第1章1-14
1-14
早朝。
修道院の一室で私達は外に寝かせた勇者様の様子を監視していた。
「ライリー様。女性が一人、勇者様の周りでウロウロしていますが追い払いますか?」
窓から教会の敷地を監視をしているアデリナが私の指示を仰ぐ。
アデリナに促され、私も彼女の隣に立ち窓から敷地の様子をうかがってみた。
確かに女性が一人、教会に続く小道を行ったり来たりしている。女性はワンピース姿に肩からはショルダーバックを下げ、大きな帽子を目深にかぶっていた。
まだ時間は早いが、朝の礼拝に来たのだろう。
「構わないわ。監視を続けて。」
「分かりました」
アデリナは外の様子に目を離さず、返事だけした。
命の危険でもない限り、私達は極力手を出さず見守っていればいい。とりあえず今は監視だけして成り行きに任せる事にした。
昨晩、私とアンスで勇者様を運び出した後、私たちはこの部屋からずっと監視を続けている。交代交代で仮眠を取りながら夜中も念のため見張ってはいたものの勇者様が起きる様子は無かった。
アデリナには心配いらないと言ったが、さすがにこのまま起きなかったらどうしようと少し不安がよぎる。彼女の報告によれば勇者様はもう丸1日眠っているのだ。
隣のアデリナは一瞬も目を離すまいといった感じで監視を続けてくれている。
少し休憩したら?と声をかけたが仮眠を少し取っただけで、ほとんどこの窓辺から離れていない。根が真面目なのだろう。
アデリナはフォコン族の出身だ。
彼女ら一族の特徴は赤い瞳にある。その目はとても良く、話に聞くと1キロ先の人の顔を難なく見分けることができるそうだ。
更にアデリナは目が良い事に加えて、唇の動きで会話を読む”読唇術”もマスターしている。
監視役としてこれほど適任な人材はいないだろう。
それにしてもフォコン族の特技は恐ろしい。一般人では見えない範囲外からこちらの様子が筒抜けになってしまうのだから。
外ではうかつな事は言えない。誰がどこで何を見ているのか分かったものじゃない。
「少し休憩したほうがいいわよ」
アデリナに声をかけて席に戻ろうとしたところで、また彼女が報告した。
「あ、彼女が何か喋りました。」
「訳して」
少し気になり、外の女性が何を言ったのか聞いてみる。
「あ、見えそう」
アデリナはそう訳した。
(見えそう?何が??)
私はもう一度、敷地の様子をうかがった。ウロウロしていた女性は勇者様の足元で立ち止まっていて、じっとしていたと思ったら急にその場を離れた。
(何をしているんだか・・・・・・彼女もあてられてしまったのかしら?)
外にいれば匂いも拡散して大丈夫だろうと思ったのだったが。
「えっ!痴女じゃん!」
そう言ったのはアデリナの隣で今までおとなしくしていたココだ。嬉しそうにはしゃいだ声を上げた彼女はアデリナに後ろから抱きついた。
ココはアデリナの背中に自分の頬をスリスリと頬ずりし、ベッタリと胸を押し当てている。
「ココちゃん、今はお仕事中でしょ。重いからやめて」
アデリナはココに抱きつかれても、向き直すことなく監視は続けている。しかし、ココを振り払おうとしているのか腰をクネクネとさせていた。
(アナタ達まで・・・・・・)
勇者様の匂いがここまで流れてきているとは思えない。けれど妙にテンションが高いのは昨日、少しでも勇者様の匂いを嗅いだからか?それともほとんど眠っていないせいか。
「コホン、」
私はワザとらしく咳払いした。
アデリナから離れたココがこちらに向け照れ笑いする。かと思えば今度は私とアデリナの間に自分の体をねじ込むようにして割って入ってきた。
(せまい。なんでわざわざこっちに来るのよ)
ココは窓枠に両手をちょこんと添え、そこにアゴを乗せてワクワクした感じで体を揺らしている。
「監視任務っていいですねっ!覗き見しているようでドキドキする」
「遊びじゃないのよ、まったく」
監視というのはただ見ていればいいだけだが、見ているだけというのも疲れるものだ。
昨晩は持て余した時間で雑談をしているうちに、ココはあっという間に私になついてしまった。
あれやこれやと昔話をさせられ思わずいらないことまで喋ってしまいそうになり、私は眠たいからと言い訳をして側に寄ってくるココを引き離したのだった。あの勢いでは何もかも話しつくすまで時間はかからなかったかもしれない。
私が仮眠をとって起きた頃には、ココはあの物静かなアンスとも仲良くなっていた。
本当に人の心に入り込むのが上手いのだろう。
私は割り込んできたココの肩越しにもう一度外を見た。
するとその瞬間、外の女性が素早くこちらを振り返った!
(気付かれた!?)
そう思い窓から離れるため身をひるがえそうとした私は、思いっきりローブを引っ張られ、バランスを崩し倒れてしまった。
ドスッ!
「いったーい!」
私と同じく倒れ込んだアデリナが声を上げる。
「あっぶなー、見つかっちゃいましたかね」
私の鼻先でココが言う。
ココが隠れるために私とアデリナの服を掴み床に伏せたのだった。
コン!コン!コン!
「失礼します」
上体を起こせないまま、扉をノックする音が聞こえアンスが入ってきた。
「えっ!?あ、えっと、その・・・・・・失礼しました!」
彼女は何か勘違いしたらしく、慌てて部屋を出ていってしまった。
アンスが見たのは、仰向けの私を一番下にしてココが私の胸に顔をうずめ、アデリナがココの腰辺りに突っ伏している姿だ。
(ハァー・・・・・・)
これからしばらくこんな子守の真似事が続くのかと思うと、気が重い。
アデリナが慌てて立ち上がり謝る。
「ライリー様!すいません」
アデリナのせいではないのだが・・・・・・謝らなくてはいけない当の本人は、私の胸に顔をうずめたままニコニコ笑っていた。
「あったかいなぁー」
悪びれることなくそんなことを言っている。本当に人の心に入ってくるのが上手い子だ。
そっちがそうくるのなら、こちらも合わせてやるまでだ。
「ココ、こんなことしてタダで済むとは思ってないわよねっ!」
「うっぷ!」
私の上に乗ったままどこうとしないココの頭を抱き込み締め上げる。
「今日の昼食はあなたのおごりよ。それで許してあげるわ」
ぱん!ぱん!ぱん!
私の腕を叩き、降参の合図を送るココ。
ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・・・
ちょうど勝敗をつけるように、朝の礼拝を知らせる教会の鐘が鳴った。
「さあ、礼拝に行くわよ」
勇者様は教会の入り口にでも立って見張ればいいだろう。
床から体を起こすと、アデリナが声を上げた。
「ああっ!!勇者様が起きてます!」
私はココを押しのけ、急いで窓から確認した。
勇者様は芝生に座ったままきょろきょろと辺りを見回している。
(ふぅ・・・・・・とりあえずは安心ね)
しかし、昨晩から目を離さずに監視していたのに、起きる瞬間を見逃すとは。
「ハァー」
ひとまずの安心感と監視の疲れで力が抜けるようだった。




