第2章2-9
2-9
・ユージンのターン
「こちらこそよろしくお願いします・・・・・・」
「ハイ!」
彼女はオレの言葉に満面の笑みで返事をした。
(ぐはッ!!)
その笑顔は男なら絶対勘違いしてしまうような反則的な可愛さだった。
(スマイル0円なんてウソだ!その笑顔にオレはいくら払えばいいんだ!)
ただ笑っているのではない。心から喜んでいるのが自然と伝わり魂が清められる様な笑顔だ。
屈託のない笑顔に自分が下心を持ってパーティーを組もうとしたことが恥ずかしくなってくる。
(今朝、教会の倉庫で軽率な行動はとらないようにしようと誓ったばかりなのに)
エルフとの出会いは、この世界の神様がオレを試す試験のようなものかもしれない。そんな風に思った。
というのも、さっきから誰かに見られているような気がしてならない。神様がいるのなら早く出てきて覗き見をするのはやめてほしいものだ。
辺りを見回してみるが、近くには誰もいない。オレを見ているのは目の前で顔をほころばせているエルフだけだった。
彼女を改めて見ると、オレを見つめるその青い瞳にはうっすら涙がにじんでいる事に気付いた。
(えぇ!泣いてる!?)
オレの視線に気付いた彼女がとっさに背を向ける。
「ごめんなさい。嬉しくって」
そう言いながら涙をぬぐった。
(泣くほど嬉しい?パーティーを組むことが??)
この世界の事はまだ何も知らないが、パーティーを組むというのは泣くほど喜ぶことなのだろうか?ちょっと大げさな気がする。
だが、実際に目の前の彼女は泣いているのだ。
(これはどういう状況なんだ?)
オレは考えた。
(ハッ!!もしやオレはとんでもない契約を結んでしまったんじゃないのか!?)
ここは異世界だ。何かこう”エルフの力”的なもので、その手を取った瞬間オレにとっては恐ろしい契約が成立したとか、しないとか・・・・・・
ラノベにありそうな展開を想像してしまう。
(いや、これほど素直な笑顔の出来る人が、誰かをダマすような事をするはずがない。だったら他にどんな理由が?)
その理由を探してオレの脳がフル回転する。
(そういえば、ギルドの中は人がまばらだった!もしかしてこの世界、オワコンなんかじゃないよな・・・・・・)
プレイヤーに飽きられ、人もまばらな”終わったコンテンツ”オワコン。
人がいなければおのずとパーティーを組むのも難しくなる。
(街の人たちはみんなNPCで、彼女はこの世界の数少ないプレイヤー。仲間を探していたところにオレと出会った的な?)
『異世界転生したら、そこはオワコンだった件』ひねりの無い直球ラノベタイトルが頭に浮かぶ。
(それはそれで面白そうだけどな。人がいないのなら自由にできそうで)
オレがくだらない妄想をしているうちに涙の収まった彼女が振り返り、また反則的な笑顔を振りまく。
「私はアリーチェ。あなたの名前は?」
満面の笑みで自己紹介した。
(ぐおっ!!こんな笑顔と名前のダブルセット喰らったら、もうお腹いっぱいいっぱいですっ)
少し涙ぐんだ笑顔に心がざわついているのに、そこで自己紹介なんてされたらオレはこの光景を一生忘れないだろう!”アリーチェ”その名前はオレのハートに深く刻まれた。
(男なんて単純なんだから、この辺で勘弁してくださいっ)
浮かれた声を出さないように気を付けて彼女の質問に答える。
「オレはユージン」
まだこの名前を口にするのは慣れない。言った自分が恥ずかしくなってしまう。言葉に出してみると、改めて変な名前じゃないかな?と気になった。
しかし、彼女はオレの名前を聞くとすぐさま
「じゃあ、ユウ君だね!改めてよろしくねユウ」
あだ名で呼び始めたじゃないか!
またその仕草が可愛い。少し首をかしげてオレの顔を覗き込み、まるで天使の様な笑顔をみせているのだ。
(げふっ!!いきなりあだ名で呼ばれた!)
しかも彼女が呼んだそのあだ名はオレの本名「悠人」の悠の字から取ってつけられた家族の中だけの呼び方だった。
家族しか呼ばないあだ名をいきなり異性に使われるその破壊力と言ったら!!
笑顔の天使に不意打ちで後ろから後頭部めがけて鈍器を振り下ろされたようなものだ。
(痛恨の一撃。いや、会心の一撃!)
泣いている女性というだけでも男にとっては弱みなのに、さらに追い打ちをかける天使の様な笑顔。その多段攻撃からとどめのあだ名呼びというクリティカルヒットを喰らったオレは平静さを装うのに必死だった。
(惚れるだろー!!)
これも神様の試練だろうか?
(勘違いするな!勘違いするな!勘違いするな!)
彼女の攻撃を防ぐ呪文の様に、オレは心の中で勘違いしないように自分に言い聞かせていた。
勘違いしてはいけない。彼女はこれからパーティーを組むオレと打ち解けようと、ワザとあだ名呼びしただけだ。
(じゃあ、オレも何か呼びやすいあだ名を付けてあげようか、)
彼女の連続精神攻撃にオレのHPなどほとんど残っていないが、このままやられっぱなしで何も返せないのはあまりに男として情けない。一矢報いねば!
そう思いあだ名を考えた。
(略すならアリー?いや、普通すぎる。じゃあ、チェ?革命起こしそうだ)
アリー、チェ、リーチェ、アリチ、チェリー、チェアリー・・・・・・名前を並び変えながら、頭の中で候補を上げていく。
前後を入れ替えただけで単純だが、”チェアリー”が音の響きが良さそうだと思った。
「チェアリー・・・・・・」
「え?」
「君のあだ名。これからオレもチェアリーって呼んでいい?(よし!言ってやったぞ)」
先手は取られたが喋るのを苦手にしているオレにとっては渾身の一撃を返せた。
けど、
「うん」
(あれ?反応、薄っ!)
オレの放った渾身の一撃は難なくかわされたようだ。
彼女の反応の薄さから後悔の念が湧いてくる。
(あー、なんかこれー、滑ったぽいなー)
完全に乗せられた・・・・・・いや一人で舞い上がっていただけだ。恥ずかしい。
しかし、言ってしまったものはもう取り消せない。オレは意地になってこのまま押し通すことにした。
「じゃあ、そろそろ行こうか。チェアリー」
「うん」
何か気まずさを残して、オレ達は冒険者ギルドを後にした。
・アリーチェのターン
「こちらこそよろしくお願いします・・・・・・」
「ハイ!」
彼が私の手を取ってくれた嬉しさで、自然と笑顔になってしまう。
(良かった、許してもらえて)
そう思ったら気が緩んで、今度は涙が出てきた。
泣いちゃいけない。また今朝のようにひどい顔になってしまう。彼にそんな顔見せたくない。
私は彼に見られないよう後ろを向き、溢れてしまった涙を指でふき取った。
「ごめんなさい。嬉しくって」
ハァー・・・・・・
呼吸を整えてから心の中で気合いを入れた。
(よし!自己紹介しなきゃ)
私は振り返って、精いっぱいの笑顔を作り名前を名乗った。
「私はアリーチェ。あなたの名前は?」
本当はさっき受付で彼がユージンと呼ばれていたから名前は知っている。それなのにわざわざ聞いたのには理由があった。
私には憧れがある。いい人が出来たらお互いにあだ名で呼び合うという憧れ。
昨日、自己紹介を頭の中でシミュレーションした時、最初からあだ名で呼ぼうと決めていた。本番は今日になってしまったけど、おかげで事前に彼の名前を知ることができ、あだ名を考える時間もあった。
私の問いに促され彼が口を開く。
「オレはユージン」
これを待っていた!彼が名前を言う瞬間を!私はすかさずさっき考えて用意していたあだ名で呼んだ。
「じゃあ、ユウ君だね!改めてよろしくねユウ」
そう言ってから私は渾身の笑顔を彼に向けた。手は後ろで組み、少し首を傾け、自分でもワザとらしいと思うようなポーズまでして!
「・・・・・・」
(あれ?)
彼からの反応がない。嬉しがるとか、照れるとかそんな反応が返ってくるとばかり思っていたのに・・・・・・
精いっぱいの笑顔がだんだん引きつってくる。
あだ名で呼び合うのに憧れていたのは私の両親の影響だ。
私がいる前で父は母の事を「おい」としか呼ばず、母も「あなた」とか「ねえ」と呼んでいる。
しかし私は知っている。二人は誰もいないとお互いあだ名で呼び合っているのだ。
そんな甘い関係に私も憧れていた。
そして、彼ともそんな関係を築きたいと思ったのに・・・・・・
「・・・・・・」
彼の反応の無さに自分がもの凄く恥ずかしい事をしたんじゃないかと悟った。
(やだ!私っ・・・・・・はずかしい!)
いきなり慣れなれ過ぎたのかもしれない。
はずかしさで私の長い耳が真っ赤になっていくのが分かる。耳が熱をおびて帽子の中が蒸れていく。
帽子を取って中のこもった熱を逃がしたかったが、今帽子を脱いでしまうと耳の先まで真っ赤なのがばれてしまう。
身動きもとれずこの状況をどうしようかと困っている私に向けて、彼がようやく何かつぶやいた。
「チェアリー・・・・・・」
ピクピク!
小さな声だったが男性の低く男らしい声はよく通る。帽子の中に包まれていても私の耳が彼のつぶやきに反応する。
私は聞き返した。
「え?」
「君のあだ名。これからオレもチェアリーって呼んでいい?」
「うん」
(わあああぁっ!!)
必死に感情を抑えていたけど、予想だにしないあだ名返しに私は叫びそうになった。
まずは私からと思って付けたあだ名をまさか彼もすぐに返してくれるなんて!
しかもそれは子供の頃両親があだ名で呼び合っているのを知った私が、だだをこねて父に考えてもらったあだ名だった。
(こんな偶然ってある!?)
興奮で頭からは湯気が出そうだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか。チェアリー」
しかし、彼は私の興奮とは対照的に、さらりとあだ名で呼ぶ。
(こんなのずるい!私はこんなにもドキドキして、やっとの思いで言ったのにぃ!)
「うん」
舞い上がりすぎて、私は先程から「うん」としか返事が出来ずにいた。
前を行く彼におとなしく付いて行く。
大きな背中や、少し素っ気ないところ、私の事をチェアリーと呼んでくれた事など、父に少し似ているかも?そう感じる。
まるで子供の頃に帰ったような気分だった。




