オレは!
走馬灯のようにめんどくさい記憶が蘇る。
(詰んだ・・・・・・)
オレは観念して近寄ってきた門番に向き合った。
「何でしょう?」
門番はオレの顔を見たが、すぐ目線を外し前を歩いていた冒険者たちの方へ向けた。
完全におざなり対応だ。オレの事は置いといて、周りから固めていくパターン。警察の職質そのままだ。
門番が冒険者達へ尋ねる。
「彼はお仲間ですか?」
冒険者の一人が答えた。
「いいえ、違いますが・・・・・・」
(くそっ!)
門番にはオレが仲間でないと分かっていたらしい。
そりゃそうだ。冒険者たちは皆、武器や防具を装備しているのに対して、オレは武器すら持っていない。この集団の中でオレだけ浮きまくりだ。
(いや、でも、そこは、ほら、己の拳を武器とする凄腕の武闘家に見えなくも・・・・・・無いか。)
人当たりの良い顔つきの武闘家。それはそれで怪しい。
「ご苦労様です」
門番が敬礼すると、冒険者達は、(なにがあったのだろう?)といった顔をしていたが、オレを置いてそのまま門を出て行ってしまった。
(薄情なヤツらめ!)
アニメやゲームではこういうのはイベントとしてよくあるパターンだろう!状況を察して口裏を合わせてやり過ごした後に仲間になる展開だ!
恨めしく冒険者の後姿を眺めるオレに門番が向き直った。
「あなた、その格好で外へ行かれるおつもりですか?」
その質問にオレは一瞬考えた。
(こういうのはおどおどしては負けだ。堂々とハッキリ答えねば!)
「ええ、ちょっと散歩ですよ。外の空気が吸いたくて」
言ってから恥ずかしくなった。
(バカかオレは!!モンスターのいる街の外へ散歩だと!?しかも外の空気が吸いたいとか、ここは既に外だっての!・・・・・・いや、それは街の外という意味で、家の中とか外とかそういう意味じゃなく・・・・・・)
なんて情けないトークスキルだろう。自分でも嫌になる。
門番は心配そうな顔でこちらを見ている。
(あー、その表情はどういう意味だ)
「何か武器でも持っておいた方がよろしいので・・・・・・」
彼が喋り終わるか、終わらないうちに即座にオレは答えていた。
「大丈夫です。足腰には自信があるので、いざとなれば全力で逃げますよ。いざとなれば馬より早く走れます、ハッハッハ!」
人というのは上手く喋ろうとすればするほど、相手の話は聞かなくなるものだ。
(なんだよ!馬より速く走れるわけないだろ!あと、いざ、いざ、言うな!かぶってる!)
自分で自分にツッコミを入れる。心の中では饒舌だ
慌てているオレとは対照的に、彼はいたって落ち着いた口調で言った。
「ですが、もうじき日が暮れます。外へ出るのはやめておいたほうがいいですよ」
そう言われて空を見上げた。まだ明るいが太陽は西へ傾き始めている。
「そうですね。また今度にします。それじゃ・・・・・・」
オレはあっさり引き下がると、街の中へと戻った。
どこかへ連れていかれるのかと覚悟したが、そんな事は無かった。
どうやらあの門番はオレを不審者とかそういう事じゃなく、丸腰だったのを本当に心配して声をかけてくれたようだ。
おかげで記念すべきモンスターとの初戦闘はお預けになってしまったが・・・・・・
舐めていたのだオレは、モンスターの事を。
これは例えるなら富士山にスーツ姿で登山するようなもの「山、舐めんな!」と「モンスター、舐めんな!」は同義なのだ。
富士山はスーツでも登れるかもしれないけど、死人だって出る事があるのが富士山。それと同じで、素手でスライムは倒せるかもしれないが、気を抜けば死ぬ事だってあるということだろう。
丸腰で挑むのはやめた方が良さそうだ。
しかし・・・・・・
(オレの初期装備、布の服なんですけど!!お金も無いし、武器が買えるわけないじゃん!その上、モンスター倒したいのに外に出られないとか詰むんですけど!武器は!?オレの武器!!知恵が武器とかラノベにありそうなネタはいいですから!物理攻撃が出来る・・・・・・もう、なんなら棍棒とかでも・・・・・・!?)
オレは気が付いた!
ゲームの中で最弱の武器。持っていないよりはマシと武器説明欄で既にディスられている”ヒノキの棒”の存在を!
最弱にして最安価!今のオレの所持金でも買うことが出来るかもしれない。
(もしかして、こういう時の為のヒノキの棒なのか!?)
ヒノキの棒の存在意義を確かめるべく、オレは武器屋を探すことにした。