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第5章5-29

5-29


・ピコのターン


「やっと着いたぁー」

コッレに到着し、今夜の宿にと向かったのは、ウサギの煮込みが絶品の宿「ラビット・イン」だ。

つい先日来たばかりだが、やはりあのウサギの味が忘れられず、今回も立ち寄ってしまった。


扉を開け、食堂に入ってみると夕飯前とあって客はまばらだった。忙しくなる前のつかの間、おかみさんがお客と雑談している。

私に気付いたおかみさんが近くに寄ってきた。

「おや、確かアンタは凄腕の冒険者」

「ふっ、やめてください」

私の事を覚えていてくれたらしい。凄腕などと言われて恥ずかしかったが、悪い気はしない。


「もうアタシのウサギ料理が恋しくなったのかい?」

「ええ、あの味が忘れられなくて。今度はこの食堂のウサギを食べ尽してやろうと思ってまた寄りました」

「アハハッ!だったらすぐ荷馬車いっぱいにウサギを仕入れに行かないとねぇ」

「実は、コッレの街に用事が出来たので戻ってきたんです。暫くこの宿でお世話になろうと思います」

「そうかい、少し早いけど店がすいている今のうちに夕飯にするかい?」


食堂にはおいしそうな匂いが充満していて鼻を刺激してくる。おかみさんの言う通り、今のうちに食べておくのも悪くない。そう思ったのだが・・・・・・


ぎゅるぅるぅるぅ


お腹が鳴った。しかしこれは私のお腹が空腹を知らせた訳ではないようだった。

「ゔっ・・・・・・」

「どうしたんだい?」

「いえ、ちょっとお昼を食べすぎたみたいで・・・・・・もう休みたいんですが、部屋を用意してもらえますか?」

「ああ、それは構わないよ。でも大丈夫かい?辛そうだけど」

「だいじょうぶです・・・・・・」


部屋に案内された私はトイレに駆け込んだ。

(きっと干し肉が悪かったんだわ・・・・・・ゔっ)

カビ臭かったが焼いたから大丈夫だろうと無理して食べたのが悪かったらしい。急にお腹の調子が悪くなった。

(宿に着いて良かった・・・・・・ゔ~ん)


ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン・・・・・・


私がトイレでうんうん唸っていると突然頭の中に鐘の音が鳴り響いた。

「えっ!?なに?福音??」

近くの教会から聞こえてくる鐘の音ではない、それは頭の中に直接響く福音だ。

冒険者をしているから、福音は何度も聞いたことがある。つい先日も西の山の中でギガスを仕留めた時に頭の中に響いてきた。福音はその名の通りモンスターを倒した事を祝福する鐘の音だ。


冒険者や兵士は別として、モンスターと渡り歩く機会の無い一般人には知られていないが、福音を何度も聞いた者はモンスターに対して対抗力が付く。今まで苦戦していた相手にも、福音を聞いた後は多少楽に倒せるようになるのだ。


だけど、この事を信じている者は少ない。戦いに慣れたのだとか、武器の扱いが上手くなったのだとか言う者がいる。確かにそれもあるかもしれない。しかし、私のように福音を何度も何度も聞いて積み上げてきた者には分かる。昔の自分より明らかにモンスターに対して強くなっているのだ。

それは数回聞いたところで実感は出来ない。何十と聞いた時に初めて、自分の力以上の何かが働いていることをはっきりと実感できる。

だからこの現象を神への畏敬の念も込めて福音と呼んでいるのだ。


(・・・・・・5、6、7、8、)

頭の中に響く鐘の音の回数を数える。

ゴーン、ゴーン、ゴーン、ゴーン。

(17、18、19、20、21、22、・・・・・・止まった。)


慌てて途中から数え始めたので、正確な回数は分からなかったが20数回で止まってしまった。私がこの前ギガスを退治した時に聞いた回数はゆうに100回を超える。

今の福音は私のものではなさそうだ。そもそもこんな場所でモンスターを倒したはずがない。


念の為、便座に座りながら便器の裏を振り返った。浴槽の中も覗いてみた。気付かないうちにスライムでも潰して倒してしまったのかとも思ったが魔宝石は落ちていない。

第一、壁に囲まれた街の中にスライムといえど、やすやすと入ってはこれないだろう。


(何なのよコレ・・・・・・うーぅ)

お腹が痛くて考えがまとまらない。誰かに聞きに行きたくても、もう暫くはトイレに籠っていなくてはいけなさそうだ。

(はぁ~、ゔっ)


散々トイレで唸り続けて小一時間。

更にベットに横になって腹痛が収まるのを待って小一時間。


「よし!治った!」

自分にそう暗示をかけ、部屋を出た。

食堂に来てみるとガヤガヤと騒がしい。夕飯時という事もあるが、それにしては喋り声が楽しい雑談という雰囲気ではなさそうだ。


(座る場所がないわね)

人気の食堂とあって夕飯時の真っ盛りはウサギ料理目当てにやって来たお客で混雑する。

私はカウンターの端に空いている席を見つけ座った。


(とりあえず何か飲んでスッキリしたいわ)

手を挙げてウエイターに合図を送ったが気付いてもらえない。小柄な私にはよくあることだ。

周りがざわついているので気付いてもらうために大きな声を出すのも嫌だったし、手を叩いて呼びつけるのも嫌みだ。

こういう時はウエイターの方をじっと見て”気付けオーラ”を送る。


(む~っ、こっちを見なさい~)

念が通じたのかウエイターがチラリとこちらを見た。そのタイミングを逃さず私はもう一度手を挙げた。


「ご注文ですか?」

「ハーブ酒を頼める?お腹がスッキリするのはないかしら」

「でしたらアニスシードを漬け込んだものがいいでしょう。スッキリしますよ」

「じゃあ、それをお願いするわ」

「かしこまりました」


ウェイターは棚に幾つも置いてあるビンの中から、琥珀色の液体が入ったものを持ってきてグラスに少し注いだ。

「シロップは入れますか?」

「要らないわ」

「氷はどうされます?」

私はポケットから財布を取りだし、緑の魔宝石を渡した。


容器に水を用意したウェイターがそれを受け取り、

「アイス」

魔法で氷を作りだして、ピックで砕きグラスに入れてくれた。

「水はどのくらい入れます?濃い目がいいですか?薄目にしますか?」

「薄くしてちょうだい」

「分かりました」


水が注がれるとハーブの効果なのか琥珀色だったお酒が白濁して乳白色へと変わった。見た目はミルクの様で飲みやすそうだ。

「どうぞ」

グラスが私の前へと出され、魔宝石も戻ってきた。私はその魔宝石をウェイターの前へ戻した。

「取っといて」

彼は一礼してから魔宝石をポケットへしまい仕事へ戻っていった。


作ってくれた乳白色のお酒を口に含む。まずハーブのスッキリとした香りが鼻に抜ける。シロップは入れなかったが口にはほのかな甘みが広がり美味しい。だが、飲み込んだとたん爽やかさとは裏腹にアルコールが喉の奥を焼いて流れ落ちていった。

(キツイわねぇ)

薄めにしてもらったにもかかわらず、元々アルコールが強いのか喉がヒリヒリする。息を吸い込むとハーブでスースーし、吐くとアルコールに焼かれた喉が熱い。


私はちびちびとハーブ酒を口に含みながら、食堂にいる人たちの話に耳を傾けた。


「この前の福音の時は足止めを喰らって仕事にならなかったが、明日はどうなるんだろうなぁ。また馬車を出せなくなると・・・・・・」

「まぁ、いいじゃねぇか、ゆっくり休めばよぉ、街の門が閉まれば仕事にならないのはみんな分かっているんだから誰も文句を言ったりしねぇよ」

「それもそうか、やっぱり福音は幸福をもたらす鐘の音だな。ハハハッ!」


聞こえてくる内容から、どうやらさっきの福音は他の人にも聞こえていたらしい。それに初めてではないようだ。

(だからか・・・・・・)

店内を見渡しても、ざわついてはいるが割とみな落ち着いている。

この前というのがいつかは知らないけど、昨日コウの町に居た時には福音が鳴り響いたという噂は聞かなかった。客の口ぶりからしても、ここ最近の出来事のはずだ。


ここ最近の出来事といえばコッレへ向かう街道が封鎖されていたことが頭をよぎった。

”何が起こるか分かりませんから”

パパが言った言葉が今になって重くのしかかってきた。

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