第2章2-6
2-6
ゴーン、ゴーン、ゴーン、
遠くで朝の礼拝を知らせる鐘が鳴っている。
私はその音で目を覚ました。
「お祈り、」
日課にしている朝の礼拝に行かなくては。そう思ったが体が重くて動きたくない。昨日はいつの間にか泣きつかれて眠ってしまったようだ。
(今日は一日このままゴロゴロしていようかな)
そう考えたが、
コン、コン、コン
部屋をノックする音が聞こえてきた。
のそのそと起き上がり扉を開けると、そこに立っていたのはこの宿のおかみさんだった。
「珍しいねぇ、朝のお祈りに出かけないなんて」
おかみさんの人当たり良く優しい笑顔が私の顔を覗き込む。
「うん。酷い顔してるよぉ、アンタ。待っといで、今蒸しタオルを持ってきてあげるから」
きっと昨日の夜は泣き続けたせいで目が真っ赤なのだろう。自分でも目の腫れぼったい感じが分かる。
私はベットに腰を下ろし、ただボーっとしておかみさんが戻ってくるのを待った。何もする気がおきない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
コン、コン、コン
ノックの音に振り向くと部屋の入り口で、少し呆れたようにこちらを見るおかみさんが立っていた。扉を閉めるのも忘れていたらしい。
「ちゃんとご飯食べてるのかい?朝ごはん持ってきてあげたから食べな。あと、蒸しタオル」
「熱ッ」
おかみさんが指でつまんで渡してくれた蒸しタオルを何気なく受け取ると熱々だった。おかげで少し目が覚めた。
彼女は朝食を机の上に置くと
「ご飯食べないと元気でないからね、ちゃんと食べるんだよ」
そう言っただけで、何も聞かず部屋を出ていった。
私が今欲しいものだけ用意してくれて、私が聞かれたくない事は聞かない。おかみさんはとても気遣いの上手い人だ。
色々な人が出入りする宿屋を経営していると、仕事として気遣いが身につくのだろうか?それとも元々の器量が良いのだろうか?
どちらにしても私は彼女の人柄が気に入り、この街に来てからずっと宿はここにしている。とても居心地のいい宿だ。
「ハァー」
蒸しタオルを顔に乗せ、ベットに仰向けになる。
(私もあんな風に気遣いの出来る人になりたい)
暫く蒸しタオルの温かさに癒されてから体を起こすと、彼女が用意してくれたサンドイッチとオレンジジュースが目に止まった。食欲はまだ無かったけれどオレンジジュースだけでもと思い口にする。
「すっぱ!」
その酸味で目が覚め、少し元気も出てきた気がする。
サンドイッチにも手を伸ばす。
(おいしい)
おかみさんの言う通りだ。少し食べたら元気が出てきた。
(モンスター狩りに行こう)
ゴロゴロしていようかと考えていたがやめた。何かしていた方が余計な事を考えずに済む気がする。
装備を整え宿を出た。外は朝の空気で澄んでいて清々しく、空は晴れ渡っていて気持ちがいい。それだけで気分が落ち着いてきた。
そのまま街の外へ行こうかとも思ったが、
(遅くなったけど、お祈りだけ)
教会の鐘はとうに鳴ってしまっていたので今からだと朝の礼拝は済んでいるかもしれない。それでもお祈りだけはと考えなおし教会へ向かった。
教会へ向かう道すがら、また彼の顔が浮かんできた。
(私のいい人・・・・・・)
運命の出会いだと思った彼はどこか遠くへ行ってしまった・・・・・・違う、彼がどこかへ行ったのではない、私がこの出会いを棒に振ってしまったのだ。
昨日からずっと自分を責めている。
もういい加減自分を責めるのはよそうと思うのだが、何度も何度も同じ考えが頭を巡っている。
(どうしてあの時、)
グルグル同じ事を考え続けているうちに、教会の門に着いていた。
門をくぐる。昨日ここで繰り広げられた光景が鮮明によみがえる。
(麗しのエルフ)
今も彼の声は耳に残っていた。
「ハァー・・・・・・」
ため息をつきつつ石畳の小道を進む。彼はもうその脇の芝生で寝てはいない。
教会の中へ入ると既に朝の礼拝は済み、人はまばらだった。昨日は礼拝に来る人たちに彼の告白を聞かれ恥ずかしくて教会の中には入れなかった。早朝の人気のない時に来ようと浮かれていたのが嘘のようだ。
今はとても冷めた気持ちでいる。
私は帽子を目深にかぶり直し、目立たないように後ろの隅の席に腰を下ろして祈り始めた。
(ああ、神様。私はなんと愚かで惨めなんでしょう。せっかく用意してくださった縁を私は自分で振り払ってしまったのです。懺悔してもしきれません。)
浮かれて、焦って、怒って、泣いて。昨日は感情の起伏が激しい一日だった。
(ゆっくりお祈りして、心を静めなきゃ)
ただ無心に。
・・・・・・・・・・・・・・・。
(ダメっ!無心になんていられない!)
考えないようにしようとすればするほど、彼の事を思い出してしまう。
(お願いします!神様、一生に一度のお願いです!もう一度、もう一度だけ彼と引き合わせてください!)
私は座りながら神様にひれ伏す様に頭を下げ一心に祈った。
「本当に何から何までお世話になりました」
「お気をつけて。貴方の旅の安全を神は見守ってくれることでしょう」
ピク、ピク!
私の長い耳が聞き覚えのある声を聞き取り、小刻みに反応する。
ゆっくり体を起こし声のした方を見ると、そこにはシスターと話している彼がいた!!
(あ゛あぁ、あぁぁ!)
私は叫びそうになり両手で口を押え下を向いた。
昨日あれだけ散々泣いて枯れてしまったのでは?と思っていた涙がぽたぽたと床に落ちる。
(ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!)
私は神様に何度もお礼を言っていた。




