第5章5-23
5-23
・ユウのターン
「よしっと!出来たよ」
牙のボタンを付け終わった彼女がストールを広げて言った。
「こっちも大体終わったよ。これでどうかな?」
オレの方もウサギの毛皮を見せた。注意された通り毛皮を破ることなく、綺麗に仕上がったと思う。
作業で縮こまった背を伸ばそうと立ち上がったオレの側に、チェアリーがニコニコしてストールを持ってくる。
「はい、着せてあげる」
「いいよ、自分で出来るから」
誰かに服を着せてもらうというのは、子供扱いされているようで苦手だ。
(うちの姉ちゃんみたいだな)
姉も上着を着させたりといった、オレの身の回りの世話を焼きたがる人だ。「弟の面倒を見るのは姉の務め」みたいに子供の頃はとにかく世話を焼かれた。子供のうちならお姉さんぶっている姿は可愛いものだったのだろう。しかし、大人になってからされると子供扱いされているようで嫌だった。
それに姉の世話焼きはどちらかというと世話というよりはちょっかいに近かったのも苦手な理由だ。
「手が油でベタベタでしょ?ほら、」
チェアリーは有無を言わさず背後に回ってストールをかけた。川がすぐ近くに流れているのだから、手は洗ってくれば済む話なのに。
おまけに、わざわざ前に回って牙で作ったボタンまでかけてくれた。
その間ホコリを払っているのかシワを伸ばしているのか、何度もオレの体をさすってくる。
(ゔー、姉弟でもないのに・・・・・・こういうボディータッチは勘違いされるから、やめた方がいいと思うけど)
「うん!似合ってるよ」
「・・・・・・ありがとう」
オレの心情なんて知らずに満足気だ。
彼女はオレの前に立ったまま、牙のボタンを指で撫でながら言った。
「ウサギの牙はね、エルフの間でお守りとして身につける習慣があるんだよ」
「へぇー、そうなんだ」
「ウサギは走るのが早いでしょ、だからそれにあやかってモンスターから逃げ切れますようにって・・・・・・」
チェアリーは何のつもりか、その牙のボタンを両手でそっと握ると目をつむった。
その光景はハッと、息を飲むような美しさだった。
キラキラと光を反射して風になびくブロンド。整った顔立ちを引き立てる透き通るような白い肌。そして、真っ白な雪の上に落ちた花びらの様に繊細な唇の赤。
オレのすぐ目の前で、少し顔を寄せれば簡単に頬が触れ合う距離で、チェアリーは無防備に目を閉じている。
(これって!)
目の前で瞳を閉じる姿を見せられて勘違いしない男はいない。
彼女が親切にしてくれるのはパーティーを組んでいるからだと自分に言い聞かせていた。けど!今朝のひざ枕や、スカートのガードがやたらと甘い事とか、服にボタンを付けてくれたり、ボディータッチが多かったり、いくら鈍感でもこれだけの事をされれば分かるというものだ。
(もしかして、本当に!?)
彼女の肩に手をかけようと思ったが、ウサギの油で手はベタベタで触る事が出来ない!
ためらっているうちに彼女がそっと目を開けた。
「・・・・・・これで大丈夫」
目を開けた彼女は、ただこちらを見上げている。
(勘違いするな!!)
オレは目線をそらし適当な言葉を探した。
「オレ、足腰には少し自信あるんだ。このお守りがあれば馬より速く走れる気がする。ハハッ!」
「ほんとに~?フフッ」
(門番にも同じこと言ってたなぁ。語彙力なさすぎだろオレ)
オレには彼女の真意が分からなかった。チェアリーはもうキスを待っていたようには見えず、ケロッとしている。
「帰ろっか」
彼女は何事も無かったように、帰り支度をテキパキとこなしていく。
(また、からかわれたのか?)
モヤモヤした気分を残して、オレも帰り支度を始めた。
片付けを進める彼女が流木と紐を手に川に向かったので何をするのか覗いて見ると、水中には皮を剥がされたウサギが沈んでいた。
血が洗い流されたことで赤身の筋肉とそれを囲む白い筋とがハッキリ見え、まるで理科室の人体模型を思わせる。
(おぅ・・・・・・)
ピーンと体が伸びきったウサギが水の中に沈められているその光景は拷問を受けているかの様にも見えなくない。
「うん、綺麗に血抜き出来た」
川からウサギを引き上げた彼女は満足気だ。ウサギを捌くシーンを見てきたとはいえ、まだ皮を剥がされた丸ごとの姿に慣れるはずもなく、さっきまでのモヤモヤした気分は一気に吹き飛んだ。
チェアリーは女性らしい美しさと男性顔負けのたくましさを兼ね備えていて、そのギャップにオレは面喰ってばかりだ。
丸裸のウサギから目をそらす。その目線の先、川の流れに幾つもの黒い影が集まっているのに気が付いた。水面に背中を少し出し、緩やかな流れに小さな波を立てている。
(でかい!)
離れていても分かる大物の魚だ。きっと血抜きしていたことでその匂いに引き寄せられて集まってきたに違いない。
(釣りしたいなぁ)
魚影を見たことで久しぶりに釣り人の血が騒ぐ。
川を眺めてワクワクしていると、青い光が水面に映った。と、すぐに煌めく光は流れと共に散る。
チェアリーが魔法を使ったようだ。
「アイス」
そう唱えた彼女の手には、小さな革袋が冷気をおびた煙をしたらせている。
「それ、どうするの?」
新しい魔法に目が奪われた。聞くと肉の保冷材代わりに氷を作ったのだという。
(ファイヤーがあるんだから当然か)
けれど、意外なのが生活の一部として魔法が道具の様に浸透している事だった。ゲーム脳のオレからすれば魔法は攻撃のための手段というイメージが植えこまれている。
だがそんな事はいい。今は別の事で頭が埋め尽くされていく。
(氷が手軽に作れるなら、)
夏にかき氷を作って売りだしたらヒットするんじゃないのかと思った。
(いや、いや、簡単に氷が手に入るなら、もうそれくらいの事をやっている人はいるだろう。そうだなぁ、少し手を加えてアイスクリームとか?待てよ、魔宝石もタダじゃないんだから、魔宝石の価値をアイスクリームの原価に含めないと・・・・・・)
スライムばかりに気を取られていたが、急にやりたいことが増えた。革の加工にも興味があるし、釣りもしたい。魔法を利用して何か作れないかと夢も膨らむ。
(モンスター退治ばかりが異世界生活じゃないよな)
「はい、ユウ持って。」
夢を膨らませて妄想していたのに、ウサギ肉を差し出され現実に引き戻された。
「こういうのはエルフの間では狩った人が持つものなのよ」
「そうなのか・・・・・・」
いつの間にかウサギ肉は流木にくくりつけられている。前後の足を棒に通された姿は如何にもアニメに出てきそうなワイルドな光景だ。
(これを下げて歩くのか?街中で変な目で見られないかな)
何かで覆ったり、袋に入れたりしてあればいいが、皮を剥がされたウサギ肉を下げて歩くのは絵面的に危ない人に思われないか心配だ。
かといって彼女に持たせても気の毒だし、エルフの決まり事ならしょうがないと、オレは気が進まなかったが肉を片手に帰路に就いた。
宿に着くとドアを開ける前に彼女が振り向き、念を押すように言った。
「ちゃんとおかみさんにウサギを見せてね」
「ああ」
街中をウサギ肉片手に歩いてきたが、意外にジロジロこちらを見てくる人はいなかった。日本でなら皮を剥いだ動物を持ち歩いていたら軽く通報されかねない。
もっと細かく部位ごとに捌いてから持ち運べばいいのにとも思ったが、エルフには丸ごと一匹お土産にする決まりでもあるのかもしれないと彼女の口調から感じる。
「ただいまー」
中に入るとウェイターが出迎えてくれた。彼はお土産のウサギ肉を厨房まで運ぶと言ってくれたのに、なぜかチェアリーはまずおかみさんに見せたいからと言って、ウェイターの申し出を断ってしまった。
「ユウ、いこ」
肉を片手に連れ回される。
(なんだか猫みたいだな)
ネコは狩をすると飼い主にその獲物を見せに来る事がある。
実家で飼っているネコもどこからかヤモリをくわえてきて、いきなりオレの目の前に置いたので飛びあがるほどビックリした事があった。ヤモリを前に手を添えて座り、やけにどや顔だったのを覚えている。ネコは狩が出来た事を褒めてほしい為に獲物を見せるそうだ。
ちょうどチェアリーもネコの様に狩で捕まえた獲物をおかみさんに見てもらいたいのかもしれない。
中庭へ行くと宿から出てくるおかみさんに出会った。
「おや、おかえり」
「ただいま。ねえ見て!」
チェアリーはオレの背後にスッと回り、おかみさんの前へ行くよう背中を押してくる。
(なんか、初めて狩を成功させた子供みたいになってないか?・・・・・・実際、初めてだけど)
「オレが捕まえたんですけど、よかったら使ってください」
狩ったウサギを見ておかみさんはとても喜んでくれた。さすが料理人といった感じで、食材を見る目は厳しかったが、チェアリーの下処理がよかったのか気に入ってもらえたようだった。
「今日はこのウサギはおあずけだよ。これからハーブにつけて熟成させないといけないからね。食べごろは3日後!お腹をすかせて待っておいで」
「熟成には3日かかるんですか。その後は?どうやって料理するんですか?」
これまで馴染みの無かったウサギ料理がとてもおいしくて気に入ったオレは、好奇心からおかみさんに質問した。
「おや、アンタ料理に興味あるのかい?なんならウチの店で住み込み働きしたっていいんだよ。3食まかない付きでどうだい?」
「うーん、」
せっかくの異世界を冒険しないでどうすると初めは考えていたが、今は違う。見るもの、体験すること全てが新鮮だ。
ここで働くというのも悪くない。3食付いて住み込みなら、お金に苦労することはなさそうだし、かなりいい条件な気がする。
しかし、おかみさんの提案を聞いたチェアリーが慌てて止めに入った。
「ちょッ!おかみさん!困ります」
(そうだよな)
チェアリーにとってはせっかく組んだばかりのパーティーなのだから、いきなり解消されてソロに戻るのも嫌だろう。
「アハハッ!冗談だよ」
おかみさんは冗談だと言ったが、オレが料理人になりたいと言っても本当に雇ってくれそうな口ぶりだった。
チェアリーには助けてもらった恩義がある。当面彼女の為に冒険者を続けるにしても、いずれは冒険者以外の事もしてみたい。
(ここで料理の腕を磨くのも悪くはないな)
また1つやりたいことが見つかった。




