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短編置き場  作者: 駄文製造機
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桜のように

「ねえ、見てタンク! 渋谷の交差点! 世界で一番人々が行き交じる所だ!」


 黒を基調とした服装の少女は、目を輝かせながら叫んだ。


「……終電時間過ぎたためか、人通りは少ないですけどね。何しているのですかウィル? 日本に到着したら行きたい場所があると言いだし、ついてきたらこのようなところに」


 背丈の大きい男は、どんよりとした表情で言う。彼もまた黒を基調する服装である。とおりすがる人々は、この二人が自国の者でないことを容易に認識できた。


「そうだね、これからどこ行こうか? まずは、ここ渋谷周辺、秋葉原の電気街、東京ネズミーランド、あーあと江戸城かな」


 少女は、交差点をスマホで撮影しながらだべる。


「ウィル、江戸城は大分昔に焼失しています。我々は、観光にきたのではないのですよ? 目的を忘れていませんか?」

「驚異種駆除のこと? この東京に標的なんているのかな? 調査員の報告なんて胡散くさいし」


 ウィルは、撮影した画像の確認をする。


「その調査員達ですが、次々この渋谷周辺で行方不明になっているそうです」

「……ふぅん」


 ウィルは、とある方向に鼻を向ける。


「ウィル?」「……タンク、ついてきて!」


 ウィルは走りだし、タンクは後を追う。二人は、ビル群の間を縫って行く。

 やがて、ウィルは足を止めた。


「見てタンク! 桜だよ桜!」


 そこには、見事に咲き誇る桜の並木道があった。


「ほぅ、このような脇道にも桜の並木があるとは流石日本ですね……いや、だから我々の目的は……」

「いやぁ! こんなに沢山の桜を見れて最高だね! 撮ってインスタにアップしよう!」


 ウィルはスマホをかざすが、違和感を覚えた。

 桜並木に一本、花を咲かせていない朽木があったからだ。

 強めの風が桜の花びらとともにウィルにすれ違うと、別の違和感が。


「タンク、脅威種の匂いだ」


 匂いのもとは、一人分の濃さなのに様々な血を感じる。


「標的は、北北東の方角、距離五十メートル。匂いから察するに吸血鬼かな」

「……ウィル、でかしました。標的には気付かれていないことを祈りましょう」


 ウィルは、匂いをかぎなが静かに歩く。

 標的を視認できるまで近づこうとはしない。すれば、逆に感づかれる危険があるからだ。


「だいぶ歩きましたが、ここらへんは商店街でしょうか? 深夜なのかシャッターが目立ちますけど」

「……どうしようタンク。標的の詳しい位置がわからなくなった」

「!」タンクは、動揺した。

「強烈な甘い匂いのする所へ行ったみたいだけど……」


 二人は、その場所へ急行する。

 そこには、ニ十階以上はあるビル。一階に大きなテナント店があり、カラフルな看板が飾られている。


「タンク、あの看板読める?」

「フラワーショップサクラと書いてありますね」

「花屋? ……どうりで甘いわけだ。標的は、この店内にいるようなんだけど」


 ウィルは、店のドアノブに手をかけた。


「……ウィル、ここが標的の隠れ家なら? 夜中に吸血鬼との遭遇は得策ではないですよ」

「夜は吸血鬼だけのものではないよ。それに、今宵は満月」


 ドアは錠がされてたが、ウィルは平然とこじ開けた。

 営業時間外のためか店内は消灯されており、窓から街頭の明かりが差し込まれるのみだが、花々の華やかさは容易に認識できる。その光景とは逆に少女は厳しい表情を見せた。


「……タンク、この花々に血の匂いがする」


 ウィルは、飾られている花に手を近づける。


「ちょっと! 私の実験作に気安く触れようとしないでちょうだい?」


 二人は、声のする方向に顔を向ける。

 通路の奥からブロンズ髪の女性が姿をあらわした。周囲の花々に劣らない美貌である。


「クリス・エヴァン?」

「……タンク、あいつ知ってるの?」

「えぇ、彼女はミス・フランスに選ばれたことのあるほどの元女優ですよ。もっとも、二十年前に行方不明になっているはずですが」


 それを聞いたエヴァンは懐かしさか笑みをこぼす。


「あなた達、その陰気な服装から察するに驚異種対策協会の者かしら? 毎度、私の店内に不法侵入されて迷惑ね」

「我々よりまえに調査員達が来てたようですね。彼らはどうしました?」

「いただいた。まあまあの味だったわよ?」


 エヴァンは、舌なめずりした。

 ウィルは、静かに怒りの表情を浮かばせる。


「そう怖い顔しないで、お嬢ちゃん。私、女の子は大好物なの。まずは、男性の方を前菜にいただこうかしら」


 突如、エヴァンの身体は霧化した。

 二人は身構えるが、タンクの背後にエヴァンは具体化し、彼の首筋に噛みいた。


「タンク?!」


 叫ぶウェル。

 タンクに動揺の様子はなく冷静にエヴァンへ裏拳を叩きこもうとする。

 エヴァンは高速でそれを避け、二人から一定の距離を置いたが血を吐きだす。


「うぇっ! げほ! この血……死人のように不味い! あなたゾンビ?!」

「失敬を言う方ですね。私はフランケンシュタイン博士の傑作品ですぞ」


 タンクは、自身の首筋をハンカチでぬぐいながら言った。


「まあ、死体がベースになってるけどね」


 ウィルが、ぼそっとつぶやく。


「フランケン?! くっ! 口直ししないと」


 再びエヴァンは霧化。今度は、ウィルに噛み付こうとする。刹那、ウィルの手刀がエヴァンの身体に刺さっていた。


「……なっっ?!!」


 驚愕するエヴァンをウィルは、回転蹴りで吹き飛ばす。店内は、様々な花びらが散った。


「おまえの匂いは完全に覚えた。例え姿を消し死角から襲っても即座に反撃できる」

「……あなた、ワーウルフ?!」


 エヴァンは、辛そうな表情で言う。


「! ご明答、よく分かったね」

「ウィル、犬耳が見えていますよ」


 少女の頭上には二本の獣耳がぴょこぴょこ動いていた。


「うぇ?! 今の蹴りで帽子がどっかいっちゃった?!」


 ウィルは帽子のありかを探るため目が泳いだ。


「ワーウルフにフランケンシュタインの怪物……。どちらも駆除対象のはずでは?」

「私とウィルは、協会と交渉し駆除活動に加わることで、対象から外れています」

「犬になりさがったのか……」


 エヴァンは、二人に牙を見せる。


「まぁ、ウィルはもともと犬みたいなものですけどね」

「やかましいよタンク」


 ウィルは、タンクをにらむ。


「くっ!」


 エヴァンは地面に手を叩きつける。彼女の影は漆黒を増し膨大な蝙蝠が出現した。


「うぉ! なんだこれ!」


 あわてるウィル。店内は蝙蝠であふれ、エヴァンは胸を抑えながら脱出した。



 先刻、ウィル達のいた桜の並木道。

 その中で唯一の朽木にエヴァンはもたれかかっていた。


「心臓を貫いたのに、ここまで逃げれるなんてやっぱり吸血鬼ってタフだね」


 いつの間にか、エヴァンの前方にウィルとタンクがいた。二人を見てエヴァンは苦笑いする。自身が召喚できるかぎりの眷属をぶつけたはずなのに、全くの無傷だったからだ。


「……あなた達の方が人類の脅威じゃない?」

「一応、協会には感づかれないように行動してるよ。まぁ、観念しな吸血鬼、どの道この小さい島国に逃げた時点で運命は決まってたよね」


 ウィルは、帽子をぱたぱた払ってかぶり直した。


「……別に逃げていたわけじゃない。予言を信じてみただけ」

「予言?」


 タンクは、首を傾げる。


「十年前に襲った占い師が命乞いで言ったのよ。東方に行けば、あなたはもっと美しいものになれるって」


 エヴァンは、桜の花びらを手ですくう。


「半信半疑で日本まで来ちゃったけど、ここの桜を見たときは衝撃的だった。一年に数日しか咲かないものなのに。多くの人たちから期待と感動を与える美しさ……私が本当になりたかったものだわ」

「何それ? 吸血鬼になった時点で時間は死んだも同然。容姿が変わることはないし、そこの朽木と一緒だよ」


 ウィルは、そっけない表情で言った。


「そうそう、この朽ち木はね。昔、ここ一番の花を咲き誇り地元の人々はいつか、この木が咲き返すことを願っているそうよ」

「さっさと取り払っちゃえばいいのに」


 少女の冷めた返答にエヴァンは、哀れな表情を見せる。

 彼女は何か言おうとしたが、朝日に照らされ肉体が灰となり、春風とともに崩れ彼方に散っていった。


「……結局、徹夜で仕事をしてしまいましたね。流石に眠いので宿泊場所を探しましょう」

「ちょっとまってタンク、日中の桜並木も撮影しなきゃ」


 スマホをかまえるウィルは、朽木から一輪の花が咲いているのに気がついた。

 しだいに花の数が増し。やがて満開になった。


「……なっ! なにこれ?!」

「……ほぅ。どうやら、エヴァンから漏れていた血が朽木に取り込まれて命を吹き返したようですね。勝手な憶測にすぎませんが」


 ウィルは、しばらくかたまっているとスマホをポケットにしまった。


「ウィル? 全て満開の見事な並木なのに撮影しないのですか?」

「……いや、これを撮ると負けた気がするからやめとくよ」


 複雑な表情を見せるウィル。


「……まぁ、仕事は早期完了しましたし、残りの滞在日どうしましょうか。ネズミーランドにでも行きますか?」

「タンク、観光に来たんじゃないよ?」

「知っていますとも。仕事ですよ仕事」


 二人は、桜の並木道を静かに歩いていった。


***


「専務、日本に派遣したウィルとタンクから、用途不明の多額調査費請求があります」

「……あの二人は次回、南極へ強制派遣だな」

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