第2章2-26
2-26
・チェアリーのターン
精一杯の作り笑顔をしたものの、ユウは黙ったままで私もかける言葉が見つからず静かに帰り支度を始めた。
川で顔を洗い、土手に放り出したカバンを取りに行く。その間、私は彼に声をかけるべきかどうか悩んでいた。
いくら弱いと言っても、スライムだってモンスターだ。容赦なく襲ってくる。
顔を覆って息を止めに来るのがスライムの常とう手段だ。1匹なら大したことなくても、もし集団で襲われたら恐ろしい相手にもなる。
スライムを見たらじっとしないで、動き回るようにと子供の頃に皆が教わる。動き回れば体当たりをかわし、張り付かれることもない。
もし顔に張り付いてしまった時もじっとしていてはいけない。諦めずもがき続ければ倒せるからだ。
(なんで、あそこまで・・・・・・)
彼がたった1匹のスライムにやられそうだったことが不思議だった。
無言の横顔をちらりと見て様子をうかがうが、ユウは目を合わせようとはしてくれなかった。
(聞けるわけない)
それは彼のプライドを傷つけることになる。
気にすることないと言って、励ましてあげればいいのだろうか?けど、黙ったままの彼に話しかけること自体、嫌がられる気がする。
(話したくない事だってあるよね・・・・・・)
そう思ったら、あることに気が付いた。
(そういえば・・・・・・街を出てから、時々様子がおかしかった)
河原に着いた時、ぼーっとしていたし、街を出たところでも遠くを眺めていた。それに門を出る時には緊張しているようだった。
ユウは何かを気にしているようなそぶりを時々みせていた。
(もしかして・・・・・・)
1つ思い当たる節がある。彼はモンスターに襲われて逃げてきたのだろうという事。
昨日、教会で初めて出会った時、彼は荷物をなにも持っていなかった。援助してもらう為に教会へやってきたのだ。今日の服装も教会の援助を受けたもののはず。
彼はモンスターに襲われ、全てを放り出して逃げなくてはいけない目にあったのだ。
(きっと、怖い思いをしたんだ)
モンスターに対してトラウマを抱いているのかもしれない。そう思った。
遠くを気にしていたり、街を出るだけで緊張していたりする事に説明がつく。
誰だってモンスターは怖い。
冒険者として経験を積んでいたって怖い思いをすれば、手が震え体が思うように動かなくなることだってあるはずだ。
彼も恐怖の記憶で動けなくなっていたのかもしれない。
(なんで、側にいてあげなかったんだろう!)
私はまた自分の都合だけで浮かれてしまっていたことに対して腹が立った。
(昨日と同じ繰り返しじゃない・・・・・・)
彼の気持ちに気付いてあげれなかった自分が、今度は情けなく思えてまた目に涙がにじんできた。
にじむ景色の中、彼が無言で街への道を歩き始める。
(だめよ!昨日と同じことを繰り返しちゃ)
私は前を行く彼を追いかけ、その手を取った。
そして、泣きそうな自分の顔を見られないよう先を行き、彼の手をギュッと握って離さないようにして歩いた。
彼はまだ無言だったが、手をつないでいるだけで安心感が生まれる。
(今度こそ側にいてあげよう)
そう、強く思った。
街の入り口まで帰ってきて、私は彼に尋ねた。
「今夜、どうする・・・・・・」
もちろん彼と一緒にいてあげるつもりだけど、彼の方から返事が聞きたい。
「・・・・・・うん」
なかなか返事をくれない彼は、疲れたような表情をしている。大変な目にあったのだからしょうがない。
くたびれた姿のユウを見て、この胸で優しく抱きしめて癒してあげたい。そう思い、私の方から切り出したのだけれど・・・・・・
「ねぇ?」
「あぁ、」
彼の返事はまだ重い。
言わなければ伝わらない。昨日、私は思い知ったはずだ。
言え!言え!心が急き立てる。
「明日からも一緒なんだから、その・・・・・・私の泊まっている宿に来ない?(言った)」
耳が熱を帯び赤くなっていくのが自分でも分かる。さっき泣いたせいもあって、顔全体が火照っているのを感じながら彼の返事を待った。
しかし、
「ここで別れよう、オレと一緒にいてもキミに迷惑かけるだけだから」
顔の火照りがいっきに冷めるような返事がかえってきた。
別れようという言葉に喉の奥がきゅーっと痛くなる。彼は自分が大変な目になったにもかかわらず、私に迷惑が掛からないようにと考えてくれたのだ。
(私はあなたの役に立ちたいのに!)
喉の痛みをこらえて、彼にすがる。
「私っ、迷惑だなんて思ってないから!お願いだからそんな事言わないで!」
彼の手を取り、離さないようにしっかりつかんだ。
(絶対離さない、離したりなんかしない!)
握った手に力がこもる。
すると私の思いが通じたのか、彼の口からポツリ、ポツリと言葉が漏れた。
「あぁ、分かった・・・・・・本当に、いいの?」
「うん、」
私達は門をくぐり、宿へと向かった。
私が道案内に先を歩く。
時々振り返ると、彼は素直についてきてくれている。お互い何も言葉は交わさなかったけど、さっきまでの気まずさは感じない。
(これから彼と・・・・・・)
顔のほてりは消え、不思議と落ち着いている。2人でただ静かに路地を歩き続けた。
(おかみさんには、なんて言おう)
宿へ向かう間、その事だけが気がかりだった。
察しのいいおかみさんの事だ、そっとしておいてくれるに違いない。
宿に入るとまだ夕暮れ前で時間も早かった為か、人はまばらだった。
「ちょっと待ってて、手続き済ませてくるから」
彼には待っていてもらい、私は宿のおかみさんへ話をつけにいった。
「おや、お帰り」
「ただいま、」
仕事中だったおかみさんは一瞬動きを止め、軽くうなずいた。
私の声や表情、仕草などを通して全て見透かしている。そんな目だ。
そんな風に見られたら、こちらは体がこわばり動きがぎこちなくなってしまう。
こわばる私の肩越しに、おかみさんは向こうで待っているユウをチラチラ見て気にしだした。
「あの人はその、これから私と一緒にやっていくことになった・・・・・・冒険者、デス」
「アンタのいい人なんでしょ?」
おかみさんはエルフである私に聞こえる程度の小声になって言った。
見え透いた嘘だったけど、何を言っても彼女には見透かされているようだ。
おかみさんは遠慮なくズバズバ聞いてくる。
「アンタまた泣かされたのかい?」
「泣かされたなんて(ユウのせいではあるけど、そんなんじゃないし)」
まだ目が赤く腫れているのかもしれない。しっかり川で洗ったつもりでいたのだけれど。
不安そうにおかみさんがつぶやく。
「優しそうに見えるんだけどねぇ」
優しいのは確かだ。そこは間違いない・・・・・・はず。彼女の言葉に少し心が揺らぐ。
おかみさんがなおもユウを遠目に見ながら言う。
「黒髪なんて珍しいねぇ、それにこの辺では見ない顔つきだ。ああいうのが好みなのかい?優しそうではあるけど、少し頼りない感じがするねぇ。そういえばエルフの・・・・・・」
(今朝は何も聞かないでくれたのになんで!?)
私はこれ以上、詮索されないように話を切り出した。
「今使っている部屋を引き払って、2人部屋に移動したいんです。空いてますか?」
おかみさんは私と彼を交互に見ると、
「やめとき」
キッパリ言い放った。
「え?」
「おばさんわかるんよぉ。こんな入れ替わり立ち代わり、人の出入りのある宿屋を長年やってると、その人の持ってる運命みたいなものが」
「はぁ・・・・・・」
「オーラというか、空気というか、匂い?みたいなもんだね。彼、女好きのする匂いプンプンさせてるよ」
「えっ!?」
匂いという言葉にドキリとした!私は今日、彼の匂いにクラクラしていたのだった。
「人の色恋沙汰に口は出したくないけど、ああいうタイプに入れ込むと苦労するよ」
「あの、でも、お金もないし、一緒なら2人部屋の方が安いし・・・・・・」
適当な理由をつけて話を進めようとするが、彼女はお見通しといった感じで聞いてはくれない。
「今、冒険者さんがみんな困ってるのは知ってる。アンタ、いいように言いくるめられたのと違う?」
「そんな事ないです!」
そこはハッキリと否定した。
「うーん・・・・・・それならいいけど。でも2人部屋はやめとき」
「だけど(彼の側にいてあげようと)」
「いいね。」
「・・・・・・はい、」
目を見据えて念を押されれば、普段からお世話になっている身分ではもうどうする事も出来ない。私は押し切られてしまった。
おかみさんは私の返事にニコッと笑うと、
「代金はひと部屋分でいいから」
肩にポンと手を置き、そう言ってくれた。
「え?でもっ」
「いいの、いいの、冒険者さん達は今、遠征に出ててどうせ部屋は空いてるんだから」
「そういうことなら・・・・・・ありがとうございます」
彼女は私から離れ際、そっと耳打ちした。
「アンタの事は娘の様に思っているんだから、自分を大切にしないと承知しないよ」
彼の部屋は私の部屋の真下になった。
おかみさんにはああ言われたけど、私は改めて気持ちを伝えておいた。
「あの・・・・・・いつでも呼んでくれていいから」
「うん、」
そのつもりでいたのに思わぬ横やりが入ってしまった。この状況に収まりが悪かったのか、彼も一言いっただけで部屋に入ってしまった。
私はそのまま彼の部屋の前で耳を澄ませた。中からはしばらくしてドサッと倒れ込む音とギシギシとベットの軋む音がしたのみで、後は何も聞こえてこない。
(今日は疲れたよね・・・・・・)
私も部屋へと戻った。




