第1章1-2
・1-2
ネットでラノベに対するこんな書き込みを読んだことある。
『ラノベ主人公って、急に異世界行ってなんであんなに物分かりいいの?』
そこはそれ魔法の言葉の出番だ。
『お約束だから』
まあ確かにいきなりとんでもない展開に放り込まれても、おおむねラノベの主人公はその展開にすぐに馴染んでいる。ツッコミを入れたい気持ちは分からなくもない。
しかし、自分がそのラノベの主人公だと妄想したことはないだろうか?
自分なら異世界へ行ったらどうリアクションする?
驚く、興奮する、わめく、恐怖する、緊張する、悲しむ、怒る、など人の感情は様々だけど、ひとしきり感情をぶちまけたその後は?
その状況を理解する、そして”順応する”
人間というのは与えられた環境に順応する生き物なのだ。
ラノベ主人公が異世界であっという間に馴染んでいるのは、順応力が凄まじく高いのだろうとオレは結論付けている。
(さて・・・・・・これからどうする?)
まったく当てもなく異世界へ放り込まれたこの状況に、これからオレは順応しなければいけないのだ。
とはいえオレが読んだラノベではまず、オープニングで神様と面談する展開が多かった。
「一緒に旅をしてくれる女神様でもいいんだが・・・・・・」
どこかで読んだことのあるラノベの設定をブツブツと言ってみる。
誰かが、それこそ神様が聞いていて登場してくれることを期待してみるも、どうやらこの世界の神様は放任主義のようだ。現れる様子はない。
(そう言えば、さっきのエルフはどこへ行ったんだろう?)
一番最初に声をかけてくれた彼女の事が気になり、辺りを見渡したが居ないようだった。彼女もこの世界でオレを導いてくれる神様のたぐいではなかったようだ。
(女神がいるのならあんな感じかもな・・・・・・いや、エルフか)
どちらでもいい。とにかく美しく、印象的な女性だった。
辺りにいた人たちは皆、白い建物に入っていったが彼女もそこかもしれない。
オレもその白い建物に近づいてみた。
入り口には、この建物の名前とおぼしきプレートが張られている。
「なな・・・・・・ヨ・・・・・・カ」
なんとなく日本語っぽい部分だけ声に出してみたものの、読めるはずもない。
(出た!異世界あるある、1つ目の壁。文字が読めないヤツ)
オレが親しんできたラノベ主人公はどうやって克服していたのだろう?そんな細かい事はすっ飛ばして都合の良い設定で乗り越えていた気がする。
助けてくれる神さまもいないし、自分で何とかするしか方法は無いのかもしれない。
(地道に覚えるしかないのかぁ)
自慢じゃないがオレは英語が苦手だ。今の中学生と英語のテストで張り合ったら負ける自信がある。それほど苦手にしている。そんなオレだからこの世界の言語を理解するのも骨が折れそうだ。
(ひとまずは文字の事は置いておくとしよう)
建物の正面にある大きな扉は開け放たれていたので、オレは入り口から中の様子をうかがってみた。
室内は中央が通路になっている。その左右に長椅子がいくつも並べられ、入っていった人々は思い思いに椅子に腰かけていた。一番奥は一段高くなっており、簡素な机が1つ置かれている。
(教会か?)
オレが中の様子をまじまじと観察してるのに気が付いたのか、一人の女性と目が合った。
彼女は紺色のゆったりとしたシルエットのローブを着用して、頭からは白色のスカーフをかぶっている。きっとシスターだろう。
シスターは穏やかに微笑みかけてくれた。
(おぉー!リアルシスターだ!)
”リアルなシスター”など自分でもおかしな単語だと思う。英語が成っていないのがバレバレだ。だが教会なんてオレには縁の遠い場所だし、そもそもゲームの中のバーチャルなイメージしかなかったから思わずそんな言葉が頭の中によぎったのだ。
(さっきはエルフで、次はシスター。異世界っぽい!)
なんだか変なテンションになり、思わず顔がにやけてしまった。
こちらをうかがっているシスターの笑顔は「どうぞ中へ」と無言で言っているかのようだ。
一瞬迷い、オレは中へとは進まず踵を返した。
(なんだか入りずらい)
教会に仏教徒のオレが入っていいものなのか?そんな戸惑いから思わず背を向けてしまった。
オレは熱心な仏教信者という訳でもないのだから、気にする事無く堂々と入ればいいのかもしれない。何より、日本の宗教観は他宗教を内包する寛容さが特徴だろう。
クリスマスやバレンタイン、ハロウィンなどのイベントなんて宗教関係なく楽しんでいる。
でも、こちらがよくても異教徒であるオレが立ち入るのは、あちら側が迷惑ではなかろうか?
それに教会の中は質素ながらも荘厳な空気をたたえていて入りずらかった。
(もしかしてバリアか!?ここは異世界だし、異教徒を退ける何か結界のようなものが張られていてもおかしくない!)
ごちゃごちゃとした考えが浮かんでは消えていく。
ここは異世界なんだという現実をやっと脳が認識し始めたせいかもしれない。軽いパニックを起こし始めていた。
脳の混乱をよそに、視線はまた入り口のプレートの文字をゆっくりとなぞった。
頭はフル回転でお留守になっていたので、そのプレートを見ても文字としてではなく一つの図柄のように見える。
しかし図柄のように見たことで急にひらめいた!
(ななイ・・・・・・キヨウカ イ!? キヨウカイ!読める!教会か!)
なんとさっきは読めなかった文字が読めたのだ!見たこともない文字だと思っていたものは、カタカナで書かれていたのだった。
カタカナと言ってもかなり特徴的な書き方がされている。
例えばキは、同じ長さの横向きの平行線に上から真っ直線に1本棒が突き刺さっている。他にも、ヨは小さく書かれていないし、ウは、はらいの部分が真っ直線に下に伸びている。カも最初の一画目のはらいが真っ直線に伸び、イに至っては漢字の丁の字のようだ。
全てが直線で表されていたのだ。どうりでぱっと見はカタカナだと分からないはずだ。
カタカナだと分かってしまえば他の読めなかった部分も簡単だ。漢数字の七のようだと思っていた文字はセで、後の文字は、イホウ。全て繋げると「セイホウ キヨウカイ」
プレートには西方教会と掲げられていたのだ。
(そうだ!文字だけじゃない!さっきのエルフや冒険者も日本語で話していたじゃないか!)
その事実に今頃気が付いた。
無理もない、なにせ目覚めてから1時間も経っていないのに、以前の世界では一生かかっても味わうことが出来ないような体験を今しているのだから。
(にしても、どんだけ都合のいい世界なんだよ。フッ)
笑ってしまう。
きっとこの世界を作った神さまは日本人に違いない。いや、異世界と言っても様々だ。もしかするとここはゲームの中で、作ったのは日本のゲームメーカーという説も無きにしも非ず。
またごちゃごちゃとした考えが、とめどなく溢れてくる。
しかし、これだけはハッキリした。
(言葉の壁がないのなら何とかなるかもしれない!)
オレは世界のことわりを解き明かした気分になり、意気揚々と歩きだした。