第2章2-16
2-16
・ユウのターン
はぁーーーーーー。
張り詰めていた緊張感が一気に抜けてしまった。
彼女の態度からオレは察した。どうやらスライムは本当にザコのようだ。警戒するほどでもない相手らしい。
他のモンスターが出る可能性も考えていたのだが、彼女の警戒心の無さからそれもなさそうだ。
コッレの街はゲームでいうところの序盤の街なのだろう。周りを歩き回ってもスライムしか出てこない序盤中の序盤。
まあ、オレはまだスライムにすら出会っていない訳だが・・・・・・
(丸一日経ってもスライムに会えないなんて、どんな大作RPGだよ!)
昔やったゲームを思い出した。それは何年も発売延期を繰り返した誰もがタイトルを知っている超大作RPG。開発期間を何年も費やしただけあって、あまりにストーリーが壮大な為に1日かけてプレイしても戦闘場面に辿りつけず「スライム倒すのに1日かかった」とネットで揶揄させていた。
(まさか自分が体現するはめになるとは、)
ゲームでなら序盤の街には勇者の実家がある。街に戻れば何度でもタダで休めるが、オレは今日スライムを倒せなければ本当に野宿しなくてはいけないのだ!そう考えると少し焦り始めていた。
彼女も彼女だ。スライムを倒しに行くと伝えたのにさっきから寄り道してばかりいる。
その彼女は、オレの方を先ほどからチラチラ見てくる。そして、
「ユウ、取って」
枝になっているオレンジを指さし、オレにねだってきた。
それは、スーパーに売っているようなキレイな色、形をしたものではなく、明らかに人の手がかかっていない野生育ちのゴツゴツとした見た目だ。
「欲しいの?」
「うん!」
チェアリーは満面の笑みで、それが欲しいのだと言う。
(うちの姉ちゃんみたいだ)
さっきから自分勝手に道草を食ってるし、今度はオレンジをオレに取らせようとしている。
うちの姉も自分勝手でその上やたらとオレをこき使おうとするところがある。まるで弟は何でも言うことを聞いてくれる召使いとでも思っているのか?
(はぁ・・・・・・ハイ、ハイ)
こういうのには慣れてしまった。素直に従った方が事を荒立てずに済む。
「何なりとお嬢様のご命令のままに」
彼女に振り回された皮肉を込めて、少し芝居がかった感じにオレは応えた。いつも姉に接している様に。
樹には2個のオレンジがなっている。誰かが取っていったのか、野鳥が食べていったのか、他には見当たらない。
2個の内、1つはジャンプすれば届きそうだ。
オレは軽くジャンプした。
「よっ!」
スカッ
手は空を切り、指先すらかすりもしなかった。
今度は本気でジャンプする。
「ほっ!!」
コツっ
指先が当たった。
(惜しいっ!)
オレは肩から下げていたバックを下ろし、今度こそ本気のジャンプをした。
「フンっ!!!」
カツっ
指は当たるが掴むことが出来ない。
(くそっ!)
なんだか意地になってきて、オレはピョンピョン飛び続けた。
フン!フン!フン!フン!・・・・・・
飛び続けたせいで体がほてり熱い。羽織っていた布と帽子も脱ぐ。
(絶対取ってやる!)
布を脱いで身軽になったオレは腕を大きく振り、全身のバネを利用して跳躍した!
ぱちっ!
手がオレンジに当たったが上手くつかむことが出来ない。
「だはっ!」
オレは着地と同時に膝から崩れ落ちた。
(くそっ!もう一回)
そう思って顔を上げると、いつの間にか目の前に女の子が立っていた!上ばかり気にしていて側に来たことに気が付かなかったらしい。
(え!?誰?)
女の子は、膝をついていたオレと同じぐらいの背丈だ。
目深にフードをかぶり、その奥から覗く瞳とバッチリ目が合う。
辺りを見回したが、女の子しかいない。誰かと一緒に来たわけではなさそうだった。
(こんなところに子供が一人で?)
その子は小さな体に似合わず背中に大人用の大きなリュックを背負っている。
(遠足?)
リュックを背負っていたものだからそう思った。それにしても、女の子一人で出歩けるとは。モンスターがいるといっても、やはりこの辺りは安全なのだろう。
「こんにちわ」
オレの後ろからチェアリーが声をかけた。が、女の子はチラリと視線を移しただけで何も言わない。
(いい大人がオレンジ1個にみっともなかったかな?)
オレンジを取ろうと必死にジャンプし続けていたのを、ずっと見られていたのか。
きまり悪く立ち上がると、その子は無言でオレの腰を指さした。
(???)
指さされたあたりに手を伸ばす。腰に差した剣に指が触れた。
「あ、」
女の子は満足したのだろうか?何も言わず立ち去っていった。去り際に口元が笑っていた気がする。
(はずかしい)
オレは剣を抜き、軽くジャンプして枝ごとオレンジを払い落とした。
(初めての獲物がオレンジの枝とは・・・・・・つまらない物を切ったぜ、ちくしょう!)
切り落とした枝を拾い上げ、オレンジをもいでチェアリーに渡す。
「ありがとっ」
お礼を言った彼女も少し苦笑している。オレも照れ笑いした。
「ははっ」
取ってしまってから聞いても遅いが、気になって彼女に質問した。
「勝手に取っちゃったけど、いいの?誰かに怒られない?」
「え?いいのよ、だって旅人の木だもん」
「旅人の木?」
「そう、街道沿いに植えられている植物は誰のものでもないから自由に採ってもいいのよ」
「へぇー」
日本では土地の所有者がいて、その木の持ち主もいて、例え収穫されずに放置されていたとしても、勝手に取ったら窃盗罪だと言われそうだ。
(旅人の木・・・・・・いいなぁ)
旅人が休憩の合間に果物をもいで食べているなんて、ファンタジーの世界そのもので絵になる。その姿を頭の中で妄想した。いや、オレの目の前にはエルフがいる。今まさにファンタジー世界に来ているのだ。
せっかく取ってあげたのだから彼女がオレンジを頬張る姿を期待するも、渡したオレンジは軽く汚れを拭いただけでコートのポケットへしまわれた。
(今、食べないのかよ!)
ツッコミを入れかけて、オレは重要な事に気が付いた。
(そうだ、昼飯の用意をしてない・・・・・・)
今朝、全財産をライリーさんに渡してしまったので、リンゴすら買うことは出来ない。だけど街さえ出られればスライムを倒してお金を得られるだろうと楽観的に考えていた。スライム退治をしてから飯にすればいいと思っていたのだ。
(そろそろ昼だけど、)
彼女はどうするつもりだろう?大きなバックを抱えているから何か食べられる物が入っているのかもしれない。オレンジはデザートのつもりか?
(せめてそのオレンジをオレに、)
あまりおいしそうなオレンジではなかったが、それでも腹の足しになればと考えていると、
「そろそろお昼だし、河原に着いたらご飯にしましょ。私が手料理作ってあげる」
彼女からありがたい提案をされた。
「え、マジで」
「うん!」
チェアリーはにっこり笑う。
(天使かよ!)
笑顔がまぶしい!まるで後光がさしているようだ。
彼女には振り回されはしたが、これで報われる。パーティー組んでて良かったと、この時初めて思った。
そうゆうことならと、さっそく河原へ向けて歩き出すオレをチェアリーが呼び留める。
「ユウ、帽子!」
慌てて彼女がオレに帽子を差し出す。
「ああ、(あんまり似合ってる気がしないんだよなぁ)」
熱かったこともあり帽子を受け取ってそのまま手に持って行こうとすると、またも彼女が呼び留める。
「ダメよ!ちゃんとかぶらなきゃ。マナーでしょ」
(マナー?)
「マナーって・・・・・・」
何?と聞きかけたところで、オレは言葉を飲み込んだ。
(ヤバイ!これ地雷だ)
モンスターが出てくる気配も無く飯にもあり付けそうで気が緩んだのだろう。思わずこの世界の事情を質問してしまうところだった。
(素性を隠すのも大変だなぁ、)
なぜ帽子をかぶらなければマナー違反なのか気にはなる。が、オレは素直に帽子をかぶった。
(そういえば、街の人もみんな帽子をかぶっていた気がする)
オレの初期装備もなぜか布の服に帽子という、ちぐはぐな格好だった。
考え事をしているうちに彼女はオレの後ろに回り込み、布も羽織らせてくれた。
(これはマナーとかじゃないよな?)
正直、ヒラヒラしていて邪魔なのだが、せっかくライリーさんが見繕ってくれたものだし、着ないわけにはいかない。
準備も整ったところで、オレ達は河原へ向け再び歩き出した。




