第1章1-15
1-15
ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・・・
朝の礼拝を知らせる鐘が鳴り、徐々に教会へ向かう人達が集まり始めている。
人々が教会の敷地を通り過ぎていく中、勇者様は座り込んだままうつむき考え事をしている様に見えた。
私はアデリナのような読唇術は出来ないが、彼が言いたいことは容易に想像がつく。「どこだココ?」といったところだろう。
そのまま起き上がり教会に向かってくれれば、こちらで助ける計画だ。食事を与え、部屋を与え、恩を売る。彼が望んだ事にこちらが”応えてあげた”という形が重要だ。
かといって与え過ぎは良くない、前回のように失敗する。微妙なさじ加減が求められるだろう。
しかし、まず問題なのが言葉だ。勇者様は私達の知らない言葉を話す。言葉の壁も勇者様達との関わりで大きな隔たりとなっているのは明らかだ。
前回の時は見るもの、手に取る物、人の名前、すべてを指を挿しながら私が1つ1つ口に出して教えた。まるで赤ん坊に話しかけるように。
最初は分からなくても何度も何度も繰り返すうちに勇者様は片言だが話せるようになってくれた。
話せないうちは不信感が表情に出ていた勇者様も、言葉を発するようになってからは笑顔が出るようになった。
言葉を覚え始めた頃だ、あの質問を受けたのは・・・・・・「ドコ、ココ?」
外の様子を眺めながら昔の記憶と今の勇者様を重ね合わせていると、先ほどウロウロしていた女性が戻ってきて勇者様に手を差し出したのが見えた。
(言葉が通じないのに、)
言葉が分からなければ、どうにもできないだろう。彼女も教会を頼ってそのまま勇者様を連れて来てくれるはずだ。そう算段した。
しかし、私の予想通りとはならないようだ。
「わーお!勇者様、だいたーん」
隣で見ていたココが茶化した声を上げる。
勇者様は助け上げてくれた女性を側に引き寄せ、そのまま二人で見つめ合っている。
「そのまま、そのまま、そのまま・・・・・・」
ココは体を上下にゆすって期待いっぱいに外の様子を見つめている。
(この子はまったく!)
ついさっきヘッドロックで締め上げたのに、まったく効果が無かったらしい。
(それにしても起きてそうそうにこれとは・・・・・・先が思いやられるわ)
人の色恋を覗き見る趣味は無いが見ていないわけにはいかない、これも仕事のうちだ。
ふと、私は生真面目なアデリナがどう感じているのか気になりチラッと覗き見た。
アデリナは真剣な顔で外の様子を監視していたが、彼女の右手はココの袖を力いっぱい握りしめていた。
(あなたもなの?まったく)
そのアデリナが不意に力の抜けた声を上げた。
「あ、」
窓の外へ向き直すと、抱きよせられていた女性の帽子が空へ舞っていた。
「チッ!」
私は思わず舌打ちしてしまった。
ココが残念そうに言う。
「いい所だったのにぃ」
私はなにもココが期待していた様にキスシーンが見れなくて悔しがったわけじゃない。帽子が飛ばされた事で露わになった彼女の姿に反応してしまったのだ。
アデリナが報告する。
「彼女、エルフですね」
アデリナほど目は良くないが、私にもエルフの特徴であるその大きな耳は確認できた。
そのせいで苦い思い出が蘇り、私は唇を噛んだ。
私はエルフが嫌いだ。
この感情を誰かに打ち明けたことはない。打ち明けられるはずもない。
”どんな種族、どんな人でも受け入れる”それが教会の教えだ。首長ともよしみにしている私が1つの種族に偏見を示すことはあってはならない。
それにこれはごく個人的な感情なのだから・・・・・・
エルフが嫌いといってもどうこうしようというつもりはないのだ。ただ、私は視界にエルフが入らないように避けている。
「私はエルフよ。エルフを見るのは初めて?」
アデリナが業務的に外のエルフが喋った内容を伝えた。
「ああ、なんて美しい耳だろう!そんなに大きくて魅力的な耳は見たことが無い!はむはむさせておくれ!」
対照的にココは情感たっぷりに語りながら、アデリナに抱きついた。
「ちょ、もう!勇者様はそんなこと言ってないし」
「じゃあ、なんて口説いてるの?」
「口元が見えないから分かんない!」
アデリナが言うようにこちら側からでは勇者様の口元が見えない。
彼はなんといっているのだろう?エルフの女性を逃がしはしないといった感じで肩を鷲掴みにしているのは確認できる。
(やめさせた方がいいか、)
そう思いはじめた時、エルフは勇者様の腕を抜け出した。
「わたし耳の小さな人は嫌いなの!ごめんなさい!」
またココが勝手なセリフを当てている。今度はエルフの動作をマネて寸劇まで始めてしまった。
狭い部屋で大げさに手を動かし演じているココに目を奪われていると、
「おぉーーーー」
男性の雄たけびが、微かに風に乗ってこの部屋まで届いた。それは勇者様が叫んだもののようだった。
ココがまた真似る。
「おお!神よ、なぜ私の耳はニョッキのように小さいのか!こんな耳、あなたの食卓に捧げてしまおう。そして私にエルフと同じ耳をおくれ!」
「だから、そんな事言ってないし!」
アデリナが訂正して勇者様の言葉を訳し始めた。
「えーと、青・・・白・・・緑・・・オレンジの小道。そこを行き・・・冒険者・・・エルフ。この世界・・・祝福あれ。 何かの詩か賛歌ですかね?」
勇者様は集まった人々に囲まれていたため、アデリナは断片的にしか訳せていないようだ。
(ハッ!?)
ココの寸劇に気を取られてしまったが、今気が付いた!
「ちょっと待って!アデリナ、あなた勇者様の言葉が分かるの?」
え?と、いった表情を浮かべアデリナが答える。
「はい。全部は見えなかったので断片的にですが・・・・・・なにか?」
当然の様に彼の言葉を訳しているアデリナは、どうやら勇者様達が私達とは違う言葉を喋ることを知らないようだ。不思議そうにアデリナが私の顔を見つめる事からそれが分かる。
(アデリナが訳しているという事は、彼は私達と同じ言葉を喋っている!?)
私達と同じ言葉を喋るという事はつまり・・・・・・
(彼はニホンジンか!)




