第1章1-16
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今回の勇者様が黒髪だった時点で”ニホンジン”だと予想しておくべきだった。
いや、一瞬そんなことも思ったがあの臭気の中で考えが先へ及ばなかったのかもしれない。それに最初から勇者様の事は私の本当の仕事のついでのように考えていたのがまずかった。
「おぉ~♪わたぁーしはぁーゆうしゃ~♪」
なおも寸劇を続けているココの歌声が私の思考をかき乱す。
「ふざけてないで、行くわよ」
私が少し強い口調で言って戒めると、ココもさすがに聞き分け姿勢を正した。
アデリナが私の様子が変わった事を敏感に察知して質問する。
「ライリー様が会われるのですか?勇者様が教会内に入ったら引き留めておくようにシスター達に伝えてありますが、」
計画では私達が手を貸すのは勇者様が落ち着いてからだ。
どことも分からず、言葉も通じず、不安がる相手に恩を売るのは簡単だ。微笑みかけて暖かいスープでも出してあげればいい。まずは勇者様を安心させ、それからゆっくり事を進める、当初はそのつもりだった。
しかし、彼がニホンジンなら話は変わってくる。言葉が通じる以上、シスター達が何か余計な事を喋るかもしれない。
勇者様については前回以上にじっくり時間をかけて慎重に取り組むつもりだったのに、予定が狂ってしまったからしょうがない。
「私が直接応対します」
私の言葉に二人からは長時間の監視で緩んだ気分は消えた。
しかし目の前で姿勢を正す彼女達にどこまで伝えておくべきか?私は迷った。
アデリナは勇者様が私たちとは違う言葉を話すという事を知らなかったようだ。おそらくジューリアからは何も聞かされてはいないのだろう。
私のサポート役として与えられた指示をこなせばいいとでも言われて来たのだろうか?
とりあえず今は勇者様の事が優先だ。
私は彼女達への説明を後回しにし扉を開けた。
部屋を出るとアンスが廊下で待っていた。
話しかけようとするも目線を外される。さっき重なり合って倒れていたのを見て何か変な誤解をさせたのかもしれない。
「なに勘違いしてるの?さあ、行くわよ」
アンスの肩に手を乗せると、彼女はいつも通りの返事を返してくれた。
「ハイ!」
私は歩きながらアンスに尋ねた。
「それで?」
先ほどは部屋を出ていってしまったが、アンスは用事があって来たはずだ。
「はい、朝一でギルドへ向かい冒険者を雇ってまいりました。準備をしてからすぐ向かうと言っていましたのでそろそろ到着する頃かと」
「分かったわ」
ひと呼吸おいてからアンスが続ける。
「ですが、よろしかったのですか?冒険者達で。教会へ要請すれば兵を手配できましたが」
「いいのよ」
確かに教会へ要請すれば兵を貸してもらえるだろう。
けど私はジューリアに余計な負担はかけたくないのだ。よしみにしている私がホイホイと頼みごとをしては周りに変な疑念が生まれかねない。彼女には彼女の立場がある。
(ジューリアには”もっとわたくしを頼ってくださいまし!”とか言われそうだけど)
それに冒険者には冒険者なりの扱い方というのがある。
アンスには色々な経験を積んでほしい。今回、冒険者と組むのも彼女の今後の役に立てば良いと考えての事だった。
私達はバタバタと修道院から教会へと向かった。
礼拝堂に入ると集まった人々が席に着き、朝の礼拝が始まるのを待っていた。まだ思い思いに雑談を交わしているので始まるのはもう少しのようだ。
席に着いている人達を見回す。が、勇者様の姿は見当たらない。
(来るわよね?)
勇者様にはどこにも行く当てなどないのだ、とりあえずこの教会へ入ってくると踏んだのだけれど・・・・・・
来てくれるのか心配になる。しかし、こちらから迎えに行くことは出来ない。恩を売った形にしたいのだ。最初の関係が大事なのだから。
私が少し不安になったところで、入り口の扉から勇者様が顔だけ覗かせたのが見えた。
(よし、それでいいわ。もう少し、もう少しこっちに来なさい・・・・・・)
私は狩りをするハンターの様な気分で勇者様がこちらに来るのを手ぐすね引いて待ち構えた。
扉から頭だけ出してこちらをうかがう様子は、ちょうど穴ぐらから顔を覗かせて警戒するウサギのように見える。
頭だけ出していたのが今度は入り口に立ち、彼は教会内の様子をきょろきょろとうかがいだした。
辺りを見回すその視線が私に向けられ、目が合う。
(こちらにいらっしゃい)
そう念じながら不審がられないように優しく微笑む。
しかし、目が合った勇者様はなぜか笑顔を浮かべてから背を向けて出ていってしまった。
(なっ!!)
こちらが待ち構えているのを感じ取られたか。
ココが小声でささやいてきた。
「ライリー様の顔が怖いからですよぉ」
私が睨み返すと、素早くそっぽを向く。
(こちらの思惑通りにはいかないものね、)
それにしても、自分が困っている状況でなぜ彼は笑っていたのだろう?
(やはりニホンジンはよく分からない)
勇者様がこれからどうするつもりなのか心配だ。誰も頼る相手などいないはずなのに。
(急いで後を追うか?)
こうなっては仕方がない。勇者様を追いかけようと判断した時、私に向かって大柄な男が近づいてきた。
その動きに合わせてアンスが私の側へ寄ってきて伝える。
「彼らが雇った冒険者です」
「ライリー殿ですね。ギルドより派遣されて参りました」
その男は大柄だったが、こちらの背丈に気を使ったのか猫背気味になりつつ挨拶した。彼の後ろには外に3人の冒険者が控えている。
急いで勇者様を追いかけなくてはいけないのに・・・・・・
(タイミングが悪いわね)
冒険者を雇ったのは私の仕事のために必要だったからだ。彼らとはこれからその仕事の説明をしなければいけない。
「ありがとう、ついてそうそうで悪いのだけれど、」
私が冒険者達へ話しかけ始めたところで、今度はアデリナが私の袖をツンツンと引っ張った。彼女の方を見ると何も喋らず教会の入口の方へと目配せしている。
「ちょっと失礼」
私の前に立つ大男を避けて教会の入り口を見れば、さっきのエルフが入り口に立ちこちらの様子をうかがっていた。
(あのエルフ!)
彼女は何も関係ないはずだ。きっと朝の礼拝に来ただけのはずなのに、そのエルフも教会に入らずそのまま出ていってしまった。
「ライリー様っ」
今度はココに呼ばれそちらに振り向くと、彼女は自分の眉間に指を挿しコツコツと叩きながらニヤニヤした。
(ハァ・・・・・・あのエルフのせいだわ)
私は今、そんなに険しい表情をしていたのだろうか?
(次から次へと、まったく!)
これでは体がいくつあっても足りない。
私は指示を出した。
「二組に分けるわ。アデリナとアンスは彼を追いなさい」
すぐさまアンスが口を出す。
「待ってください、私はライリー様の護衛です」
「今は彼が最優先事項よ。何かトラブルが起こったらあなたが彼を守るの、分かった?」
「はい・・・・・・」
アンスは一応返事はしたが、不満そうだった。
「私はアデリナと組みたいです」
次はココが口を挟んだ。それをアデリナがなだめる。
「ココちゃん、ワガママ言っちゃダメよ」
ココは唇をとんがらせてあからさまに不満そうな顔をしたが、それ以上文句は言わなかった。どうやらアデリナの言う事は聞くらしい。
「さあ行きなさい」
アデリナとアンスが教会を出ていったところで、集まっていた人たちが一斉に立ち上がった。
朝の礼拝が始まったのだ。皆、胸に手を当て祈り始める。見ると冒険者達もココも胸に手を当て目を閉じていた。
(私も神さまに祈りたい気分よ・・・・・・ハァ)




