第1章1-18
1-18
”ドラゴン退治”その大役を聞いたエリアス達は胸躍らせたが、しばらく話をするうちにその事の大きさに神妙な顔つきになっていった。
とりあえず今日のところは顔合わせの様なものだ。大まかな説明を終え彼らを門まで見送る。
「くれぐれも内密に」
帰り際、もう一度念を押した。
エリアス達は教会の門を出てもまだ、歩きながら話し合っている。きっと今晩は作戦会議に余念がない事だろう。
「ちゃんと来てくれますかね?」
遠ざかる彼らの背中を見送りながらココがつぶやく。彼らがこの大役に怖気づいて逃げださないか気にしているようだ。
「大丈夫よ」
私はココのつぶやきに事もなげに答えた。
私には彼らが期待を裏切るような事をするようには見えなかった。何も根拠はないのだけれど、確信のようなものがあった。
それに万が一の時にはジューリアを頼ればいい。けどそれは最後の切り札だ。切り札は最後の最後までとって置いて、使うことなく終わらせるのが望ましい。
エリアス達の背中が見えなくなったところで、私は気持ちを切り替えるため少し声を張り上げて言った。
「さて!」
私の発声に合わせココが振り向く。
「私の出番ですね!」
そう言った彼女が嬉しそうに笑う。こうしてみるとまるで子供そのままだ。
エリアス達との話し合いを早く切り上げたのは、勇者様を追わなければいけないからでもある。
アンスが付いていれば大丈夫だろうけど、彼らがどこに向かったのか見当もつかない。しかしこちらにはココがいる。
ココはナリス族だ。彼女ら一族は鼻が利く。一般人ではかぎ取ることの出来ないわずかな匂いもかぎ取り、判別できるそうだ。
見た目はヒューマンと変わらず、エルフの尖った耳やフォコン族の赤い瞳の様な分かりやすい体の特徴が無いため、あまり知られていない種族だ。
私は嬉しそうに笑っているココの鼻に注目した。
小ぶりで鼻先がほんの少し上を向いて可愛い形をしている。
「可愛い鼻でしょ」
私に見られていることに気付き、ココは鼻を人差し指で押し上げながらおどけてみせた。
「はいはい、カワイイ、カワイイ」
私もココのノリに付き合った。
彼女は人と打ち解けるのがとても上手い。私が誰だか知った上でおどけて見せる人などジューリアくらいだというのに、ココはまるで友達の様に接してくる。昨日会ったばかりなんて信じられない。
「ライリーさま、なんだか投げやりですぅ」
この子は遠慮という言葉を知らないのか?ココが私に抱きついてきた。
こういうスキンシップが多いのだ。アデリナとのやり取りを見ていてもそれを感じる。
「いいから、早くはじめなさい。アデリナたちと合流するわよ」
「お任せあれ!」
私から離れたココは威勢よくそう言うと、自分の両手で鼻と口を覆う様に押えた。
・・・・・・・・・・・・・・・。
彼女はじっと固まってしまった。
「何してるの?」
またココがふざけているのかと不審に思い尋ねる。
「におじをでセッどじてまず」
何か喋ったが、口を押えているためさっぱり言っている事が分からない。
すーーーーっ!はーーーーーーぁ!
そして肩で大きく深呼吸してから、手を放して改めて説明してくれた。
「匂いをリセットしてました。さあ!追いかけますよ!」
彼女は教会の門を出ると、そこで通りの左右の匂いを嗅いで
「こっちです!」
右を指さし駆けはじめた。
私も置いていかれないように走り出す。
ココは路地や通りが分かれている場所で立ち止まり、それぞれの道を行ったり来たりしながら匂いを嗅いでいる。
スンスン、スンスン、
「こっちです!」
自信たっぷりに私を案内していく。その姿はあまりに自信たっぷりなので、見ているこちらはかえって不安になってしまう。
(大丈夫なの?この子)
しばらく進むとそのココが急に足を止めた為、私は後ろから声をかけた。
「どうしたの?大丈夫?」
私の呼びかけに振り向いたココは
「にお゛じをでセッどじてまず」
また自分の手で口と鼻を押さえていた。
気になった私はなぜ手で鼻と口を押さえるのか理由を尋ねた。
「自分の匂いが一番落ち着くんですよ」
ココが言うには同じ匂いを嗅ぎ続けているとすぐに鼻が利かなくなるから、一度リセットするために手の匂いを嗅いでいるのだと言った。
「鼻が利かなくなるのは私達と同じなのね」
例えば香水。つけた瞬間は華やかな香りに包まれ気分も上がるが、いつの間にか匂いがしなくなってしまったと思う事がある。しかし、自分では香水の香りに慣れてしまって気付いていないだけなのだ。匂いがしなくなったからとむやみやたらに付けすぎていると他人から指摘される「くさい」と。これでは気分も落ち込む。
「ライリーさまも試してみてください。手を離した瞬間、色んな香りが鼻に流れ込んで来ますよ」
私はココに言われて試してみた。
手で鼻と口を押えしばらくそのままゆっくり呼吸をする。
・・・・・・・。
手を放すと少し埃っぽいような、土の匂いがした。私には勇者様の体の芯を刺激するような匂いは感じとれなかった。
(あれほど強烈だったのに)
やはりナリス族は鼻が利くらしい。
特にリアクションもしないで手を見ていたせいか、ココがまた説明する。
「リセットするときは別に手じゃなくてもいいですよ」
そう言うとココは私に抱きついてきた。
「落ち着く匂いなら何でもいいんです」
抱きついた彼女は私の胸に顔を押し当てると、
すーーーーーーっ
匂いを嗅ぎ始めた。
「ちょっと!」
胸の匂いをめいいっぱい吸い込んだ彼女が顔を上げ満足そうにニヤける。
「でへへぇー」
「あなた、さっきから抱きついてきてると思ったら私の匂いを嗅いでたの?」
「そうですよ?」
さらりと認めた。
「ハグしたら嗅ぎますよね?」
さも当然の様に自分を肯定する。
「嗅ぎません!」
「えー、うそー!アデリナは嗅がせてくれますよ?」
私は抱きついて離れないココの手を振りほどいた。
(やたらとベタベタしてくると思ったら!)
匂いを嗅がれていたと思うと少し恥ずかしくなった。完全に彼女のペースに乗せられている気がする。




