第1章1-3
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(それにしてもこの格好、恥ずかしい・・・・・・)
教会の敷地を出て、歩きながらそんな事を思った。オレが今着ている古代ローマ人もどきの、なんちゃってコスプレのことだ。
ゲーム風に言えば装備させられていたのは古き良きRPGに登場する初期装備の定番”布の服”というものだろう。
大きな布袋に頭と手を出す部分だけ穴を開けた様なシンプルなつくりの服。それだけでは流石にあんまりだと判断されたのか腰には革のベルト、足は革製のサンダル、頭には中折帽といういで立ちだ。
(誰のコーディネートだよ)
今どきのアプリゲームなら初期装備から既にカッコよさげな物が無料でついてきそうなものだが・・・・・・イラストレーターへの料金をケチったのだろうか?
「ティザービジュアルは大切ですよー」
オレはこの世界の開発者が見ているようなつもりで、小声に出して呟いた。
それにしてもだ。布の服はみすぼらしいのに帽子はそこそこ良い素材で出来ていていた為、二つを合わせるとちぐはぐなイメージを醸し出している気がする。
オレは普段から帽子をかぶったりしない。しかし、せっかくの初期装備なのだし外すわけにもいかない。
オレ的には帽子をかぶる人はオシャレさんというイメージだ。そういう方面には無頓着なオレにとっては縁遠いアイテムだ。
それでも先ほどから斜めにかぶってみたり、深々とかぶったりして使いこなそうと試みてはいる。だが普段かぶり慣れていない事もあって、どうにもしっくりしない気がする。
(つばが広いせいか?)
言うに事欠いて、似合わないのを帽子のせいにする始末。
つばが広いのは日よけの為なのだろう。実用性重視なのだ。オシャレさんがかぶっているスタイリッシュな物とはちょっと違う。
周りを見渡すと同じような格好をしている人は以外に多い。皆、布の服に帽子をかぶっている。
この世界では労働者の服装といったところなのかもしれない。
汗して働いている人はいいが、服一枚しか着ていないと少し肌寒さを感じる。日本の季節で言えば春先ぐらいだろう。空気は澄んでひんやり。でも空は晴れ渡って日差しはあるので、ポカポカしているのが救いだ。
が・・・・・・
肌寒いのは我慢しよう。けど、まずズボンを穿きたい!
この布の服、裾がひざ辺りまであって見ようによっては女性物のワンピースのようでもある。
ズボンを穿いていないのでさっきから歩くたびに股間がスースーして落ち着かない!ひんやりとした空気が股間を駆け抜けていくたび普段とは違う服装である事を意識させられる。
(こうやって体験してみると、よく女性はスカートで人前を歩けるよな)
開けっぴろげに下半身をさらしているようで、とても恥ずかしい。
スースー、スースー、スースー
(こんな感覚、ハジメテ♪)
まさかオレに女装癖が芽生え始めた!?
一人でバカみたいな事を考えて、一人で笑いをこらえていると、ふと重要なあることに気が付いた。
(あれ?やけに風通しがいいのはもしかしてオレ、パンツ履いてない?)
女装癖どころではない。これでは、わいせつ物陳列罪で逮捕されかねないではないか!
スースー、スースー、スースー
気になり出したら急に歩くことも恥ずかしくなり、身動きがとれなくなってしまった。
人の往来がある場所でおおっぴらに確認するわけにもいかず、さりげなく服に付いたホコリを払う仕草でパンツの有無を確認する。さりげなく、さりげなく。
ポン!ポン!ポン!
(うん?)
ポン!ポン!ポン!
(履いてはいるようだけど・・・・・・なんか、包帯の様な布が巻かれてる?いや、フンドシか?)
とりあえずオレの股間は何かしらの布でガードされていたようだ。
(後でちゃんと確認しよう)
一応安心できたところで、服装の問題もとりあえず後回しだ。
今は・・・・・・
(朝ご飯が食べたい)
あても無く歩き出したはいいが腹が減った。どんなに突拍子も無い出来事が起ころうとも人間はやっぱり食べることが最優先事項なんだなと、この世界に来てつくづく感じる。
何か食べ物を売っている店が無いかと辺りを見渡す。
(コンビニなんてないよなぁ)
言葉や文字など都合のいいこの世界のことだ、コンビニがあってもおかしくはないのでは?そんなことを考えながらウロウロしてみるも、それらしい店は無かった。
コンビニなら大概、人通りの多い場所を歩けばすぐに見つかる。
(当たり前だと思っていることが実は凄いことなんだなぁ)
日本というのは本当に便利な国なのだと、これまたつくづく感じ始めていた。
ウロウロしているうちに分かったが、どうやらこの世界は中世ヨーロッパの時代という設定のようだ。
設定という表現が正しいのか分からない。でも行きかう人々の服装や建物など、ゲームに出てきそうなファンタジー世界そのままだ。
目の前を”馬が引く”馬車が通り過ぎていく。
(意外に普通だな)
馬車なのだから馬が引くのは当然ではある。でもせっかくの異世界なのだし小型の恐竜とか、でっかい鳥型のモンスター(黄色ならなおよい)が荷台を引いていてもいいと思うのだが?その辺はリアル志向なのだろうか?
行きかう馬車を横目に路地を歩く。
コンビニは無かったが、それでも飲食店らしき所ならいくつか見かけた。
しかし・・・・・・
おもむろに、さっき恵んでもらったコインを取り出し数える。
500と刻印された銀色のコインが1枚、100と刻印された銀色のコインが3枚、10と刻印された銅色のコインが5枚、1と刻印された白色のコインが2枚。
これらも開発者?のこだわりなのか素材や色など、限りなく見た目は日本円に近いコインだ。
日本円なら852円になる。コンビニで500円弁当とペットボトルのお茶、食後のデザートまで買える金額だ。
けれどここは慎重にならなければいけない。表と裏に数字と誰だか知らない肖像画が刻印されているだけのこのコインは単位が分からないし、さらにこの世界の物価水準も知らない。
(果たしてこれで、どれくらいのものが購入できるのか?)
考えも無しに飲食店へ入って、食べた後にお金が足りませんでしたでは牢獄行きだ。
「詰む、」
異世界に来て早々、牢獄行きなど絶対避けたい!
(だったら簡単に買えて単価が安そうなパンとかおにぎりとか・・・・・・おにぎり?異世界でも米はあるのか?米が食べられないのは辛いな)
とめどなく溢れてくる疑問。しかしその疑問に不安になるどころかオレはちょっと楽しくも感じ始めていた。見るものすべてが新鮮に映り、ちょっとした旅行気分でもある。
(腹は減っても、異世界サイコー!)
ぐぅ~
テンションは高かったが、体は正直だ。食べ物をよこせと、腹が鳴る。
歩き回ったあげく簡単なテントを張った露店がいくつか並んでいる通りを見つけた。
生鮮食品、主には野菜を売っている露店が目立つ。ちょっとした市場と言った感じだ。
(ピーマン、パプリカ、ジャガイモ、ナス?ズッキーニかな?それにトマトか?あれは?)
目に止まったそのトマトらしき野菜はオレが知っているぼてっとした丸い形ではなく、長細いものや、ボコボコと丸い突起がいくつも生えたもの、小ぶりのカボチャのような形のものなど、変わった形をしていた。それらが種類ごとにカゴに入れられ並んでいる。
トマトならそのまま丸かじりで食べられそうに思うのだけれど。
(本当にあれはトマトなのか?異世界の食べ物だし、うかつに口にして腹を下したら嫌だな)
オレは露店の間をゆっくり歩きながら、食べられそうな物を慎重に品定めした。
(もっと他に、安心して食べられそうなものは・・・・・・!?)
目に止まったのはリンゴを売っている露店だった。真っ赤に色づき、ツヤツヤと照りのあるリンゴが山積みにされている。
(この艶のある赤色、そして形、見るからにリンゴ!これがもしリンゴでなかったら開発者(神さま)出てこい!バグだぞ!)
「ハイ、らっしゃい!」
オレがマジマジとリンゴを見ていたから、店のオヤジに声をかけられてしまった。
本当はもっと他の露店を見てから、値段を比べたかったのに。
声をかけられてしまっては買わずに立ち去るのも心苦しい。オヤジは愛想の良い笑顔をこちらに向けている。
「このリンゴを1つ」
しかし良いチョイスだと思う。リンゴならすぐその場で食べられるし、どこの世界でもリンゴはリンゴのはず(たぶん)腹を下すこともないだろう。それにリンゴ1つ、そんなに高くはないはずだ。
積み上げられたリンゴには手書きの値札が乗せられていた。値札には50と数字が書かれている。
(きっと銅色のコイン5枚で足りるはず)
そう思っていたそばから、オヤジが代金を催促してきた。
「50カッパだよ」
(今、なんて言った?かっぱ?)
オレはポケットからゆっくりコインを取り出し、手の平の上で数えるフリをして時間稼ぎをした。コインが何枚あるかはさっき見ているから覚えている。ただ”かっぱ”という単語が引っ掛かかった。
(かっぱ?お金の単位だよな?値札は50なんだから銅色のコイン5枚で・・・・・・まて!まて!まて!単位が違ったらどうする?オレが持っているのは恵んでもらったお金だぞ?ちょっとした価値しかないかもしれないじゃないか。このコインだけで足りるのか?)
ふと顔を上げると、オヤジがいぶかしげな表情でこちらを見ていた。
(あぁ、変な客だなと思われてる)
オレは愛想笑いをしてごまかした。
(ええい!しょうがない!)
考えていても分かるはずもなく、唇をかみしめ持っていたコインを全部オヤジに渡した。
(足りなかったら足りなかったで買えないだけだし、恥をかくだけのことだ。ちっぽけなプライドなんてさっき粉々に砕かれたんだ。そのプライドを捨てて手にしたお金で今リンゴを買おうとしているんだぞ。参ったか!)
誰に何の勝負を挑んでいるのか自分でも分からない。心の中で喧嘩を売っているうちにコインを受け取ったオヤジは手のひらの上で広げて確認すると数枚をつまんで受け取り、残りが返ってきた。
「はいよ!おつりとリンゴ1つね」
「あ、どうも。」
リンゴとコインを受け取り、そそくさと歩き出した。歩きつつコインの枚数を確認してみる。
(えーっと・・・・・・銅色のコインが・・・・・・5枚無くなってる)
どうやら気を回しすぎたようだ。
オレは行きかう人たちの邪魔にならないよう、リンゴを落ち着いて食べられる場所を探した。リンゴをかじりながら少し頭の中を整理したい。
「ここでいいか」
選んだのは階段の踊り場。
ちょっとした休憩スペースになっていて、ベンチが置かれている。
かなり歩き回ったつもりだが、まだ街の全貌はつかめていない。
しかし、この街が丘の上に建っているのは何となく分かってきた。それは、やたらと坂と階段が多いからだ。
オレが目を覚ました西方教会は丘の上の方に建っていたらしく、ここまで坂を下りながら散策してきた。
この休憩場所に選んだ踊り場も、そこかしこにある階段のうちの1つだ。
ベンチが置かれているだけあって、ここは見晴らしが良い。目の前は開けていて、オレンジ色の瓦屋根に統一された街並みが眼下に見渡せる。
「さて!飯だ」
さっき買ったリンゴを取り出し、おもむろにかじりついた。
シャク!んぐ、んぐ、んぐ、ゴクリ。
(うん!リンゴだ。)
これがリンゴじゃなかったらどうしようかと思ったが、味、香り、歯触りなど、いたって普通のリンゴだった。
(リンゴじゃなければそれはそれで”オイシイ”けどな)
そんな事をふと思った。
オイシイというのは味の事ではない。
リンゴじゃないリンゴを写真に取ってSNSにあげればバズりそうで、ネタ的にオイシイという意味だ。
(承認欲求の塊かよ、フッ)
こんな異世界に来てまでネタ探しをしてしまうのだから呆れる。そもそも携帯がないのだからどうにもならないが。
けど今この状況が最大のネタだと思うとやっぱり少しおしい気はする。
(異世界に携帯持ち込めたら助かるんだけどな)
異世界で神様から与えられた携帯を使って活躍するという、どこかで読んだラノベのネタを思い出した。
携帯と言えばオレはいつも携帯で時間を確認している。その癖が抜けず、散策中も何度か無意識のうちに胸のポケットから携帯を取り出す動作をしていた。笑ってしまう。時間などもう気にする必要など無くなったというのに。
以前、携帯で時間を確認するオレに会社の先輩が言った事がある。
「社会人なんだから、腕時計くらいはめたらどうだ」
その先輩は如何にも高級そうなちょっとゴツイ腕時計をはめていた。
社会人のたしなみ?
携帯も腕時計でも時間を確認するならどちらでもいいはずだ。
ただし、取引先や客人の前で携帯を取り出すのが失礼に当たるというのなら、それは腕時計で時間を確認するのだって相手は「時間を気にする人だ」と、いいイメージを抱かないはずだが?
社会的ステータスを誇示したいのだろうか?見栄だろうか?そう思ってしまいオレは腕時計は買わずじまいだった。先輩とは議論するつもりは無いので「そうですね」とだけ答えたのだった。
シャク!んぐ、んぐ、んぐ、
時間に縛られる社会人ではなくなった。時間を気にする必要も無い。そうは思っても今何時頃だろうと思い空を見上げてみた。
太陽はオレの真上にある。随分歩いたつもりだったが、まだ正午ぐらいか。
けど、この異世界が地球と同じように自転して、今見上げた恒星の周りを一周365日かけて公転しているとは限らないが。
シャク!んぐ、んぐ、んぐ、
朝から何も食べていなかったのだ、リンゴがとても美味しく感じる。
んぐ、んぐ、ゴクリ。
そういえば、水も飲んでいない。果汁が喉を潤してくれ、生き返る思いがした。
シャク!んぐ、んぐ、んぐ、
(にしてもこの世界は親切というか、優しいというか)
眼下に広がる街並みを眺めつつ、そう思った。
お金を恵んでくれたこともそうだが、さっきリンゴを買った露店のオヤジもそうだ。代金の勘定もできないような変な客だったのだから、おつりをちょろまかそうと思えば出来たはずなのにちゃんと返してくれた。
海外の話だが、おつりはチップとみなされて返してくれないと聞いた事がある。
(やはりこの世界の神様?ゲームプログラマー?は、日本人に違いない)
チップという文化が無い日本ではおつりが帰ってこないなんてありえない。
「優しい世界か」
誰も傷つかない優しい世界・・・・・・如何にも今どきのラノベにありそうな世界設定だと感じる。
いや、運が良かった。もし自分が転生したこの世界がいきなり血で血を洗うようなバトルもの展開だったらと思うと背筋が寒くなる。オレのような一般人が戦える訳がないじゃないか。
心から優しい世界で良かったと安心した。
シャク!んぐ、んぐ、んぐ、
(そうだ、リンゴはあと幾つ買えるんだっけ?)
頭の中で暗算する。
残りのお金は802。リンゴが1つ50だから、16個買える。
(一食をリンゴ1つで我慢するとして、1日3個。5日でお金が底をつくな・・・・・・もっと味わって食べよう)
シャク!んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、
リンゴで食いつなぐことの出来るこの5日のうちに、何とかお金を得る方法を見つけないと、
「詰む、」
かなり深刻な状況にもかかわらず、オレは意外に冷静だった。それはさっき教会で話していた冒険者たちの言葉を思い出したからだ。
「あなたねぇ、うちが金欠だってのに、人様に恵んでやる金があるの!」
「なんだか困ってそうだったからつい、金なんてモンスター倒せば・・・・・・」
「そのモンスターが最近スライムしか狩れてないから困ってんでしょ!」
冒険者達はこう言っていた。
つまり、モンスター退治でお金を稼げるらしい事が分かる。そして、そのモンスターの中にはスライムがいるらしい。
スライムといえば序盤の町を出ると大抵最初に出会う最弱モンスター。異世界初心者のオレにでもなんとかなるのではないだろうか?
ただ、思い出してみると最近のラノベ界ではスライムが必ずしも最弱とは限らなくなってきている。スライムが魔王を目指すような展開のストーリーだってある。
それでもだ「スライム”しか”」と、オレの耳はしかと聞いた!
これはスライム以外にもモンスターはいるが、スライムが最弱だという事を言い表しているのではないだろうか?
シャク!んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、んぐ、
ゲームのRPGでキャラのレベル上げをしている時、思っていた事がある。「モンスターを倒すだけでお金が貰えるなんて羨ましい世界だ」と。
ゲームの中の勇者達には世界を救うという目的があり、強い敵に立ち向かって行かなくてはいけないかもしれないが、オレは普通の村人になって弱い敵だけを倒しお金儲けをしたいと妄想していたのだ。
それにわざわざ危険を冒してまで強い敵と戦わずとも、スライムだけ倒していればいつかレベルはカンストするのではないだろうか?強くなったその後、世界を救えばいいのだ。ゲームしながらそんな斜に構えた見方をしていた。
シャク!シャク!シャク!
残っていた果肉にかぶりつき一気に食べきったオレは勢いよくベンチを立った。
「よし!スライム退治だ!」
目標は決まった。
(当面はスライムを倒しつつお金を稼ぐ!これだな)
そしてもう一度、この見晴らしのいい踊り場から街を見渡した。ここから見える建物で気になる物があった。
(防壁か?)
ここからでは全貌を確認できないが、どうやら街を囲むように壁がぐるりとそびえたっているようだ。
高さは、手前に建っている二階建ての家と比べても低いくらいだ。5メートル程の高さだろうか?きっとモンスターの襲撃を防ぐための壁なのだろう。
(あれくらいの高さで防げるという事は、巨人タイプのモンスターはいないみたいだな)
それだけでも妙に安心する。巨人相手には勝てる気がしない。何か空を飛んで戦える装置でもあれば別だが、そういうバトル一直線の世界は望んでいないのだ。こちらから御免こうむる。
オレが望むのはスローライフで穏やかな生活!後は少しばかりムフフな展開が待っていれば文句は言わない。いや、本当に。
「とりあえず街の外に出よう」
空腹を満たしたオレは階段を軽やかに下った。